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群青の配達屋  作者: 大咲六花
第五幕 濃夜に沈む
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安眠はほど遠く

 次の日、アルプレヒトは屯所でまた盗賊の対応に追われていた。

 マリスは迅速に動いてくれたようで、フェディールからの商隊が早々にミレー峠に到着したらしい。しかし、また商隊は盗賊に襲われた。

 今回の荷は、周辺領主へと届く小麦もあったようで、商人の顔は、襲われた恐怖とは別の理由でも青ざめていた。

 同じくらい、アルプレヒトも表情が冴えなかった。

 フランチェスコに連れ帰られてから、一睡もできなかったのだ。父親がなぜ自分の領地を危機に陥れるのか、なぜ町の人間に不利益をもたらすのか、考えても考えても答えは出なかった。

(他所の領主宛の荷すら襲わせたのかよ……)

 商人が襲われた時間は、朝日が昇ってからだ。あの後、自分が残っていれば、今回の襲撃は阻止できたのではないか。

 どう考えても、一人であの人数をどうにかできるわけもない。自分の剣術の腕は痛いくらいに理解しているつもりだ。それでも、考えても意味がないとわかっていても、『もし』を考えてしまう。

 被害者よりも顔色の悪いアルプレヒトに、周囲もどう声をかけてよいのか、さすがに逡巡していた。辛そうな様子でも、一心不乱に仕事をこなす姿は、痛々しさしかなかったのだ。

 アルプレヒトは商人の応対を終わらせ、町の巡回に出ようとしたところ、ヴァレールが待ち構えていた。

「リリアがいない」

 険しい顔にうっすらクマができている。夜通し探していたのだろうか。疲弊していても、その美貌は健在で、むしろ凄みを増している気すらした。

「お前に会いに行くと伝言して宿を後にしたきり、うちの団員は誰もあいつを見かけていない。どこにやった?」

 屯所の他の警備兵から、帰宅したアルプレヒトを追いかけたという情報までは聞きだしたが、それ以降の足取りは不明だという。この様子では、彼女が行きそうな(迷いそうな)場所はすでに聞き込み済みのようだ。

「帰ってないっていつから!?」

「だから! お前を探してからだ! 会ったのか!? 会ってないのか!?」

「リリアには夕方会ったけど、すぐに別れたから、宿に戻ったんじゃないのか」

 ヴァレールは奥歯をぎりっと噛み締めた。その後、アルプレヒトが峠の小屋に向かったことはフランチェスコから聞いていた。もちろん、小屋の出来事もすべて把握済みだ。

(フランはアルプレヒトを送り届けた後、そのまま辺境伯邸を張っていたが辺境伯が深夜に馬車で帰宅した以外は大きな動きはなかったと言っていた)

 ディアーヌも念のために辺境伯邸に入り浸り、辺境伯に付きまとうふりをしながら、すでに調べていた館内部を探索しているが、リリアが拘束されている気配はかけらもないと、連絡が来ていた。

 一連の動きが辺境伯によるものと判明したことで、団員たちはこれまで以上に辺境伯周辺に探りを入れていた。ディアーヌが予め辺境伯本人に取り入っていたため、さほど邸内の情報収集には苦労しなかったし、リリアやヴァレールも何度かアルプレヒトに連れ添って出入りをしていたため、使用人たちの覚えも良かった。何より『リドル・ラム』の名前は強かった。噂が先行しており、館で直接興行したこともあって、より一層使用人たちの興味関心を引くことができた。

 そのため、もしやリリアが単独で辺境伯邸に潜入した可能性も考えたのだが――。

(それはない)

 その可能性は極めて低かった。もし、潜入を思いついたとしても、絶対に団員の誰かにはそれを告げてから行動したはずだ。思いついたら行動するタイプではあるが、思いついたことはきちんと仲間に相談する奴なのだ。だからもし、彼女が相談なしに行動を起こしたとしたら。

(絶対にこいつが関係している)

 最後に会ったであろうアルプレヒトから何かしらの情報、もしくは行動のきっかけがもたらされたに違いないのだ。

「昨日リリアと話したことを全部話せ」

 その迫力に、アルプレヒトはすぐさま話した全て、それどころかその後の自分の行動まで委細漏らすことなく話して聞かせた。

「――でさ、親父が入ってきたときには本当に驚いて。でも、その時に箱のこと思い出して」

「箱? 蛇の死骸が入っていたやつか?」

「そうそれ。見つけた時から気になってたんだけど、どうしても思い出せなくて。直前にリリアとも話したから、ちょうどタイミング良く記憶に結び付いたんだろうな」

 結果として、盗賊の件だけでなく、旱魃の呪いの件も父親の仕業だと知ってしまった。

(直前にリリアと木箱の話を? もしかして――)

『これってなんの箱だったんだろうね』

 蛇の遺骸を処理した時、遺骸だけでなく納められていた木箱も一緒に燃やした。その際に、リリアも気にしていたのだ。

 理由を尋ねると、発見時にアルプレヒトが何か引っかかるような表情を浮かべていたことと、蛇の遺骸を詰めるだけにしては妙にしっかりした作りの箱で、最初は別用途があったのではないかと言っていたのだ。

『掛け金があるくらいだし、ベルベットまで使って包まれていたなら、貴重なものとか大事なものが入ってたんじゃないかなって』

 呪詛のためだけにわざわざ、立派な箱を用意したり、布でくるんだりする必要はないという。基本的に、手順や行為が重要であって、形にこだわる必要はないそうだ。

『大体、アルプレヒトですら“おとぎ話”扱いした古代の言い伝え、良く残ってたなあって思うのよ。そもそも、どうやってこの方法を知ったんだろうね』

(もし、アルプレヒトとの会話で、何かに思い至ったのだとしたら)

 問題解決のために動いた可能性は、ある。

「あれには何が入っていたんだ!?」

「ほ、本だよ! 内容までは知らないけど、古そうな装丁で……」

「お前の家の書斎まで案内しろ」

 襟元を強く掴まれたアルプレヒトは、首を勢いよく縦に振ることしかできなかった。

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