第2章エピローグ 話中話【8大将官の椅子】
<登場人物等>
〇ニグライン・レイテッド……太陽系近衛艦隊および太陽系近郊宙域統括軍総司令官
〇ファル・ラリマール・凰……太陽系近衛艦隊総隊長
〇ユーレック・カルセドニー大元帥……特殊能力部隊元隊長
[近衛艦隊将官]
〇クルス・ベリル中将……諜報治安部隊隊長
〇デン・ドリテック少将……陸上戦闘部隊隊長
〇リーシア・テラローザ少将……後方支援部隊隊長
〇螢・クラーレット少将……IT支援部隊隊長
〇ラン・マーシュローズ少将……第一宙空艇部隊『バリュウス』隊長
〇アウィン・バーント准将……第二宙空艇部隊『クサントゥス』隊長
〇オーランド・スマルト准将……メカニカル・サポート部隊隊長
〇クラック(オウムフィッシュ)……近衛艦隊司令官室長
〇ジュレイス・リトゥプス……太陽系近郊宙域統括軍元長官
〇ロカ・リトゥプス大尉……凰の副官。ジュレイス・リトゥプスの孫
〇セネシオ……太陽系近郊宙域統括軍長官
〇虹・グリーゼ……凰の元副官
〇アサギ……元第一宙空艇部隊のパイロット
〇ランディ・リューデス大佐……陸上戦闘部隊・元第一中隊隊長
〇ネリネ・エルーシャ・クラスト……元カフェ・セラフィーナのウェイトレス。Dr.クラストの末裔
〇ビローサ・ルビア……セラフィスの参謀。ネリネの幼馴染みでもある女性。
〇ツカイ……薬や洗脳によって思考を支配された者
〇モグリ……本人が知らぬ内にツカイにされた者
〇オーナー……ツカイを使役する者
〇アキレウス……宙空艇部隊の戦闘艇
〇キーロン……陸上戦闘部隊の重装甲機
〇キーロンJr.……3/4サイズの小型キーロン
〇ファルコンズ・アイ……凰専用の戦闘艇
〇マンデルリ……ネリネやビローサの出身星。
※DL:ディビジョン・リーダー
エラルド・シーモスの足は重かった。
まるで二倍……いや、三倍の重力下での訓練をしている時のようだ。彼は特殊能力部隊の中でも屈強な男だが、ただ廊下を歩く事に苦戦している。一歩進もうと、足を上げる事すら容易ではなかった。だが、実際には普通の歩みよりは少し遅い程度だ。重いのは、気持ち。これから向かう先で、自分に告げられる事柄が、彼の足に架空の重力をもたらしていた。
◇
「エラルド・シーモス大佐、入室します」
シーモスは、初めて訪れるマイスター・コンピュータ・ルームの扉で認証を受け、音もなく開いた扉の先の、白銀にそびえ立つマイスター・コンピュータに圧倒された。
人造恒星〝Eternal The Sun〟──通称ET Sをも操作する事が出来るという、太陽系の守護コンピュータ。それが今の太陽系民の認識である。
「やぁ、わざわざ足を運んでもらってすまないね」
「スマナイね・ぇ? スマナイね・ぇ?」
やわらかい白金の髪を弾ませ、軽やかに司令官席から降りたニグラインは、マイスター・コンピュータを見つめるシーモスに微笑みながら言う。それに倣い、司令官室長であるオウムフィッシュのクラックもピチピチと翔んで来て、シーモスの目の前で緋色の羽根を羽ばたかせてホバリングした。
「失礼いたしました!」
シーモスはニグラインの声で我にかえり、慌てて力強い敬礼をする。鳥だか魚だかわからないクラックは気になるが、ユーレックから聞いた事があるので、何とかニグラインの方に視線を合わせていられた。
「いいよいいよ。マイスター見るの初めてだもんね」
「ダモンね・ぇ? ダモンね・ぇ!」
ニグラインは、シーモスがマイスター・コンピュータに心を奪われている事が、むしろ嬉しかった。設計者のニグラインにとっては、自慢の子どものようなものだ。当然と言える。クラックもニグラインが嬉しそうなので、呼応して喜び、マイスター・コンピュータの周りを一周してニグラインの肩に停まった。
「は! 拝見出来て光栄であります!」
「あれ? おかしいな……ユーレックくんの話だと、キミはそんな堅苦しい人物ではないはずなんだけど」
ニグラインは首を傾げながら、大きな藍碧い瞳でシーモスを見上げて呟く。
「……ああ、そうだった。ぼくが司令官だから遠慮しているんだよね?」
シーモスの松葉を思わせる深緑色の瞳が困惑に揺れているのを確認し、ニグラインは初対面の人物が自分にどういう感情を示すのかを思い出した。
唯一、ユーレックだけは自分を貫いていたが。
「じゃあ、午後から会議だし、手早く終わらせようか」
「は!」
「ふふ。敬礼は解いてね」
シーモスの固まったままの腕を下ろすように促し、ニグラインは司令席に戻った。
ニグラインは椅子に腰掛けると、目を閉じて一息つく。そして、ゆっくりと開かれた碧藍の瞳が、シーモスの周囲を空間を拘束した。
「エラルド・シーモスくん。貴官を本日付で准将とし、特殊能力部隊・念動力チームの大隊長の任を解く。そして新たに、隊長に任命する」
シーモスも、碧藍の瞳のニグラインを映像では見た事があった。しかし、直接この絶対光度を受けたのは初めてだ。映像でも皮膚がひりつくほどであったが、目の当たりにした今は身体中の血液が流れを早め、沸騰しようとしているかのように熱い。
尊敬するユーレック・カルセドニーが、認めた人物。この光だけで、納得出来る。
「は! 誠心誠意努めさせていただきます!」
再び胸に手を当てて敬礼するシーモスの身体は、囚われていた重圧や緊張を打ち破り、ユーレックの後任を務める覚悟を決めて引き締まるのであった。
◇
午後からの会議は、予定通り近衛艦隊最高会議室で行われる。
今回は8大将官だけではなく、統括軍からは長官のセネシオを迎え、遠隔で近衛艦隊・統括軍の各艦隊長が参加する、大規模な会議だ。
一同は総司令官であるニグラインが到着するのを、背筋を伸ばし、息を殺して待っていた。
8大将官に任命されたばかりのシーモスは、全身に力の入った様子で末席の横に立っている。彼は初参加の最高会議の様子を窺って、姿勢は崩さぬまま目を泳がす。大隊長を務めていた男だ。気が弱いわけでもなく、陸上戦闘部隊の隊員にも負けぬほど体格もいい。だが、近衛艦隊にとって、8大将官は特別な存在。自分がその座に座るなど、思ってもいなかった。
──思いたくはなかった。それは、ユーレックの殉職を意味していたからだ。
ふと、シーモスは隣に立つ女性将官に視線を止めた。
小柄で明るい緑色の瞳の女性。IT支援部隊隊長、螢・クラーレット少将。ユーレック・カルセドニーが、生涯愛した、ただ一人の女性である。自分より年も若く、悲しみも深かったであろう彼女の凜とした姿に、シーモスはこの席に座る責任の大きさを一層感じた。
「お待たせ~!」
そこへ、にこやかに入室して来たニグラインに、シーモス以外の面々は「やっぱりか……」と心で溜め息を吐きながら、一斉に敬礼をする。
先日までは総隊長の副官であったロカがお茶を煎れていたが、そのロカが転属してしまい、お茶を振る舞う事が好きなニグラインが、嬉々としてドリンクのワゴンを運んで来たのである。
会議室に直接繋がる給湯室を改築したため、護衛がいなくても止めようがなくなっていた。
「セネシオ長官は、酸味と苦味の少ないコクのあるホットコーヒーにミルクのみ、でいいんだよね? シーモスくんは? コーヒー? 紅茶? 緑茶もハーブティーもあるよ! さっき聞くの忘れちゃってごめんね」
ニグラインはそれぞれの好みのドリンクを用意しながら、新参のシーモスの好みを聞く。
シーモスは答えていいのか悪いのかもわからず、他の将官の反応を伺う。皆敬礼の腕を降ろし、黙ってニグラインからドリンクが渡されるのを待っている。
「シーモス准将。黙っていると、全種類飲むことになるぞ」
そこへ、見かねたベリルが助け船を出す。ベリルの言葉でシーモスがニグラインを見ると、4種類の空のカップをワゴンに並べていた。
「ありがとうございます! 自分は、司令と同じものを頂戴いたします!」
「わかった。ハーブティーだけど、苦手じゃない? 今度好きな飲み物教えてね」
知ってはいたが、本当に司令官がお茶出しをするとは……と、シーモスは会議が始まる前から緊張と驚きで疲れ、首を擡げた。
遠隔で参加している艦隊蝶たちにも、ニグラインの指示で副官からドリンクが差し出されている。ニグラインは全員分配り終えると、ようやく席に座った。それを合図にセネシオは腰をおろし、将官たちもそれに続く。
「座って」
一人だけまだ立ったままのシーモスの袖を、螢が唇を尖らせて引く。序列が入れ替わり、場所は違うが、前回までユーレックが座っていた席だ。座るのに抵抗があったが、螢に座れと促されて、目を瞑って腰掛けた。
「──!」
シーモスは初めて座ったマイフィットチェアに身を包まれ、思わず声を上げそうになったが、辛うじて飲み込んだ。あまりにも座り心地が言い。今の自分が求めているのは「これだった」と思ってしまう。緊張で固まっていた身体がほぐれていく。
「いい椅子でしょ? 大事に、使って」
感激で頬を紅潮させているシーモスに、螢は微笑む。螢も、初めてマイフィットチェアに座ったときは感動した。あのとき、隣にいたユーレックを思い出す。
「はい!」
シーモスの身体全体に、ユーレックの後任をである実感が湧く。8大将官として、胸を張っていなければ。シーモスの背筋が伸びるのに合わせ、マイフィットチェアは会議に相応しい仕様になった。
「さて。今日集まってもらったのは、今後の艦隊運用についてなんだけど」
アマチャヅルとカモミールの香るハーブティーをひと口飲み、ニグラインは会議を始める。横目に、シーモスがそろりとカップに口を付けて表情を明るくしたのを見て、ゆるやかに微笑んだ。
「みんなも知っての通り、友好星系であったマンデルリにあやしい……いや、もはや危険な、と言った方がいい動きがある。マンデルリは大きな星系だ。もしそれに他の星系が連盟を組んだら、遠くない未来に大艦隊の襲撃があると思われる」
ニグラインの幼い顔が引き締まり、司令官としての威厳を見せた。
セネシオも、8大将官も、各艦隊蝶たちも大きく息を吸い込み、ニグラインの話しに聞き入る。
「ガニメデはなくなったが、太陽系内の建設可能な小惑星に高粒子エネルギー砲を設置し、完成次第、太陽系圏を取り巻くように移動させる。衛星砲を凍結していた衛星は、すでに稼働済みだ。惑星との重力を引き離す装置も完成したから、問題ない」
会議と言っても、ニグラインの言葉は決定事項だ。理屈も通っている。異議を申し立てる理由もない。だが、会議室はざわつく。
衛星砲の威力は前の戦争で実証されている。しかし、それだけでは対処が出来ないのは明白だ。衛星砲で敵を殲滅するのは、太陽系の意に反しているのだ。虐殺のためにあるのではない。
とはいえ、マンデルリ軍の艦隊だけでも太陽系の持つ全ての艦隊に匹敵する。もし、他の星系の艦隊や惑星型要塞を率いて来たら、どう迎撃すればいいのか。
ニグラインには、皆の言いたい事はわかっている。藍碧い瞳は焦りを見せず、口元には余裕のある笑みを浮かべ、そして、静かに目蓋を閉じた。
そして、碧藍の瞳が、絶対光度を放ちながら開かれ、空間が音のない悲鳴をあげる。
「心配するな。前回の戦争で、こちらの勢力はかなり削がれてしまったが、大艦隊の襲撃に備え、近衛艦隊・統括軍艦隊の連合艦隊を発足する。連携さえ取れれば、我が軍は強い。よって、連合艦隊総隊長を最高位の役職として置くこととした」
ニグラインの行動に隙はなかった。その脅威に対抗するため、ニグラインは軍の編成を大規模に変えるというのだ。近衛艦隊と統括軍の艦隊をまとめ、ひとつの大きな軍にする。
簡単な事ではない。今この時まで別々の司令系統で動いていた二つの艦隊だ。ニグラインが総司令官を務めているとはいえ、それぞれに〝長〟を置き、兵士たちはその者に従って来たのだ。
皆、納得出来るのか? 先にこの事が伝えられているであろう、統括軍長官であるセネシオの表情からは読み取れない。
「入って」
その軍をまとめる人物がニグラインに呼ばれ、今、姿を現そうとしていた。
これで本当に第2章は終わりです。
エピローグから削った残りは、これで全部。前の回と合わせると、かなり多いですね。
1話で読めるように、結構書き足しましたけれど。
昨年のこの日、12月31日にユーレックを失った回を投稿しました。
作中では日付は書かないようにしていますが、この日……です。
今日出したかったので、ちょっと校正が疎かかもしれません。後で修正するかも。
第3章もありますが、数年先になると思います。
そのため、再度で申し訳ございませんが、完結とさせていただきます。
ここまで読んでくださり、誠にありがとうございました。
次作の「ユーレック外伝」でお会い出来る事を願っております。
切由 まう




