【木星宙域会戦】
<登場人物等>
〇ニグライン・レイテッド……太陽系近衛艦隊および太陽系近郊宙域統括軍総司令官
〇ファル・ラリマール・凰……太陽系近衛艦隊総隊長
[近衛艦隊8大将官]
〇ユーレック・カルセドニー中将……特殊能力部隊隊長
〇クルス・ベリル中将……諜報治安部隊隊長
〇デン・ドリテック少将……陸上戦闘部隊隊長
〇リーシア・テラローザ少将……後方支援部隊隊長
〇ラン・マーシュローズ准将……第一宙空艇部隊『バリュウス』隊長
〇アウィン・バーント准将……第二宙空艇部隊『クサントゥス』隊長
〇螢・クラーレット准将……IT支援部隊隊長
〇オーランド・スマルト准将……メカニカル・サポート部隊隊長
〇クラック(オウムフィッシュ)……近衛艦隊司令官室長
〇ジュレイス・リトゥプス……太陽系近郊宙域統括軍長官
〇ランディ・リューデス少佐……陸上戦闘部隊・第一中隊隊長
〇ロカ・リトゥプス中尉……凰の新しい副官。ジュレイス・リトゥプスの孫
〇セネシオ大将……太陽系近郊宙域統括軍副長官
〇虹・グリーゼ……凰の元副官
〇アサギ……元第一宙空艇部隊のパイロット
〇ネリネ・エルーシャ・クラスト……元カフェ・セラフィーナのウェイトレス。Dr.クラストの末裔
〇ビローサ・ルビア……セラフィスの参謀。ネリネの幼馴染みでもある女性。
〇ツカイ……薬や洗脳によって思考を支配された者
〇モグリ……本人が知らぬ内にツカイにされた者
〇オーナー……ツカイを使役する者
〇アキレウス……宙空艇部隊の戦闘艇
〇キーロン……陸上戦闘部隊の重装甲機
〇ファルコンズ・アイ……凰専用の戦闘艇
◇
太陽系近衛艦隊は、セラフィス艦隊の主砲が届かない位置までワープして陣形を整え、交戦をする運びとした。
想定では、第二作戦時にはまだ多くの敵艦隊が残っていると思われていたのだが、ガニメデ砲が敵を一掃してしまったため、残るは100隻未満の小艦隊だけだ。
戦うだけなら、簡単に勝ててしまうだろう。しかし、やらなければならないのは、Dr.クラストの直系の子孫だと言い、クラスト信仰者が崇めている、ネリネ・エルーシャ・クラストを捕らえる事だ。まだ太陽系に多く存在するであろうクラスト信仰者を、第二のセラフィスにさせないために、逃がすわけにはいかない。また、暴動を起こさせないように、死なせるわけにもいかないのだ。
当初は、ガニメデ沈黙後、戦艦白号を旗艦とする第一艦隊と、宙空母緑号を旗艦とする第三艦隊はセラフィス艦隊と戦闘を続ける予定だった。
その後、温存されていた宙空母赤号を旗艦とした第二艦隊が、セラフィスの旗艦、宙空母セラフィーナの護衛艦隊と交戦し、第一宙空艇部隊の敵旗艦攻略部隊がアキレウスでセラフィーナに攻め入り、ネリネを捕らえる作戦であったのだが、第一艦隊と第三艦隊の敵はいなくなってしまった。ともあれば、セラフィス旗艦攻略を第二艦隊だけに任せず、全軍で作戦第二行動を行うのみ。
ただし、敵艦隊を全て撃沈し、敵旗艦セラフィーナを孤立させてしまうのは悪策だ。そうしてしまった場合、ネリネの首と引き換えに降伏しようとする者が現れる可能性が高まる。敵護衛艦隊を残しつつ、迅速にネリネを捕らえなければならない。
「凰だ。作戦を変更する。第一艦隊は、ワープ後接敵した艦隊との戦闘を行う。第三艦隊は、エウロパ直上までワープし、敵旗艦護衛艦隊後方へ。第三艦隊に属する第二宙空艇部隊は、後方の戦闘艇と交戦し、バリュウスを全面的に援護せよ」
近衛艦隊の戦闘艇アキレウスがセラフィーナに向かって出撃したならば、あちらも戦闘艇を出さないわけにはいかないだろう。セラフィーナが宙空母である事から、アキレウスで敵戦闘艇の発着口から突入する作戦になっている。近衛艦隊のパイロットたちは日々激しい白兵戦訓練も行っており、対人の戦闘にも長けているのだ。敵艦内の警備兵と相対しても、そうそう負ける事はない。
敵の戦闘艇がおおかた片付き、攻略部隊がセラフィーナに突入したところで、残りの敵艦隊を駆逐。そして揚陸艇を数隻出し、重装甲機キーロンも50機ほど敵旗艦に侵入させる。そこに、凰の副官であるロカも参戦する事になっていた。初陣ではあるが、彼女の正確な銃撃を主とした戦闘能力と小型のキーロンJr.は、狭い艦艇内での戦闘において、最大に力を発揮するだろう。
勇ましく、迷いのない凰の言葉を、全ての隊員が受け入れた。指揮官席に立つ凰の精悍な面立ちに、見惚れる者もいる。
「ユーレックくん、ユーレックくん」
「はい?」
ニグラインは凰の指揮の邪魔にならないよう、静かに司令官席から離れた。そして、後ろのマイフィットチェアで寛いでいるユーレックに歩み寄り、両手を口の端に添えて小さな声で話しかける。
「凰くん、カッコいいね」
「ぶはっ!」
ニグラインの突然の言葉に、ユーレックは思わず身体を起こして吹き出す。
「えー? そう思わない?」
吹き出した後、肩を震わせて笑いを堪えているユーレックを見て、少し不満そうにニグラインが言う。
「──いえ、すみません。あいつは昔からモテますよ」
出逢った頃からそうだった。目つきは多少悪いが見目は良く、口数も多くないが人当たりが悪いわけでもない。誰にでも平等に接し、文武共に成績も良かった。ひとつ難点があるとすれば、女性に言い寄られてもなびかず、泣かせる事が多かった事だろう。
「そうだよねー」
ニグラインは納得して頷いた。そう言えば、近衛艦隊の総隊長になったばかりの頃は、自分の娘や孫を凰の嫁に……と言ってくる者が後を絶たなかったと聞いた事がある。凰の毅然とした拒絶の対応が功を奏し、今では誰もが諦めているとも聞く。
「まぁ、彼女がいるわけでもないし、オレとの付き合いが減ったんで、司令がかまってやってください」
「そうだね!」
ユーレックが螢と一緒に過ごす時間が多くなり、凰と二人で飲みに行く事が激減している。女性と遊ぶような事もない凰が、飲み相手もいないとなれば、独りの時間が長くなるだけだ。
凰は独りが寂しいなどと思うような男ではないが、ユーレックとしては逆にそれが気がかりなのであった。大事な親友を、孤独にはしたくない、と。
ニグラインも、ユーレックの言葉を不敬とは思わず、自分にユーレックの代わりが務まるとは思えないとしながらも、凰好みの料理を研究したり、新しいカクテルを考えたりしよう──と思った。
「リトゥプス中尉。火星の状況は?」
凰はニグラインとユーレックの気持ちを知る事なく、戦闘が始まる前にと、指揮官席の隣に立つ副官のロカに、火星の状況を尋ねる。
「はい。火星地表に落下した艦艇は戦艦1隻と駆逐艦2隻。地下に避難していた民間人にも大きな被害が出た模様です。他反乱艦は統括軍火星艦隊と対艦艇高射砲で撃破。すでに戦闘は終結しているとのことです」
「そうか」
民間人に被害が出たと聞いたところで、凰は黙祷するように瞼を伏せた。
統括軍の兵士たちにも、バングルを装着していれば……。ニグラインの意に介さない事ではあったが、凰でさえ、どうしてもそう思ってしまう。統括軍からも、民間人からも、批難を浴びせられるだろう。
幸いと言うべきか、ニグラインの見た目から、バングルの件はL /s機関の指示だと思われるに違いない。まさか11才の少年が、自らの意思だけで軍を率いているとは思うものはいないはずだ。しかし、L /s機関への不信感が生まれるのも問題である。問題ではあるが、現状、それに気を揉んでいる場合ではなかった。
今は、太陽系に対しての大きな脅威を滅絶させる事が、最優先事項だ。そのために、初陣であるロカにまで、敵旗艦への侵入という重い任務を課すのであるから。
「中尉。ワープに入る前に、キーロンJr.で揚陸艇に乗り込むように」
「は!」
凰は、ロカに副官の任務を外れて次の作戦へ向かうよう指示を出す。ロカは敬礼すると、艦橋の隅に置かれているキーロンJr.へと乗り込み、空間移動措置で揚陸艇へと向かった。
「全軍、10分後にワープ態勢に入る。座席固定。衝撃に備えよ」
凰のその言葉で、ニグラインは慌てて司令官席に戻り、ベルトで身体を固定する。ユーレックのマイフィットチェアもそれに倣って頑丈な椅子へと変わり、ユーレックをベルトで固定し、自身も強力な磁力で床に張り付いた。最後に凰が指揮官席に着座し、白号はワープ態勢を取る。
「戦艦白号、ワープ開始します!」
10分後。肩の力を抜いていた艦隊員たちは、オペレーターの声で再び戦士の顔となった。
◇
セラフィスの残存艦隊は、ワープ軌道から出て来る近衛艦隊を待ち構えている。当然、主砲の届かない座標に現れるだろうが、一気に詰め寄って攻撃を仕掛ける算段だ。旗艦である宙空母セラフィーナと40隻の護衛艦を除いて。
「目標は近衛艦隊の総旗艦、白号だけよ! 他の艦はどうでもいいわ!」
ネリネは最終決戦だと声を張る。鬼気迫るその相貌は、彼女を可憐と称した事すら忘れさせるほどであった。彼女は唯一信頼していたビローサを失った消失感を払拭するように、ただ近衛艦隊に勝利する事だけを考えている。
ビローサとの件を知るよしもない兵士たちは、クラスト様ご自身が指揮を執ってくださると、喜びさえ覚えていた。
「敵、ワープ軌道から出て来ます」
宙空母セラフィーナのオペレーターが、近衛艦隊の来襲を告げる。
艦橋の全面モニターには、ワープから出て来る時に発生する空間の歪みが数百映し出されていた。
敵総旗艦・戦艦白号を狙う艦隊は、空間の歪みが多数ある中の、中央で陣を取っている。近衛艦隊の戦い方を見て、旗艦が後ろや隅に隠れているような真似はしないだろうと踏んでの事だ。ワープ空間の歪みに飲み込まれない寸前の位置で迎え撃つ。それしか、セラフィス側に勝機はない。
「敵影、見えました!」
オペレーターの声で、セラフィス艦隊は白号を外さないように、中央付近の艦をまとめて葬ろうと一斉に主砲を向ける。
「全艦総攻撃! 撃てーーっ!!」
セラフィス艦隊は一斉に主砲を斉射した。ワープ中はバリアを張れないため、ワープ軌道から顔を出したときが一番狙い目なのだ。すでにこの戦力差では艦隊戦での勝ち目はないが、前衛として出て来る50隻程度が相手ならば分がある。敵の司令官の乗る総旗艦を撃沈し、ネリネが無事であればいい。
セラフィス艦隊の主砲は中央付近に出現したものに見事に命中し、爆散させた。
──数秒間、宙域は砂塵となった物体で視界が閉ざされる。
「やったか?!」
セラフィス艦隊のそれぞれの艦長が、レーダーで敵影を索敵しているオペレーターに問う。無論、「成功」したという言葉が返ってくると信じて。
「て、敵艦隊……無傷、です……」
「なん……だと」
だが、返って来たのは無情な言葉。どうしてそうなったのか、後続の艦艇がワープ軌道から出現するのを見て、状況が把握出来た。
大型の、無人装甲艇。近衛艦隊の艦艇を先導しながら、それが先に姿を現したのだ。
セラフィス艦隊の攻撃は、全て大型装甲艇に命中し、大型装甲艇を盾にしていた艦艇はその隙にすでにバリアを張っており、バリア中和砲を撃たず主砲を撃ち続けていたセラフィスの攻撃は、擦りもしなかったのである。
悠々と現れた白号の白く輝く優美な姿が、セラフィスの兵士たちに恐怖を感じさせる。
戦わなくてはならない。この戦力差で。それでも、一縷の望みをかけてセラフィス艦隊の主砲は、再び白号へ向けられた。
◇
「よし。破壊されなかった大型装甲艇を避け、戦闘態勢に入れ。降伏勧告を送った後、返答によっては迎撃を開始する」
凰が全艦に向けて迎撃準備の命を下す。
ワープ後の弱点を見事に補う事に成功した大型装甲艇は、今戦争から採用されたものであった。そもそも、太陽系内で待ち構えられるような状況は今回が初めてなのだ。
それでも、そういう時のためにと用意されていたのだから、ニグラインの用意周到な知略には感心するしかない。ワープ時に艦艇と大型装甲艇の連動を実現させた頭脳は、流石、太陽系一である。
「第二艦隊は、迂回してセラフィーナ手前の護衛艦の直下へ。迎撃指示があり次第、各宙空母は後方からアキレウスを発進させ、行動に移れ」
「了解しました!」
凰の指示に従い、第二艦隊は目標へと舵を切った。第二艦隊がセラフィーナの元へ着く頃には、第三艦隊が敵後方へのワープを完了しているだろう。
セラフィーナを護衛している残り40隻の艦艇は、セラフィーナを中心に輪形陣を取っている。
正直、主砲戦は難しい。敵の壁が薄すぎて、セラフィーナに当たってしまう恐れが極めて高い。しかし、近衛艦隊には全方位遊撃システムがある。直上からでも迎撃は出来るが、敵の高射砲が厄介だ。ならば、装備の少ない腹を叩いてやればいい。上下から反撃した方が早く終結するだろうが、味方に被害が及びにくい方を凰は選ぶ。
「敵艦! 攻撃して来ます!」
凰が第二・第三艦隊への指示を終えたとき、降伏勧告を出す前に、態勢を取り直した敵艦隊が再び白号を狙って主砲を放って来た。
「ほう? 素人ではないようだな」
敵の砲撃は二重に張られたバリアで全て弾いたが、先ほどまでの指揮系統に従う事も出来ないのかと思うくらい乱雑であった攻撃が、まとまりを見せている。
おそらく、セラフィーナを護衛する艦隊には、ネリネの出身星であるマンデルリ星の艦隊から引き抜いて来た軍人が乗っているに違いない──と、凰は考えた。白号の周りに位置する艦艇の艦長たちもそう思ったのか、白号を守るように前に出る。
それでも油断があったのだろう。30秒ほど遅れて動いた戦艦が1隻、敵艦数隻の主砲を浴びて墜とされた。
被害を受けた今、降伏勧告を出す必要はない。敵は行動で示してきたのだ。
Illustration:梶一誠様
「敵は少数だが手練れだと思え。征くぞ」
凰の低めの深い声が、近衛艦隊に静かに響く。
近衛艦隊側は、戦艦を1隻失ったところで戦況が変わるわけでもなく、艦隊戦での勝利は揺るがない。しかし、人は違う。今轟沈した戦艦の兵士たちも、敵兵にも、大切な誰かがいるのだ。
なのに、何故攻撃を仕掛けて来るのか。ニグラインは、平和を望んでいるというのに。理由がそれぞれあるのもわかっている。セラフィスのように、ETSを手中に収めたいが為に攻め入って来る者たち。そして、他のニグライン・レイテッド。
凰には、決して受け入れられない理由。恒久平和のために造られた〝Eternal The Sun=永遠の太陽〟を取り巻く暗雲。それを僅かでも取り除くために、敵陣へと向かう。
「全方位遊撃システム起動。一斉射!」
敵陣の中へと高速移動した白号を筆頭とする第一艦隊は、即座に迎撃に移った。
敵としては、一瞬で首元を切り裂かれたように感じただろう。迎撃に参戦した近衛艦隊の数は、セラフィス艦隊の3分の2。それで、十分だった。
主砲戦ならば、相打ちで共に沈められる事もあったかも知れないが、近衛艦隊はそのような戦い方はしない。主砲戦をしろと、卑怯者と罵る者もいるとは思う。しかし、わざわざ犠牲を多くする必要はない。少しでも早く終結させ、犠牲を少なくするのが、最善のはずだ。
セラフィスの残存艦隊は瞬く間に殲滅された。
艦内の爆発の光は一瞬で闇に消え、兵士たちの最後の言葉は宙に届かない。
近衛艦隊・第一艦隊の兵士たちは皆立ち上がり、望まれてはいないだろうが、敵兵に向けて敬礼をして悼んだ。
◇
「第一艦隊の戦闘が終わったようです」
第二艦隊の旗艦、赤号のオペレーターが告げる。赤号は宙空母のため、後方から前衛艦隊の趨勢を見ていた。前衛艦隊がセラフィスと会敵するのも間近だ。
「流石に早い。相変わらず、最も戦いたくない相手だな」
赤号の艦長であるコキーヒ大佐が、感嘆の意を込めて言った。まだ第二・第三艦隊は戦闘を始めてもいないと言うのに、第一艦隊は戦闘を終わらせてしまったのだから。おそらく、第三艦隊旗艦、宙空母緑号の艦長、柳大佐も同じような事を言っているに違いない。
「だが、この戦いでの主役はうちだ。第一宙空艇部隊、全機発進準備は出来ているな?」
「オーケー、艦長。いつでも出撃られます!」
コキーヒの言葉に応えたのは、バリュウスの隊長であり、8大将官のひとりでもあるランであった。近衛艦隊には、後ろに隠れているような将官はいない。
ランを含めたバリュウスのパイロットの内240名は、〝ビアサセクション〟と呼称された〝セラフィーナ攻略部隊〟として、普段と違う戦闘用のパイロットスーツを着込み、護衛部隊共々、すでにアキレウスに搭乗している。
戦闘用のパイロットスーツは、酸素ボンベが小さく、万が一宙空に放り出させても、漂っていられる時間が短い。その代わり機動性は良く、白兵戦に向いている。ただし、アキレウスの操縦の邪魔にならないように、武器はブラスターが左右の腰に一丁ずつのみ。そして、白兵戦専用の重たいスーツに備わっているようなシールドはないため、攻撃を受ければ致命傷も免れない。それ故に、パイロットたちの危機感は大きく、表情は些か硬かった。
追って突入するキーロンには空間転送カプセルが搭載されており、ケガ人を揚陸艦に送る事が出来るが、運良くキーロンに見つけて貰えるとは限らない。
それでも、攻略部隊のパイロットたちは、臆せずに敵旗艦、宙空母セラフィーナへの侵入を果たすべく操縦桿を握る。第三艦隊に所属する第二宙空艇部隊が、セラフィーナ後方の戦闘艇を引き受けてくれるとはいえ、敵旗艦の主砲はこちらを向いており、横側の発着口を目指したとしても副砲に狙われるのだ。
一番の問題は、敵の戦闘艇が全機出撃した後、ゲートを閉ざされてしまう事。本来ならば帰還する戦闘艇のために開けておくはずだが、アキレウスが迫って来るのを見て、そのままにしておくとは思えない。どれだけ早く目標に辿り着き、突入出来るかが重要であった。
そのため、護衛部隊のアキレウスは、攻略部隊が最速でセラフィーナに突入出来るよう、敵機を引き付け、撃墜する任務を請け負っている。
「マーシュローズだ。ビアサセクションは敵艦艇の攻撃に細心の注意を払え。敵機との戦闘も極力避けるように。護衛部隊、敵戦闘艇の相手は頼んだぞ」
「イエス、隊長! 隊長に鍛えられてますからね、負けませんよ!!」
「同じく!」
ランの隊員たちへの鼓舞は、早く宙空へ飛び立ちたいパイロットたちを疼かせた。彼らはただ戦うためだけに飛ぶのではない。飛びたいから飛ぶのだ。墜落の恐れのない宙空とは言え、操縦を誤れば敵の餌食になる。飛び続けるためには、一瞬でも気をゆるめるわけにはいかない。
隊員たちの頼もしい返答を受け、ランは不敵に口の端を上げる。
「オーケー! まずはあちらの戦闘艇を引きずり出すぞ」
「了解!」
ランの号令で、パールホワイトのアキレウスは、白い蝶のように次々と宙に舞って行った。
「バリュウスが出撃たぞ! 遅れを取るな!」
第二艦隊からバリュウスが出撃した報を聞き、クサントゥスの隊長であり、ランと同じく8大将官のアウィンが自隊を出撃させる。
彼らの属する第三艦隊は、敵輪型陣の後方におり、敵艦隊を第二艦隊と挟むようにして陣を取っていた。
後方の敵にビアサセクションの邪魔をさせないようにするのが、クサントゥスが受けている任務だ。だが、宙空戦においても迎撃しか許されていないため、相手からの攻撃があるまでは飛んでいるだけである。
それをいい事に、パイロットたちは航空ショーでも行っているかのような、アクロバティックなパフォーマンスを披露していた。敵から見れば、煽られているとしか思えないだろう。
「バーント隊長も、もっと楽しく飛びましょうよ!」
その中で、ひとり真面目に飛んでいるアウィンに対し、隊員たちは口々に言う。
アウィンはランと並ぶエースパイロットだが、まるで教本にあるような飛び方をし、お手本のような戦い方をする。しかし、洗練されたその操縦テクニックで、幾多の敵を撃墜して来た。
「俺に構うな。おまえたち、いつも通りやるぞ!」
「了解!」
アウィンの言葉に合わせ、各々自由に宙を楽しんでいたアキレウスが、一斉に編成を整える。乱れのない隊列が、隊長のアウィンの人となりを表していた。
アキレウスの大群を見て、セラフィス側もすでに戦闘艇の出撃を開始している。セラフィーナと同じ深い緑色の戦闘艇の数も、近衛艦隊から見れば少数であった。
それでも出撃して来たのであるから、敵パイロットにも臆病者はいないのだろうか。あるいは、出なければ敵前逃亡と見做され、その場で射殺されかねないのかも知れない。
敵の真意はわからないが、戦闘艇同士の宙空戦は始まった。
バリュウスのアキレウスは、セラフィス残存艦艇の攻撃を華麗に交わしながら、セラフィーナを守るために編成されている敵戦闘艇へと加速して行く。
「隊長たちの邪魔はさせねぇよ!」
ランが先導する攻略部隊の邪魔はさせまいと、護衛部隊のアキレウスが敵機に迫る。白と深緑の攻防が、宇宙の闇を彩った。
まばたきすら危険な宙空戦。360度見渡せるシステムがあっても、人間の目は全てを見られない。敵機の接近を知らせるパネルの光を見て操縦桿を動かす。逃げるためではなく、戦うために。
追尾ミサイルが有効であった時代と違い、敵を仕留めるためにはロックオンを外す事は出来ない。その代わり、アキレウスには側面に3つずつ、左右で計6つの副砲が付いている。副砲と言っても、先端の主砲と比べても遜色ない威力を持つ。主砲と副砲を全て使いこなせるようになるのが、アキレウスで実戦に出られる最低条件だ。
敵機が主砲を避けるために旋回したとしても、副砲がそれを逃がさない。高速で飛翔しながら、鳴り止まないロックオンの7種類の信号音を聞き分ける。場合によっては、複数の信号音が同時に鳴るが、熟練のパイロットはそれら全てを同時に処理する事が出来るのだ。
前方から現れた敵機に反応したのは、正面を向く1番の主砲と、2番4番の副砲。だが、まだ敵からの攻撃がない。そのため撃つ事は出来ず、攻撃があれば旋回して避ける事になる。避ければ当然ロックオンは外れてしまう。故に、ここからが本番だ。
「敵、攻撃あり! 迎撃を開始する!!」
護衛部隊が戦闘を開始した。果敢に攻め、敵の機体を散らす。最短で攻略部隊が敵旗艦セラフィーナへと向かう道を作るため、中央から追い払うように計算して敵機を追う。そして、道から離れたところで、ロックオンを示している発射スイッチを押す。
主砲から、副砲から、敵機へと鋭いレーザーの矢が走ってゆく。だが、同時に敵機からも攻撃が放たれる。暗い宙空の中、セラフィス側の強い殺気が伝わってくるほどに。
白と深緑の機体が、1機また1機と闇に消えていく。近衛艦隊側が優勢とは言え、撃墜されるアキレウスも後を絶たない。しかし、被害はセラフィス側の方が遥かに大きい。
僅か十数分の戦闘の後、諦めて降伏する者も出始めた頃、真っ直ぐにセラフィーナへの道が開けた。
開けた道を、攻略部隊は最速で突き進む。未だ出撃して来るセラフィスの戦闘艇があったが、もはや戦意はなく避けていく始末だ。
そして、攻略部隊はセラフィーナを目前に捕らえた。
当然、セラフィーナは数あるゲートを閉じようとするが、そうはさせない。高速で飛び交う宙空戦をしている彼らには、動かない標的に当てるなど造作もない事。何機ものアキレウスが、ゲートの扉の継ぎ目に攻撃を集中させる。扉は本体と離れないように抵抗して激しく揺れたが、抵抗空しく本体との別れを惜しみながら宙に彷徨う。
扉のなくなったセラフィーナのゲートは、もはやアキレウスを歓迎する入口と成り果てたのである。
「ビアサセクション! 敵旗艦に突入せよ!!」
先頭を翔るランの号令で、敵旗艦攻略部隊のアキレウスは、眩く光るパールホワイトの機体を再加速させ、宙空母セラフィーナの内部へと突入を開始した。
◇
「凰くんも、ファルコンズ・アイで出撃たかったよね」
第一艦隊の作戦は遂行したが、そのまま傍観しているわけにもいかないため、第一艦隊は第二艦隊の駐留する宙域へと向かっている。
その最中、ニグラインは凰がアキレウスの動向から目を離さない様を見て、声をかけた。
「……否定はいたしません」
凰は、ニグラインの言葉を否定出来ず、苦笑する。正直、凰のファイター・パイロットとしての感情は「宙に出たい」と膨らんでいた。ニグラインが凰のために製造した、メタリックブルーに三日月型の垂直尾翼がシンボルの戦闘艇、ファルコンズ・アイ。凰の心を魅了してやまないその機体で戦場に出る事は、総隊長の立場ではほぼ無いに等しい。だが、それ以上に重きを置く任に就いているのだ。個人の感情など、比較にもならない。
「ですが、今ここにいさせて頂けていることに、むしろ感謝しております」
ニグラインを守る事。引いては、太陽系を守る事──。太陽系の秘密を知ってから、何よりも優先すべき事柄であった。そして、それを任された事に、誇りを持っている。後ろで会話を聞いて笑んでいるユーレックも、同じ気持ちであろう。彼も、今回の戦争では戦闘に参加していないが、腐れた様子もないのだから。
「ありがとう。……また、頼っちゃうけど、いいかな?」
「勿論です」
この表向きの戦争が終結したら、ガニメデにいるであろう腎臓のニグラインの元へ行き、本当の決着を付けなければならない。肺のニグラインの時のように、大きな危険が待ち受けているとしても。
人造恒星として太陽系を司るニグラインに、成すべき事を成してもらうため、凰とユーレックはここに居るのであるから。
Illustration:切由 路様




