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群青の配達屋  作者: 大咲六花
第五幕 濃夜に沈む
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知らない顔

「全員大人しくしろ!」

 馬上から盗賊たちを見下ろすのは、ベネディクトだ。引き連れてきた騎士たちの手により、アッという間に盗賊たちは拘束される。

「ちょっと! これはどういうことですかい!?」

「どういうこととは? お前たちがこれまで盗賊行為を働いていた者たちだろう? 目の前に荷馬車もある。申し開きなど、できるわけもないと思うが」

「俺たちは辺境伯家から依頼を受けて動いていただけだ! そうでなきゃ、こんな剣なんか持てるか!」

 確かに彼らのような身分も金もない町のゴロツキに、剣のような武器を持つことなど、できはしない。

「どうせ盗んだのだろう? これまでいくつ商隊を襲ったか知らないとは言わせない」

 襲撃で得た戦利品の中に、いくつも武器があり、それらを自分たちの物のように使っているのだろうというベネディクト。確かに、彼らが手にしている武器は形も意匠もバラバラで、辺境伯家に仕える騎士たちや、統括軍の兵士たちが持つ剣とは全く異なっていた。

 騎士たちに拘束された盗賊たちを前にベネディクトをは険しい顔を崩さず、腰に下げていた剣を抜き放った。

 目の前に鈍く光る刃を突き付けられ、盗賊たちは息をのんだ。そもそもこの仕事は、危険などないと聞いていたからこそ、引き受けたのだ。領主である辺境伯直々の仕事。賃金はもちろん、何かあったときの身の安全も保障されるはずだった。

 しかし、目の前に迫るのは、その辺境伯家お抱えの騎士たち。しかも、次期領主である長男までもが、自分たちを賊として処分しようとしている。

(話が違う!)

 捕らえられた男たち全員の脳裏によぎった言葉は、彼らを混乱に陥れた。

 突然暴れだした盗賊たちに、兵士たちは驚いた。目が血走り、必死の形相で逃げ出す男たちは、まるで手負いの獣のようだ。いや、間違いなく追い詰められた獣に他ならない。

 一瞬、呆気にとられた兵士たちだが、しかしベネディクトの冷淡な声に我に返った。

「構わん。切り捨てろ!」

 逃げ出した男たちは、逃亡を成功させることなく次々に切られ、絶命していった。リーダー格と思しき男は、再び捉えられ。地面に這いつくばった姿勢のまま抑え込まれる。

 血まみれで倒れる仲間たちを目の前に、彼は真っ青な顔で必死に懇願した。

「辺境伯様に確認してくれ! 確かに俺たちはあの人に頼まれんだ! そうじゃなきゃ、見ず知らずの他人なんか襲わねえ!」

「本当に、父上が……?」

「そうだ! 辺境伯様本人に、聞いてもらえれば誤解も解ける……」

 男の言葉は最後まで続かなかった。その胸には、深々とベネディクトの剣が突き刺さっていた。

「今の台詞、全員聞いたな」

 周囲の兵士たちに確認した言葉は、すでに父親の無実を信じてはいなかった。

「ベネディクト様、小屋に、あの」

 恐る恐るといった様子の部下の後ろから、辺境伯とアルプレヒト、ジョングルールの二人組が姿を現した。

「父上、あなたの仕業だったのですね」

「一体、何のことだ!?」

「盗賊たちがあなたの命令で動いていたと、白状しました。まさか、貴族とあろう者がこのような惨事を引き起こした本人とは……」

「お前、何を言っている?」

「しかも、アルプレヒト、お前も一緒になって悪事を働いていたのか」

「……え?」

 アルプレヒトは戸惑っていた。突然、兄直属の騎士たちが現れ、連れてこられた先には、兄本人と大勢の騎士たち。その足元には、町のゴロツキだちの死体が転がっていた。

 暗闇に包まれた山の中に風はなく、しかしうすら寒さを感じる。鳥も獣の存在も感じられない。頭上には厚い雲が空を覆い、月の明かりも、星の瞬きも全く見えない。

「兄上……?」

 いつもと違う表情のない兄の顔。何の感情も写さない瞳に、アルプレヒトは強く違和感を覚えた。

「この者たちはお前の知り合いだろう? よく町でも関わっていたそうじゃないか。ちょうどいい駒として、父上に引き合わせたのか?」

「兄上、ちょっと、待って……」

「その後ろの二人もお前とよく付き合っていたのは私も知っている。彼らの仲間もこいつらと行動を共にしていたのを見ている人間がいるんだ。それに、仲間の女も父にべったりとくっついて、屋敷の中を好き勝手に動いていただろう。名高き『リドル・ラム』とは言え、所詮ジョングルール。どうせ、今までも泥棒まがいのことをしてきたんだろう。うまく、弟に取り入ったつもりかもしれないが、甘かったな」

(団長の件か。あと、ディアーヌのことも。見ない振りをしているものだと思っていたが、怪しんで泳がせていただけか!)

 周囲の兵士から剣をむけられた状態で、ヴァレールは歯噛みする。ビョルンに関しては、盗賊の内情を探るはずがこんなところで仇になるとは。辺境伯と盗賊のつながりを特定できたのは収穫だったが、反対にそれが仲間だと疑われる原因となってしまった。

「兄上、違う! 俺が彼女たちを巻き込んだんだ。こいつらは何の関係もないから、放してあげてくれ!」

 アルプレヒトが必死にかばうが、ベネディクトは全く聞く耳を持っていないようだ。リリアもヴァレールも、ベネディクトはどちらかといえばアルプレヒトの味方で理解者であると思っていたのだが、そうでもなかったのか。

(こんなに弟が弁明しようとしていることにも、一切耳を貸す気はないのか)

 それにしても、とヴァレールは目だけで周囲を伺う。ベネディクトは完全に兵士たちを統率しているようだ。主であるのは辺境伯であるはずだが、その彼に向けて刃を向けていることにためらいを覚えているような者はいない様子が見て取れる。

「ベネディクト! 早く剣を引かせろ! 何をしている!」

「父上、あなたの書斎から呪術の本も見つかりました。その上、盗賊まであなたの仕業とは」

「ベネディクト! お前、裏切る気か!」

「問題を起こし、あまつさえ今回の騒ぎはフェディールとの外交問題に発展するところでした。責任は取っていただかなくては」

 ベネディクトはそこでようやくアルプレヒトと視線を合わせた。普段見たことのないような無表情の兄が、ようやく笑みを浮かべた。しかし、アルプレヒトはその顔にうすら寒さを感じる。兄はいつからこんな表情をするようになったのだろう。

「アルプレヒト。お前は関係ないんだな? では、証を見せろ」

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