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群青の配達屋  作者: 大咲六花
第四幕 とある昔話
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密談

「ベネディクトの見立ては、当たらずとも遠からずってところじゃないかしら」

 夜も更け、宿屋の食堂も灯りを消してしばらくたった刻。マリスはビョルンの部屋で、他の団員たちと話を共有した。とはいえ、団長のビョルンは不在、リリアは昨日からの疲れもあって、早々に休んでいる。

 ベネディクトからの話を伝えると、ディアーヌはその考えを認める。

「使用人の話だと、辺境伯が領地の視察に出かけたのは一年以上前らしいの。でも、基本的にはどこも一度くらいしか足を運んでなかったんですって。基本的に農耕地ばかりだったみたい。だから、使用人の一部は、『こんな状態になるのを見越して麦の生産地に足を運んだんじゃないか』って言ってるけど」

「リリアじゃあるまいし、旱魃を予見するなんてできそうにないお人に見えますけど」

「そこは私も同意見だけど。もちろん、旱魃があった村にも行ったみたい。その村だけは二回行ってるみたいなんだけど、『期待』それ以外は、他の領境ばかりみたいよ」

 その流れもあったのか、先日のグリムデル家での興行でも近隣の領主が多かったということは、すでに団員たちからの情報でマリスも耳にしていた。

 ディアーヌはおもむろに紙の束を差し出した。怪訝な顔をしてそれを受け取ったヴァレールは、記載された文字に顔をひきつらせた。

「おい、これはウラール帝国からの輸入証書じゃないか。しかも、この武器の量だと、辺境伯家の私兵に行き渡る数になる」

 ウラール帝国とは、ブレマンやフェディールよりも南に位置する国だ。巨大な湖で遥かなたに隔てられたその国は、鉄鋼技術に秀でており、剣や盾などの武器や金銀細工の匠が多く暮らしていた。そのため、それらの製品が輸出の目玉となっていた。

「さすがに、南の大国との取引では積荷に関して偽造はできなかったみたいですね。しかも、王家の印章がありません。辺境伯家単独でウラールと武器の取引、ですか」

「王家に内密の取引なんだろう。軍を統括する立場にいて、しかもこれだけの武器があれば王位簒奪のための反乱は確実に起こせる」

「帳簿の方はうまく細工したのか、特にこれといった支出はなかったのよね。でも逆に、食料事情が問題な時に支出が増えないなんておかしいでしょう?」

 辺境伯家に表向きの支出はなかった。つまり、隠れた取引であり、王家の印章がないということは、王家に刃を向ける可能性も高いと考えられる。ヴァレールの手元を覗き込み、書類の内容を確認したフランチェスコの言葉に、ディアーヌも頷く。

 貴族とはいえ、取引の商人から日常の品物を買う必要がある。全体的に食料の値段が上がっているにも関わらず、支出が増えないのは無理にもほどがある。視察ついでに、他の地から食料を仕入れた、にしても持ち帰れる量にも限界がある。

 そのことに違和感を覚えたディアーヌはいろいろ書類を探っていたところ、先の証書を発見したらしい。帳簿に武器取引の記載があると、さすがに王家に対して言い逃れができないため、そちらの取引は秘密裏に行い、帳簿に載せることはしなかったのだろう。

「しかし、これだけの武器を仕入れるにも、かなりの金額になるぞ。よくそれだけの資産を有していたな。ベネディクトの不安も的中というところか」

 剣五十本の注文をしたベネディクトは、父親の行動に何か気づいて対抗策を取ろうとしたのだろうか。

 ヴァレールは他の書類にも目を通すが、こちらはただの書付なのか、悪筆で解読が困難だ。唯一、それが日付や分量などの数字ではないかと予想できる程度だ。

 渋い顔のヴァレールに、ディアーヌは苦笑を返す。

「辺境伯様はたいそう独特な筆致でいらっしゃるのよ。これも、書いた本人にしかわからないんじゃないかしら」

 そんなやり取りが耳に入っているのかいないのか、マリスは厳しい顔を崩さず考え込んでいた。しかし、ふと顔を上げ、ディアーヌに問いかけた。

「よくばれなかったな」

「……どうかしら」

 首を傾げたディアーヌに、他の三人も首を傾げる。

「辺境伯がいない時にも屋敷内にいたのに、誰も気にしないのよ。唯一、ベネディクトと顔を合わせた時は難しい顔を向けてきたけど。別に何か言われたわけではないし」

「もしそれが当たり前の光景として認識されているとしたら、吐き気がしますね」

 よくアルプレヒトは歪まずに育ちましたね、と、辺境伯家への蔑みとアルプレヒトの素直さへの称賛を同時に送るフランチェスコだが、同じことを全員が感じていた。

「しかし、盗賊が横行している原因は、結局分からずじまか」

「そうでもないぜぇ」

 ヴァレールがいら立ちをにじませたのと同時に、部屋の扉が開き、ビョルンが姿を現した。そう言って机の上に放られた袋の中身に一同が目をむいた。

「クタシー麦じゃないか!」

 部屋にともるろうそくの灯りは光源として不十分だが、それでも麦のほのかに甘い香りと、きめ細やかな粒はそれがクタシー麦であることをしっかりと物語っていた。

「町の奴らと“割のいい仕事”に行ってきたんだが、なんとびっくり。峠を越えてくる“侵入者”から荷物を“預かる”っていうのが内容でな。んで、目当ての荷物が“それ”だ」

「相手の商人はどうしたんです!?」

「心配すんなって。ドジ踏んだふりして、全員逃がしたよ」

 焦るフランチェスコにビョルンは答えると、やおらマリスを振り返った。無言のまま、どうするのだと問いかける視線の奥は強い光を反射している。

「こっちとしては、請け負った仕事は全うするつもりだ。長剣五十本、すでに前払いで代金の半分はもらっているしな。明日は用意していた荷物が峠を越える。それの様子も見たい」

 先ほどまで険しさを消し、あっけらかんとした表情に、一同は顔を見合わせ、ビョルンは苦々しい顔で吐き捨てた。

「お前、本当にいい性格してるぜ」

「ありがとう。お褒めにあずかり光栄だ」

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