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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

残念でした桜木さん

作者: 重原重治

いじめで死ぬ人間というのは,案外身近にいるものなのだな.

なんて感想を抱いたのは,中学校の頃だった.

ショックといえばショックだった.なにせ,普段からそれなりに話をしていた奴だった.ノリは悪いがそこそこ話せる奴で,引っ込み思案だが思いやりがあった.

ただ,いじめられているというのは知らなかったし,気付きもしなかった俺は余程鈍感だったのだろう.教師にも責められるレベルだった.

「友達ならもっと支えてやればよかっただろう」

友達,そう,友達だった.

だが,いじめられていると言われて俺が出来ることなんて,きっとその現場を押さえて主犯と喧嘩をすることくらいだ.それでいじめが止まるとは思わなくても,むかつくから殴っただろう.

そうなれば,陰でますますいじめは酷くなる.心配性のあいつはそう思ったのだ.と,なんとなく考えた.あるいは,俺なんぞに話してもどうにもならない,と思っていたからか.まあ,真相はわからない.

ともかく,死んだものは死んだ.もう休み時間に話すこともなければ,放課後家に向かってゲームをすることもない.美人なお母さんに親しげに話しかけられることもなければ,顔を真っ赤にして恥ずかしがるような奴を見ることもない.

「妙な感傷だ」

なんて言って,よくつるんでいた他の友人を呆れさせたことがある.

「君ね,そういうのは,寂しいっていうんだよ」

なるほど.確かに.

もう二度と手に入らないものを思うことを寂しいというのなら,俺はきっと寂しいのだろう.

まっさらな食パンを食べながら,一度くらいは墓参りに行こうかな.なんて思ったものだ.


そんな思い出を,教室で人を殴りながら回想した.

「ちょ,男子止めて!」

「やりすぎだって!」

「待てって!マジで一回落ち着け」

落ち着けとか言われても.

内心はそんなもので,けれど一方ではとてもムカついていた.

「なんで俺の教科書を池に落とした奴を許さなきゃならん」

悪ふざけの一環だろうか,にしても,度が過ぎている.

親が汗水たらして買ってくれた金で,これからきちんと勉強してほしいという願いを込めて,一冊2000円ほどの金を出して買ってくれた教科書.

それを5冊も池に落とした.乾かせば読めないことはないだろうが,なんにしてもまともな人間の所業じゃない.

「きょ,教科書ごときでなんで」

「俺の親が金出して買ってくれたもんだ.俺に使ってほしいから,俺に買ってくれたもんだ.今まで手塩にかけて育ててくれた親が,これからの俺のために用意した手塩そのものだ.そいつを無碍にしたんだ.つまり,俺の人生を無碍にしたのとおんなじだ」

そう,そういう理屈だ.

「なら,お前の人生だって俺は一切考慮しない」

胸倉をつかんでいた手をいったん放して,後ろ髪をつかむ.そこを掴んでおけば,あとは膝と腕を同時に動かせばいい.顔に膝を三度ほど叩きつけて,少し抵抗が少なくなったと感じたら,今度は顔を壁に擦り付けたまま,横に移動する.壁はあれでなかなか凹凸がある.教室の中だから比較的傷は浅いが,ところどころに画びょうの針だけが残ったものもある.そこそこの傷にはなるだろう.

比較的体重が軽いものだから,割合簡単に操作することができる.壁から顔をはがして,机の乱立している方向に放り投げる.がらがらと机の倒れる音が鳴り響く.後で片付けなくてはならないことを考えると憂鬱だが,それは報復を辞める理由にはなりえない.

机の角に腹でもぶつけたのか,うずくまっている同級生の腹を,抱えている腕ごと蹴っておく.そのうち腕が痛くなってガードが緩むだろう.緩まなくても,人に蹴られるダメージというのは馬鹿にならない.だから何度も蹴る.だが,途中で俺を羽交い絞めにする奴がいた.

「だから!待てって何もそこまで」

何もそこまで,なんてことはそいつが決めることじゃない.

頭を後ろに大きく振って頭突きをすると,うめき声と共に高速が緩んだ.いったん抜け出して,後ろに向けて蹴りを入れておく.腹筋の感触がしたので,幸い股間には当たらなかったようで,少し安心した.

もう一度そちらに向き直ると,いつの間にやら俺の視界に馴染みの顔が映っていた.

「うわぁ,また派手にやったね.慎太」

「まだやってる途中だ」

「辞めときなよ.流石の僕でもそろそろ引くよ」

「・・・そうか」

 じゃあ,やめておこう.

 流石に友人から引かれるのはそれこそ気が引ける.

「じゃあ,これで終わりだ.飯島,保健室行くか?」

 目の前で倒れている人間,飯島に声をかける.流石に,倒れている奴を見て見ぬふりをするのは良心が咎めた.だが,飯島はうめき声をあげるばかりで,これといった反応を返さない.

「・・・大丈夫,じゃなさそうだから,保健室連れて行くわ」

「慎太が連れて行くの?」

「まあ,目の前で倒れてるし,保健委員だし」

「ああ,そうだったね.でも絶対むいてないとおもうよ.保健委員」

「そうか?手当の仕方とかは結構慣れてるって評判なんだが」

「その手当の原因を作るのは君だろ.そりゃ慣れもするよ」

「そんなもんか」

 なんだか釈然としないが,こいつには口で勝てないし,反論はしないでおこう.

 飯島に肩を貸そうとするが,なかなか飯島が応じようとしない.

「ん,どうした」

「・・・ふざけんな!」

 瞬間,貸そうとした肩を掴まれて床にたたきつけられた.そして,頭に衝撃が走る.

 おそらく,頭を足で踏みつけられた.

 瞬間,体を回して脱出,それと同時に体勢を立て直して,転がりながら視認していた飯島に飛び掛かる.

 --横目に,やれやれと首を振っている友人の姿が見えた.





 結局,学校には救急車が呼ばれることになり,俺は一週間ほどの停学処分になった.

「俺も一応鼻ケガしたんだけどな」

「ちょっと鼻血が出たのと,骨を何本か負った人とじゃ,重症度が違うでしょ」

「まあ,そうかもしれんが」

 自宅謹慎をしている俺のもとにやってきたのは,最後まで一応俺の味方になってくれた友人だった.家が近所だということもあり,学校が終わるとたまに遊びに来る.

「・・・なあ,あれは一応いじめだったのかな」

「多分,君がいじめられるってことはないよ.いじめたらやばいから」

「そうか.まあ,俺はノリが悪いからいじめられても仕方がないんだが」

「あははっ!だからいじめじゃないって.だって君,別に傷ついてないでしょ?怒るべきだから怒ったってだけで」

「いや,傷ついてる.俺はいじめられるほどにノリが悪くてクラスに溶け込めていないのかって,割と落ち込んでるぞ」

「それで,何か行動を起こすわけじゃないんだろ」

「そりゃあ,これから何かやっても無駄だろうし,あんなに飯島ボコボコにしちゃったし,多分腫れもの扱いされるだろ,これから」

「かもね.でも,仕方がないだろ?昔からそうなんだから」

「そう.仕方がない.だからあきらめがつく」

 人に暴力をふるっても,特に罪悪感があるわけじゃない.できるだけ後遺症とかは残らないように喧嘩をしているつもりだが,時折やりすぎて,治療費を請求されることがある.そうすると親に迷惑がかかるから反省する.だから,出来るだけ後遺症が残らないように痛めつけるやり方は何となくわかってきた.

 今回は飯島の骨を折ったけれど,それだってちゃんとくっつくように折った.しばらく日常生活に不便はあるだろうが,俺だって教科書が濡れて不便がある.お互い様だ.

 大体,やりすぎたからなんだというのだ.仕方がないじゃないか.やりすぎたくてやりすぎた訳じゃない.たまたま,そんな風になってしまったのだ.運が悪かった.そういって納得すればいいのに.

「・・・どうしてあいつは開き直れなかったのか」

「世の中には優しいやつもいるってことだよ.優しすぎて,僕たちにはどうしてそんなにも優しいのか理解できなくて,理解できないから劣っているように見える.劣っているように見えるとからかっても良いと思える.けれど,ちょっとしたお茶目のつもりが,優しいやつにとっては致命傷になったりもする」

 つらつらと言葉を吐き出す姿はさながら詐欺師だ.実際,そのイメージはこの友人にぴったりだった.

 だが,詐欺師というのは案外人を見抜くものだ.

「だから,僕たちにはよくわからない.よくわからないけど,分かろうとも思わない.人のこと思いやるにしても限度があるからね」

 そこに悲しみの色は見えない.ただ,懐かしんでいるようには感じられる.

 あいつが死んで,あいつの両親も塞ぎ込んで,話によると別の町に引っ越したらしい.心の傷だってあるだろう.自分の死によって,あいつは周りを不幸にしたのだ.いままであいつに掛けられてきた手間暇,金,愛情,すべてを自分の意志で消費しきった.主犯は相変わらずこの町に居て,そこそこ楽しく暮らしているらしい.

 結局,あいつが死んで一番損をしたのはあいつと,あいつの両親だ.あいつだって親しい人間を悲しませたいと思ったわけではないだろう.それが分からなかったのか.そんなことを考えることも出来ないほど辛かったのか.


そんなことになるくらいだったら,いっそのこと,殺すつもりで復讐でもすればよかったのに.

「・・・やっぱ分からんな」

「なにが?」

「いじめられても,あいつの考えてたことは全く分からん」

「だから,いじめられてないって」

 小笠原はペンを回しながら言う.

「君のは諍い.あいつのはいじめ.そこにはとても深くて広い溝があるんだよ」

「やり返すかやり返さないかってだけじゃないのか」

「まあね.君みたいに最悪殺してもいい,って思ってるやつからしたらそうだろうけど.普通躊躇するよ.世間体とか考えて」

「俺も躊躇する」

「で,踏み越えるんでしょ.まあいいやって.だから怖がられるんだよ.何するかわからないって」

「・・・やられっぱなしは嫌だろ」

「まあね.ただ,自爆覚悟で突っ込む奴はそういない.考えるでしょ.自分が殺人犯になったら,家族はどうなるだろう.白い目で見られたりしないかな,職場とかで肩身が狭くならないかなって.君は薄情だし,最悪どうなってもいいからそう言えるんだよ」

「俺だって家族には幸せになってほしいぞ」

「ああ,わかってる.言い方が悪かったね.自分に比べたらどうでもいいから躊躇しないんだ.自分が大事だから,自分のプライドが傷つけられるとムカついて,我慢なんてする価値がないから報復してしまう.そうでしょ?」

「・・・多分?」

「・・・まあ,いいけど.君のそういうところが良い方に出ることもあるし」

 ただ,と一息おいて,

「あいつは違うよ.自分が仕返しなんかして,もし大ごとになってしまったら,家族が悲しむかもしれない.いじめられているのも,実は自分に原因があるのかもしれない.何か悪いことをしてしまったのかもしれない.そういう風に考える.だから抵抗できない.そうすると一方的だ.嫌なことを押し付けられて拒否できないからいじめになる」

「・・・」

 なんと声を掛ければよいのかわからない.どこか鬼気迫った様子で,なんだか熱くなっているようにも見える.

 こいつはこいつなりに,あいつの死に感じるところがあったのだろうか.そうでなければ,ここまで熱くなることもないだろう.

「君はそこまでなることはない.だからいじめなんて起きない.起こるのは殺し合いとか,そういうのだ」

「いや,したことないから」

「これからするかもしれないだろ.喧嘩っ早いし」

「・・・知らんけど」

 しない,とは自信をもって言い切れない.ただ,運が良いのか悪いのか,今まで人を殺すようなことはしていない.

「誰だって世界に一人きりだったら,憎い相手のことなんてぶっ殺すよ.ただ,ぶっ殺した後にも人生は続くから困るんだ」

「お前、いつもそんな物騒な事考えてるのか」

「唐突に物騒なことをする人よりはマシだと思うよ」

 それは俺のことを言っているのか、というのは聞くまでもないだろう。

「ま、僕たちには分からんさ。だから、分からないなりにやっていくしかないんだよ」

 突き放したような言葉だった。寂しさなど感じさせず、ただ鬱陶しい雨が上がった時のように、それじゃあ歩こうかと話しかける時のように。

「君はきっと、そんなこと言うまでもなく、何処までも歩くんだろうけどね」

「それはどうだろうな」

 俺の反駁に、少し驚いたような顔を見せる。

 別に俺が繊細だと主張する訳ではない。多分大多数の人間よりは鈍感だし、人並みの悩みなんて抱くことは早々ないだろうことは想像がつく。

 だが、確信していることが一つだけある。

「多分、お前は俺より長生きするよ」

 だから、何処までも歩くというのは、違う。

 手探りで人生を進む奴らとは違って、崖があろうが何だろうが、感情のままに飛び降りる奴もいるというだけだ。

 別に今の自分を見直すつもりは特にないけれど、そういう生き方をしている奴は思いやりのある奴だ。

「そう言う奴の方が、俺は尊敬できる」

 少しして、堰を切ったような笑い声が聞えて来た。

「君に尊敬されるとは、思いもよらなかった」

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