第二話:冒険者たちと最初の町
町につくまでの道中、右隣では重そうな鞄を引きずりながら少女が歩んでいた。彼女の通った後の草が、鞄の幅で倒れている。
「持ってやろうか……?」
少女にそう提案すると、申し訳なさそうな顔をして頷いた。
「うん、ありがとう。後でお礼――」
「いらん。これも協力の範囲内だ」
もしかすると、金を払えばなんでもいいと思われているのかもしれない。
しかし協力者になった以上、今後は接し方をもう少し考えた方がよさそうだ。
そう思いながら、少女の差し出した鞄の取っ手を片手で持った。しかしこれが予想以上に重かった。なぜこれを作った奴は取っ手だけで持ち運べると思ったのか。背負える構造ならばもっと持ち運びが楽だっただろうに。
だが一度持ってやると言ってしまったからには、やっぱり重かったなどとは言えない。男として、そんな恰好悪いことをするわけにはいかないのだ。
「行くぞ」
「うん!」
少女は元気に頷いて、再び歩き出そうとした。しかし何か気づいたように顔を上げて、こちらに視線を向けた。
「ねぇ、まだ名前を名乗ってなかったよね?」
そう言えばそうだった。ここまで驚きが多すぎて忘れていた。完全に彼女のペースに飲まれてしまっていたのだろう。
全く面白いやつだ。
「俺はヴァンだ。あんたは」
少女はドレスの裾を直して姿勢を正した。こちらに手を差し出して、
「私はアリス。これからよろしくね、ヴァン」
「ああ、よろしく。アリス」
こちらも手を出してやると、アリスは喜んでそれを両手で包んだ。
「じゃあヴァン、さっそく」
そう言うとアリスは金色の髪を左右に揺らしながら駆け足で先に行き、遠くに見えるグウィネの町を、まるで子供のような無邪気さで指さして、
「行こうか! 最初の目的地に!」
元気なやつだな、と肩をすくめてから、彼女のあとを追った。
しばらく進むと、町の外壁の元にまでたどり着いた。壁は高く、見える範囲の限界まで左右に広がっている。どうやら建てたのは随分昔のようで、ところどころにある欠けやひびが目立っていた。
中へ入るための門は解放されており、やってくる冒険者や旅人たちを歓迎していた。
「町に行ったらまずなにしよう! ヴァンは行きたいところとかある?」
門に向かいながらアリスがそう言った。
「馬鹿か。まずは宿探しだ。遊びに来たんじゃないんだぞ」
町に着いたら最初に拠点を確保する。そんなことは基本中の基本だろうに。アリスは今までどうやって旅をしていたというのか。
「でも交易の町だよ? 珍しいものとかもたくさんあるよ?」
なんとも能天気な様子でアリスはそう告げる。
確かにグウィネは交易の町と呼ばれている。それはこの町の位置が、モールという周辺地域一帯を統べている王国と、それより北を統べるグラチカという公国の、ちょうど国境沿いにあることに起因していた。
国境沿いにある大きな町はグウィネしかなく、それにより両国間の交易はこの場所を中心にして行われるのだ。
そうであれば当然、普段お目にかかれないようなものも簡単に見つけることができるわけで。
しかし今回は、そんなもののためにわざわざグウィネに来たわけではない。
「そんなのどうでもいい。財宝がなにより一番珍しいに決まってるだろ。他の冒険者だって必死になって探してるんだ。ゆっくりしている暇なんてないぞ」
するとアリスは少しばかりむすっとして、
「旅は楽しんだほうがいいと思うけどね。……まあ、ヴァンが宿屋じゃなきゃだめっていうならそれでいいけどさぁ」
ふてくされて空を眺め始めたアリス。ヴァンはそれを見てため息をついた。
「わかった。宿を見つけたら買い物に行くぞ」
買い物に行けるのがうれしいのか、アリスはぱあっと口を開け表情を明るくした。
「やぁったね! ありがとうヴァン!」
アリスは幸せそうにして、こぶしを胸の前でぐっと握った。
だがその様子を見るに、アリスは一つ勘違いをしているのではないかと思った。
「あのな。念の為言っておくが、俺は一応あんたに雇われてる身だ。だから、あんたが命令すれば俺はそれに従うつもりだ」
アリスは首を横に振った。
「私はヴァンに命令しないよ。だって仲間だもん。雇われてるとか雇ってるとか、そう言うのは気にしないようにしようよ。何か決めるにしても話し合ってからがいい。……あ、これは提案ね?」
つくづくおかしなやつだと思う。
だが、悪いやつでないことはわかる。
「……それでいいなら、異論はねえよ」
こいつといると、どうも調子が狂う。
とうとう門に足を踏み入れた。三日ぶりに石畳を踏む。壁より内側に入った途端、喧騒が一気に押し寄せてきた。
色とりどりの家が端に立ち並ぶ街道。人だかりはずっと向こうまで続いている。通りに面して花を植えた鉢がいくつも置かれており、それらが明るい印象を与えてきた。
「すっごいね! いろんなお店があるよ!」
アリスはキラキラした顔をあちこちに向けた。
「……後だからな?」
「わ、わかってるよ」
アリスは目線を泳がせながらそう口にした。
宿屋は探せばどこにでもあった。街道に面した大きな宿から、通りから少し外れた小さめの宿まで。他の町から考えれば多すぎるほどに見つかった。
だがそれもそのはずだろう。なにせ黙っていても冒険者が次々にやってくるのだから。
三年前に伝説の冒険者が公開した手記は、この町に幻の秘宝へ至る手掛かりがあるとしていた。そのためこぞって冒険者がグウィネにやってくるようになったのだ。
「ここにするか」
比較的静かな通りに面した宿屋。それを目の前にして立ち止まった。木造の二階建て。二階の木窓の枠には鉢植えが置いてあり、黄色い花がそこで咲いていた。
「いいね。落ち着いてるし、ゆっくり休めそう」
アリスは宿屋の扉を開け、こちらに手招きした。
重たい鞄を両手で持ち上げ、宿屋の中に入る。何が入っているのかは知らないが、この重さは尋常ではない。こんなものを冒険に持っていこうとするやつの気がしれない。
宿屋の主人は、店の奥のカウンターでお茶を飲んでいた。だが主人はこちらに気づくと、訝し気な目を向けてきた。
客が来たというのに失礼な奴だとは思ったが、ふと自分たちを見てその理由を悟った。
でかい鞄を持った男とドレスを着た少女がいきなりやってきたら、怪しむのも当然のことだった。
「宿を取りたいんだが」
そう一言告げると、宿屋の主人の表情が一瞬で笑顔になった。あまりに変わり身が早いので、思わず乾いた笑いが出てしまった。
主人は丸まるした顔の口角をあげた。
「そちらの方と一緒のお部屋でよろしいでしょうか?」
「いや、別々に――」
してくれ、という前にアリスが一歩前に出て、
「一番いい部屋を一つ! 朝食と夕食もつけて!」
手を挙げてそう言い放った。
「いや、待て――」
止めようとするが、
「えぇ、はいかしこまりました。ただいま手配させていただきます。少々ここでお待ちください」
にんまり笑ってそう口にした主人が、手の平を擦り合わせてそそくさと二階へ上がっていってしまった。
「いやあ一度言ってみたかったんだ! 一番いいのをって」
アリスはこちらに向かい、満足そうに微笑んだ。しかし。
「――おい、お前」
力を込めてそう言うと、アリスの眉がハの字になる。
「え、なに……? 怖い顔だね」
「お前さっき、何か決めるにしても話し合ってからがいいなって自分で言ったばっかだよな?」
するとアリスは全てを悟ったらしく、苦虫を噛んだような顔で目をそらした。
「あの、ごめ……えっと。…………お金いる?」
「黙ってろ!」
馬鹿なことを言う金髪に、軽くげんこつをくれてやった。口を開けて床の上を転げまわっているアリスの様子をみたら、自分は何をしているんだとため息をつきたくなった。
そしてちょうど帰ってきた主人がそれを目の当たりにし、二階の一番奥です、と一言残してまた去っていってしまった。
アリスはしばらくうずくまった後に、すくっと立ち上がり、涙目で二階に上がっていった。それを追って彼女と共に部屋に入る。
一番いいと言うだけあって、部屋は広かった。柔らかそうな寝具が二つ。大きめのクローゼットに、戸棚と鏡台。どれも手入れが行き届いており、埃一つついていない。
今まで数々の宿に泊まったが、この部屋はそのどれよりも質が言い。
「やっぱり暴力はいけないと思うなぁ……」
アリスはいきなり寝台にうつぶせになったかと思えば、唇を尖らせてそんなことを言った。
「お前がどうかしてるのが悪い。普通、見ず知らずの男と部屋を一緒にしたりするか? いつ襲われるかわかったもんじゃないだろ」
するとアリスはぼそぼそと、
「ヴァンはそんなことしないもん」
「お前なぁ……」
出会って間もないやつにどれほど信頼を置いたというのか。
……確かに襲うつもりはないのだが。
アリスは寝台の上で転がり、こちらに背を向けると、
「やっぱり、怒ったのは私を心配してくれたからだったし」
あ、と思わず声が出てしまう。それから慌てて口元を押さえるが、もはや意味のないことだった。
アリスは上半身を起こすと、してやったりといった表情で、口を押えたこちらを覗いてきた。
奥歯を噛み締めた。どうやら馬鹿だと思って油断しすぎていたらしい。考えてやったことだとしたらなかなかの策士だ。
「お前、憶えてろよ……!」
「うん! 私の仲間は素直じゃないってことを、ね!」
やっぱり襲ってやろうかこいつ。
そんなやりとりをしつつ部屋に荷物を置き終えると、二人は自分の寝台にそれぞれ腰を下ろした。
「さて、買い物に行く前にこれからの方針を決めたいんだが」
腰に差した短剣を確認しながら、アリスにそう話しかけた。
アリスは熱心に冒険者の手記の複製版を読んでいた。それは世界中に出回っているもので、自分も一冊持っている。
手記には、秘宝へ至るまでの手順が大雑把に書いてある。
黄金の大聖堂に行くためには、とアリスはこちらを見ずに言う。
「とりあえず、太陽と月っていう二つの宝玉と、大聖堂の封印を開放をするための呪文の言葉が必要なんだよね」
「そうだ。そしてこの町にはそのうちの一つ、月の宝玉がある。そのために俺たちはこの町に来たんだ」
でも、とアリスは口にして本から視線を上げた。こちらの顔を覗いてから、
「まだ誰も月の宝玉を手にしていない」
彼女の瞳は期待に輝いていた。
それに頷いてやる。
「つまりチャンスはあるってことだ。問題はどこにあるのか、だけどな」
アリスは考える仕草を取って、うーんと唸る。
「手記には、隠された地下室に伝説の大聖堂について書かれた石碑と、月の宝玉があるって書いてるけど……」
「まずその隠された地下室がどこにあるのかわからねぇんだよな」
二人そろって唸り始める。
先に考えが浮かんだのはアリスだった。
「買い物に行きがてら、町の人に話を聞くというのはどう?」
自信満々に告げたアリスを、伏せた目で見る。
「お前、それ早く買い物に行きたいだけじゃないだろうな」
アリスの表情が固まった。
図星のようだった。だが。
「……まあ、いいか。準備したら行くぞ」
アリスが口をあけてぽかんとした。
「いいの? 方針決めるんじゃ……」
「どっちにしろ情報が必要だ。ならあんたの我儘もついでに消化したほうが効率的だろ」
アリスの表情が見る見るうちに明るくなっていく。
「二言はないね……? 私いっぱい行きたい場所があるんだから!」
彼女は花が咲いたような笑みを浮かべた。続けて寝台から勢いよく立ち上がると、
「買い物だぁ!」
こぶしを高くつき上げて高らかにそう言った。
「情報集めが目的だ、ばか!」
こうして、次なる行動が決まったのだった。