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群青の配達屋  作者: 大咲六花
第三幕 秘密がひとつ、ふたつ
18/38

フェディールから来た

 リリアたちを見送ったあと、ヴァレールは宿屋の食堂でレベックの手入れをしていた。夜になると、人でにぎわう食堂も今は閑散とし、掃除をする従業員や食材の下拵えをする女将だけだ。

 窓の外は穏やかな日差しが行き交う人々を照らしている。

 レベックの弦を調整している手を止め、ヴァレールは知らず深いため息をついた。そのかすかに憂いを含む横顔に、店内からの視線を集めていることには本人は全く気付いていない。

 カランと、扉の開く音に、ヴァレールに見惚れていた従業員が目を向け、そのまま時を止めたように固まってしまった。口を開けっ放しで、いらっしゃいませの一言もない従業員に、女将は呆れたように視線を向ける。

「いらっしゃ……」

 店の中の空気の変化に顔を上げたヴァレールは怪訝な顔をして、店の人間たちの視線の先を追った。

 扉を開けた先に、外からの日差しを背負う青年が佇んでいた。金色に近い茶色の髪が日の光を受けて輝きを放つ。年の頃は、二十三、四歳ほどだろうか。精悍な顔立ちに琥珀の瞳の青年に、店の中の全員が魂を奪われていた。

「―――っ!」

「ヴァル! 元気にしていたか!?」

 思わず立ち上がった拍子に、思い切り足をテーブルにぶつけ、ヴァレールはその場にうずくまる。抱えていたレベックを落とさなかったのはさすがである。

 軽快な足取りで近づいてきた青年を見上げ、うろたえた声を上げたヴァレールからは普段の冷静さは全く見えなかった。

「どうしてこんなところに!?」

「お前、さらっと失礼だよな」

 仮にも自分が滞在している宿の人間がいる前で、“こんなところ”とはさすがに普通は言えない。

「何しにいらしたんですか!?」

「仕事に決まってるだろう」

 何を当たり前のことを聞いてくるのかと呆れ顔を向けられるが、ヴァレールとしても二の句が継げなかった。

「……だ、団長はこのことは?」

「探していたんだが見つからなくてな。一番確実に合流できそうな所に来たんだ」

 お前たちは目立つから探しやすいと豪快に笑われる。その久しぶりの笑顔にヴァレールも思わず頬を緩めてしまう。

「で、そのビョルンたちはどこだ?」

 見惚れて動作が止まったままだった女将に、飲み物を注文しながら青年は周囲を見回す。全員揃っているとは思わなかったが、まさか一人しか捕まえられないとは思わなかった。

「フランは興行、ディアーヌは辺境伯の館にいるかと。団長は、団長は―――」

 思わず頭を抱えそうになるヴァレールに、青年は何となく察しが付いた。

(どうせ、ふらふらしてるんだろうな)

 仲間に動向くらい知らせておけ、と何度言っても治らない。癖と思って諦めるしかないので、ヴァレールが申し訳なさそうにする必要はないのだが、彼的にはそうもいかないのだろう。

「またえらく良い男だねえ」

 茶を運んできたついでとばかりに、ヴァレールにこっそり耳打ちする女将。見てくれも身なりもよい青年に興味津々だ。

「初めまして。私は商人のマリス・ジョエル・ド・オランデルと申します。オラール商会の者です」

「こりゃあ、商人さんだったのかい。フェディールからの商隊かい? 大変だったろう。今は盗賊も横行してるし」

「盗賊の話は私もずっと耳にしていたので、仲間の被害に心を痛めていました。ですが、ここまでの道中は安全に来られましたよ。グリムデル辺境伯様が何か手立てを講じてくださっているのでしょうね」

 蕩けそうな微笑みで女将と話す青年とは対照的に、ヴァレールは思案気に眉根を寄せた。

 とりあえず、全員集めてこれまでの話をまとめる必要がある。

(団長にどう連絡をとるか。あと、リリアがいない―――)

 思わず深いため息をつきそうになった時、突然扉が勢いよく開け放たれた。

「おい、ヴァル! あいつが来たって―――」

 扉を蹴破る勢いで開け、店に走りこんできたビョルンは、目の前で優雅に茶をすすっている青年を見つけ、脱力した。

「来るなら事前に教えろ!」

「旅してる人間にどうやって?」

「方法なんぞ、いくらでもあるだろうが!」

「何怒ってるんだよ、久しぶりに会いに来たのに」

「周りの迷惑を顧みろ。ほいほいほいほい、出歩きやがって」

 『周りの迷惑』については、団長が言ってはいけない台詞である。と思った心の声が漏れるわけもないのだが、思わずヴァレールは口元を抑え、声を正した。

「とりあえず、フランとディアーヌも合流させます」


「で、何でいないって?」

 笑顔を作ってはいるものの、微妙に口の端とこめかみが引くついている。マリスを取り巻く空気が不機嫌に傾いているのを見て、ヴァレールは一人恐縮する。残りの大人組は、どこ吹く風だ。

「だーかーらぁ、グリムデルの坊ちゃんと農村部の天候不順の確認に行ってんだよ。お前、いい加減事実を受け入れろ」

「行かせたのか、二人で」

「悪い奴じゃねえし、裏表もなさそうなのは確認済みだし、別にどうってことないだろ。わざわざ変な心配する必要ねえよ」

「むしろ良い子よー。素直で、困っている人を放っておけない優しい子なのよー。貴族にしておくのが勿体ないくらい」

「ですねえ。ああいう子はなかなか周りで出会いませんから、貴重ですよね。誰かさんみたいに見せかけじゃないところがポイント高いですよ」

「フラン、今のは俺のことか? 見せかけ云々はお前だってそうだろうが。大体、二人きりで行かせるとか、無いだろ。いつ帰ってくるんだ?」

「馬で駆けて半日くらいって言ってたか。明日の昼には戻ってくるだろ」

「あ? 馬? 今、馬って言ったか?」

 マリスの眉間にしわが寄り、声の温度が数度下がったことにヴァレールは焦る。リリアを除く全員が集まったところで、宿泊中の部屋へ移動し、これまでの経緯を話していたのだ。

「馬車ですと、一日近くかかってしまうとのことで、早く行って帰ってこれる方法がそれしかなく。宿も二件ほどあるとのことでしたので、別部屋での宿泊も可能――」

「当たり前だ! これで一緒の部屋に泊まるとか、本気で怒るわ」

「もうすでに怒ってんじゃねえか」

 ビョルンとしても、ヴァレールを同行させるか正直迷ったところはある。しかし、情報収集に動くためにはヴァレールも手元に置いておかねばならなかった。フランチェスコ、ディアーヌ、ヴァレールとそれぞれ得意な収集先が異なる。また、盗賊対策の方が天候不順よりも優先度が高かった。

(あいつは何かある、と踏んだんだろうがな)

 だから、わざわざ別行動を進言してきたリリアの顔を思い浮かべる。もし、この件で何かできるとしたら、確かに彼女が適任だ。それを理解してのことだろう。なのに、目の前の男ときたら。

「お前、心狭めえなあ」

「うるさい」

 マリスは先ほどまで食堂で見せていた愛想はどこにしまったのか、不機嫌そうな顔を隠しもしない。

「明日帰ってくるんだな。俺も一泊するぞ」

「ああ!? 泊まるってどこに?」

「どうせ一部屋くらい余ってるだろう。ここじゃなくても、他に宿屋もあるんだろう?」

「どうすんだよ、他の連中」

 一緒について来ているはずの部下たちまで、急遽宿に押し込む気なのか。

「農村部まで行くと言わないだけマシだと思いましょ」

 ディアーヌの一言に、全員が「まあ確かに」と納得してしまう。

「で、冗談はさておき。現状はどうなってる?」

 なにやら、面白い坊やもいるようだし、とそれまでの雰囲気をがらりと変えたマリスに、団員もそれまでの気安い態度を脱ぎ捨てた。

 元々、この町に来たのは盗賊騒ぎについて商人たちや旅人の間で噂が流れたことがきっかけであった。それまで安全とされていた地域で突然沸き起こった事件。商隊にも被害が出始め、その頻度も一度や二度ではきかなくなった。しかも、場所がブレマン国とフェディール王国の境ともなれば、今後の騒動は必須だ。

 表向き、グリムデル辺境伯家から依頼を受けて町にやってきたかに見える『リドル・ラム』であるが、その時にはすでにマリスから盗賊騒ぎの情報を集めるように指示されていた。そんな状態だったから、辺境伯家からの依頼は渡りに船だったのだ。依頼がなくても町に滞在する予定だったが、思いもかけない臨時収入と情報の仕入れ先の伝手ができたと一石二鳥を喜んでいたところに、旱魃問題が降ってきた。流通の問題から食料不足が生じていると思っていた団員たちは、二重の問題に正直戸惑った。

「ま、原因が何にしろ、食い物がなけりゃ、そのうち暴動が起こるだろ」

「盗賊がフェディールのやらせではないか、という噂もありますが」

 ビョルンの危機感を感じさせない声音とは対照的に、ヴァレールはこめかみをもむ。

「これまで襲われた商人たちはすべて峠を越えたか越えないか辺りで襲われているようです。すべて辺境伯領ではあるのですが、境が曖昧なため、フェディールがブレマン国側の問題と見せたいがために国境ぎりぎりの辺りで襲っているのではないか、という憶測がきかれます」

 双方敏感にならざるを得ない場所柄だからこそ、辺境伯もうかつに兵を動かすのにためらいがあると、町ではまことしやかに囁かれているという。

「フェディール側のメリットは?」

 眉根を寄せるマリスだが、それに答えるヴァレールの口調は芳しくない。

「住民たちの間の噂程度のものなので、そこはなんとも……」

「正直、こっちだって商隊の被害を受けているんだ。完全に言いがかりの類だろう」

「盗賊被害のあるミレー峠、あの一体はもともとグリムデル家所有の領地です。警備隊とは別に集められた人間が周囲をうろついているようです」

 その辺りの情報について、ディアーヌが何か聞いていないのかマリスが視線を送ると、わざとらしい笑みが返ってきた。

「辺境伯様は、今日はお仕事で、私は不要って言われたわ」

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