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蝿殺師

作者: ふしきの

書き下ろし pixiv等での重複

 子供のころ、私はとても大きな家に住んでいました。

 姉さんが外で勉学に出てから家はとても静かになり、私は姉さんが返ってくるまで家を守る「いえぬし」をすることと宿命されたのです。

 酷く病弱で病弱を理由に学校を早退しては、母の布団を敷いて母の匂いと温もりを感じながら寝ているのが好きでした。


 ある日、蠅の声のような長い声で

「すみません。すみません」

 と、行き倒れ劇を家の前でする少し大人びた汚い子供が来ました。

 あいにく父はいず、ちょうど帰ってきた母が、大根と少ない野菜を生でその場で分け与え、玄関から追い払って安寧が戻りました。


 それ以降は静かな生活でした。


 父の応接間にはたくさんの姉様がおられ、深夜のテレビを鑑賞されていました。

 私の好きな姉様は父のお気に入りでもある椅子に座っていて、その長い脚はゆるりとこしをおとし、産毛も透き通った色白の北陸系美人でした。年ごろは、今思うと三十路女でしょうか、その柔らかい脚にまとわりつくのが大好きで姉様も私を足蹴りにはなさいませんでした。



 ある日、けたたましい改造バイクの音がうちの庭に響きわたりました。

 隣家はいつも通り昼間はとても閑散としてカーテンを閉め切っているし、なんとか需要だかでどの家の主も妙齢の男女も働きに働いて日当で深夜遊びを繰り返す日々だったためか、通りにすら猫の子一匹いなかったのに……。

「こんにちわ、こんにちわ。すみません、この前はありがとうございました」

 玄関の引き戸を何度も何度もゆする音が私の寝ている母の寝室奥まで聞こえました。

 私は布団をかぶって、行ってしまうのをひたすら我慢しました。

「こんにちわ、誰もいませんか、だれも、いません。か?本当に、だれも、いませんか?」

 ゆっくり、ゆっくり声が小さくなって玄関から裏の方へ回る足音が聞こえました。

 玉砂利がざっくりざっくりと音を鳴らしましたが、大きい音ではありません。

 それでも私の心臓より大きな音のようでした。

 裏口に手をかけようとしたときに、「ミカワヤデス」と言ったのを覚えています。

 「何をしている」の震えている私の声は、見透かされ、私のグラスコップを置いて「お冷を頂戴しておりました」と笑う歯抜けの顔が、自分でも愛嬌があると自覚している高慢な顔でした。

 母が来た時には、私の素っ頓狂な顔で、このガキは家の土間に侵入したのを許したと判断したのだろう居座り私を見下したのです。

 母は、あんたが入れたのか?とでもいうようにあきれ果て、そして、まだ土間だけで足も上げていないのを確認して、濡れ雑巾を用意させ、その汚ない足を拭くように私に顎で促しました。

「昼時ですね。おなかが空いて、気が付いたらいいにおいがするものだから」

と、普通に主の上座に座ろうとしたものだから、私がそいつの背中をついて注意しました。

「おや、失礼」

 それから、このガキはたまに来るようになったのです。

 まるで人の心の隙間を縫い潜り込むのが上手な盗人でした。

 

 

 深夜遅く姉さんが突然帰ってきたと思った時がありました。

 同じ部屋の同じ毛布で眠っている姉さんをとてもうれしく思って心臓が高鳴ったのです。

 だけどそれはそいつで、風呂上がりの匂いは姉さんと同じで、同じ布団にくるまっただけで、私に蓑虫のようにじわりじわりと寄り添ってくるだけでした。最初は……。

 時折、「しょーじょ」と私に言い、私のおしりに何か硬いものでつつくようなしぐさをするのが気持ち悪くて眠れなくて気に入らなかったのです。

 それでも私は寝たふりをして無視し続けました。


 応接間の姉様たちは蠅が苦手です。

 まあ、女子が言う声には甘えがあっていいのですが、煩いのがお嫌いでした。

 蠅が飛び、姉様の一張羅のフリルに止まるだけでも私も嫌だったのです。

 汚い足が付いて汚れると姉様が怒るのです。

 姉様たちの服は舶来物で繊細な代物だったので洋服のピン一つ千切れないように繊細に扱わなくてはいけませんでした。

「嫌だわ、嫌。こっちに来ないで」

 行き遅れのタテガミと言われている金髪の逆毛の姉様から私の好きな姉様まで飛んで行こうとする蠅は本当に憎いものです。


 あるとき、緑色の目をした大きな蠅が飛んできました。

 父の書斎の大窓から堂々と入ってきたのです。

 父ですら見逃して、姉様はこういう時は恐怖で声が出ない大人でした。

 目だけが光り、怯えていました。

「助けて」

「早く」

「怖い」

 私は何度も壁を叩きそ、いつは馬鹿にしたように私を旋回する。

「目を攻撃してくるぞ」

 父は眼鏡をあげて目を覆う。

 ゴキブリが反撃して顔に来るのは慣れているし、打倒したことがあります。だけれど、こんなに早くて怖いものは初めてです。

 私は右の頭の毛をむしられました。

 私の頭の触覚から『四角いエメラルド』と長い黄色の触覚が落ちました。これでガチャ目になってしまった。

 距離感は今までの部屋の感覚だけに頼るしかなくなりました。

 使いたくないスプレー缶は壁に染みだけを作って何の役にもたちません。

「腕が痛い」と泣きながら私はカーテンもシャンデリアもそいつに向かって叩き続けました。

 一抹の光は一度こすれたように蠅の羽が少しだけ曲がったこと。

 そして、それは柄を壊すほどの消費で最後は静かに終わりました。

「アブだ。奴は蠅より厄介だ」

 父は私に刺されたところはないか?とまで聞いてくれました。だけどそれが起きたせいで、部屋の空調が改造され、私は二度とその部屋に入ることは無くなったのです。 


 はえたたきは「へたくそ」から「汚い殺し方」と愚痴られるほど上達しました。


 父が私におっしゃったのは数回だけ。

 私がなぜ「小麦色の子ばかりなの?」というと、「色素の関係もあるし、風化もある、それに需要だ」と入れ替わる順位の姉様たちのことを言われた。

「殺すのはうまくなったが汚い殺し方はよくない、それはやつらの体の体液をまき散らすことになる、後処理が大変だ。何事も美しくスマートにデリケートにだ」と。私が「宮本武蔵のように、箸ではできませぬ」とがっくりとしていたら「蠅たたきで連続三匹仕留めたお前は立派な捌きをしている」とほめてくださった。

 そして、最後、あの蠅のようにうるさいあいつが家に居座ってから何か棒のようなのでおしりをつつくのが気持ち悪い。と愚痴りますと、と少しだけ激怒した表情になってそれから普通の顔に戻り「それはどんな塩梅か?」と尋ねられたので「土瓶の口のように尖がって小さい」と言えば、参った参ったと大笑いされました。

 寝どこまで侵入したガキは消えていなくなり、私は熱いお湯を何度も沸かし、姉さんの大切な毛布を丁寧に洗って干しました。

 


 姉さんが返ってこられました。

 大きな証書には学芸員資格の受領証もお持ちです。

 父は両手を広げて出迎えたとき、父が小柄に見えたほどです。



 私だけが知っている父の応接間に姉さんは入るだろうか。それは知らない。私は入れ替わり家を出たのだから。

 私は民事手続き上の名前をもらい、一人、流転として一人暮らしを転々としていくように。

 だが、どこへ住もうと、どの家のマンションもアパートもどこに行っても入り口付近にハエたたきが先住者からの餞別のように置いてあった。

 やがてそれはプラスチックの安物に変わったが、形の変化はなく、手の振りとスナップを確かめ、私は入居する。

 私の儀式となった。   

急須、ヤカンが土瓶とでたときに

あれ、

って思ったのは

作品を書いたときの

醍醐味の面白さである。

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