第2章エピローグ 話中話【孤独な少女】
<登場人物等>
〇ニグライン・レイテッド……太陽系近衛艦隊および太陽系近郊宙域統括軍総司令官
〇ファル・ラリマール・凰……太陽系近衛艦隊総隊長
〇ユーレック・カルセドニー大元帥……特殊能力部隊元隊長
[近衛艦隊将官]
〇クルス・ベリル中将……諜報治安部隊隊長
〇デン・ドリテック少将……陸上戦闘部隊隊長
〇リーシア・テラローザ少将……後方支援部隊隊長
〇螢・クラーレット少将……IT支援部隊隊長
〇ラン・マーシュローズ少将……第一宙空艇部隊『バリュウス』隊長
〇アウィン・バーント准将……第二宙空艇部隊『クサントゥス』隊長
〇オーランド・スマルト准将……メカニカル・サポート部隊隊長
〇クラック(オウムフィッシュ)……近衛艦隊司令官室長
〇ジュレイス・リトゥプス……太陽系近郊宙域統括軍元長官
〇ロカ・リトゥプス大尉……凰の副官。ジュレイス・リトゥプスの孫
〇セネシオ……太陽系近郊宙域統括軍長官
〇虹・グリーゼ……凰の元副官
〇アサギ……元第一宙空艇部隊のパイロット
〇ランディ・リューデス大佐……陸上戦闘部隊・元第一中隊隊長
〇ネリネ・エルーシャ・クラスト……元カフェ・セラフィーナのウェイトレス。Dr.クラストの末裔
〇ビローサ・ルビア……セラフィスの参謀。ネリネの幼馴染みでもある女性。
〇ツカイ……薬や洗脳によって思考を支配された者
〇モグリ……本人が知らぬ内にツカイにされた者
〇オーナー……ツカイを使役する者
〇アキレウス……宙空艇部隊の戦闘艇
〇キーロン……陸上戦闘部隊の重装甲機
〇キーロンJr.……3/4サイズの小型キーロン
〇ファルコンズ・アイ……凰専用の戦闘艇
〇マンデルリ……ネリネやビローサの出身星。
※DL:ディビジョン・リーダー
ニグラインから転属の許可を得たロカは、マイスター・コンピュータ・ルームを出て小さく拳を握って喜びを表した。
本来なら、先ず直属の上官である総隊長と話さねばならない。
だが、総隊長が長期不在の上、キーロンJr.隊の第一次募集期限が明日に迫っていた。そのため、甘えであると承知しながら、良くしてくれていた8大将官である第一宙空艇部隊隊長のランに、司令官と話す橋渡しをお願いしたのだ。
ロカは午前中の残り時間を使い、残務整理をこなして荷物を整理した。残務と言っても、現状殆ど仕事はなく、お世話になった人たちへの挨拶回りがメインである。
一通り挨拶を済ませた彼女は、まとめた荷物と、艦橋にあったロカ専用のキーロンJr.を転送装置で一緒に陸上戦闘部隊へと送った。
昼休みになる頃には、すでにロカの転属の話題が艦隊中に広まっており、「元統括軍長官の孫が、近衛艦隊総隊長の副官という羨まれる職務に就いていたというのに」……と、ますます兵士たちの噂のネタになっているのが嫌でも耳につく有様だ。
血筋だけではなく、文武ともに成績優秀であったロカは、軍属学校時代から同級生に距離をおかれ、陰口を叩かれるのは日常茶飯事だった。
父に似て容姿が素朴である事だけが、唯一の救いとも言える。これで母のような華やかな外見も持ち合わせていたら、どうなっていた事か。リトゥプス元統括長官は、母方の祖父である。『年を重ねてもなお凜々しい長官とは似ていない、地味な孫』──そんな嫌味ならかまわない。女性に容姿で妬まれるのも、男性に言い寄られるのもごめんだ……と、ロカは思う。
士官学校時代、飛び級して来た総隊長の前副官、虹・グリーゼだけは偏見を持たず、他の同級生と同等に話しかけてくれていた。
最初はロカより成績がいい事による余裕かと勘ぐってしまったが、すぐに彼の裏表のない性格によるものだと理解し、一緒に射撃訓練などもしたのである。
その虹が、更に飛び級して先に卒業してしまってから今日に至るまで、同年代どころか将官以下の者とは業務以外の会話をしていない。
それ故、虹がモグリとして捕まったと聞いたときは、流石に心が少し痛んだ。オーナーを許せないとも思ったが、軍に入る際に祖父に言われた「冷静であれ」という言葉が、彼女の心が蝕まれるのを抑えた。
疎まれるのに慣れているとは言え、自ら志願した部隊に配属してもらえた胸の高鳴りを、陰口により邪魔されたくない──。そう思ったロカはレストランには行かず、売店でパンとドリンク買い、外の景色が見える休憩所で昼食を取る事にしたのだ。
「あの! リトゥプス大尉でありますか?!」
窓際の席に座り、外を眺めながら残りのドリンクを飲んでいると、小麦色の肌に短い髪の小柄な若い女性兵士が、ロカに話しかけてきた。
「……はい」
ロカは、また嫌味を浴びせられるのかもしれないと心構えをしながら答える。
「やっぱり! 自分は、陸上戦闘部隊のキィロ・アサギ上等兵であります! キーロンJr.での活躍、聞き及んでおります!!」
キィロは、元気のいい敬礼を解くと、弾けるような笑顔でロカの手を取って感動の意を示した。彼女の腕には、ここで昼食を取った後のゴミが入った袋がかかっている。しかし、一緒にいる者はいない。
「陸戦部……?」
「はい! リトゥプス大尉も、本日から陸戦部だと聞きしました。光栄であります!」
目を輝かせて言うキィロは、陸上戦闘部隊の隊員とは思えないほど小さい。ニグラインと同じくらいの背丈であろうか。
「……あ。自分、ちっさいですよね? 実は、先週まではメカニカル・サポート部隊で工兵をしてたんですけど」
「あ、あ、ごめんなさい!」
ロカが身長に目を奪われているのに気付いたキィロは、恥ずかしそうに頭を掻いて苦笑した。ロカは失礼な態度を取ってしまったと、立ち上がって詫びる。
「わわわっ! 謝らないでください!! 自分、大尉には本当に感謝しているんです」
キィロは両の手のひらを顔の前で大きく左右に何度も交差させて、ロカの謝罪を拒否した。腕にかけているゴミの袋が揺れる。
「感謝?」
「そうです! 子どもの頃、家族で航空ショーに行ったことがありまして。戦闘艇もカッコよかったんですけど、展示されていたキーロンにひと目惚れしたんですよ! ほら、名前もなんとなく似てるじゃないですか?」
キィロとキーロン。似てる……と言えば似てるかもしれない。ロカは楽しそうなキィロの話に、いつしか聞き入っていた。
「で、兄は──あ、双子の兄がいるんですけど。兄は『戦闘艇がいい!』ってアキレウス乗りになったんですが……自分は、背が伸びず……。キーロンのパイロット基準には到底届かなくて。でも、キーロンに触りたくて、工兵になったんです。だけど、キーロンが近くにあるのに、乗れないのが悔しくて悔しくて……」
キィロの声は段々と小さくなり、彼女は唇を噛んで俯く。
心配したロカが顔を覗こうとしたとき、キィロは再び元気に声を上げた。
「ですが! 実は自分、Jr.のテストパイロットやらせてもらったんです。そのときは2体のみの製造だって言われていて、もう乗れないのかと思っていたのですが……Jr.が正式に運用されることになったおかげで、念願のキーロン乗りになれました! ありがとうございます!!」
キィロは、小麦色の肌に白い歯を見せて、それは嬉しそうにロカに礼を言って頭を下げる。
「──そうだったんですね。私も嬉しいです」
ロカは、初陣であったキーロンJr.での任務を果たしたあと、自分でも誰かを救う事が出来るのだと知り、初めて自分を肯定する事が出来た。
しかも、その功績が認められて、キーロンJr.隊が発足されたのである。だから、転属を希望した。しかし、それだけではなかったのだ。キィロの話しを聞いて、あのとき頑張ってよかったと嬉しく思う。
「ロカじゃないか。ここでランチかい?」
「マーシュローズ少将! バーント准将!」
そのとき、ランが第二宙空艇部隊隊長のアウィンと共に後ろからやって来て、ロカに声をかけた。ロカは振り向いて手本のような敬礼をしたが、ランはすぐに腕を降ろさせる。
「聞いたよ。転属許可もらえたんだって?」
「はい」
「キーロンJr.隊、ロカにぴったりだ。操縦の腕は私が保障する」
ランはそう言うと、ロカの頭に手を置いて軽くなでた。
「保障……って、おまえ、気を失っていたんだろ?」
そのランに、アウィンが「見てもいないくせに」と毒づく。
「何を言う。こうして私が生きているのが証拠だ。それに、この手が、ちゃんと動く。ロカのおかげだよ」
「いえ、そんな……」
ランは手首から上腕までが義手となった右手を握りしめ、改めてその手でロカの頭をなでた。ロカは褒められた事とランの手のぬくもりに頬を染め、恥ずかしげに肩をすくめる。
「ロカは実力があるんだ。自信持っていいんだぞ……って、あれ? きみは?」
ロカに隠れるように──いや、小さくて見えなかったのか。キィロが小さい身体をますます小さくして、敬礼したまま固まっていた。
「あ、今知り合った陸戦部の先ぱいです」
「せ、先ぱいだなんて……!」
ロカに先ぱいと言われ、キィロが驚いて顔をあげると、背の高いランが身をかがめてキィロを見つめている。目が合ってしまったキィロは慌てて敬礼をし直し、顔を隠すように下を向いた。
「きみ、名前は?」
将官に名を聞かれて応えないわけにもいかない。キィロは恐る恐る呟くように言う。
「……キィロ・アサギ……です」
先ほどまでの元気はどこへ行ったのか。ロカがキィロの様子に、首を傾げる。
「──やっぱり、アサギの妹さんか!」
ランはそう言うと、キィロを抱きしめた。
キィロは何が起こっているのかわからず、身体を硬直させ、開いた口は震えている。
「アサギを守ってやれなくて悪かった……すまない」
ランの言葉で、ロカは第一宙空艇部隊に所属していた『アサギ』というパイロットが、モグリとして捕まっている。という情報を思い出した。
彼がモグリとして覚醒し、近衛艦隊地球本部の厳重な入口を開けさせたのだと。
当時、ロカはまだ統括軍に所属していたが、虹と共に捕まったと聞いている。
キィロが言っていた『アキレウス乗りになった双子の兄』とは、そのアサギの事だったのか。
そして、ロカと同じように、ひとりで昼食を取っていた理由もわかった。
モグリの妹──キィロは、仲間を裏切った者の血縁として、周りから非難の目を向けられているのだ。表向きはモグリの近親者への中傷や差別は禁止されている。だが、人間が心を殺すのは難しい。
「しょ、少将は悪くありません!」
キィロは精一杯声を絞り出す。目には涙が溜まっている。
これまで、どれだけ冷たくあしらわれ、辛い思いをして来たのか。ロカのそれとは重さが違う。先ほどの話しからすると、おそらく、とても仲が良い兄妹だったのだ。
その兄がモグリにされ、終身刑を受けている。会う事も、連絡を取る事も許されず──。
「アサギだって悪くない。悪い奴は……ロカが、捕まえてくれた」
突然話を振られたロカは、身体を震わせて動揺する。
確かに、ロカはオーナーであったネリネ・エルーシャ・クラストを捕まえた。だが、捕まえられたのは、ランたち第一宙空艇部隊のパイロットたちが、命をかけて敵の旗艦に乗り込み、制圧してくれたからだ。
「……すみません。本当は、そのお礼を何よりも言わないといけないのに──」
キィロはきつく目を閉じ、言葉を綴る。言えなかった。言うのが怖かった。キィロは離れていった友や親類を思い出す。
今、ロカとキィロは同じ表情をしている。寂しい──と。自分も友だちがいなくて寂しかった。ロカは薄い唇を一文字に結ぶ。ずっとひとりで、いつもひとりで。陰口を言われて。
だが、ロカにはキィロの辛さは計り知れない。ロカは家庭に恵まれていると、誰もがそう言うのだから。
「そうだ! 二人、友だちになればいいじゃないか」
ランは二人の様子に気付き、微笑んでそっとキィロをロカの前に押し出す。
「で、でも、自分はただの兵で……リトゥプス大尉とはとても……」
キィロは無茶な事を言うランに目を向け、首を横に振って抵抗をする。
「階級なんて、関係ないだろう。ほら!」
ランは更にキィロをロカへ近づける。キィロはランに後ろから肩を掴まれていて逃げられない。振りほどくのは不敬であるが、そうでなくとも力でかなうわけもなかった。
それに──嫌ではないのだ。キィロは、ロカと話せただけで幸せだと思っていた。
「二人は同じ部隊になるんだろ? なら、今から仲良くしたらいい」
親しい人間が出来ると、失う怖さが常に付きまとう。ランはそれを承知で、二人に友だちになれと言っている。
二人とも、危険は覚悟の上で戦闘部隊に入るのだから、命がけなのはわかっている。だが、大切な人を失う怖さに、耐えられる自信がない。
ロカはその経験がなく、キィロは兄をすでに失っているようなものだ。
それでも、ロカはキィロともっと話しをしたい。キーロンJr.についても語りたいと思った。キィロはどう思っているのだろうか。話しかけてはくれたが、友だちを持った事がないロカには、わからない。
「話したければ話す。それだけだ」
ランは二人の背中を同時に叩くと、空に抜けるような笑顔でそう言い、アウィンと共に去って行ってしまった。
残されたロカとキィロは、向かい合ったまま黙っている。
ロカはこれまで、自分の言葉を押し殺して生きて来た。家族とは仲がいいが、仕事の話は守秘義務があって話せない。同じ軍人だった祖父にも、話すわけにはいかなかった。話せる内容であっても、立場上気軽に声をかける事も出来ないでいたのだ。結果、仕事中は必要な事しか言わず、実家に帰っても家族の話を聞いて笑うだけだった。
キィロは、その家族との団らんすらなくしているだろう。軍人なのだから、戦闘中に敵を殺める事はある。だが、太陽系は攻撃して来ない敵を討つ事はない。しかし、モグリは戦犯者扱いにはならないが、人殺しと暗に責められる。他の家族がいても、心から笑い合うのは難しい。
でも。だからこそ。
業務以外での必要な言葉を発するために、ロカは今一度きつく唇を結び、そして口を開いた。
◇
「なぁ、あの二人、あのまま置いてきてよかったのか?」
アウィンが遠くなったふたつの影を眺めつつ、機嫌のいいランに問いかける。
「ああ、大丈夫さ。ロカは、無駄な話はしないが、必要なことは、必ず言う」
階級の差があり、キィロから「友だちに」とは言えないだろう。
短い間であったが、ランはロカの人となりを見て来た。彼女にならアサギの妹を任せられる。そして、その逆も。アサギから、工兵だという妹の話をよく聞いていた。身体的理由でキーロン乗りになる夢を追いかける事すら叶わなかったが、腐らずに工兵としてキーロンに触れていると。
しかし、ロカの活躍でキィロの夢は叶った。先ほどの様子を見ると、兄の事は言い出せなかったようだが、キィロの方から話しかけたのだろう。今まで、ロカが同年代の者といるところを見た事すらない。
ランは二人が笑い合える数分後を想像して、晴れやかに笑んだ。
「さて。私たちは午後からの会議の準備だ。腹が減っていては集中出来ないからな」
「準備って……おまえが『ドッグファイトもう1回!』って聞かないから、メシの時間なくなったんだろうが」
「そう言うな、アウィン。ここのパンはうまいぞ? いくつでも奢るから遠慮するな」
「いくつも食ってる時間がないんだって……」
アウィンは肩を落とし、会議中に腹の虫が鳴らない準備をするために、ランと共に売店へと足を速める。
──遠くで、少女たちの笑い声が響いた。
お久しぶりです。
……いや、連載中も普通に4ヶ月とか空けていたから、変わりませんね。
このストーリーは、第2章エピローグの初稿から削り取った7500文字の内、5000文字くらいだったものです。
なので、エピローグの中にある話……という意味で、『話中話』という言葉を使いました。
この世界では、モグリは非情に大きな問題です。
モグリとなった者の処遇は第1章のエピローグで書きましたが、モグリの家族はどうしているのか。
それを書くためにも、このエピソードは必要でした。
そして、孤独だったロカに初めて友だちが出来た。嬉しいですね。
近い内に、もう1話。やはり話中話を投稿します。
それで、第2章は本当の完結です。
お付き合い頂ければ……と思います。




