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碧藍のプロミネンス  作者: 切由 まう
39/42

【心の行方】

<登場人物等>


〇ニグライン・レイテッド……太陽系近衛艦隊および太陽系近郊宙域統括軍総司令官

〇ファル・ラリマール・(オオトリ)……太陽系近衛艦隊総隊長

〇ユーレック・カルセドニー大元帥……特殊能力部隊元隊長(DL)


[近衛艦隊将官]

〇クルス・ベリル中将……諜報治安部隊隊長

〇デン・ドリテック少将……陸上戦闘部隊隊長

〇リーシア・テラローザ少将……後方支援部隊隊長

〇ラン・マーシュローズ准将……第一宙空艇部隊『バリュウス』隊長

〇アウィン・バーント准将……第二宙空艇部隊『クサントゥス』隊長

(ホタル)・クラーレット准将……IT支援部隊隊長

〇オーランド・スマルト准将……メカニカル・サポート部隊隊長


〇クラック(オウムフィッシュ)……近衛艦隊司令官室長(チーフ・オフィサー)

〇ジュレイス・リトゥプス……太陽系近郊宙域統括軍元長官

〇ロカ・リトゥプス中尉……凰の副官。ジュレイス・リトゥプスの孫

〇セネシオ……太陽系近郊宙域統括軍長官


(コウ)・グリーゼ……凰の元副官

〇アサギ……元第一宙空艇部隊のパイロット

〇ランディ・リューデス大佐……陸上戦闘部隊・元第一中隊隊長



〇ネリネ・エルーシャ・クラスト……元カフェ・セラフィーナのウェイトレス。Dr.クラストの末裔

〇ビローサ・ルビア……セラフィスの参謀。ネリネの幼馴染みでもある女性。


〇ツカイ……薬や洗脳によって思考を支配された者

〇モグリ……本人が知らぬ内にツカイにされた者

〇オーナー……ツカイを使役する者


〇アキレウス……宙空艇部隊の戦闘艇

〇キーロン……陸上戦闘部隊の重装甲機

〇キーロンJr.……3/4サイズの小型キーロン

〇ファルコンズ・アイ……凰専用の戦闘艇


〇マンデルリ……ネリネやビローサの出身星。


※DL:ディビジョン・リーダー

         ◇


 二週間の休暇を終え、凰は平常を取り戻した近衛艦隊に戻って来た。

 休暇前、「艦橋へ行く前にマイスター・コンピュー(司令官室)タ・ルームに来るように」と言われていた凰は、ニグラインの元へと向かう。


「ファル・ラリマール・凰、入ります」


 ここが司令官室だと知ってから、ニグラインに呼ばれて訪れるのは、もう何回目だろうか。マイスター・コンピュータが内蔵されているのは周知であったが、1年前にニグラインが着任して来るまで、このドアすら隠されていたのだ。

 入室してみると、明かりは点いているが、晴れた朝だというのに薄暗い。


「来てくれてありがとう。ごめんね、暗くて。──ETSを見ていたんだ」


 薄暗い原因は、普段は外の景色をそのまま映している司令官席正面の巨大モニターが、遮光スクリーンになっていたためだった。太陽系旗と同じ、光をまとったオレンジ色のETSが大きく映し出されている。

 ニグラインは司令官席の前に立ち、ETSを直視していた。自分自身でもある人造恒星を、どのような想いで見ているのだろうか。

「ファル・ぅ!」

 凰の来訪をオウムフィッシュの司令官室長(クラック)が歓迎する。司令官席の太陽系儀で遊ぶのをやめ、緋色の羽根を広げてピチピチと尾ひれを振りながら、凰に向かって突進するように飛翔した。そして、敬礼で胸に拳を当てた凰の腕に停まり、金色のやわらかな冠羽を凰の頬に擦り付けてゴロゴロとノドを鳴らして挨拶をする。

 クラックの声に釣られて振り向いたニグラインは、素直なクラックを少しばかり羨む。きっと、自分もああして誰かに甘えたかったのだろうと。1000年以上も生きた今では、それも叶わない。


「凰くん。こっちに来てくれるかい?」

 それでも、ニグラインは微笑ましい光景に頬を緩めて、凰を呼ぶ。

「は!」

 凰はクラックを腕に乗せたままニグラインの一歩後ろに立ち、ETSに目を向けた。

 遮光スクリーンはまるで暗闇のようで、その中でも光を失わないETS(太陽)が、ニグラインの在り方を象徴しているかに見える。

「──今日は、ぼくがここに着任してちょうど1年だ。長く生きていて、一番忘れられない1年間だったよ」

 僅か26年しか生きていない凰にとっても、この1年は特別だった。ニグラインとの出逢い。ユーレックとの別れ。太陽系の闇を知り、太陽系の光を見た。


「今から、〝ニグライン・レイテッド〟について、まだ話していないことを伝えようと思う。キミには全てを話すと約束したからね。毎回、長くなって悪いけど」


 静かに振り向いたニグラインは、ETSの光そのままの笑みを咲かせた。


「ああ、そうだ。先に言わないと。腎臓とは、ちゃんと融合したよ」

 凍結されていた腎層の事は凰も気になっているだろうと、ニグラインは一応報告をする。

 凰が休暇を取っている間に、ニグラインはひとりで、あの凄惨な融合に耐えたのか。せめて見届けるくらいの事はしたかった──と凰は思ったが、おそらくニグラインは気を遣ってくれたのだ。

 リーシアの言った通り、『楽しかった思い出の品』が手元にある事で、凰は休暇中に冷静な心を取り戻した。もし、ニグラインの融合に立ち会っていたら、まだ精神は安定していなかったかもしれない。

「大丈夫だよ。ぼくは」

 眉根を寄せた凰に、ニグラインはやさしく笑って言う。だが、そのやさしさが、返って心苦しい。凰は言葉も発せず、見上げてくる藍碧(あお)い瞳から目を逸らす事も出来ずにいた。

「……本題に、入ろうか」

 凰の心情を理解したニグラインは、口元の笑みはそのままで俯き、小さな溜め息を吐く。そして、再びETSを仰いで話し始めた。


「──心臓はね、ずっと人造太陽(・・・・)になるための教育を受けていたんだ。他の臓器が遠くの恒星系に送り込まれてからは、ひとりで。ぼくは、それを首だけで見ていた。そんなぼくを憐れに思ったのか、心臓は博士たちがいないとき、身振り手振りで話しかけてくれていたよ。ぼくたちは隔離されていたからね。けれど、ぼくが〝(しゅ)〟のニグラインとなり、心臓は〝予備〟となった。ETSが起動した直後、三人の科学者たちが所有権について争いを始めたのを好機とみた心臓は、彼らを殺したんだ。ぼくらが自由になるために。心臓は泣いて言ったよ。『血にまみれた人間に、ETSを手にする資格はない。だから、太陽の意思と慈愛を有した、(けが)れない眼球(キミ)だけに、その資格があるんだ』って」


 ETSを完成させた三人の科学者たちが何者かに葬られた事により、ETSのコアの秘密は永遠に閉ざされた。それが、伝えられている太陽系の歴史だ。

 他星系には、その『何者か』の子孫が、L /s機関として太陽系を統べていると思われている。太陽系の民の中でも、そう思っている者もいるだろう。

 それはあながち間違いではなかった。二人のニグライン・レイテッドが、他星系に同じ過ちをさせないために、ETSのおぞましい機密を漏らす事をしなかったのだから。

 例え、そのために幾度も戦争が起き、大勢の犠牲者が出たとしても。


 凰は、ニグラインの言葉に違和感を覚えた。ETSは人造恒星(・・・・)と言うのが通常だ。だが、ニグラインは人造『太陽』と言った。思い起こしてみれば、以前からそう言っていた気がする。

 人工物にされてもなお、太陽は太陽でいたかったのだ。


「それから、ぼくらは二人でL /s機関を動かし、太陽系を潤いのある星系にすることだけに尽力した。戦争の度に手術可能な医療装甲車で、逃げ遅れて負傷している人を救って回ったりもしていたんだ。人工臓器も大量に積んで。……おかしいよね? 臓器を引き離されて悩むぼくらが、臓器移植をするなんて。まぁ、銀河法で移植出来る人工臓器は、『五臓に関しては一人ふたつまで』って決めたのもぼくなんだけど。六腑に関しては、無制限だし」


 そこまで話して、ニグラインは凰に向き直る。それに合わせて、クラックが凰の腕からニグラインの肩へと移動すると、ニグラインと共に凰を見つめた。クラックの赤虎目石のような瞳が、凰の青虎目石さながらの瞳を映す。

 ニグラインはクラックの冠羽をなでると、話しを再開する。


「16年前も、そうして医療装甲車で駆け回っていた。何万人も犠牲になる中で、ぼくらが助けられるのなんてほんの一握りだったけど、ひとりでも多く助けたくて。でも、移植用の人工臓器が尽きてしまったため、一度ベースに戻ろうと思ったんだ。だけど、その時、近くで避難艦が爆発した。ぼくらは生存者がいるかもしれないと急いで向かう途中、爆発地点の手前に、子どもが倒れているのを見つけた。青みがかった黒髪の少年は、背中に砲弾の破片が刺さり、意識もなく危険な状態だった。すぐに手術を始めたが、破片は心臓にまで達していて、心臓を移植する以外助かる道がなくて。もう、人工臓器はないし、ぼくは諦めようとしたんだ。そうしたら、ちょうど少年と同じくらいの年頃だった心臓のニグラインが、『僕の心臓を使ってくれ!』って言ってね。ぼくなら、心臓を抜いても『眼球』と『脳幹』さえあれば、粒子化して再生成されるからよかったんだけど、あいにく大人だったから、サイズ的に使えなかった。一瞬戸惑ったけど、それしか少年を助ける方法はなく、ぼくは……僕の心臓(・・・・)を取り出し、少年に移植した」


 ニグラインは、取り出した心臓の重さを思い出しながら、手のひらを見つめる。


「──これで、全てのニグライン・レイテッドの話しは、終わり」


 見つめていた手のひらを降ろし、ニグラインは儚い笑顔で話しを終える。

 ETSの秘密が明かされたときは、碧藍(へきらん)の瞳の──人間としてのニグラインが、苦しみながら、辛そうに話していた。今は、藍碧(あお)い瞳の、太陽の意思が穏やかに語っている。

 〝人間〟には、耐えられないのだと、凰は感じた。

 他のニグラインたちも、1000年を越えて精神的な限界を迎えていたのだ。だから、太陽系に攻撃を仕掛けて来た。人類への復讐心もあっただろうが、真の目的は〝(しゅ)〟であるニグラインを引きずり出すため。

 予備でなどでいたくない。ひとつの肉体、ひとつの魂に戻りたいと。


「凰くん、薄々気付いてたんでしょ?」


 凰の心臓は、大きく鼓動を打った。静かな部屋に、響きそうなほど。

 数秒の沈黙が長い。時計だけが、時を刻む。

 五臓のニグラインの話しを聞いたときから、頭の片隅で「もしかしたら」と考えていた。心臓が痛み、凰の精神力を持ってしても心が乱れるときは、必ずニグラインに関係していたのだから。ニグラインの意思を共有しているというクラックが、初対面で凰に懐いたのも頷ける。

 気付くな。と言う方が、無理であろう。

 ガニメデで二人のニグラインを見たとき、安堵したのも事実だ。それは、すぐに覆されたが。「心臓のニグラインは存在しない」とでも言うかのように。

 凰は、やはりそうなのか……と、覚悟を決めた。それでも、ニグラインに求められるまで〝ファル・ラリマール・凰〟として、支えて行こうと強い意志を(いだ)いていたのだが、それも、もう──。

「……はい。これで、やっとお礼が言えます。あのときは、助けてくださってありがとうございました」

 凰は晴れやかな表情で礼を言うと、ETSを見つめるニグラインの背に深く頭を下げる。


「この『心臓』、お返しいたします」


 そして、顔を上げた凰は、胸に手を当てて迷いなく言った。

 Eternal(エターナル) The() Sun(サン)──永遠の太陽を完成させるため、人柱となったニグライン・レイテッドたちの望みが、これで叶う。離ればなれになっていた彼らが、ようやく一人の人間に戻れるのだ。

 それが、どのような結果を招いたとしても。


「────ありがとう」


 どちらの(・・・・)ニグラインが言ったのか。

 ニグラインは凰に半身だけ向け、まるで12才の少年のように無邪気に微笑んだ。

 その瞳からは、臓器たちと別れてから流す事の出来なかった涙が一滴(ひとしずく)こぼれ落ち、太陽の光を反射して煌めいた。


       ◇ ◇


 【晶暦1130年】

 人造恒星ETSの誕生にまつわる悲しく虚しい戦いは、人々が知らぬまま、静かに幕を降ろしたのである──。

これで、ETSの秘密は全て明かされました。

更新した今日、2月8日は、ニグラインの誕生日です。

投稿は凰の誕生日からでしたが、物語は2月8日から始まっています。

何年もかけてしまいましたが、1年間の物語でした。

第2章は、残すところエピローグのみ。

完結記念MVがあります。ここまで読んでくださった方に、ぜひ聞いて頂きたい曲です。

【碧藍のプロミネンス】より〜永遠の太陽〜/第2章完結記念MV

https://youtu.be/L3BEeu3wdOg


フォンスティーヴ様(@Steve_Re_birth/Youtube▶︎http://youtube.com/@Steve_Re_birth)より、【碧藍のプロミネンス】の世界が広がる、素晴らしい曲を頂戴いたしました。

フォンスティーヴ様、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
ニグラインの孤独な苦闘は筆舌にしがたく。 太陽系の母として、小さい身体で家族たる惑星と人類を守り抜くのはどれほど大変だったでしょうか。 本当によく頑張った。
やはりと思っていましたが、あまり認めたくないです。 今はただそれだけしか思い付きません。
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