明け方に
ビョルンは朝もまだ明けきらない中、宿の部屋を後にした。眠気が覚め切らない頭で、これからの流れをつらつらと考える。思っていたよりも滞在が長引きそうなことに加えて、面倒さが否応なしに増している。暗黒色の髪を左手でかきむしるが、妙案が引き出されるわけでもなかった。
宿の外に出ると、瞑色の端に朱が一線引かれて、かすかに空が明らみはじめている。しんとした空気の中、ぐっと伸びをすると、久しぶりに身が引き締まる思いがした。
「早いな」
「お前こそ、何してんだ?」
背後からかかった声に首だけで振り向くと、マリスが積まれた樽の山を数えていた。早いと言った本人の方がすでに仕事をしているではないか。
(本当に何してんだか)
部下に任せず、率先して仕事をしているのを見ると、本当は仕事が好きなのではないかと思ってしまう。本来の書類業務はよくさぼっているが。
「お前ら、毎晩毎晩酒盛りしているらしいな。店の在庫が空だって女将が嘆いてたぞ」
どんだけ飲むんだよ、とぶつぶつ言いながらも手は書類の書きつけに止まることはない。宿の裏手に積まれた樽はすべて空。もともとは葡萄酒が詰まっていたのだが、連日の酒盛りでいつもよりも早いペースで消費されている。
「注文受けたのか?」
「ああ、お買い上げありがとうございますってな。丁度、葡萄酒も質の良いものが各地で仕上がっているから、売るにはもってこいだ」
「で、それだけか? 他には何するんだ?」
「人が何か企んでるみたいな言い方するなよ。ここの宿から受けた注文は真っ当な商売だからな」
「誰がその言葉を信じるんだよ……。毎度のように振り回されるこっちの身にもなれ」
ふんっ、とマリスは鼻を鳴らすがビョルンの言葉が堪えている様子はない。まあ、これも毎度のことであるのだが。
「で、お前はどこに行くんだ?」
町の方へ歩き出したビョルンに向かってマリスは怪訝な目を向ける。
「小遣い稼ぎに、ちょっとな」