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群青の配達屋  作者: 大咲六花
第三幕 秘密がひとつ、ふたつ
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ばれる

「びしょ濡れで帰ってきたと思ったら、お客様もお連れしていたのかい? お茶の用意もしていないと聞いたのだけれど」

「兄上……」

 部屋の中に入ってきたのは、アルプレヒトに面差しの似た青年だった。統括軍の制服を着てはいるが、アルプレヒトとは違った意味で軍服の似合わない優男だ。

(ベネディクト・エメリヒ・フォン・グリムデル、か)

 ヴァレールの記憶によれば、彼はグリムデル辺境伯家の嫡男で、国王の覚えも目出度い統括軍の師団長だ。冷静な作戦指揮官であり、先のブレマン国とウラール帝国との小競り合いでも優秀な戦役を収めたという噂だ。ゆくゆくは父親の跡を継いで、統括軍の長の地位に収まるのだろう。

「こちらの方々は?」

「ご挨拶が遅れ、大変失礼致しました。私共は、『リドル・ラム』の一員でございます。昨夜は大変お世話になりました。町中で突然雨に降られて立ち往生していたところを、アルプレヒト様に助けていただいた次第でございます」

 滔々と口上を述べるヴァレールと、その横で丁寧なお辞儀を繰り出すリリアの変わり身にアルプレヒトは兄の目の前ということも忘れ、口をあんぐりさせてしまった。

「ああ、『リドル・ラム』の。そうだったのか」

「お屋敷にお招きいただいたばかりか、このようなお召し物までお貸しいただき、大変恐縮でございます」

「兄上! 勝手にごめん。俺が昨日の舞台に感動して、ちょっと話を聞きたくて、それで誘ったんだ」

 アルプレヒトの焦った弁明に対し、ベネディクトは微笑を返した。

「普段、あまり家に寄り付かない弟だが、お役に立てたなら何より。こちらこそ、昨夜は素晴らしい余興で楽しめたよ。まあ、値段の方も当初の予定より……」

 苦笑するベネディクトに、ヴァレールもリリアも視線を合わせられない。フランチェスコが興行後に手にしていた証書の麗筆は彼のものらしい。

(フランの守銭奴がすみません)

「まあ、市場で買い物もたくさんしてくれたようだし、民に還元してくれたと思うことにするよ」

 領民の経済に思考を向けているところは、さすが未来の辺境伯様というところ。軽く話題を流してもらえたので、二人としてもさほど居心地の悪い思いをせずに済んだ。

「雨が止むまで、少しゆっくりされていくと良い。アルプレヒト、おもてなしして差し上げなさい。使用人たちには私から言っておくから」

「ありがとうございます、兄上」

 笑顔を残し去っていくベネディクトに、アルプレヒトの表情は冴えない。しかし、リリアとヴァレールから向けられる視線に顔を上げ、無理やり笑顔を作った。

「あれが俺の兄上。優秀な嫡男様! いい男でしょ」

 声は明るいが、痛々しい笑顔に二人は黙ってしまう。

「昔からグリムデルの長男様は、勉学も剣術も優秀。彼がいればグリムデル家は安泰って言われてた。次男坊は、兄に全部いいところを持っていかれたんじゃないか、ってくらいに平々凡々。いてもいなくても変わらない存在ってね」

 比べられることが当たり前で、父親も彼に何も期待することはなかったという。周りの貴族たちも、兄のことは知っていても、次男がいることすら知らない者もいた。

「おかげさまで、自由気ままにさせてもらったけど」とアルプレヒトは肩をすくめる。いてもいなくても変わらないのだからと、町に出かけるようになった。名前を明かさず、あたかも住人のように振る舞えば、そのまま溶け込めた。警備隊に入ったときも、身分は隠したまま、特に支障なく今までやってきている。

「兄上は有名だから顔でばれることもあるだろうけど、俺は不出来なことしか有名じゃないから、ばれる心配もない」

 なぜか胸を張るアルプレヒトだが、気づかれているぞ、とはここでは突っ込めない。

「でも、貴族なのに、なんで私たちを頼ったの? 家の力を使えば、シルウァス島に祈祷の依頼だってできるんじゃない?」

 少なくとも出会ったばかりの旅芸人をいきなり当てにするよりは確実だろう。どれだけ時間とお金がかかろうと。

「父上だけじゃなくて、兄上にもシルウァス島への要請は反対された。二人とも天候に関してはあまり興味を示してないんだ。不作はいつだって起こりえるものだから仕方ないって。一応、盗賊の方には力を入れてくれてるみたいだけど」

 辺境伯家の立場として、元々騎士を他の貴族よりも多く抱えている。また、襲撃に備えて、夜間も峠に見張りの人員を多く置いているらしい。

「それにしても、お兄さんも私たちのこと、覚えてなかったわね」

「いつものことだろ。というか、辺境伯様はかぶりつきで見ていたが、ベネディクトの顔は会場の見える場所にはなかったぞ」

「ヴァルってば、演奏しながら会場見渡してたの?」

「別に見える範囲の観察をしていただけだ。まあ、こいつの顔も見える場所にはなかったけどな」

「ん? 二人とも出てたっけ?」

 首を傾げるアルプレヒトは、当日の『リドル・ラム』の公演の記憶を手繰り寄せる。団長のビョルンは楽士、その隣には美しい女性の楽士。黒髪の踊り子ジュノンに、奇術師は男女の二人組――。ん? “黒髪”の踊り子?

「ええええ―――!」

 アルプレヒトの絶叫が雨音をかき消すように館中に響き渡った。

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