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群青の配達屋  作者: 大咲六花
第三幕 秘密がひとつ、ふたつ
13/38

きみの家は

「お前ら、また俺らの前に現れて、本当は構ってほしかったんだろ?」

「この前は邪魔が入っちまったけど、今日はそんなこともなさそうだしな。遊ぶのが嫌なら、ひと稼ぎさせてやるぜ? 変わった趣味の人間に心当たりは結構あるしな」

 二日も連続で同じ男たちに絡まれるという経験はリリアもヴァレールも初めてで、さすがに重いため息が出てくる。しかも、雨が降りそうで、早く帰宅したいときに限ってこの所業。昨日のツキのなさは今日も絶賛継続中なのだろうか。しかし、次の男の言葉に二人は顔を見合わせた。

「やっぱりグリムデルと知り合いだったんだな。道理であいつがタイミングよく出てきたと思ったんだ」

「なんのことだ?」

「とぼけてんじゃねえよ。グリムデルの次男坊と知り合いなんだろ? 夜だって城に出入りしてたじゃねえか」

「なるほど。そういうことか。合点がいった。礼を言う」

 そう言うと、ヴァレールはおもむろに男たちに近づき、笑顔を見せた。同じ性別ではあるものの、美しい笑顔に一瞬惚けた男たちは、次の瞬間にはその場に昏倒していた。

「アルプレヒトってグリムデル家の人間だったのね」

 手刀のみで男たちを黙らせたヴァレールに称賛の拍手を送りながら、リリアは昨日の食堂での会話を思いだしていた。

 なるほど、グリムデル家の人間であれば昨日の公演を直にその目で見ている。であれば、団長の挨拶や出演者のことも知っていて当然である。

「館にいたなら、俺たちの後も付けやすいな」

 問題は、辺境伯家の次男様ともあろう人間がなぜそんなことをしたのか、ということだが。そもそも、なぜそんな立場にあるのに、わざわざ町の警備兵などをしているのかという疑問も浮かぶ。

 宿屋での会話でも、「『アルプレヒトと』知り合いだったから、公演を引き受けたのか」と聞かれたのだろう。リリアたちはてっきりグリムデル辺境伯と知り合いなのかと尋ねられたと勘違いしてしまったが。昨夜一緒にアルプレヒトと卓を囲んでいるのを何人もが目撃している。しかし、何も知らないとわかった途端に誤魔化していたことを考えると、公然の秘密として隠されているようだ。

「みんな、見て見ぬふり?」

「そうかもしれないな。貴族の面倒に巻き込まれる可能性もあるしな。とりあえず、団長に報告するぞ」

 早めに伝えねば更に面倒なことになるかもしれないと、ヴァレールは本日何度目になるかわからないため息をついた。


 町の見回り、犯罪者の捕縛、役場での旅人の整理、酔っ払い同士の仲裁に足腰の弱った老人の荷物運び――。警備、と名はついているものの、本筋と外れた仕事まで、やることはいろいろと多い。

 最近は街道沿い、ミレー峠で盗賊に襲われる商人たちも増えている。アルプレヒトは、その負傷者の対応に駆け回っていた。

 怪我をした商人たちを診療所に送り届けた帰り道、昨日リリアたちに絡んでいたゴロツキを目にした。度々、旅人に絡んでは問題を起こしている彼らのことだ、放っておくとまた被害を出すに決まっている。アルプレヒトは後を追いかけた。が――。

(すっげえ強い!)

 案の定、というか昨日と同じように一組の男女に絡み始めた男たちだが、なぜか相手も昨日と同じくリリアとヴァレールだ。うんざりしたような二人の顔に、アルプレヒトも同じ気持ちになる。とりあえず助けに入らねばなるまい、と足を踏み出しかけたが、ほんの瞬きほどの間に男たちは地面に伏していた。

 的確に急所を打ったその腕前に感嘆していると、ふと背後に気配を感じた。

「どわああ!?」

「何してるの? また尾行?」

「どっから現れた!?」

 後をつけるのが趣味なのかと言いたげなリリアの視線に思わず後ずさる。と、その背は何かに阻まれれ、振り向くと頭の上にはヴァレールの緑の瞳が。

「尾行だけじゃなく、盗み見も趣味か?」

「ちがっ! そうじゃなくて! あいつらがまた問題起こすんじゃないかって思って」

「後をつけていたと」

 まあ、そうなのだが。そうだが、なんとなくその言われ方には素直に頷けないアルプレヒトだった。

「辺境伯家では面白い教育をしているんだな。間者でも育成しているのか」

「なん、で、そのこと……」

「あいつらが話してくれたぞ」

 視線の先に転がっている男たちはピクリともしない。アルプレヒトも黙ったまま、顔を上げない中で、空からは冷たい雫が滴り落ちてきた。

「うそっ!? 降ってきたの?」

 リリアの声にヴァレールもはっとして、突如リリアのストールをはぎ取り、少女の頭に被せた。二人の様子にアルプレヒトは訝った。

「お前からはまだ詳しい話を聞きたい。とにかく、雨宿りできる場所まで走るぞ」

「……わかった。ちゃんと話すよ。雨宿りなら、うちに来るといい」

 本格的に降ってきた雨に顔をしかめながら、ヴァレールはリリアを連れてアルプレヒトの案内に従って走り出した。


 辺境伯邸までは距離があり、到着したころには全員が濡れ鼠になっていた。裏門から入り、使用人棟を抜けて自室へ向かう。興業の時でも裏門から出入りしていたので、既に見知った風景だ。その後ろを歩きながら、本当に彼がこの屋敷の息子なのか、首を傾げたくなる。

(堂々と正門を使わないのは、俺たちと一緒だからか)

 いくら家長に招待を受け興業を行ったとはいえ、しょせん旅芸人。辺境伯様とは身分が違う。

 アルプレヒトの部屋は、凝った装飾の施された机や椅子が存在感を放ち、艶やかな色合いの壁には複数枚の絵が飾られ、何とも貴族らしい煌びやかな部屋であった。

「落ち着かない」

 ぼそりと、しかし思わずリリアはつぶやいてしまう。視界の端から端まで、存在感を主張する色彩の多さに、疲れがさらに押し寄せてくるように感じる。隣のヴァレールに視線を向けても、げんなりした表情をしているので、同じようなことを考えているに違いない。アルプレヒトの言動や性格とは全く一致しない部屋だ。

 そのアルプレヒトは奥の扉の先で、なにやらごそごそしている。寝室でもあるのだろう。

「とりあえず、これ使って」

 両手にタオルを山のように抱えて戻ってきたアルプレヒトは、そのまま二人にタオルを渡し、次には「えっと、着替えは…」とまたバタバタ動き始め、その様子にヴァレールのこめかみが波を打つ。

「使用人に状況を伝えて、準備させろ!」

 ヴァレールに言われ、アルプレヒトはおたおたと動き出す。思わず大声をあげてしまったヴァレールは苦虫を嚙み潰したような顔をしているが、その様子に思わずリリアはクスリと笑ってしまう。

「どうした? そのままだと風邪引くよ」

 なぜか部屋に入ってからも、リリアはまだ頭にストールを被ったままだった。怪訝に思い、アルプレヒトはタオルを片手にびしょ濡れのストールをはぎ取ろうとした。

「やだ! 取らないで!」

「だから、風邪ひくって!」

 リリアは叫び声を上げたが、それよりもアルプレヒトがストールを取り去る方が速かった。

ストールがなくなったリリアの白いシャツの色は灰色へと変化していた。驚くアルプレヒトの目に映るのは、灰色と漆黒が混ざり合った髪で、その先からは灰色の雫が滴り落ちている。

静かな部屋の中で微動だにしない二人の頭の上から、ばさりとタオルが降ってきた。

「お前も濡れてるんだから頭を拭け。リリアもぼうっとするな」

 ヴァレールの手がリリアの頭をタオルでごしごしと拭く様子に、アルプレヒトも我に返り、部屋を後にした。

 ずぶ濡れの次男(と連れの旅芸人)に目を丸くしながらも、使用人たちの準備は速かった。わざわざ着替えだけでなく、湯まで用意してくれた。

 濡れたシャツを脱ぎ、冷えた体を温かい湯に浸したタオルで拭う。それだけで体の緊張もほぐれていく。リリアは体だけでなく、色の落ちた髪の毛も丁寧にぬぐい、用意されていた着替えに袖を通した。昨夜と違うのは、再度染粉をで髪の色を変える必要がないことだけだ。

 アルプレヒトの部屋へ戻ると、こちらも着替え終えたアルプレヒトとヴァレールが待っていた。アルプレヒトはこれまでの着崩された警備兵の制服ではなく、上等なリネンで織られたシャツとズボンを身にまとっている。シャツの襟もとにはボウタイが結ばれ、貴族のお坊ちゃまそのものだ。ヴァレールもほとんど同じような格好である。いつもは背に流している長髪をひとくくりにしているところが違いと言えなくもない。

(んー、着られてる感がハンパない)

 果てしなく失礼な感想を抱いたリリアだが、さすがに目の前のアルプレヒトには伝わっていないようだ。初めて会ってからの印象もあるのだろうが、上等な衣服よりも身動きの取りやすい格好の方が似合う。ヴァレールの方が着こなしているのだが、本人達はさほど気にしている様子もなく、おずおずとリリアに視線を向けてくる。

「使用人の服しか用意できなくて悪いな」

 リリアの格好は、くるぶしまであるワンピースだ。これにエプロンを付ければ、グリムデル家で働く使用人の一人に紛れ込める。アルプレヒトは気にしている様子だが、リリアは着心地が良いのでさほど気にはならない。動きにくいのは難点だが。

 それよりもチラチラと向けられるアルプレヒトの視線の方がリリアにとっては身に痛いところだ。

「……この髪でしょ? 染めてたのよ」

 気になるが、どう聞いていいのかわからないアルプレヒトに、やや投げやりにリリアは説明した。

 灰色だったはずのリリアの髪は黒く変化していた。黒髪は夜を映したような艶やかな漆黒で、今まで目にしていたくすんだ灰色は染粉のせいだったようだ。

なぜ彼女が髪をわざわざ染めていたのか、アルプレヒトが尋ねようとした時、ノックの音とともに一人の男が顔を出した。

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