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群青の配達屋  作者: 大咲六花
第三幕 秘密がひとつ、ふたつ
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飲んで、話して、夜は更ける

(そういや、巫女の件、どうするかな)

 旱魃の方については、ビョルンは正直乗り気ではなかった。領民たちの暮らしにかかわる問題を解決したいのは理解できる。しかし、簡単にいくものでもない。簡単に解決できないからこそ、アルプレヒトは“巫女による祈祷”にすがりたいのだろう。

(金は、まあ実際そこまで問題じゃないんだが、内容がなあ)

 フランチェスコは興行についての金銭管理はうるさいが、配達屋については案外採算度外視なのだ。この件に関しては、いろいろ言いそうな顔が何人か浮かぶ。

(むしろ、“あいつ”は面白がりそうだがな)

 そこまで考えて、ビョルンは目の前の大杯に注がれていた果実酒を飲み干した。

そこに、「あいつら!」と入り口から声が聞こえた。

団員たちが振り返ると、入り口からリリアとヴァレールに絡んでは追い払われていた、人相のよろしくない五人組がちょうど店に入ってくるところだった。彼らはこちらを睨んでくるが、近づいてこようとはしなかったが、わざわざアルプレヒトが声をかけてしまう。

「おい! お前ら! 何しに来たんだよ」

「ただ、酒飲みに来ただけだろう。なんで文句言われなきゃいけないんだよ」

 そんなやり取りを席から眺めながら、ビョルンはアルプレヒトに声をかけた。

「おーい、坊ちゃん。そいつら、こっちに連れて来いよ」

 アルプレヒトは一瞬眉を顰めたが、言われた通り、五人組を席まで誘った。フランチェスコとディアーヌを見て、乱暴をされるわけではないと思ったのか、やや安心して近づいてきた。

「よう。なんだか、うちの連中が昼間世話になったみたいだな」

 ヴァレールから聞いた話と先程の五人組の様子を見て、ビョルンはそう言った。すると、中の一人が被害者の如く話し出した。

「世話って言うか、ただこの辺を案内してやろうかと思って声かけただけで。ちょっと遊んでもらおうかと思っただけなのに、ばい菌扱いされたんだぜ」

「おお、そりゃ悪いことしたな。謝るぜ」

 そんなビョルンの様子に、その男は態度を大きくした。

「いまさら謝られてもな。何かお礼でもしてくれるっていうなら、なぁ」

 後ろの仲間を振り返り、ニヤニヤした表情でそう言った男に対し、

「お礼ねぇ。じゃあ、飲み比べでもしないか? お前らが勝ったら、あいつらにいくらでもお前たちの言うこと聞かせてやるよ。ただし、俺が勝ったら今日の昼間の一件は水に流すっていうことで」

「いいぜ、先に潰れた方が負けってことだな」

「ちょっと、団長さん! 」

 無謀な勝負だと、止めようとしたアルプレヒトの腕をフランチェスコが掴んで、笑いながら首を振る。

「大丈夫ですよ」

 そんなやり取りの横では、別の一人が、ディアーヌに絡み始めた。ディアーヌはその男をかわしながら、「私、この人のものなの」と言って、フランチェスコの腕に手を巻きつける。

「嘘をついて、巻き込まないでくれます?」

「あら、儲けるチャンスじゃない?」

 笑顔のまま、小声でやり取りする二人は傍から見ると、仲睦まじく見えないこともない。その様子を見て、ディアーヌに絡んだ男が、「じゃあ、お前も勝負しろ!」と言い始め、結局フランチェスコは他に二人を交えて、カード勝負をすることになった。

「いいの!?」

 アルプレヒトはディアーヌに詰め寄るが、「大丈夫、大丈夫。何も心配要らないわよ」と笑顔でかわされてしまった。

 一方では飲み比べ、一方ではカード大会と、ギャラリーも存分に集まり、賑やかさを更に増して、今日の夜も食堂の熱気は高まっていった。


「入るぞ」

 リリアは、ノックの音が聞こえた扉を開けると、ヴァレールが湯気の立つコップを二つ手にして立っていた。

「フランがもらってきてくれた」

 果実酒を数滴垂らしたミルクは温かく、ほのかに甘い香りが漂っている。一口含み、リリアはほっと息をついた。この時期は、昼と夜の温度差が大きくなる。ついでに、リリアもヴァレールも昼には雨に降られ、全身びしょ濡れになっている。風邪をひかないようにとの、フランチェスコの気遣いだ。

 彼らは未だに階下の食堂でどんちゃん騒ぎを繰り広げている。しかし、その喧騒はここまでは届いてこない。 

 窓の外を見上げるリリアの横に、ヴァレールは座り込んだ。夜になり、空気は澄んだが、雲は依然として重く立ち込めている。

「何か見えるか?」

 リリアがずっと空を見上げているため、ヴァレールは自分のコップの中身に口をつけながら、気のない様子で尋ねた。

「この曇り空で、何を〝見ろ〟って? 曇ってなくても〝星見〟なんかできないけど」

 リリアも気のない様子で返したあと、コップの中身を見ながら続けた。

「……ごめんね」

「何が?」

「少しでも何か“見え”れば良かったんだけど」

「別にそれは構わない。お前が見当違いの方向へ勝手に進んでいかなければ、俺の負担にはならない」

「私に自分から歩き出すなってこと?」

「自覚ないわけじゃないよな?」

 リリアがいじけた顔を向けると、ヴァレールは笑みを返した。

「フランもいつも言ってるだろ? 人にはそれぞれ役割があるんだよ。お前はお前にしかできないことがある」

 それに、とヴァレールは更に続ける。

「正直な話、お前にその“力”があったら、ここに俺たちはいないだろ」

「確かに」

 ごく当たり前の事実に、リリアはストンと納得する。どんな慰めの言葉よりも明らかなそれは、ヴァレールらしい言葉だ。

 あっさりと納得するリリアの顔を見て、ヴァレールは気取られないように息をついた。昼間、アルプレヒトに髪の秘密がばれたことで、もしかしたら落ち込んでいるかもしれないと案じていた。

「ねえ、ヴァル。私、農村部に行ってみようと思うの」

 その言葉にヴァレールはぎょっとする。

「俺の話聞いてたか?」

 動くなと言ったばかりなのだが。

「いや、違うよ!? 一人で行くんじゃなくて、アルプレヒトに連れて行ってもらおうかなって思って。私が、こっちにいてもできることなんてないじゃない?」

 確かに、ミレー峠の近いこの町では、盗賊対策がメインになる。そのための情報収集には人手は必要だが、これから先は町の人間からの聞き取りだけでは困難になる。

(だからこそ、ディアーヌは辺境伯の懐に潜り込んだし、フランは教会を押さえている)

 団長は放っておいても、いろんなところに入って行って、適当に欲しい情報を手に入れてくる。野生の勘とも言うべき能力だが、いつの間にかふらふらといなくなったり現れたりするのはやめて欲しいといつも思う。しかし、彼女にあるのはその役ではなく、他の役であるのは間違いない。

 ヴァレールは、目の前のリリアの思案に暮れる瞳に深い息を吐いた。本当に心配は杞憂だったようだ。

「まだ動くなよ。明日、みんなに相談してからだ」

 きっと行かせることになるのだろうな、とヴァレールの口の奥に苦いものが広がった。

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