商人アルデヒドの追跡
月曜日の早朝の事であった。商人アルデヒドは聞き込み調査通りの行動パターンで馬車を走らせる。毎度この時間から仕入れに向かっている様子だった。
「よし。いくぞ!」
「「はい!」」
俺達はその尾行を開始する。何時間もかかるような長い移動時間であった。アルデヒドはある廃墟のような街にたどり着く。
明らかに怪しかった。やはりまともな仕入れ先ではない。こんな廃墟のようなところで行われている取引など明らかに闇の取引だ。
もうこの時点で十中八九が黒のようなものであった。
アルデヒドはある廃墟の前で止まった。そこはどこか巨大な工場――その跡地のようであった。中に入っていく。
俺達は廃墟の隙間からその様子を伺った。その中の情景は通常の市場では考えられないような取引が行われていた。
「こ、これは――んんっ!?」
「黙っていろ。イルミナ。気づかれるだろ」
俺はイルミナの口を塞いだ。その廃墟で行われていた取引というものはとても同じ人間がしているとは思いたくもない取引であった。
そこでは競りが行われていた。
「金貨50枚!! 金貨50枚からのスタートだよ!!」
「き、金貨100枚だ!!」
「こっちは金貨150枚!!」
「ええい!! 金貨200枚だっ!! これでどうだっ!!」
商人達が競りをしていた。商人が競りをするその事自体は問題ではない。問題なのは競りの対象となる商品だった。
商品として吊るしあげられているのは若い女性だった。商品は彼女自身なのである。
「ど、どういう事ですか。フィルド様。彼らは一体何を」
ルナシスも目をくらっているようだった。
「奴隷取引だ。競りをしているのは奴隷商だろう」
「奴隷取引って……彼らにとっては彼女達も同じ人間ですよね。つまりは同じ種族なんですよね?」
ルナシスは驚いた表情。いや、信じたくないような顔で俺に聞いてくる。
「ああ……」
「それなのに同じ人間を物のようにやり取りをしているのですか?」
「そうなるな。残念ながら人間のうちには同じ人間を物のように考え、扱い人種が確実に存在するんだ」
「彼女達はどうなるんですか?」
「奴隷制度を採用している国は今でも存在する。そういった考えが公の制度となっている国だ。そこへ売られていって、奴隷として使役される事になるだろう。一生自由のない生活だ。中には恵まれた立場の奴隷もいるだろうが、それでも大抵が不幸な生活をしていく事となる」
「そんな……」
ルナシスは絶句する。エルフからすれば考えられないのだろう。エルフは個体数が少ない。個体数が少ない分、お互いを大切にして生きていくのかもしれない。エルフにとって仲間は貴重な存在なのだ。
だが人間はそうではない。人間はエルフとは異なり、繁殖能力に長けている。放っておいてもそれなりに数が生まれる。数が多くなればお互いの関係性は希薄になる。
何をしても心が痛まなくなる事もあるかもしれない。ましてや人間の中には他人を物のように扱う人種が存在していた。
今まさに目の前にいるような人種達だ。自分たちの利益の為ならば他人を物のように扱う事を厭わない連中。ここまで主だって物のように扱うやつは少なくとも、それでもギルド長はギルド員を悪条件で長時間働かせる事はいくらでもあるだろう。
かつての俺がそうだった。俺もまたクロード達に物のように扱われていた。
凄惨な状況ではあるが、俺は闇市場の様子をつぶさに観察する。奴隷取引も行われていたが、その他の取引も行われてはいた。恐らくは盗品であろう。ドワーフ製品も見られたし、人間界の製品も見えた。それから多いのがドラッグだ。麻薬などの薬だ。
ドラッグは闇社会の中でも需要の高い取引だ。安価で仕入れて多くの利益を貪る事ができる。ブラックギルドの資金源になっている事も多い。
そこまでしている連中はもはやギルドとすらいえず、マフィアか何かとしか思えないが。
「誰か、ここに招かれざる客がいるようですね」
声が聞こえてきた。中から、アルデヒドの声だ。
「貴様達!! 何をやっている!!」
突如、俺達の周囲を数人の男たちが囲み始める。
「やべぇ!! バレたか」
俺達は身構える。複数人の黒服の男たち。恐らくは闇商人を守るボディーガードのような武力集団だろう。男たちは懐から拳銃を取り出した。
拳銃。あまりなじみのない武器だが、魔法などよりも発生速度が速く、そして何よりも誰でも取り扱いができる武器だ。
魔法文明のある国家ではあまり発達しなかったが、それでも国によっては主流の武器として扱っている国もある。その武器が巡り巡って彼らに流れているのであろう。
闇市場なのだから本当に様々なものが流れてくる。
男達は引き金を引こうとした。
遅い。
「ぐ、ぐわっ!」
俺は引き金を引くよりも早く拳銃をけり落とす。単純な話、速度の次元が異なっているのだ。
ルナシスは剣を持ってその銃を斬り落とす。
「エアブラスト!」
「ぐ、ぐわああああっ!」
イルミナは風魔法で男を吹き飛ばした。
流石にただの護衛相手では戦闘力に差がありすぎたようだ。
――と、その時だった。
「く、やめろっ! は、放せっ! 放すのだっ!」
「ひ、姫様ぁ! セリス姫ぇ!」
セリスとドワーフ兵数名が男達に捕らえられていた。
「な、なんだこの小さい子供達は。男は子供のくせに一丁前に髭が生えてるぜ」
「知ってるぜ。こいつ等はドワーフだ。なんで洞窟の中で生活しているドワーフが人里に出てきたのかは知らねぇけどよ」
「フィ、フィルド様!! あ、あてを助けてっ! 嬲りものにされちゃう! 殺されちゃう!」
「あ、あのお転婆姫……」
俺は頭を抱えた。俺達を尾行するだけならまだしも、人質になるとは。
「な、なんだ、こいつ等お前達の知り合いなのか? ちょうどいい。こいつ等の命が惜しかったらいう事を聞いてもらおうか」
男は拳銃をセリスの頭に突き立てる。
「くっ……」
セリスの奴、余計な真似をしやがって。俺達はセリス及びドワーフ兵を人質にとられた事で身動きがとれなくなった。