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群青の配達屋  作者: 大咲六花
第四幕 とある昔話
19/38

濁った沼

『リドル・ラム』がマリスと合流していたころ、リリアとアルプレヒトは馬を飛ばしていた。

 馬に乗るのは初めてではないものの、早駆けのせいか、体が痛い。振り落とされる心配がないのは、アルプレヒトの技術が良いのだろう。馬も良く言うことを聞いているようで、安定した走りを見せてくれている。この分だと、予定よりも早い時間に到着できそうだ。

(それでも、泊まりにはなるんだろうけど)

「疲れてないか? 結構飛ばしてるけど気持ち悪くない?」

「平気!」

 後ろを振り返りながら、それでもアルプレヒトの手綱さばきは安定している。

 広がる空は青く日差しも心地よく、目的を忘れれば良い外出日和になっただろう。頬をかすめる風も気持ちよく、馬の背であることも忘れて思わず、うとうとしてしまいそうだ。

「なあ、聞いてもいい?」

 ぼんやりしていたリリアに、ややためらいがちにアルプレヒトが声をかけてきた。

「なんで髪の毛、染めてるんだ?」

 突然の質問に、思わずリリアの体に力が入る。それを背中から回された腕のこわばりで感じたのだろう。アルプレヒトが焦った声を上げた。

「ごめん! 言いたくなかったら、いいんだ!」

 アルプレヒトは『リドル・ラム』の公演の何かに関わることが理由か、と単純に考えていたのだが、そんな様子ではなかった。

 何も気負ったところのないアルプレヒトの声に、思わずリリアはくすりと笑う。自分でもそんな風に思えたら何か違ったのだろうか。揺れる馬の尻尾と同じように頭の上で束ねられた髪の色は、ネズミのような灰色に染められている。

「……シルウァス島の出なのよ。だけど、私は異端だって言われてね」

『みっともない。“星の民”の面汚しが』

『汚らしい色の瞳だわ』

『そんな“色”じゃあ、星見もできなくて当然よね』

 幼いころから幾度となく繰り返し言われ続けた言葉だ。

「母様の瞳は漆黒の、すごくきれいな宝石みたいだったから、余計に比べられることも多くて。巫女として星を読むこともできなかったし、半端者って言われることも多かったの」

 島から出ても、言われ続けた言葉は頭から離れることはなかった。

島内では “異端”として知れ渡っていたので、揶揄されることはあっても奇異の目で見られることは少なかった。しかし、大陸では黒髪自体が珍しく、一目でシルウァス島出身と知れてしまう。目立つことが嫌だったことが、髪を染めた最初のきっかけだ。

「俺、“ジュノン”ってばれないように染めてるもんだと思ってた」

「それもあるよ。公演の時は、黒一色にしてるの。普段から黒にしちゃうと、シルウァスとの関係を根掘り葉掘り聞かれるし、無駄に絡まれることも多いし」

 “魅惑の踊り子ジュノン”は、噂も相まって名前だけが独り歩きしている感がある。町中で絡まれるだけでなく、興行先でよろしくない方向へ話を持っていこうとする輩も多い。

(まあ、化粧を落として、着替えちゃえば全く気付かれないんだけどね)

 周りの壁が分厚いことも影響しているだろう。ビョルンの存在だけでも大概の人間はひるむが、意外とヴァレールが無表情でにらみを利かせてくれるだけでも効果があるのだ。

 そんな話をしているといつの間にか、村へ到着していた。

見渡す限り、枯れ草色が広がり、実りのある畑の様相ではない。足元の土も乾燥し、空気は埃っぽい。

 渇いた風が吹き抜けてく中を、二人は馬から降りて歩いた。本当であれば、収穫を待つ麦の穂が色鮮やかに揺れているのだろう。しかし、今はまるで収穫を終え、冬の寒さを待つかのような枯れた畑しか見えない。家がぽつりぽつりと散在しているが、畑の周りに人の気配はなかった。

「……こんな有様なんだよ」

 物悲し気な瞳で、ぽつりと呟やいたアルプレヒト。指は固く拳の中に握られている。

 ふと、リリアは顔を上げ、あたりを見回す。

「どこかで水音がする?」

「ああ、林の方に行くと沼があるんだよ」

 アルプレヒトの指さす方には、背の高い木々がやや暗めの陰影を作っている。村までの街道とは反対方向の林に沼があり、子どもたちが良く遊んでいたという。

 アルプレヒトに連れられて、林の中を進んでいくと、ぽっかりと開けた場所に出た。直立する針葉樹に囲まれて、大きな沼がひっそりと水を湛えていた。通常よりも水かさが減っているのか、沼の周囲は水位が下がったと思わしき土色が見えている。

 リリアが手を差し入れると、淀んだ水面が波紋を広げる。濁った水は藻が繁殖しているのだろう、底は見えない。

 突然、リリアは立ち上がり、履いていたブーツを脱ぎ捨てた。ぎょっとするアルプレヒトをよそに、リリアは足を踏み出しかけた。

「あー! ダメなんだー! お姉ちゃん、沼に入っちゃダメなんだよー!」

「ダメなんだぁ!」

 数人の子どもたちが、走って近づいてきた。先ほどから木の影に隠れてこちらを窺っていたが、リリアが沼に入ろうとしたのは見過ごせなかったらしい。

「水が汚れるから、ダメなんだよ!」

「約束だって、じいちゃんが言ってた!」

「約束?」

「昔っからの約束だよ。破っちゃダメなんだ」

「そうだよ! 土の民は水を大事にするんだって。水はオンケイを運んでくるんだ!」

 オンケイ、とは恩恵のことだろうか。

 子どもたち全員が口を揃えて話しているのは、古代民の話だろう。

「あれだよな? 土の民は水の民のお陰で仕事ができる。だから、水の民の大切な恩恵を奪ってはならないって昔話」

 アルプレヒトが言う。

 古代、大陸には土の民がいた。彼らは土の恩恵を受け、生活をしていた。煉瓦、土器に始まり、建築、焼き物といった土から作り出されるものや技術を発展させていった。

 彼らは土の声を聴くことができたという。どんな土を、どのように使えば、どういうものが作り出せるか、直感的に知ることができた。その恩恵を背景に土の民は暮らしていた。

 そして、それを支えた他の民がいた。炎の民と水の民だ。土の民たちは、彼らの力がなければ、いくら自分達が土の声をきけたところで、それを十分に活かしきれないことを理解していた。

 自分達が暮らせるのは、他の民の力のお陰でもあることをわかっていた。だから、彼らは自分達だけでなく、他の民をも大切にした。その恩恵も誇りも汚さないことを誓った。

「ブレマンの祖先は土の民って言われてる。うちの煉瓦造りの町も見事だろ。でも、そんな昔話、まだ残ってだんだな」

「昔話じゃないよ!」

 アルプレヒトの言葉に、子どもたちのうちの一人が食って掛かった。

「今、雨が降らないのは約束を破ったせいだって、ばあちゃんが言ってたもん!」

「オレん家でも、じいちゃんが言ってた!水の民への誓いを破ったから、水の恩恵が受けられなくなったんだって」

「だから、この沼も濁っちゃったんだよ」

 小さな女の子の呟きに、リリアは驚いた。

「濁っちゃったって、ここ、前はお水が透明だったの!?」

 その勢いに女の子の方が驚いたようで、兄弟らしき少年の後ろに隠れた。

「そうだよ。前はきれいな水だったんだ。天気のいい日は水の中の草もはっきり見えるくらいだった。だけど、種蒔きの頃くらいから、急にこんな風に濁っちゃったんだ。それから、雨も降らなくなって、畑も枯れちゃった」

 女の子を背に隠したまま、少年は答えてくれた。少し悔しそうなその表情は、遊び場が一つなくなったこと、日々の生活が思うようにいかないこと、どちらに対するものだろうか。

 沼を守ることは村の水源を守ることであり、水は畑を潤して恵みを与えてくれる存在で、沼を荒らすことは怒りを買うから入ってはいけないと、代々村人の間に伝えられているという。

 ここ最近の旱魃も沼が濁ったものによると、村の年寄りたちは考えているらしい。

「沼が濁ったから、旱魃になったなんて……。そんな言い伝え、まだ残ってるんだな」

「そりゃ聖輝教の教義からしたら、いまいち信じられないんでしょうけど」

 ブレマン国の国教は聖輝教であり、かの教団は古くから存在している伝承、不文律や規範をタブー視した。合理的な判断、理論だった考えこそが正しいとし、それ以外を思い込みとしている。

 そのため、貴族階級にしてみれば、幼いころから言い聞かせられた教え以外は奇異に映ることだろう。しかし、古い土地、聖輝教が教会を置かない土地では、教団の教えと古代の言い伝えが自然と共存していることは珍しくなかった。

「教えてくれてありがとう。ところで、私たち宿を探しているんだけど、誰か案内してくれない?」

 あからさまに話を変えたリリア。しかし、子どもたちは気にすることもなく、見慣れない旅人に興味津々に我先にと競って案内を買ってでてくれた。

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