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ハルの能力

「こんなに泣くつもりじゃなかったんだ。」


グズグズと鼻をすすりながらハルが言う。可愛い顔がぐしゃぐしゃだ。タオルを渡せば乱暴に顔をぬぐっている。こんな仕草は実に男の子である。


「気にしないで。同じ立場だったら私だって夜通し泣いているわ。」


突然、右も左も分からない世界に引っ張り込まれたのだ。不安で仕方ないだろう。安心できるようににっこりと笑ってみるとハルは真っ赤な顔をしていた。やはりエマに涙を見られたのは恥ずかしかったのだろう。


「さて、これからどうしようかな。ハル。この国は今他の国から鎖国状態なの。理由は瘴気による病が流行っているから。この国から出ないように近隣の国は厳しく国境を取り締まってる。当然外から入ってくる人もいない。」


「つまり、この国からは逃げられないってこと?」


「そういう事ね。ハルは元の世界に帰りたいのよね。でも、大神官には聞けないし……。うーん。ここからもっと北の深い森ににね。大賢者がいるって噂があるの。ハルの能力が有ればもしかしたら会えるかも。」


「大賢者!すげぇ。いこ!行く!」


「ハル、張り切ってるね……。装備揃えないと。」


「装備!?」


「……なんでも興奮するんだね。」


「うぉおお。これが興奮しないでか!」


よくわからないがハルの何かに触れたようだ。


「でも、どっちかって言うとRPGよりシューティングの方が好きなんだよね。」


「ハルは興奮すると訳がわからない。」


「俺、エマについていく!」


さっきまで泣いていたハルは大興奮だった。まあ、泣き顔よりはこっちの方が良い。


街に降りるとハルが子犬の様にエマの周りをくるくると歩く。可愛いのだか少しめんどくさくも思ってしまう。


「ハル、あのね。お願いがあるの。瘴気を払えば病気が治る人たちがいるの。ハルが自分の世界に帰れるようにもちろん手伝うけれど、出来れば病気の人も救って欲しい。」


「ね、あの屋台って何焼いてんの!?超おいしそうなんだけど!……て、いいよ!瘴気くらい祓うよ。払うからあれ、食べさせてくれる?」


「え。そんなことでいいの?」


「別に黒いモヤモヤ祓うくらいどってことないし。それより、お腹空いた!」


串焼きの屋台で串を4本買ってハルに渡すと豪快に口を開けてハルが食べだした。これが本来の彼の姿なんだろう。監禁部屋で見た時はなんと儚い聖女かと思ったけれどこうしてみるとどこをどう見ても普通の……と言うよりはちょっと調子に乗る部類の男の子である。


「ハルっていくつなの?」


「え、俺?14。中2。」


「ちゅう?なら私の2つ下ね。」


「エマって16なんだ。随分しっかりしてるからもっと年上かと思った。」


チラチラとこっちを見てくるハルの視線。


10センチほど私の方が高い身長。どうやら本人は気にしているようだ。串からは肉と野菜がみるみる無くなっていく。頬を膨らしたハルが可愛らしい。笑ってハルの口の端のタレを拭うとアワアワとハルが真っ赤になるのが面白かった。


「ハル。装備と食料を買ったらすぐに森に戻るからね。いつも昼食が来てた時間になったら逃げたのがバレる。そうしたら外に出れなくなっちゃうから。」


「う、うん……。」


「さ、道具屋いくよ。」


「うん!!」


土煙の立つ大通りを横切って少しほそい路地を曲がる。目的の道具屋に着くと商品を選ぶ。伝染病が広がってからもなんとか営業できている街では大きい方の道具屋だ。店先や店内をキョロキョロと見渡しながらハルは目を輝かせて私のすることにいちいち感動していた。しばらくすると私が選んだ薬草の上にハルが同じものを置いた。


「ハル。2つも買わないよ?」


「ちがうよエマ。こっちの方が良いんだ。」


え。とハルを見上げる。そうか。ハル『鑑定』を使っているんだ。


「あと、コレ、買って。」


「え、コレ?」


ハルが錆の酷いボロボロの鞘に入った剣を引きずって持ってきた。


「それ、店の前で叩き売りしてたやつだよ?しかもハル持ててないよ?」


明らかに体に見合っていない。暗に戻してこいと伝えたがハルは譲らなかった。


「でも。絶対必要。エマ。俺・を・信・じ・て。」


本当は高価なものとかなのかなぁ。と簡単な装備、薬草と非常食と一緒にお金を払う。


「じゃあ、10700Gな。」


「え、ちょっと!高いよ!」


「薬草と装備は300G。非常食は450Gのところを50Gもおまけしてやったんだ。」


「ちょ、このボロ剣、10000Gもするの!?なんで!?店の前で安売りされてたのに!」


「安売りったって、お前……錆びてたって重量はあるんだから鋼の材料費ぐらいはなるだろ。10000Gでも叩き売りだ。買わねぇんなら店先の棚に直してこい。」


「……。」


振り向いてハルを恨めしそうに見てもハルは絶対に首を縦に振らなかった。なんとしてでも手に入れたいという意思が感じる。


「あのね、言っておくけど私が王女だとしてもお金なんてあんまり持ってないんだからね!」


湯水のように使えると思ってもらっても困る。少しづつ城から持って出た身の回りの物をバレないように換金したりしてやっとためたお金なのだ。念を押してハルに言う。ハルは剣を引きずりながら満足そうについてきていた。


「まあまあ。せっかくファンタジーなんだから剣だっているだろ。」


「……。」


必死なハルに何も言うまい。この後教会で瘴気祓いをしてもらいたいから我慢する。我慢するけど……。はあ。


その後、心配したけれどハルが他に何かを強請ることは無かった。


「ね、少しだけ瘴気を祓って欲しいんだけど。」


日が高くなってきたのでもうそろそろ聖女を探し出すために兵が城下にも降りてくるだろう。時間があまりない。教会の裏手に回って重病人がいる部屋を窓からそっと覗いた。


「ハル、姿を見せないで瘴気って祓える?」


「……やって見ないと分からない。」


「出来たら全部取りきらない方が良いんだ。今日はハルの力が見たいだけなの。」


「なんで?治してあげればいいじゃん。」


「治しちゃうとハルがやったってバレる。居場所がバレたら困る。」


「そ、そっか。分かった。やってみる。」


チラリと窓から中を覗いたハルは病気の人に向かって手を向けた。部屋の中にはもう息も絶え絶えな重病人が床に10人ほどだろうか。見捨てられたのか転がされていた。


「……エマ。」


「ん?」


「ヤバイ。」


「ダメだった?」


「力加減できなくって全部黒いの祓っちゃった……。」


「!!」


部屋の中の人たちが不思議そうに胸を探りながら立ち上がり始めていた。凄い……あんなに時間もかけないと治らなかったのに。


「ハル!逃げよう!」


ハルの手を握って走る。リュックは薬草と非常食でパンパンだし、ハルはボロ剣を引きずっている。でも心が軽かった。


「ハル!」


「エマ?」


「ハル!」


「ちょ、どうしたの?とと、」


「ハルは凄いよ!」


瘴気が、


瘴気が祓えるのだ!


しかも!


あんなに簡単に!!


涙が止まらなかった。あんなに悩み、苦労していたのに、聖女の力の足元にも及ばない。


複雑な思いもある。でも苦しんでいた人が救えるのだ。ハルが救ってくれる。


「ありがとう、ハル。」


走っていた足を止めてハルの手を両手で握った。ハルはワタワタとしていたが諦めたのか私の好きにしてくれた。


この世界に来てくれてありがとう。そして、ごめんなさい。


貴方のことは私が絶対に守る。


「今度はエマが泣くんだ。」


ふふ、とハルが笑った。顔を見合わせて私も笑った。そしてまた森に向かって歩いた。




*********



「あのね、ハル。今イスカルダ国の国民は瘴気による伝染病に苦しんでいるんだ。だから、ハルの帰る方法を探しながら病気の人を救ってほしいの。ハルのことはなんとしてでも私が守るから。」


森の隠れ家に着いてから私はハルにお願いした。


「いいよ。あいつらは国民の話なんて一つもしてなかったよ?誰を一番に俺んとこに運んで瘴気を祓うかって話だけ。しかも俺に女装しろとか、言葉を発するなとか。無茶ぶり。……あのさ。俺を逃がしたからエマはもう城には戻れないの?」


「え?まあ。打ち首かな?」


「!!……ごめん。簡単に助けてなんて言って。」


「気にしないで、どのみち城からは逃げようと思ってたの。」


「そ、そうなの?」


「うん。私はいらない『王女』だから。使い捨てされるか他国に売られるかなんだけど伝染病のお陰で縁談は全部なくなってたし。」


「あのさ。」


ハルは道具屋で買った剣を私の前に出してきた。


「どうしたの?」


「これ、エマが使って。」


「ハルが欲しかったんじゃないの?」


「そうでありたかったけど、きっと、違う。」


「えー?」


剣を両手で握って見る。重いから鞘から出さずに立てたままだ。


「それは、多分、エマの剣だ。」


「ハル?」


ハルの言っていることが分からずに剣を見た時、()()は起きた。ごっそりと私の体の魔力が剣に吸い取られる感覚にその手を離そうともがいてもびくともしない。なに?なんなの、コレ!?


手が、熱い。


どうにか離さないと!


ハルの焦る顔が見える。でも、どうにもこうにも!


カラン!


何とか剣が手から離れたと思ったら手から離れて転がった剣が虹色に輝いている。


「なに?」


「エマ、その剣、『伝説の剣』なんだ!そう、ステータスに出てるから!」


「伝説?なんの!?」


「知らない!!」


「……。」


「かっこよさげだから買ってもらった!でもやっぱり剣はエマを選んだんだ!」


「……。」


部屋の隅に転がった剣を指でちょいと確認して熱くないか探ってから掴んだ。それは錆びていたのが嘘だったようにキラキラと輝く白銀色の剣になっていた。同じ素材の鞘に入っている。驚いたのは大きさだ。丁度私が使うのに良いサイズになっていた。


「とにかく、私に危害は無いの?」


ハルの言う『伝説の剣』を鑑定しやすいように掲げる。ハルはジッと見てからぐっと親指を出した。


「それなら……もういいよ。さ、今日は疲れたから寝よう。明日から野宿だし。」


「俺、紳士だからベッドはエマに譲るよ!」


「……ベッドは隣の部屋にもあるから。じゃあ、夜が明ける前に出るから。」


とにかく、今日は疲れた。


多分、これからの人生合わせたとしても一番疲れた日に違いないと思う。


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