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碧藍のプロミネンス  作者: 切由 まう
36/45

【喪失】

<登場人物等>


〇ニグライン・レイテッド……太陽系近衛艦隊および太陽系近郊宙域統括軍総司令官

〇ファル・ラリマール・(オオトリ)……太陽系近衛艦隊総隊長


[近衛艦隊8大将官]

〇ユーレック・カルセドニー中将……特殊能力部隊隊長(DL)

〇クルス・ベリル中将……諜報治安部隊隊長

〇デン・ドリテック少将……陸上戦闘部隊隊長

〇リーシア・テラローザ少将……後方支援部隊隊長

〇ラン・マーシュローズ准将……第一宙空艇部隊『バリュウス』隊長

〇アウィン・バーント准将……第二宙空艇部隊『クサントゥス』隊長

(ホタル)・クラーレット准将……IT支援部隊隊長

〇オーランド・スマルト准将……メカニカル・サポート部隊隊長


〇クラック(オウムフィッシュ)……近衛艦隊司令官室長(チーフ・オフィサー)

〇ジュレイス・リトゥプス……太陽系近郊宙域統括軍長官

〇ランディ・リューデス少佐……陸上戦闘部隊・第一中隊隊長

〇ロカ・リトゥプス中尉……凰の新しい副官。ジュレイス・リトゥプスの孫

〇セネシオ大将……太陽系近郊宙域統括軍副長官


(コウ)・グリーゼ……凰の元副官

〇アサギ……元第一宙空艇部隊のパイロット


〇ネリネ・エルーシャ・クラスト……元カフェ・セラフィーナのウェイトレス。Dr.クラストの末裔

〇ビローサ・ルビア……セラフィスの参謀。ネリネの幼馴染みでもある女性。


〇ツカイ……薬や洗脳によって思考を支配された者

〇モグリ……本人が知らぬ内にツカイにされた者

〇オーナー……ツカイを使役する者


〇アキレウス……宙空艇部隊の戦闘艇

〇キーロン……陸上戦闘部隊の重装甲機

〇キーロンJr.……3/4サイズの小型キーロン

〇ファルコンズ・アイ……凰専用の戦闘艇


〇マンデルリ……ネリネやビローサの出身星。


※DL:ディビジョン・リーダー

         ◇


 『ファルコンズ・アイ』

 凰の専用機として、ニグラインが特別に造った、ETSから直接エネルギーを補給可能な、三日月型の垂直尾翼を持つメタリックブルーの戦闘艇である。

 凰専用機ではあるが、アキレウスよりも大きなその機体には、操縦席の後ろにニグラインが乗る簡易指令席(・・・・・)があり、更には粒子化したニグラインを収納するカプセルも内蔵されている。

 まだ一度しか戦闘には参加しておらず、そのときの敵戦闘艇が無人であったため、人の命を奪った事はない。あったとしても血で汚れるわけではないが、異空間の格納庫に佇むその姿は、兵器と言うよりは美しい装飾品のようだ。


「あいさつは終わった?」


 戦闘用パイロットスーツに着替えたニグラインが、いち早く着替えを済ませてファルコンズ・アイの元へと来ていた凰の顔を覗き込むように話しかける。

 ニグラインの嬉しそうな、いたずらじみた笑顔を見た凰は、自分のファルコンズ・アイを見る顔が緩んでいた事に気付き、気恥ずかしさを隠すために手で口元を覆う。

 最愛の相棒であるファルコンズ・アイに乗れるのだ。凰の(はや)る心が無意識に表情に出ていても仕方がない。

「ぼくも、また凰くんと乗れるの楽しみだよ」

 遊びに行くわけではないのを重々承知の上で、前回もニグラインは凰の操縦するファルコンズ・アイに楽しそうに乗っていた。テーマパークにも行った事がないと言って、まるで初めてアトラクションを体験したかのように。

 もしかしたら、負荷の大任が凰を蝕まないように気を配ったのかもしれないが。

「あ、オレも! 凰の操縦楽しみッス!!」

 凰がニグラインへの返答を考える前に、慣れないパイロットスーツをやっと着たユーレックが会話に割り込む。

「この前は意識失っちゃったからな。今度こそおまえの操縦テクを堪能させてもらうぞ?」

 念動力(サイコキネシス)瞬間移動(テレポート)で自在に翔び回れるユーレックだが、太陽系一のパイロットの腕前を体感したいと、凰の肩に腕を回して言う。

「……わかりました。ワープに入る前に、少しだけアクロバット飛行をしましょう」

 ニグラインとユーレックの二人共に言われては、断る術もない。凰は肩に置かれたユーレックの手を払うように振りほどき、口角を僅かに上げて承諾した。何より自分が舞いたいのだ。

 そして、最高の飛行を披露しようと、パイロットグローブをはめ直してファルコンズ・アイのタラップを降ろした。


「おお! オレの席がある!!」

 ファルコンズ・アイに乗り込んだユーレックは、改良されて座席がひとつ増えた内装に目を輝かせて言う。操縦席の後ろにある、収納可能な簡易指令(ニグラインの)席の後ろに、ユーレックの席が用意されていたのだ。

「ちゃんとユーレックくんのサイズに合わせてあるから、座り心地もいいはずだよ」

「ありがとうございます!」

 大型の戦闘艇とは言え、三人も乗ればコックピットにはもう余裕がない。しかし、まるで最初から設置されていたかのように席が収まっているところを見ると、ニグラインがそういう設計(・・・・・・)にしていたのだとわかる。

 この機体は、ユーレックも含めた三人で乗るものであると。

 だが、それはあくまで『凰の機体に同乗させてもらっている』のであって、ファルコンズ・アイは凰専用機である。操縦席を入れ替えてプログラムを書き換えればニグラインでも操縦出来るが、設計者だから可能なだけであって、ニグラインはパイロットではない。

 ニグラインが凰のために設計し、凰に相応しいデザインを施した、凰のパイロットとしての力を最大限に発揮できるように造られた戦闘艇である。


 操縦席に身体を固定した凰は、全身に染み渡るフィット感を味わうように、大きく息を吸い込んだ。操縦桿を握ると、ファルコンズ・アイと一体化した感覚に酔いしれる。

 『共に翔ぼう』と、ファルコンズ・アイが語りかけてくるようだ。

「準備出来たよ」

 凰がファルコンズ・アイに浸っていると、後部座席からニグラインが「邪魔して申し訳ない」とでも言いたげに声をかけて来た。

「司令~。こんな機体を凰に渡したら、こいついつまでも恋人作りませんよ?」

「黙れ、ユーレック」

 ニグラインはともかく、ユーレックに愛機との貴重な時間を妨害された凰は、あからさまに機嫌の悪さを声色に表す。

「あはは! 本当だ」

 その凰を見て、ニグラインは嬉しそうに声を上げて笑った。ニグラインとしては、自分が贈ったものを気に入って貰えているのが喜ばしいのだろう。

「司令には、感謝しております」

 ユーレックに対しては気分を害したが、ニグラインに同様の言葉をかけられても、感謝の気持ちしか湧いて来ない。

 パイロットの(さが)なのだろうか。よく、パイロットの間では「私と戦闘艇とどっちが大事なの?!」と恋人に言われて振られた……という話も聞く。

「ユーレック、いつもおまえの惚気話しに付き合ってやってるんだ。帰ったら存分にファルコンズ・アイについて語ってやろう」

「うぇ? マジかぁ……」

「あ、ぼくも聞きたい! うちのバーカウンターでどう?」

 凰がファルコンズ・アイについて惚気るとあっては、自分も参加しないわけにはいかないと、ニグラインは場所の提供を申し出る。

「ぜひ、お願いいたします」

「うう……司令のカクテル付きなら……」

「もちろん!」

 乗り気の凰とニグラインに押されるように、ユーレックはうな垂れながら受け入れた。

 そして、そう言えば螢と付き合い始めてから、凰と飲むときは螢の話しばかりをしていたな……と、反省する。今まではどうだっただろうか? ──いや、今までも、ユーレックのたわいもない話しを、凰がときどき相づちを打ちながら聞いている事が殆どだったように思う。

 たまには凰の浮かれた話しを聞くのも悪くないと、ユーレックはいたずらな猫のように興味を示して、いつもの楽しげな笑顔に戻った。


「では、出撃します」


 任務後の楽しみが出来たところで、凰は話しの主役となるファルコンズ・アイを目覚めさせる。エンジンが鼓動を打ち、三日月型の垂直尾翼がガニメデに照準を定めて牙を剥く。マイスター・コンピュータの異空間格納庫から宙に出ると、戦艦(びゃく)号の白く美しい巨大な船体が下に見えた。


「こちら凰。レイテッド司令とカルセドニー中将とともに、ガニメデに向かいます」


 白号に通信を繋げて、凰は指揮官代行をしてもらっているベリルに行く先を告げる。

 艦橋で凰の言葉を聞いた白号の隊員たちは驚き、一斉に指揮官席のベリルに振り向いた。


「こちらベリル中将。了解しました。ご武運を」


 ベリルは動じる事なく言葉を返す。モニターに映る凰の精悍な面立ちは艦隊指揮を執っていたときよりも引き締まり、青虎目石さながらの瞳は強い闘志に満ちている。危険な任務に赴くのだとわかるが、見送る以外ない。

 ただ、その後ろでニグラインとユーレックが浮かれた面持ちで手を振っているのを見て、ベリルは眉間の皺を深くせざるを得なかったが。


         ◇


「もうそろそろ来るかな?」

 ガニメデのグランディス(ツー)の司令室で、やる事がなくなって暇を持て余している幼子が、椅子を左右に動かし、足をぶらつかせながら言った。

「そうだね。もう生存者の救助は絶望的だろうし、来ると思うよ」

 モニターで近衛艦隊の様子を見ていた腎臓のニグラインが、ゆるくウェーブのかかったプラチナブロンドの髪を揺らして幼子に答える。

 ガニメデ砲を撃ち尽くしてから、すでに20時間は経過しているが、彼らは〝待つ〟事には慣れていた。何しろ、1000年以上この日を待っていたのだ。(しゅ)のニグラインが今日来なくても、明日になっても、いつまででも待てばいい。

 それでも、今までと違い目の前に楽しみがあると思うと、時間の経過が気になってしまうのは仕方がないだろう。

「ネリネもビローサも捕まっちゃったけど、マンデルリに撒いた種は上手く育つよね?」

 幼子は椅子から飛び降りて、モニターを見ている自分自身でもある分身の背に、踊るように飛び乗った。

マンデルリ王(あの王様)、野心家だからね。頑張るんじゃない?」

 腎臓のニグラインも、種の成長に期待して微笑む。


 彼らは太陽系を手に入れたいのか、滅ぼしたいのか……。

 楽しげに笑い合う二人の様子からは、伺い知れなかった。


         ◇


 白号を離れ、ファルコンズ・アイはガニメデを目指す。デブリ回収艦とすれ違うときは、主翼を振っ(ロックウイングし)て敬弔の意を伝えていた。

 どれだけの命がここで失われたのか……凰はデブリを避ける度、奥歯を噛みしめる。

 ユーレックも、戦闘が行われていた宙域にいる間は黙って宙を見つめていた。小さなデブリを見つけると、掴む事は出来ないとわかっているのに、反射的に手が動く。ユーレックが隊長(DL)を務める特殊能力部隊の隊員たちは、火星で能力を振るって救助活動をしている。だが、今のユーレックは能力を制御されており、デブリひとつ回収出来ない。

「ユーレックくん。ぼくらは、この先が本番だから……」

 ユーレックの様子に気付いたニグラインが、彼の気持ちを汲んで声をかける。

 まだ、戦争は終わっていない。ユーレックの温存していた能力(ちから)が必要になるのは、これからだ。

「そう……ッスね!」

 ユーレックはまるで能力を逃がさないかのように手を握りしめ、感情を抑え込んだ笑顔で答えた。

「凰!」

 そして、先にある戦いのために気分を一新しようと、ユーレックは凰に『約束の実行』を促す。

「司令、よろしいですか?」

「うん! お願い!」

 凰はニグラインの確認を取り、速度を上げて約束のアクロバット飛行へと移行した。

 先ずは、直進しながら右方向に360度回転(ロール)をする。機体の姿勢と共に揚力の強さや向きも変わるため、乗員も姿勢を調整しなければならない。

「お、お、おお?」

 ユーレックは、決して自分には出来ない戦闘艇特有の動きに、目を回しそうになった。だが、気分がいい。この広い宇宙を舞台にしたアトラクションのようだ。

 ロールを終えると、機体は水平飛行からマイナス45度バンクし、再び加速して斜めに下方宙返りをして大きな円を描くスライスターンを行う。斜めにかかる(重力)は思った以上に強く、ユーレックは座席の肘掛けを掴まずにはいられなかった。

 地上であれば、カラフルなスモークで空を彩る事もあるのだが、宙空(ここ)ではそれは出来ない。その代わりに、ファルコンズ・アイの三日月型の垂直尾翼がETSからのエネルギー供給で青白く光り、その光りが尾を引いて星が流れるように美しく輝いている。

宙返り(ループ)します」

 凰は操縦桿を目一杯引き、機体はほぼ垂直に上がっていく。無重力の宇宙で方向感覚を失わないように、機内は地上と同じ1Gに設定されている。強く下方へかかる重力が心地いい。凰は天を目指すように、更に速度を上げた。

「ぐわっ!」

 そのとき、後部座席からユーレックの声を潰したような叫びが聞こえ、凰は急遽上昇を止めて平行飛行に戻す。

 振り向くと、ユーレックが両手で目を押さえて呻いていた。急激に下方へかかった重力が脳への血液供給を妨げ、ブラックアウトを起こしかけたのだ。

「すまない。大丈夫か?」

 凰は飛行に慣れていない者を乗せていたというのに、いつも通りに機体を動かしてしまった事を反省した。同じパイロットでさえ、凰の操縦に着いてこられる者は少ないというのに。

「……だい、じょうぶ! おまえの世界を知りたがったのは、オレだから、気にすんな」

 ユーレックは痛む頭をさすりながら、垣間見た凰の世界を思い出す。自分が念動力で翔び回るのとはまるで違う。風を受けるわけでもないのに、Gによってもたらされる昂揚感。パイロットと機体が一体となって初めて得られる翼は、どこまでも自由に羽ばたく。

「司令、よく平気ッスね~!」

 前の座席で、顔色も変えずに凰の演舞を楽しんでいたニグラインを見て、ユーレックは己の情けなさに、ますます頭を抱える。

「うん。ぼく脳ミソ入ってないから」

「……あ。すみません……」

「そんな顔しないで? 気にしてないよ」

 ユーレックは言ってはいけない事を口にしてしまったと、顔を引きつらせてニグラインに頭を下げた。そんなユーレックに、ニグラインは言葉のまま、穏やかな笑顔を向ける。

 〝ニグラインの脳〟は、彼の頭蓋の中にはない。粒子化され、ETSに組み込まれている。人類の業(・・・・)に振れてしまったユーレックだったが、ニグラインの太陽系ほどに広い心に許された。

「凰くんも、そんなに落ち込まないで?」

 何も言わずに、静かに操縦している凰の心情を読み、ニグラインは凰にも声をかける。

 ファルコンズ・アイまで機首をもたげているような──そんな飛行をしていれば、表情に出さずとも伝わるのは至極同然であった。


「楽しかったよ! ありがとう」


 ニグラインは弾けるように笑い、暗くなった場の空気を吹き飛ばす。凰もユーレックも、どれだけこの笑顔に救われて来ただろうか。〝守るべき存在〟であるニグラインを守るにはまだまだ未熟であると、二人は同時に肩を落とした。


「じゃあ、ユーレックくん。ワープする前に、能力解放するね」

「は!」

 ワープから出るときは、バリアは張れない。もし、敵が何かしら攻撃を仕掛けて来るならば、ユーレックが能力全開で防ぐ事になる。

 ユーレックの特殊能力(ちから)が解放されると、ファルコンズ・アイの中に風が吹き荒れるかのように空気が揺れた。この感覚は、ニグラインが碧藍(へきらん)の瞳へと変貌するときに似ている。


 〝他の何者にも持てない絶対的な人智を越えた力〟


 凰はそれを感じ取り、以前ユーレックに〝ニグラインのお父さん〟呼ばわりされたが、〝この二人の方が余程親子のようだ〟とほくそ笑む。それも、子どもはユーレックの方だな……と。

 ファルコンズ・アイにしろ、白号にしろ、機体がなければ自分はただの凡人である──と凰は考えている。身体能力に優れ、白兵戦ではユーレックやニグラインに勝てると言っても、そんなものに意味はない。持って生まれた『才』の質が比べようもないほど違うのだ。

 ただ、凰は恵まれていると思った。そんな彼らに必要とされ、共に歩める事を。

「凰、なんか嬉しそうだな」

 いくら強靱な精神力により心は読まれない凰でも、能力の完全解放されているユーレックには感情までは隠せない。

「ああ。いつかおまえと翔びたいと思っていたからな」

 隠せないのならば、誤魔化す必要はないと、素直に気持ちを言葉に乗せた。

「ずるい! 凰くん、ぼくは?」

「司令は前回も乗ったじゃないですか」

 素直な凰に戸惑っているユーレックを尻目に、ニグラインが会話に混ざる。

 このまま、ガニメデになど行かずに翔び続けたい──。そう思っているのは、凰だけではないだろう。

 だが、それは叶わない夢である。

「そろそろワープに入ります。衝撃に備えてください」

 凰は現実に戻り、使命を果たすべく操縦桿を握り直した。ニグラインとユーレックも、楽しかった雑談に終止符を打つように、体勢を整える。


「目標、ガニメデ正面。ワープ開始」


 目標地点の座標を指定されたファルコンズ・アイは、青白いETSエネルギーを全身にまとい、ワープ空間へと滑り込む。短いワープ空間の旅は、緊張を極限まで上げるには充分であった。


「ワープ完了5秒前。4、3、2、1──」


 凰の「0」のカウントと同時に通常空間に出たファルコンズ・アイ(接近者)を、ガニメデの母星であり、太陽系で一番の巨大惑星である木星の大赤斑(目玉)が睨んだ。

 木星が大きすぎるために遠くからでは目立たないが、月よりも大きな衛星であるガニメデは、近くで見ると迫力がある。


「ガニメデには、無人戦闘艇などの迎撃システムはありますか?」

 あれば先に伝えられているだろうが、念のためにと、凰はニグラインに確認した。

「ないよ。赤針(あかしん)と違って、用意することも出来なかっただろうし」

 予想通りの返答に、凰は内心残念さを覚える。アクロバット飛行を楽しんだとは言え、今回はファルコンズ・アイで戦えない。人の命を奪いたいわけではないが、パイロット同士の戦いでしか得られないものがある。ファイターパイロットとして、物足りなさに嘆息しそうになった。

「ごめんね、今回は戦わせてあげられなくて」

「凰、拗ねんなって!」

 ユーレックどころか、ニグラインにも隠しきれない感情が気恥ずかしく、凰は今の自分の姿は、とても他の隊員たちに見せられないな──と、苦笑する。

 太陽系近衛艦隊総隊長、ファル・ラリマール・凰。

 彼は太陽系だけではなく、天の川銀河全域に『勇猛果敢な太陽系の守護者』として名を(とどろ)かせているのだ。その名に恥じぬよう、凰は戦って来た。そして、今まさに守護者としての力量が試される。『天下無双の特殊能力者』と称されるユーレックと共に。


「ガニメデに高エネルギー反応! シールド展開!」


 和やかな会話を断ち切るように、ファルコンズ・アイが敵襲を感知して、アラートを鳴り響かせた。

 ガニメデ戦が脳裏に過ぎり、凰は反射的にシールドを展開する。ファルコンズ・アイのシールドは戦艦級であるが、あの(・・)ガニメデ砲が撃たれたならば、防ぎようがない。ガニメデ砲で消えていった僚艦を思い出す。防衛衛星のシールドでなければ、防ぐ事は不可能だと知っている。

「ガニメデ砲、発射!!」

 ワープで回避しようと試みたが、無情にも僅か3秒ほどで、ファルコンズ・アイに向けてガニメデ砲は発射された。

 どこにエネルギーが残っていたというのか。ガニメデ砲は撃ち尽くされ、エネルギーも枯渇していたはずだ。ETSからの供給も、開戦前に停止しているというのに。

「──エネルギー出力、0.1%」

 ニグラインが簡易指令席の装置で測定した、ガニメデ砲の威力。僅か0.1%。0.1%とはいえ、残しておけたはずはない。ニグラインはある可能性を導き出し、予測出来なかった自分を責める。

 しかし、それを確かめるのは後だ。生き残らなければ。三人で。

 ファルコンズ・アイの最高出力のシールドで使われているエネルギーを補給するため、ニグラインはETSエネルギーの供給を最大に上げた。ニグラインの碧藍の瞳の絶対光度に呼応するように、ファルコンズ・アイの三日月型の垂直尾翼は青白く燃え上がる。

 更に、緊急措置で一番近いエウロパからもエネルギーをファルコンズ・アイに送るが、それでも追い付かず、エネルギーゲージがレッドゾーンに入り、アラートが耳を貫くほど絶えず響く。


「まかせろ!」


 これまでか──と、凰が操縦桿を握りしめたのと同時に、ユーレックが宇宙空間へと瞬間移動(テレポート)した。そして、能力の全てを使って、ファルコンズ・アイのシールドを補佐するように自らのシールドを張る。

 ファルコンズ・アイの大きさと、ガニメデ砲の範囲。これでは、機体ごとテレポートしても、避けきれない。ユーレックは解放された能力(ちから)の全てをシールドに使う。

「ユーレック! よせ!!」

「カルセドニー!」

 凰とニグラインがユーレックを呼び戻そうと叫んだ。だが、戻ったところでどうなる? ファルコンズ・アイもろとも、消滅するだけではないか。


「たまには、カッコつけねぇとな!!」


 ガニメデ砲の光が、視界を全て包み込んだ。ファルコンズ・アイのシールドが破られ、大きな衝撃が機体を揺らす。だが、ユーレックのシールドが辛うじてファルコンズ・アイを守った。ユーレックに守られた機体は、機首に小さな傷を付けられただけで済んだのだ。

 ガニメデ砲はついえた。ガニメデのエネルギーはなくなり、もはや外敵と戦う術はない。

 しかし。


 ユーレックの姿は、もう、そこにはなかった──。


 高粒子砲により塵にすらならず、血液の一滴すら残さず……。

 宇宙の無限にある粒子と共に、宙に散った。

 まるで、彼が存在していた事を否定するように、音のない闇が広がっている。


「ユーレック……っ!」


 エネルギーが切れて暗くなったコントロールパネルを叩き、凰はきつく目を閉じた。ユーレックの死を認めたくないと。再び目を開けたら、ユーレックがそこにいるのではないかと思いたかったが、目の前で消失した記憶が、それすらも許してはくれない。

「……ラリマール」

 ニグラインの碧藍の瞳が揺れる。涙も流せず、光りも鈍い。犯してしまった償えない罪に、全身の血が凍るようだった。凰にかける言葉が見つからない──否。言葉をかける事など許されないほどの罪を犯したのだ。何も出来ない……何も。

「──レイテッド司令!」

 凰はニグラインの異変に気付き、迅速に固定ベルトを外す。そして、後部座席の意識を手放しかけているニグラインの肩を揺すった。

 光の消えそうな碧藍の瞳。ETSエネルギーの供給がされなくなったファルコンズ・アイ。

 ニグライン・レイテッドが、ETSの活動を止めようとしている──。


「レイテッド司令!!」


 凰は再びニグラインを呼ぶ。ニグラインが己の存在を否定している。このままでは、太陽系が滅びてしまう。

「失礼!」

 凰はニグラインのヘルメットを剥ぎ取った。そして、まだあどけなさの残る頬を痛みが走る程度に叩く。


「凰……くん」


 数秒後、何があったのかわからないという風に頬に手を当て、藍碧(あお)い瞳のニグラインが目を覚ます。

「ああ、そうか……ぼく……」

 人間(・・)であるニグラインが、自身を消そうとした。だが、それは太陽系を道連れにする事だ。太陽の意思(・・・・・)は、まだ太陽系を守りたいと思っている。

「司令のせいではありません。あいつは……」

 ニグラインは粒子になってしまっても、時間はかかるだろうが、どこかの生成用カプセルまで辿り着けば、いつか元に戻る事が出来る。

 ユーレックが守ったのは……彼が命を落とした原因は──。

 凰は自分への怒りで顔を歪め、俯いて唇を噛みしめた。血の滲む唇が震える。

 帰ったら、ニグラインの作るお互いのカクテルを交換して飲もう──という約束は、永遠に果たせない。


 『まだ、やれることあるだろ?』


 苦悩する凰の後ろから、ユーレックの声が聞こえた気がした。そうだ、ユーレックに守られた命。無駄にするわけにはいかないではないか。

「司令……エネルギーの供給を、お願いいたします」

 生命維持モードで、宙に漂っているだけのファルコンズ・アイを再び動かすためには、ニグラインがETSエネルギーを与える必要がある。凰は顔を上げて、任務を遂行する意志を伝えた。

「うん。ETSは遠いから、イオからエネルギーを送ろう。フルメーターにするのに1時間はかかると思う。凰くん、少し休んで? ぼくも休ませてもらうよ」

「……わかりました」

 エウロパのエネルギーも先ほど使ってしまったため、次に近い木星の衛星、イオからエネルギーを供給する事になった。

 操縦席に戻った凰は、ヘルメットを外して青みがかった黒髪を掻き上げて目を瞑る。未だ信じられない。学友であり、戦友であり、刎頸(ふんけい)の友であったユーレックがいない世界。空気を失ったかのように、息苦しい。


「おやすみ」


 精神がすり減り、眠れるわけがないと思っていた凰に、ニグラインのやさしい声が沁みいる。きつく閉じていた瞼が軽くなり、凰は深い眠りへと落ちていく。

 ニグラインが、ファルコンズ・アイの生命維持モードに組み込まれている〝スリープシステム〟を作動したのだ。エネルギーが溜まるまで、コックピットはヒーリングカプセルと同様となる。

 ニグラインも眠りについた。夢も見ずに眠れるのはありがたい。空席となった後部座席が、見守ってくれているようだ。


 目が覚めたら、今度こそガニメデに降り立つ。それまで、暫しの休息を取るのを許して欲しいと、ニグラインは心の中でユーレックに語りかけた。

ユーレックは、彼が動かした満月のような存在でした。

投稿日である今日は、月のない新月です。

当日に読まなければ意味はないのかも知れません。

ですが、作者としては、今宵月のない夜空を仰ぎ、彼を偲びたいと思います。

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― 新着の感想 ―
!!!うわぁぁユーレックさん!!!!ま、まさか……完全に油断していました……衝撃……。
2026/01/31 12:32 雨菊すわぴ
ま、まさかのユーレック…… これは予想もしていませんでした……
ああ~今はため息しか出ない。 ユーレックがあいつがいなくなってしまった……。 いつも軽妙洒脱で明るく気さくな彼とはもうこの物語では会えないのか……。 今、私が思い出しているのは、先の赤針戦の後に、鳳…
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