表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
群青の配達屋  作者: 大咲六花
第五幕 濃夜に沈む
30/38

不意に、背後から

「……リリア?」

 ふと頭上から聞こえてきた声に、リリアは頭を巡らせた。見開かれたヴァレールの目を捉え、今度こそ本当に全身の力を抜いた。同時に、痛みがより鮮明に感じられる。擦り傷はひりひりと熱を持ち、腹には息を吸うたびに鈍器を押し付けられるような圧が迫る。

 ヴァレールは窓からするりと小屋の中へ入ると、リリアの縄をほどいた。小言を言うために開かれた口は、しかし寸の間、息を止めた。

「……ひどいな」

 顔の一部にはあざができ、額や唇には血がこびりついている。平気だと、苦笑するリリアだが、ヴァレールはなぜもっと早く彼女を探せなかったのかと奥歯を噛み締める。

「それ……。親父のせいだろ。……昔から気に入らないことがあると、人とか物とか手近なものに当たり散らす癖があってさ。本当に迷惑かけてごめん」

 同じように窓から入ってきたアルプレヒトは、一見してリリアの怪我が誰によるものか気づいたようだ。加害者当人でないにもかかわらず、その傷に責任を感じているのは表情から明らかだ。

 昔から、ということは、アルプレヒトも何度もこんなことをされていたのだろうか? 部下? 使用人? 

 怒りを周囲へ向ける、しかもその方法が暴力だということを息子が理解しているということは、少なからずその現場を見ているか体験しているかのどちらかだろう。その事実にリリアは痛みとは違う重しが胸にのしかかるのを感じた。

「腹立たしい」

 ぼそりとヴァレールの口からこぼれた台詞。彼自身は全く意識していなかったのだろう、淡々とリリアを拘束していた縄を解き、

呟かれる

「おい! お前たち、どこから入った!?」

「アルプレヒト様!?」

 小声で話していたものの、さすがに人の気配に気づいた辺境伯の護衛の一人が声を上げた。その声に、バタバタと数名の足音が聞こえて、部屋の入り口を固められてしまう。兵士たちは侵入者の中に辺境伯家次男の顔を見つけ、さすがに驚いてた。

 騒ぎに後ろから姿を現した辺境伯は、アルプレヒトの存在に不快感を示す。

「大人しくしていろといったのに、こんなところまで。卑しい身分の者と付き合って空き巣の真似事までするとはな」

「空き巣? どっちがだよ! 親父こそ、何企んでいるんだ!? 町の奴らに盗賊をさせて商人を襲わせてたんだろう! しかも、旱魃被害まで引き起こすなんて。町や村の人間がどれだけ困ってるか……。知らないわけじゃないだろう!?」

「そんなもの、知るか。それに、私が何をしようとお前に説明する必要もないだろう」

 吐き捨てるように言われた言葉に、アルプレヒトは顔を歪ませた。何度言われていても、なぜ毎回こんなに言葉が突き刺さってくるのだろう。

「そんな言い方ってないんじゃないですか」

 俯いていたアルプレヒトは、その声にハッと顔を上げた。なぜかリリアまで苦しそうな顔をして、辺境伯に対峙していた。

「ずれてることも言うし、鈍いし、勝手に暴走しがちだけど、それでもお父さんや周りの人が大切だからでしょう。なんで、分かってあげないの?」

(なんでお前までそんな顔してるんだよ。なんでそんな傷だらけになって、更に助けてくれようとしてくれてんの…)

 煩わしいと言わんばかりの辺境伯に更にリリアが言い募ろうとしたとき、怒声とバタバタとした足音が小屋に響いた。


 盗賊たちは辺境伯から言われ、強奪した荷を積み込み、町へ移動しようとしていた。

 普段から夜の峠は星明りが照らす程度、特段灯りもないため、あたりは暗闇が支配する。加えて、今日は雲が空一面を覆い、わずかな星明りさえ見えない。

 そんな中で、荷の移動など面倒この上ない。確かに峠を下り、町に荷を移動させるには周囲が暗い時間しか無理だ。商人でもない人間が、日中に大量の荷を運んでいるのを見て、怪しまない人間はいない。特に、この町は警備隊が商隊の行き来に目を光らせている。警備隊に顔を知られている自分たちが、いくら辺境伯の荷だと言い張っても、まず間違いなく怪しまれるに違いない。

 怪しまれること自体は痛くも痒くもないが、その後辺境伯にがなられるのが容易に想像できるのだ。この上ない煩わしさと今の面倒を天秤にかけると、わずかに前者に軍配が上がった。とりあえず、うまみのある取り分があるだけ、よしとしている。

「おい、見ろよ」

 仲間の一人が声を上げる。

 見ると、木立の中を赤い光がゆらゆら進んでいるのが見えた。

目だけで意思を確認すると、数人で移動した。こっそりと近づいてみると、商業用の馬車が走っているとわかった。

 荷馬車の音が山中にガラガラと響く。荷馬車の御者台に吊るされているランプの灯りが、あたりの暗闇をわずかに照らしている程度。見通しも悪く、御者にしてみれば不安心もとないに違いない。しかし、暗がりから見る分にはそうでもなかった。

「ランプのおかげでこっちからは丸見えだ」

 木の陰に身を隠していた盗賊たちは、にやりと笑みを浮かべた。夜仕事のため、暗さに目を慣らしていたが、そんな必要もなかった。

 普通、峠越えをするのにわざわざ夜中を選択する者はいない。ランプ油は貴重であり、しかし山越えをするにはその灯りは足元を照らすだけで精いっぱいだ。足場の悪さや獣の存在も道程の障害となる。

 今回はよほど急ぎなのだろう。商人にとってはそれがあだとなるが、こちらにとっては好都合だ。大きな商会ということだし、馬車の幌もかなり大きい。クタシー麦以外の荷もかなり積み込んでいるに違いない。売り払えば金にもなるだろう。

 仲間に合図を送り、馬車の前に躍り出る。驚いた馬がいななきを上げ、暴れだしたところを、その首を落とす。血しぶきをあげながら倒れこむ姿に御者は悲鳴を上げ逃げだした。商人の命を取ることは命令されておらず、わざわざ追いかけるという手間すら惜しく、盗賊たちは我先にと荷台を漁りにかかった。

 辺境伯から面倒な作業を依頼されたと思っていたが、そのおかげで臨時収入を手に入れることができる。こちらの荷は頂いてしまおう。辺境伯邸への荷は、この荷を手に入れた後でゆっくり移動させればよい。

 盗賊たちは、荷を荒らし、しかしその場から一歩も動くことは叶わなかった。十数本のたいまつにより辺りは明るく照らされ、彼らは鎧を着た騎士たちに取り囲まれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ