クロードが殺人犯として指名手配を受けていた
俺達が王都を散策していた時の事だった。
何となくだが、王都が慌ただしい。警備兵団という、治安維持組織の人間が王都をさまよっていた。
「すみません」
警備兵が俺らに声をかけてくる。
「はい? どうかしましたか?」
「はい。この男を見なかったでしょうか?」
「この男……」
警備兵は俺にチラシを渡してきた。そのチラシに張りつけられていた写真の男を見て、俺は驚きのあまり絶句をした。
「……クロード!!」
そう、チラシの人物はクロードだったのだ。指名手配犯と書いてある。
「何か知っているのですか?」
顔色を変えた警備兵が俺に事情を聴いてくる。
「え、ええ。前に勤めていたギルドのオーナーだったんです」
「では、あなたも『栄光の光』に」
「はい。そうなります。それで、クロードギルド長がどうかされたのですか?」
「はい。実はですがクロード容疑者は殺人容疑で指名手配されているんです」
「な、なんですって!! 殺人容疑!!」
俺は驚いた。確かに嫌味な奴だとは思っていたが、まさか殺人まで犯すとは思っていなかった。確かに前会った時のクロードは様子がおかしかった。どこか壊れた様子で危なかしかった。
「殺人容疑ですか!? 詳しく教えてもらえませんか?」
「はい。まだわかっていない事も多いですが、恐らくはギルドの中でもめごとがあったようです。ギルド『栄光の光』の解体処分が決定したのですが、その際に役員同士で話し合いがあり、それでもめごととなり、クロードギルド長が他の三名を殺害したのだと推測されています」
「そんな事があったのか……」
俺は驚きのあまり絶句する。俺がギルドを出て行った事が最終的にギルドの解体へと発展し、人の人生を大きく変えて行った事に驚きを隠せない。
まさか、トップギルド『栄光の光』のギルド長から殺人犯にまで成り下がるとは、誰が予測していたのだろうか。
「俺が『栄光の光』からいなくなった事で、こんなに影響が出ていたなんて」
「フィルド様、ご自分を責めないようにしてください」
ルナシスが俺を気遣ってきた。
「わかってる、別に俺の責任でない事くらい。俺をクビにしたのは役員連中の方だ。俺がそれでいいのかって念を押して聞いたのに、連中は俺がクビを逃れたい為の言い訳だって」
「わかっております。ですからフィルド様のせいだとは誰も考えていません。どう考えてもあのクロードとかいう男の自業自得ではありませんか」
「フィルド様とあの男の人はやっぱりお知り合いだったのですか?」
事情をあまり知らないイルミナが聞いてくる。何となくイルミナもその殺人犯の男が、先日俺を襲ってきた人間の男なのだと察しがついているようだ。
「ああ。ギルド長だったんだ、かつて俺が働いていた『栄光の光』の」
「そうなのですか。それがなぜ殺人なんて。仲間をなぜ殺さなければならないのですか? ましてやフィルド様の命を狙うなんて。ひどい人です」
「やっぱり、あの時にあの男こ――」
ルナシスは表情を歪めた。
「やめろ、ルナシス」
「で、ですが、フィルド様」
「お前のせいではない。さっき自分を責めるなって言っただろ。お前の責任じゃない。それにどちらにせよ、あの時既に役員三人はクロードに殺害されていたんだ」
あの時の言葉『いなくなった』という言葉に俺は違和感を感じていたが、そういう事か。
単に離れ離れになったような感じではなかった。この世と離れ離れになったような、あの時は確信が持てなかったが、今それが確信になった。
「わかりました。申し訳ありません、フィルド様」
「謝る事でもない」
「皆さまはこのクロード容疑者に会ったのですか?」
「はい。先日、森の中で会いました」
「そうなのですか、それで容疑者はどこに?」
「わかりません。その後わかれましたので。その時はクロードが殺人を犯していると知らずに見逃してしまいました」
あの時拘束して警備兵に突き出すべきだったか。LVが低く、特別脅威ともなりえないと思っていたから油断していた。
「そうですか。もしクロード容疑者を見かけた場合、是非警備兵まで連絡ください」
「はい。ありがとうございます」
「では、我々は引き続き容疑者の捜索に向かいますので」
警備兵はそう告げて、引き続き捜索に戻った。
「いかがされるのですか? フィルド様」
「クロードのあの様子、かなり異常だった。ヤバかった。ギルドが崩壊したのを俺のせいだと思って、逆恨みしているらしい」
「そんな、ひどいです!! 自分でフィルド様を追い出しておいて、失敗の原因をフィルド様のせいにするのですか!! そんなのあんまりです!!」
ルナシスは怒っていた。
「いるんだよ、そういう人間が。自分の責任は棚上げして、全部を他人に押し付けるような人間。自分が成長しなくて、割を食っているだけならまだいいけど、それが他人に対する凶行に結びついてくるようじゃ、人として最悪だ」
あってはならない事だ。どんな理由があろうが。ましてやそれがろくでもない理由で人を殺めるような事。
あってはならない事ではあるが、現実問題としてそういう事件は多発していた。
理不尽である。不条理である。だがそれも現実でもあるのだ。
「いかがされるのですか? フィルド様」
「クロードの事か?」
「はい。そうです」
「放っておけばいい」
「放っておいていいんですか?」
「捜索は警備兵の仕事でもあるし、俺の仕事でもないっていうのもある。それになにより、俺のカンが言っているんだ。あいつ、クロードは再び俺の前に現れると」
「しょ、正気ですか!! 私、あの人と実際戦ったのですが、全く強くありませんでしたよ。ものすっごく弱かったです」
「私もあの人、強く見えませんでした。とてもフィルド様の相手になるようなお方ではないと思います。私でもお姉様でも、問題なく迎撃できます」
「あんな実力で再びフィルド様の前に立つのは、はっきり言って自殺行為ですよ」
「そうです!! そうです!! 冗談抜きで蟻がゾウに挑むようなものです!! 神に反逆するかのごとき冒涜です!!」
「俺を持ち上げるのはよせ……と言いたいところだけど、クロードの奴、マジで弱かったからな。あれで俺をどうやって殺そうっていうんだ」
「わかりません。全く」
「想像すらつきません」
「ともかく、奴とて馬鹿ではない。ギルドオーナーだった男だ。頭が回る。次俺の前に現れた時は勝機があっての事だろう」
「現れますかね?」
「現れないで逃げ延びている可能性の方が高そうです」
「あいつの俺に対する執着は異常だった。だから俺の前に現れる可能性は十分ある。俺に対する勝機さえ見いだせれば」
「その勝機が見いだせないのが問題なんですよ」
「本当です」
二人は溜息をついた。無理難題である。クロードが俺に勝つ。それは殆ど不可能に近い出来事だ。LVもステータスも段違いだ。子供と大人なんて可愛い表現ではない。
これはネズミとドラゴンの闘いだ。誇張な表現ではなく、実際そうなのである。
俺とクロードにはそれほどの力の開きがあった。
「ともかく放っておけば現れる可能性はある。それに捜索は警備兵の仕事だ。気にはなるが俺達がちょっかいを出す理由にはならない」
「それもそうですね」
「それじゃあ気を取り直して王都を散策するか」
「「はい!!」」
俺達は三人で王都の散策を開始する。しかし、予想に反して、クロードは俺の目の前に意外に早く姿を現す事となる。