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碧藍のプロミネンス  作者: 切由 まう
6/41

【司令官拉致未遂事件】

<登場人物>


〇ニグライン・レイテッド……太陽系近衛艦隊および太陽系近郊宙域統括軍総司令官

〇ファル・ラリマール・(オオトリ)……太陽系近衛艦隊総隊長


[近衛艦隊8大将官]

〇クルス・ベリル中将……諜報治安部隊隊長

〇ユーレック・カルセドニー少将……特殊能力部隊隊長

〇デン・ドリテック少将……陸上戦闘部隊隊長

〇リーシア・テラローザ少将……後方支援部隊隊長

〇ラン・マーシュローズ准将……第一宙空艇部隊『バリュウス』隊長

〇アウィン・バーント准将……第二宙空艇部隊『クサントゥス』隊長

(ホタル)・クラーレット准将……IT支援部隊隊長

〇オーランド・スマルト准将……メカニカル・サポート部隊隊長


(コウ)・グリーゼ中尉……凰の副官

〇クラック(オウムフィッシュ)……近衛艦隊司令官室長(チーフ・オフィサー)

〇ジュレイス・リトゥプス……太陽系近郊宙域統括軍長官

〇ネリネ・エルーシャ……カフェ・セラフィーナのウェイトレス


※DL:ディビジョン・リーダー

          ◇


 8大将官を解散させた後、再び司令官室に呼ばれた凰が入室した時、ニグラインは司令官室長(チーフ・オフィサー)であるオウム・フィッシュのクラックと無邪気に戯れていて、その姿はまるで普通の少年のように見えた。凰は自分のために変形して歩いてきた改良型マイフィットチェアに目も向けず、決して座ろうともしなかった。

「怒ってる?」

 あからさまに機嫌のよくなさそうな凰に、ニグラインは楽しげに聞く。

「オコッテる・ぅ? オコッテる・ぅ?」

 クラックがニグラインの言葉を繰り返しながらピチピチと翔んで来て凰の肩に停まり、頬に擦り寄る。擦り寄せられたやわらかい金色の冠羽が凰の気持ちを僅かにほぐした。

「そういうわけではありませんが、あまり他の者には──」

 凰でさえ畏怖する〝碧藍(へきらん)の瞳〟の絶対光度。屈強な部隊長(DL)たちが瞬時にその光に飲み込まれて声を失った。誰も何も言わなかっただけに、ニグラインへの評価がどの様に下されたのかわからない。

「独り占めは、よくないよ?」

「ヨクナイよ・ぉ? ヨクナイよ・ぉ!」

 ニグラインに賛同しているのか繰り返しているだけなのか判断は付かなかったが、クラックに頬を軽く突つかれた事で凰の気持ちは更に落ち着きを取り戻した。本気で言っているとは思えないが、凰はニグラインの受け答えに返答を迷う。確かにあの光を独占出来ればこの世界の覇者になれるかもしれない──そういう意味では独占欲が芽生えても不思議ではなかった。

「なかなか納得してくれないから、つい」

 この穏やかな笑顔からは〝碧藍の瞳のニグライン・レイテッド〟を想像する事が出来ない。凰はどちらが〝正〟なのかと、ニグラインの藍碧(あお)い瞳に見入る。どちらにしてもどちらであっても司令官であるために必要なものを備えており、凰は目の前の少年以外に仕えようと思える相手に出会った事はない。しかし他の者がそう思うとは限らないのだ。

「ぼくとしては〝機嫌のいいとき〟と〝気分のいいとき〟くらいの違いなんだけどなぁ。それに凰くんだって、昨日虹くんを泣かせてたでしょ?」

「それは──」

 凰に反論は出来ない。抑えきれない戦闘衝動が瞳に宿り、まだ初陣に出た事のない部下に少なからず恐怖を与えた。だが、決定的にニグラインの絶対光度とは違う。

「まぁ、凰くんはもともと目つき悪いからね」

 フォローのつもりなのかもしれないが、邪気を感じさせない笑顔を絶やさぬニグラインから真意は伺えない。

「ワルイカラね・ぇ! ワルイカラね・ぇ!」

クラック司令官室長(COクラック)……」

 凰はニグラインと意思を共有するクラックの〝自らの言葉〟を聞き、どうやらニグラインも〝目つきが悪い〟と思っているのは事実のようだと察して肩を落とす。

「あはは! クラック、言い過ぎっ」

 真意を隠そうともせず愉快に笑う若き司令官に、凰は完全に論破されるに至った。


          ◇


「ちょっと、びっくりした……」

 三人の女性将官は、各部隊に戻る前に状況整理をしようとDL専用ルームに移動した。螢は自動販売機から砂糖を増量した冷たいココアを取り出しながらまだ落ち着かない胸を押さえて呟いた。

「〝司令官〟として凰総隊長が認めたのが、納得出来たな」

 ランも驚きはしたが凰と同様、仕えるに相応しい上官は大歓迎だと喜びが優先する。

「10年もしたら、いい男に成長しそうね」

 垣間見ただけでも特出しているとわかるほど才幹があり、かつ見た目も愛らしい。かわいいだけでは〝男〟として先が知れてるからと、リーシアは本気とも冗談とも取れる口調で言う。

「リーシアちゃんったら!」

 螢はリーシアの言葉に同意しないでもないが、そういう問題ではないと声を大きくする。

「レイテッド司令は、太陽系をどうするつもりなんだろうな」

 ニグラインに太陽系を統べる力があるならば、平和な日々を過ごせる世界にして欲しいと願う者は多いだろう。ランは自分が仕事を失う事が平和だと言うならばそれでもいいとさえ思った。

「今までだって『攻撃』はしてないじゃない。あれ、レイテッド司令のおかげかもよ?」

 螢はニグラインの穏やかな微笑みを脳裏に描いて言う。太陽系近郊宙域統括軍のみで太陽系を守っていた頃も太陽系近衛艦隊が発足してからも、実際に外敵が攻めて来るまで武力を使う事はしていない。その徹底した態度が功を奏して友好関係を結んでいる恒星系も多いのだ。

「なるほど」

 螢の意見に深く頷いたのは、真面目を気取ったユーレックであった。

「あんた、また……」

 いつもの如くまとわりついて来たユーレックに、螢はあからさまに怪訝な態度をとる。

「いやいや、螢でもたまにはまともな意見を述べるんだなぁ」

「あんたにだけは言われたくないんだけど?」

 螢は自分でも子どもっぽいと思いつつも、つい頬を膨らませてしまう。ユーレックがそれを見たいがためにちょっかいを出しているとも気づかずに。

「確かに太陽系が他の恒星系と比べて潤っているのは『攻撃』に力を割かないためだろう。友好は受け入れ、攻撃して来る敵には完全なる迎撃体制を敷いている。太陽系人が安心して生活を送れるのも、L/s機関がそうすべく統制しているからだ」

 ユーレックが〝常識レベル〟の事を不必要なほど真面目に言うと、リーシアが豊かな胸を邪魔そうに腕を組み考えをまとめる。

「L/s機関の〝上〟に、レイテッド司令がいる……って言いたいのかしら」

 もはや、ニグラインの外見的年齢を考える意味などなかった。リーシアはユーレックの言わんとする事と自分の感覚がほぼ一致したため、敢えて口に出す。

「嬉しいねぇ。リーシアちゃんは、いつも俺の気持ちをわかってくれる」

 折角の真面目な顔もあっという間に崩れさり、ユーレックは口の端を歪めて笑う。

「ちょ、ちょっと待ってよ! 司令がL/s機関から来たって言うならわかるけど、〝上〟って──」

 にやけた顔のユーレックを押し退けて螢はリーシアに詰め寄る。甘さの盛られたココアはすでになくなっており、螢を抑制するものはない。握りつぶされた紙コップが悲しげにテーブルに転がされた。

「そうだな。L/s機関で重要なポジションにいたと言うならば理解出来る。が、〝上〟という意見には流石に賛同しかねる。しかしリーシアがそう言うからには、何かあるのだろう?」

 ランもユーレックには目もくれずに、リーシアに意見を求めた。どれだけ知能が高かろうと、太陽系を支えるにはニグラインの手は小さ過ぎる。見た目に左右されないようにと意識しても感情が追いつかないのだ。極小の〝国〟単位で分かれていた古き時代でさえも統率者が絶対権力を持つのは難しかった。L/s機関が絶対権力を持つのは、太陽系内全てのエネルギーを統べる〝ETS〟を管理しているためだ。太古から蓄積されていた地中に存在したエネルギー源は遙か昔に枯渇し、今ではETSからの恒星エネルギーだけで人類の科学的文明は機能している。反乱を起こしたとあればETSからのエネルギー供給を閉ざされ、明かりも点かず暖も取れず何も出来なくなってしまう。

「何か……って言われても、ねぇ?」

 すっかり無視されているユーレックにリーシアは同意を求め視線を投げると、ユーレックは嬉しそうに頷く。太陽系全域の問題……それは人類一単位で考えられるようなものではない。

「──勘?」

 二人は見事なハーモニーを奏でて口にする。リーシアとユーレックがニグライン・レイテッドに感じた確証のない感覚。肯定する事も否定する事も出来ず、螢とランは悩みを深みへと沈めただけであった。


          ◇


 『地球防衛衛星〝月〟』に配置された者に与えられた休暇は一週間。最初の夜は殆どの者の心が落ち着かないまま始まろうとしていた。それでも時間の許す限り各々自由に過ごす。失敗したら戦闘に参加していようがいまいが惑星ごとなくなる可能性も否めず、逃げたところでどうなるものでもない。


「休暇中に逃げ出す者がいても処罰はしない。恐怖から犯罪など起こしたり、ましてや作戦中に気が触れるくらいならば恩給を受け取り除隊して欲しい」


 凰が総員に伝えたニグラインの言葉である。実際0.7%強の除隊申請者が出たが、中には直接対応したニグラインを見て逃げようとした我が身を恥て思い留まる者もいた。


「ユーレックくん」

 大規模戦争前とは思えないくらい……否、だからこそ太陽系近衛艦隊地球本部近くの歓楽街は賑わっていた。多くは艦隊の隊員たちであろう。ただし情報漏洩と職権乱用を避けるために自分の身分を明かす事は禁じられている。その歓楽街の入口付近でユーレックはニグラインに声をかけられ、立ち止まった。

「レイテッド司れ……っ!」

 驚きのあまり、艦外では禁止されている〝肩書き〟を付けて呼びそうになり、慌てて口を押さえた。

「こんなところで、何をやっているんですか!」

 ユーレックは人目を気にしながら、小声でニグラインに問いかける。

「見回り。これでも責任者だからね」

 と無邪気に答えるニグラインに、ユーレックの身体は重力に逆らえずに地表に吸い寄せられた。その甲斐あってニグラインとユーレックの視線が平行となり、藍碧い瞳がユーレックを覗き込む。

「どうしたの?」

 ユーレックは〝楽しく〟生きる事を()としている。生い立ちや世界情勢など気にしなくてもいいように。ある意味、微笑みを絶やさずにいるニグラインと通じているようにも思えた。だが、ニグラインはまったく違う次元を生きている──ユーレックの直感は的確に事実を捕らえていた。

「子どもが来るような所じゃないですよ」

 いくら昔と違って統率が取られた社会になっているとはいえ、このエリアは治安がいいとは言えない。治安部隊が常に見張ってはいるが一人一人を監視出来るわけではないのだ。

「でも……だったら、余計に責任があるよ」

 〝司令官〟としての責務を前面に出して渋るニグラインの正当性を覆す理由を探し出せず、ユーレックは諦めて天を仰いだ。

「わかりました、この辺りはオレが見回りします!」

 内心、司令官を〝子ども〟呼ばわりしてしまった事を後悔していたが、ニグラインはまったく気にしていないようであった。〝あのニグライン・レイテッド〟に変貌でもされたら──とユーレックは肝を冷やしたが、考えてみれば碧藍の瞳のニグラインならどんな悪漢が来ても一瞥のもとに退けるかもしれない。

「じゃあ、頼んでもいい?でも、ケガをしたりさせたりはダメだからね」

 しかし、こんな事をごく当たり前のように言うのであるから、おそらく一般人の前には現れないであろう。何度見ても幼く(けが)れを知らぬような司令官の〝お願い〟を断るのは難題かもしれない。

了解しました(ラジャー)……」

 ユーレックは視線を地面へと落とし、ニグラインの注意勧告を了承した。ニグラインはただの我がままな子どもではない。その細い肩に太陽系を背負っているのだ。例えそれが形だけのものであろうとも。ユーレックの現太陽系随一とされている特殊能力を解放しても、太陽系を束ねる事など出来ないだろう。自分に出来ない事を行っているニグラインに敵うはずもなかった。

「ありがとう。繁殖行動の邪魔しちゃってゴメンね」

「繁殖行動ってなんですか! 繁殖なんかしませんよ!?」

 さらりと言われユーレックは一瞬理解が出来なかったが、流石に慌てて否定する。

「違うの?」

「た、多分……」

 自分の見解を否定されたニグラインは、小首をかしげて問い正す。ユーレックは何とも情けない返答をしてしまったが、それ以上は言葉を続けられなかった。『人間は子孫繁栄が目的でなくとも肉体関係を持つのだ』と、教えるべきなのかどうか……と幼いのか大人びているのかわからないニグラインの言動に悩むはめになった。


 ユーレックを笑顔で見送り、ニグラインが歓楽街を後にしようと1歩踏み出した時、突然何かがニグラインの行く手を阻んだ。前に進ませてもらえない原因を見上げると、数人の男がニグラインを囲んでだらしなく笑っている。

「通れないんだけど?」

 流石のニグラインも無礼な輩が少し気に障った様子で不機嫌そうな表情を見せた。だらしなく笑っているだけで、男たちは返事もしない。見たところ服はセンスを問わなければ着ているし、体格も人並み以上にがっちりしている。はした金欲しさの追いはぎではなさそうだ。ニグラインは困ったと思いながらも、一人では為す術はなくため息を漏らす。狙いは何かはわからない。人身売買か臓器売買か、あるいは少年趣味の輩なのか。それとも、〝ニグライン・レイテッド〟を狙っているのか。どれもあり得る事であり、相手の言葉がなければ今特定するのは難しい。

 その時ふいに後ろから腕を捕まれ、逆らう事も許されないほど強い力で身体ごと持って行かれてニグラインはバランスを崩した。

「うわ……」

 倒れそうになったニグラインをその原因を作った者が受け止めて確保する。ニグラインの身体がすっぽり納まってしまうほど背も高く、服の上からはよくわからないが身体も相当鍛え上げられているようだ。

「何、やっているんですか」

 明らかに怒気を含んだ低めの深い声がニグラインの耳元で発せられた。

「やぁ。凰くん」

 さっき、ユーレックくんにも同じことを言われた……と言うニグラインの相変わらずの笑顔が、凰の苛立ちを更に煽る。

「ご自宅までお送りします。いいですね」

 妥協したユーレックと違い、凰はこの先の〝見回り〟を強制的にやめてもらう気らしい。いくら上官だからと言っても、当人への危険が伴うのであるから権限はあるだろう。

「うん……ぼくも、帰ろうと思ってたんだ」

 危険地帯に踏み込んだ事を少しは反省しているのか、笑顔の陰るニグラインに凰の怒りも僅かながら静まる。

「で、この人たちなんだけど」

 ニグラインたちを囲んでいる男の数は先ほどよりも増えて、10人くらいになっているだろうか。見えない暗闇にもまだ潜んでいる可能性もある。所狭しとビルが建ち並ぶこの場所では視認が出来ない。

「ツカイみたいですね。オーナーの目的はわかりませんが」

 〝ツカイ〟とは、薬や洗脳によって思考を支配され〝オーナー〟の命令を実行する輩の事である。ツカイとなっている間も意識はあるが自分の意思を持たず、ただ忠実に命令だけのために動く。普段よりも身体能力が増し精神も解放されたような状態になるため、〝目的がある〟という事を言い訳に麻薬を使うかのごとくツカイとなる者もいる。

「洗脳、解ける?」

「人数的に無理です」

 なるべく穏便に治めたいニグラインの意向は、残念ながら叶いそうもなかった。

「……そうだよね」

 自らの失態が招いた事態にニグラインは笑顔を失う。ケガをするなさせるなと、ユーレックに言ったというのに。ニグラインの真意を悟り、凰はわざとらしく大きなため息を吐いた。

「今回だけですよ」

 そう言うと凰はニグラインを軽々と抱き上げ、ツカイどもの合間をすり抜けて走り出した。ニグラインを抱えた時に何か違和感がある感じがしたが、今はそれを考えている余裕はない。掴み掛かって来る幾重もの腕をかわし、飛び掛かってくる巨体を飛び越える。本来ならばこういった場合は応戦してもよく、相手の生死を問わず治安部隊も正当防衛を認め罪には問わない。

「きつい?」

 流石に呼吸の乱れて来た凰に、首に掴まっているだけのニグラインは申し訳なさそうに聞く。凰は軽く口の端を上げる事で大丈夫である旨を伝えた。ツカイは行く先の何処にでも現れ、数は増えるばかりだ。いくらニグラインが外見的にも目立つと言っても、ここまで執拗に追って来るのはおかしい。凰は焦りを感じ始めた。艦隊の司令官だとわかっての所業か?それとも、ニグライン自身に何かあるのか──。

「……何でもありそうだな」

 どんな秘密があってもおかしくない。ニグラインの藍碧い瞳を見ていると、そんな気がしてくる。

「何か言った?」

 凰の吐息ほどの呟きを聞き逃し、ニグラインは聞き返した。

「何でもありません。ところで、あいつらに手を出さずに逃げ切るのはやはり無理があるかと」

 凰一人ならともかく、小柄だとはいえ少年を抱えている凰に対して、相手はすでに30人以上に増殖している。ただの人間相手であればまだいいが、ツカイとなった者は疲れや痛みを殆ど感じずに倒れるまで動き続けるため、質が悪い。足の骨でも砕いてやれば追って来るスピードも落ちるのだが。

「そうだね、じゃあ……」

 ニグラインは不本意である応戦方法のうち、一番問題にならなそうなものを即座にはじき出し実行に移す。

『ユーレックくん、本部までよろしくぅ!』

 先ほどニグラインと別れて歓楽街に消えたはずのユーレックだが、ニグラインを心配してこっそり付いて来ていた。それに気づいていたニグラインはユーレックの特殊能力を必要分だけ解放して思念を飛ばした。


 ユーレックの瞬間移動(テレポート)で一瞬にして艦隊本部に着いた三人は、同時に安堵の息を吐いた。最初からユーレックの能力を使えばよかったとも言えるが、任務以外では使用を禁じるための制御装置だ。解除する権限はニグラインや凰が持っているが、余程の非常時でなければ使う事は許されない。

「ユーレックくん、お疲れさま」

 能力を使ったために、ユーレックは疲労の色を見せている。

「どーも……っていうか、フルに解放して欲しかったっス」

 労いは受けたが、ユーレックは僅かにしか能力が解放されていない状態で三人まとめて瞬間移動しなければならなかった苦労を吐露した。

「戦闘時じゃないから。ゴメンね」

 ニグラインは問題なし、とばかりに笑顔をこぼす。この時ユーレックは複雑な心境にあった。ニグラインは確実にユーレックの行動を把握していた。おそらく、凰がずっとガードしていた事も。更に、指令を実行するために必要だった最小限の能力の解放。それは緻密に計算されたかのように、正確だった。この少年にどれだけの能力が秘められているのか。あの絶対光度の光が指し示す先には、何があるのだろうか。また凰はどこまでニグラインの事を知っているのか──ユーレックは答えの出ない問題を一先ず保留して歴戦の戦友に視線を向けると、先ほどまでの苦労も忘れて思わず吹き出した。

「いつまでお姫さま抱っこしてんの?」

 ニグラインを抱えたままの凰を、ユーレックはさもおかしそうに笑い飛ばす。

「あ、ゴメン凰くん。重いよね」

 ユーレックに言われてやっと気づいたのか、凰が降ろす前にニグラインは自ら飛び降りた。

「いえ……」

 急に重みを失った両腕がニグラインを抱えた時の違和感を思い出したが、考えても仕方がなさそうだとそれを振り払うように凰は腕を下ろし、軽く拳を握る。

「いやいや凰くん流石だったね~! オレには真似出来ないよ」

 ユーレックはニグラインを抱き抱えて疾走した凰に敬意を述べた。

「貴様が司令を送り届けなかったせいだろうが」

 付いて来るくらいならばそのくらいの事はして然るべきだと、凰はユーレックを睨み付ける。

「おまえこそ、もっと安全な場所で確保しておけって」

 ユーレックの言い分は最もであったが、安全な場所で何を言ってもニグラインは帰らなかっただろう。わかっていても皮肉らずにはいられなかった。凰もユーレックも、ニグラインを追って来たツカイのオーナーの目的に得も知れぬ不安感を抱いており、冷静に考えるためにはその不安をかき消す必要があった。これから大規模な作戦を控えているというのに、地球に司令官を狙う者がいるのは大きな問題だ。

「ねぇ」

 ニグラインの明るい声が二人の不毛なやり取りに終止符を打つ。ニグラインは突然現れた総隊長たちに驚いて詰め所から身を乗り出して来た夜勤の警備兵に身分証を提示して更に驚かせたが、ゆるやかに挨拶を済ませて凰たちを呼んだ。24時間交代で太陽系を守護する近衛艦隊地球本部ビルは日中と変わらず機能している。ただし〝月〟に編成された者たちがいない分、通常時よりは人は疎らに感じた。

「おなか減らない? お詫びにご馳走するよ」


          ◇


 歓楽街から程近い古びたビルの一室では一人の男が機嫌悪そうに窓際に立ち、夜の街並みを窓から見下ろしている。

「失敗か」

「も、申し訳ございません……」

 洗脳状態の解けたツカイだった者たちは、オーナーである人物に命令不実行の許しを乞うように膝まづいた。

「まぁ、いい。あの二人がガードしていたとあっては、貴様らが100人やそこらいたところで無理だろうからな」

 男は膝まづく者に目を向ける事もなく、闇を照らす街の明かりを見続けていた。

「邪魔者め……っ」

 吐き捨てるように言う男の顔に残忍な影が浮かび上がり、窓ガラスに映り込んだ。その様を見てしまったツカイとなる者たちは、嫌悪感に身を震わせる。この人物に仕えてしまった事を後悔したところで、もう逃げ道などない。あの、やわらかい白金(プラチナ)の髪の少年はツカイにすら傷を負わせなかった。もっと早くあの少年と出会っていれば……と、頭をかすめたが、自ら選択した愚かな運命を、ただ黙って受け止めるしかないのである──。

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