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碧藍のプロミネンス  作者: 切由 まう
30/45

【セラフィスの策略】

<登場人物等>


〇ニグライン・レイテッド……太陽系近衛艦隊および太陽系近郊宙域統括軍総司令官

〇ファル・ラリマール・(オオトリ)……太陽系近衛艦隊総隊長


[近衛艦隊8大将官]

〇ユーレック・カルセドニー中将……特殊能力部隊隊長

〇クルス・ベリル中将……諜報治安部隊隊長

〇デン・ドリテック少将……陸上戦闘部隊隊長

〇リーシア・テラローザ少将……後方支援部隊隊長

〇ラン・マーシュローズ准将……第一宙空艇部隊『バリュウス』隊長

〇アウィン・バーント准将……第二宙空艇部隊『クサントゥス』隊長

(ホタル)・クラーレット准将……IT支援部隊隊長

〇オーランド・スマルト准将……メカニカル・サポート部隊隊長


〇クラック(オウムフィッシュ)……近衛艦隊司令官室長(チーフ・オフィサー)

〇ジュレイス・リトゥプス……太陽系近郊宙域統括軍長官

〇ランディ・リューデス少佐……陸上戦闘部隊・第一中隊隊長

〇ロカ・リトゥプス中尉……凰の新しい副官。ジュレイス・リトゥプスの孫

〇セネシオ大将……太陽系近郊宙域統括軍副長官


(コウ)・グリーゼ……凰の元副官

〇アサギ……元第一宙空艇部隊のパイロット


〇ネリネ・エルーシャ・クラスト……元カフェ・セラフィーナのウェイトレス。Dr.クラストの末裔

〇ビローサ・ルビア……セラフィスの参謀。ネリネの幼馴染みでもある女性。


〇ツカイ……薬や洗脳によって思考を支配された者

〇モグリ……本人が知らぬ内にツカイにされた者

〇オーナー……ツカイを使役する者


〇アキレウス……宙空艇部隊の戦闘艇

〇キーロン……陸上戦闘部隊の重装甲機

〇ファルコンズ・アイ……凰専用の戦闘艇


※DL:ディビジョン・リーダー

         ◇


 近衛艦隊とセラフィス艦隊が一戦を交えた頃、地球・火星の統括軍の艦隊は、それぞれ無言のまま僚艦の動向を監視していた。

 統括軍の艦隊は、各惑星50箇所に分散し、それぞれ500隻ずつの艦艇を所有している。現在の人口に対しては多いくらいだ。外敵への迎撃は、今は近衛艦隊が主に担っているため、出撃する事も殆どない。

 久方ぶりの戦闘が同胞相手かもしれないとあっては、兵士たちの士気が低迷していても当然である。


「フェロックス中将、開戦しても艦艇に動きはありません。裏切り者もモグリもいないのではないでしょうか?」

 統括軍火星艦隊・第一艦隊旗艦・戦艦(くれない)号の艦長であるセキガ・フェロックス中将の副官が、半ば安心したように口にする。モグリが覚醒するとしたら、ネリネの開戦宣言が鍵となると思っていたからだ。

 だが、すでに近衛艦隊がセラフィス艦隊と交戦状態にあるというのに、統括軍の待機している艦艇は一隻たりとも行動を起こさない。

「油断が生じたときが一番危ないのだぞ?」

「す、すみません……」

 フェロックスの副官は、安直な事を言った……と、身を小さくして謝罪した。

 正直なところ、フェロックスもそうであればいい──とは思っている。だが、開戦宣言から30分、一時間経ってから……と命令されていたとすれば、どうか? ガニメデ砲の第一射が合図だとすれば? もしくは、皆の気が緩み始めたところを狙うのだとすれば、そろそろか。それとも、長い時間をかけて、兵士たちが心身共に疲弊してからか。

 同胞からの襲撃の可能性がある限り、艦艇のエネルギーが切れるまで、気を緩めるわけにはいかない。統括軍火星艦隊・第一艦隊旗艦の艦長としての責務がある。自分だけではない。全ての兵士が、自艦を守るために同じ気持ちであろう。

 モグリと、反逆者を除いて。


「数隻、動き始めました!」


 長期戦を踏まえてフェロックスが気を引き締め直したとき、駐留している同胞を観測していたオペレーターが緊迫した声で叫んだ。艦内はどよめき、皆モニターに注目する。


「攻撃態勢か?」

 フェロックスはオペレーターに詳しい動向を問う。やはり統括軍同士で戦わなければならないのか。他の艦に友人や肉親が乗っている者も多いというのに。──フェロックス自身も。

「いえ、違います! これは……!」

 統括軍火星艦隊は、火星を取り巻くように、全ての艦艇がそれぞれ主砲が当たらない位置に留まっていた。そこから、命令もなく動き出した艦艇が、各艦隊ごとに数隻、火星へ向けて(・・・・・・)急速に針路をとりだす。


「全艦! 今動いている艦艇を砲撃せよ!!」


 フェロックスは顔色を変えて、最大声量で全艦艇へ向けて緊急指令を出し、大きな音を立てて椅子を倒して立ち上がる。

 卑怯な手を使って来るとわかっていたではないか……! フェロックスは奥歯を強く擦り合わせて苦渋の表情で思った。そもそも、モグリの数などたかが知れている。僅かな勢力で、艦隊戦を挑んで来るなど、愚かでしかない。奴らの目的は、統括軍も近衛艦隊も脆弱で、太陽系を守るに値しないと民衆に知らしめる事なのだ。


「我が艦は、一番近い紅三番巡洋艦を狙え! ワープして距離を詰めろ!!」

「中将! しかし、あの艦には……」

「かまわぬ! 火星を火の海にしたいのか!!」


 副官の言葉を遮り、フェロックスは命令を変える気はないと語尾を強める。

 反乱艦の針路──それは、火星の地上。

 反乱艦は全て火星に近い位置に駐留していた。離れたところから攻撃に出るには時間が必要である。同艦種なら、速度は同じなのだ。先に動き出した艦に追い付くにはワープするしかない。大気圏突入のために、相手がワープ出来ないのが救いであった。

 しかし、撃ち漏らして火星に突入されたら、火星軍港で主砲を撃たれるどころではない。幾つもの艦艇が全速力で隕石のように地表に衝突し、大爆発を起こせば、街が幾つ消える事か。

 火星を守らなければ。太陽系近郊宙域統括軍の名にかけて。

「ワープ完了! 目標、射程内に入りました!」

「よし! 全砲門、三番艦に向けて撃てーーっ!!」

 フェロックスの号令で、紅三番巡洋艦に主砲・副砲の全てが放たれる。だが、バリアを破って巡洋艦を傷付け破損させたものの、航行速度が落ちない。強固に造られた自軍の艦艇が、敵となるとこれほど厄介だとは。

 紅号も紅三番巡洋艦も端にいたため、増援がなかなか来ない。より火星の近くにいた三番巡洋艦は、すでに大気圏突入の態勢に入っている。

「……皆、すまぬ。火星を守るためだ」

 俯きながら悲痛な声でそう言うと、フェロックスは深く息を吸い、決意の面持ちで顔を上げた。

「紅号! 三番巡洋艦に向けて今一度ワープし、艦ごと突撃せよ!!」

「そんな、中将! 他に方法は──」

「ない! ……すまんな。若い者だけでも逃がしてやりたいが、その時間もないようだ」

 フェロックスは、副官の言葉を一蹴する。この副官も、まだ二十代になったばかりなのだ。セラフィスがクラスト派の者にやらせた特攻を侮蔑したというのに、自艦がやるなど愚かだと思うが、他に方法はない。

 戦艦紅号、乗員250名。フェロックスは、本来守らなければならないはずの、彼らの命を奪う命令を出した。それでも、民間人の命の方が優先なのだ。軍人である以上、絶対的に遵守するべきもの。わかってはいても、膝から崩れ落ちる者や、持ち場を離れて逃げようとする者もいたが、もはや咎める事もない。


「ワープ準備完了! 紅三番巡洋艦へ向けてワープします!!」


 幸いな事──と言うべきか。ベテランの操舵手は逃げようとはしなかった。フェロックスと同じ思いで、火星の民間人を守るために最善を尽くす。

 仕事のなくなった砲撃手は、家族の3Dフォトを目に焼き付けると、立ち上がってフェロックスの方を向き、右の拳を胸の太陽の紋章を支えるように当てて敬礼した。艦橋にいる多くの者がそれに倣い、フェロックスへ向けて敬礼する。

 統括軍の黒い軍服が、弔事の礼服のように見えた。


「ワープ完了! 目前、紅三番巡洋艦。衝突します!」


 フェロックスが敬礼を返したとき、紅号はワープ軌道から出て目標を捕らえる。

 次の瞬間には、かつて僚艦だった艦艇に激突し、激しい衝撃と共に艦内は目標艦と共に大爆発を起こす。爆発によって艦内に轟く爆音は、爆発に巻き込まれて即死した者の恨み事だろうか。瓦礫に押しつぶされて死にゆく者の呻きだろうか──。


「──若き司令官よ。背負っているものは重いですぞ……」


 フェロックスの最期の呟きは、遠いニグラインに届きはしなかったが、その死に様はニグラインの小さな背中に、重くのし掛かるのである。


         ◇


 統括軍・火星地上部隊は、火星軌道上から突入して来る艦艇へ、対艦艇高射砲で撃退する策を実行しようとしていた。

 地球軌道上の統括軍地球艦隊の艦艇には動きがない。

 動きがあるのは火星艦隊の艦艇だけだ。やはり、全艦隊員をモグリにするには、地球での(さき)の戦争は大き過ぎたのだろう。地球のクラスト過激派や、モグリにされた者たちは、すでに殆どが拘束されているはず。安心出来るわけではないが、今は火星が危機に瀕している。

 小型の駆逐艦でも全長500メートルを越す。戦艦に至っては1000メートル近い。そんな物が全速力で地表に激突したならば、1隻でも被害は甚大である。


「住民には地下シェルターへの避難勧告を! 我が軍も地下施設での迎撃をする! 各人、急ぎ移動せよ!!」


 統括軍火星本部にて、統括軍長官であるジュレイス・リトゥプスが声を荒らげていた。

 軍の施設だけではなく、戦争のやまないこの時代とあって、L /s機関が資金を出し、民間人の家屋も含めて、全ての建物には地下シェルターが設けられている。

 螢とリーシアの居るメイン・コンピュータ・ルームも、地下に収納された。

 本来は大気圏内での紛争のために造られていたのだが、まさかこのような事態になるとは思っても見なかった──否。思いたくなかったのであろう。

 それでも、シェルターがあって助かったと、火星にいる者は一様に思ったに違いない。

「地球艦隊には異常はないのだな?」

「はい。今のところは」

 リトゥプスの問いかけに、統括軍地球艦隊の動きを見ていたオペレーターは落ち着いて答えた。

「よし。だが念のため、地球の民もシェルターに避難するように通達せよ」

「は!」


 リトゥプスがオペレーターを通じて火星・地球の民の安全を最優先として指示を出している間、統括軍副長官であるセネシオ大将は、地上部隊の指揮を執っていた。


「現在、火星に向かっている艦は48隻! すでに火星艦隊によって撃沈した艦は106隻! 火星艦隊、なおも交戦中!!」

「被害状況は?!」

 セネシオの切羽詰まった声に、オペレーターは口にしたくもない状況を声を枯らして答える。

「戦艦1隻、宙空母2隻、巡洋艦14隻、駆逐艦58隻が反乱艦に激突して轟沈! 轟沈した戦艦は第一艦隊の紅号、宙空母は第二艦隊の(らい)号と第十二艦隊の(せつ)号。2隻の宙空母は搭載戦闘艇を全て射出したとの事。紅号は……紅三番巡洋艦に特攻して、轟沈したもよう……」

 オペレーターが、敢えて紅号の目標艦となった紅三番巡洋艦の名を出したのは、それにフェロックスの子息、フォルビ・フェロックス少尉が乗っていた事を知っていたからである。

 彼にとって、フォルビ・フェロックスは何度か飲みに行った事があるだけの同期であった。それでも、フォルビが「父のような隊員を思いやる艦長になりたい」と言っていたのを覚えている。

 艦隊員を大事に思っているにもかかわらず、フェロックスは自らの命と艦隊員の命だけではなく、最愛の息子の命と引き換えに火星を守る方を選んだのだった。

 軍人として、当然の選択であっただろう。だが、悲しみと悔しさが込み上げる。


「そうか──フェロックスとパリーとホリダが逝ったか……」


 セネシオは俯く事なく、宇宙(そら)を見上げて歴戦の僚友たちの死を悼んだ。

 統括軍火星本部は、紅号のセキガ・フェロックス中将、雷号のキツシヨ・パリー少将、雪号のギルベイ・ホリダ少将の三人の将校が自艦での特攻により命を落とした報で重苦しい空気になった。

 その空気を払拭するかのように、セネシオは腹に力を入れて命令を下す。


「1隻たりとも地上に落とさせるな! 対艦艇高射砲、砲撃用意!!」


 何万、何十万の艦隊で戦争をしていた時代でなくてよかったと、セネシオは嘆息する。それでも、人類の数が激減している現代、人ひとりの命を失う事は、より大きな損失であった。命の重さに変わりはないと言えるほど、人類は多くない。

 対艦艇高射砲の砲撃手が、瞬きをするのすら躊躇うほど緊迫している時、1隻取り逃がしたと、統括軍火星本部にもたらされた。

 火星本部からは遠い地域に落下しようとしている艦艇は、最初の1隻(・・・・・)であって、唯一のものではない。これから何隻の艦艇が大気圏を突破して来るのか──。火星随所にある対艦艇高射砲を有する基地の隊員たちは、昼の地域も夜の地域も、空から目を離す事は出来ずにいた。


「艦艇、大気圏に突入! 高射砲、目標を補足!」

 大気圏を突破して来た艦艇の砲撃範囲の観測オペレーターが叫ぶと、砲撃手たちは高速で落下して来る艦艇に高射砲の照準を定める。


「対艦艇高射砲、撃てーーっ!!」


 地上部隊の隊長が号令を出すと同時に、100基ある高射砲が一斉に高エネルギー砲を噴いた。

 艦艇は大気圏突入直後でバリアも張れず、100基の高射砲の牙に貫かれ、遥か雲の上で爆散。大小の瓦礫と成り果て、燃えながら地上に降り注ぐ。燃える瓦礫は地上の建物を破壊し、延焼させるが、各所に設置されている自動消火装置が発動し、火災を鎮めていく。

 あと何隻落ちてくるのか──。地上部隊の兵士たちの心臓は、かつてない事態に、大きく脈打つのであった。


         ◇


 統括軍が苦戦している間にも、近衛艦隊はセラフィス艦隊との攻防を繰り広げている。総旗艦・戦艦白号を筆頭とした前衛艦はセラフィス艦隊内部において激戦を行っており、集中力の乱れが一瞬でも許されない状況であった。

 正面の敵主砲は、常にバリアで防いでいればいい。上下左右後方の敵艦へは、バリアと全方位遊撃システムを切り替えながら迎撃する。近衛艦隊の艦艇は強固ではあるが、副砲といえど集中砲火を喰らえば損傷は免れないのだ。

 だが、近衛艦隊の隊員たちは普段と違い、気が緩みそうになっていた。何故なら、セラフィス艦隊は実戦経験のない、いわば素人の艦隊だからだ。艦艇自体は立派なものだが、動きにぎこちなさがある。攻撃してくるタイミングも遅れがちだった。

 本気で戦わなくても勝てる──と、唇の端を上げる者も出始めた頃、凰から全艦へ向けて伝達が入る。


「凰だ。弛んでるぞ! 敵を甘く見るな!!」


 艦隊の動きを洞察している凰には、自軍の艦艇の動きの悪さも見て取れた。このままでは隙を突かれてもおかしくない。凰の叱責に、全隊員は心を入れ替える。そうだ。戦闘において最も危険なのは慢心だったと思い直す。


「おい! 何してるんだ!!」

 全隊員が(・・・・)心を入れ替えた(・・・・・・・)──そう思った矢先、バリアを担当するうちの一人が、突然正面のバリアを解除した。

 すぐに隣の隊員が気づいてバリアを張り直したが、敵砲が一筋、白号の流麗な艦首を掠める。弱い衝撃が白号を揺らしたが、対応が早かったため大事には至らなかった。

「くそぉ! L /s機関の犬め! 沈んでしまえ!!」

 バリアを切った隊員は、すでに精神的及び行動の異常を感知するバングルによって拘束され、床に転がって喚いている。艦橋以外でも、同様に拘束された者が数名いると、凰の座る艦長席の後ろから、副官のロカが伝えた。

 同時刻、近衛艦隊の他の艦でも拘束者が相次いだ。だが、ニグラインの作ったバングルのおかげで、一瞬のざわめきのみに留まり、戦闘に支障は出なかった。バングルがなければ、乱心したモグリやクラスト派が少ないながらも被害を与えていただろう。

 近衛艦隊で前戦へ出る隊員たちは、強制的にバングルを着けさせられた。人権侵害だと渋る者もいたが、この有様を見て、着けていてよかった──と肝を冷やす。もし自分がモグリにされていて、何か大きな反逆を起こしたならば、極刑にはならずとも生きている間中、流刑に処されるかも知れないのだった。(コウ)やアサギのように。


「すげーな、このバングル」

「そうだな」

 凰の後ろでマイフィットチェアに座っていたユーレックが身を起こし、自分が着けているバングルを触りながら呟くと、凰もそれに賛同した。

 バングルのおかげで、モグリたちの罪も小さく済む。何より、艦に被害が出なかったのは、即座に拘束されたおかげだ。

「凰総隊長! 統括軍が……!」

 凰たちがバングルの性能に感心しているところへ、珍しく慌てた様子でロカが報告をする。

 ロカの報告は悲惨なものであった。統括軍同士の戦闘どころではない凄惨な状況を聞き、凰は一瞬目をきつく閉じ、湧き上がる怒りを抑え込む。冷静さを欠いてはいけない。復讐のために戦争をしてはいけない……。

 それでも、開かれた青虎目石さながらの瞳には、先程までよりも強く、セラフィス討伐の意志が鋭く宿っていた。しかし、それと同時に、統括軍にもバングルを着けさせていれば──と思ってしまう。だが、ニグラインは強制的にバングルを着けさせるのをよく思っていなかった。


 『人間を思い通りにしてしまったら、人類という種が存在する必要性がなくなる』


 リトゥプスがニグラインに告げられた事を、凰も聞いた事がある。決して譲らない〝太陽としての意思〟は絶対で、それによって人が傷付いたり命を落としたりするたび、人間として(・・・・・)のニグラインは自責の念に捕らわれるのだ。おそらく、今もひとりで苦しんでいるに違いない。

 それがどれほどの苦しみなのか……ただの人間でしかない凰には、わかるはずもなかった。

「凰。オレ、司令のところに行ってくるわ」

 ユーレックも同じ事を思っていたのだろう。苦しむニグラインをひとりにしておけないと、立ち上がる。

「ああ……頼む」

「おう」

 艦橋を離れられない凰の代わりに、ユーレックはマイスター・コンピュータ・ルームへと向かった。


「よし、前衛艦、奥に進め。後続艦は前衛艦に続いてセラフィス陣営内部へ」


 凰は気持ちを切り替え、前衛艦艇を前進させて更に奥へと進ませる。主砲戦をしていた後続艦にも、セラフィス艦隊の内部へと侵入するよう指示を出す。先ほどの厳しかった声とは違い、凰の落ち着いた声色が、指示を聞く者の気持ちを安定させる。

 艦隊は通常の動きを取り戻したが、凰にはもうひとつ懸念があった。セラフィス艦隊の内部に入り込んでいるからと言って、ガニメデ砲の標的にならないとは限らない──と。しかし、その事はニグラインの秘密を知っている者にしか考え及ばない事。セラフィスに加担してはいるが、腎臓のニグライン・レイテッドがガニメデを操作しているのだ。本当に仲間としてセラフィスと手を組んでいるのかは、些か疑問であった。

 それでも、少しでも標的になる可能性が低くなるのであれば……いや、どのみち撃たれるならばセラフィス艦隊もろとも──と言った方が本音に近いだろうか。

 それほど、防衛衛星砲は脅威なのだ。ニグラインは、惑星間戦争にならないように威力を抑えて作ったと言っていたが、地上で見れば巨大な艦艇でも、宇宙に出てしまえば小さなもの。衛星砲が擦っただけでも大きな損傷を受けるに違いない。


「こちら、螢・クラーレット准将。ガニメデに高エネルギー反応あり!」


 太陽系近衛艦隊がセラフィス艦隊の奥へと進撃を開始した直後、火星本部のメイン・コンピュータ・ルームでガニメデを観測していた螢から、全艦艇が入電を受けた。

 能力が解放されていないため、歩いてニグラインの元へ向かっていたユーレックは、艦内に届いた螢の声を聞いて走り出す。また、ニグラインが苦しむ。凰ほど役に立たないかも知れないが、自分でもいた方がマシだろうと思いたい。ひとりの苦しみを、ユーレックも知っている。

「……入れてくれっかな」

 苦しみのあまり、入室を許可されないかもしれないと思いながらも、ユーレックはニグラインの元へと急いだ。

 

 ガニメデ砲が撃たれる──。近衛艦隊の兵士たちは、かつてない恐怖を抑え込んで真空のように静まりかえる。特に、モニターに映し出されるガニメデ砲の範囲指示が出されるのを待つ操舵手の緊張は極限であった。艦の命運が自分の手に握られているのだ。


「ガニメデ砲、狭角固定! エネルギー充填20パーセント!」


 火星のメイン・コンピュータから、近衛艦隊全艦艇に向け、螢の声が響く。

 ガニメデ砲が発射可能になるまで、あと240秒。狭角に固定された事はわかったが、未だ照準は定まってはいない。


 螢の報告を聞いたニグラインは、マイスター・コンピュータで瞬時にダイモスの広角に張っていたシールドを狭角に切り替える。切り替え自体には60秒もかからない。問題は照準。発射時のエネルギーの位置でしか特定できないのだ。取り敢えず、今は艦隊の中心に合わせておくしかない。上下左右、どこにでも動けるように。

「……凍結しておくべきだったな」

 碧藍(へきらん)の瞳のニグラインが、己の失態だと唇を噛んだ。木星にはもうひとつ防衛衛星があったが、人類が激減し、太陽系外との戦争も減った事で、そちらは数百年も前に凍結してある。

 木星の衛星で唯一残った有人惑星・エウロパのためにと生かしておいたガニメデが、敵の手に落ちるなど想定していなかった。自分の生体認証でしか動かせない防衛衛星。他のニグライン・レイテッドが太陽系に侵入すればわかるからと、過信していた。

 腎臓のニグラインの侵入は、脾臓と共に来たと断定出来る。そして、今何故その存在を感知出来ないのかも予想は付く。だが、それはこの戦争を終わらせて、会いに行ってから確定すればいい事。

「すまない……」

 ニグラインは全艦隊員へと謝罪を述べる。俯いた彼の言葉を聞いたのは、オウムフィッシュのラックだけであった。


「ガニメデ砲、エネルギー充填100パーセント! 照準固定! 発射!!」


 螢が言葉で言うよりも早く、射程に入っている艦に指示を送った。

 指示を知っていたかのような速度で、ニグラインはダイモスのシールドを射程中央に向けて動かす。だが、ニグラインにはわかっている。完全には間に合わない事を。

 マイスター・コンピュータのモニターに、赤色の太い矢が走る。矢の先端に位置する近衛艦隊の手前に、ダイモスのシールドが移動してゆく。──あと、0.8秒。

 0.8秒だ。全ての艦を守るのに、0.8秒足りなかった……。ニグラインはマイスター・コンピュータの操作パネルの上で両の手を強く握り、身体を震わせる。

「……すまない……っ!」

 もう一度呟かれたその言葉は、司令官室に響き渡るアラートによってかき消された──。


 近衛艦隊の後続の艦艇にもアラートが鳴り響く。薄暗い艦橋に緊急を知らせる赤色灯が点滅する。標的となっている艦艇群は、現在セラフィス艦隊内部へと高速移動中であるが、その動きに合わせてガニメデ砲に狙われた箇所が映し出された。中には本来射程外であった艦も多くあり、慌てて後退する羽目になったのである。高速移動しながら、照準内の艦艇の中は騒然としていた。


「速く! もっと速度は出ないのか!?」

「ワープは?! 間に合わないだと!!」


 悲鳴としか言えない叫びが艦内を飛び交う。そもそも、バリアを張りながらではワープの準備をする事は出来ないのだ。艦隊戦を行っている以上、どうにもならなかった。それがわかっていても言わずにはいられない状況だ。前後上下、どこが一番速く抜け出せるのか。操舵手は各方面への速力と距離を割り出し、逃げ出せる可能性の最も高いところへと舵を切る。しかし。


 抜け出せない──! 抜け出せなかった…………。


 ガニメデ砲の膨大なエネルギー砲が、ダイモスのシールドが行き届かなかった艦艇を飲み込んでゆく。最期の足掻きを見せる爆発すら起きず消滅する艦艇群。消滅する直前の兵士たちは何を叫んだだろうか。迫り来る脅威に、声すら失っていたかもしれない。だが、それを知る術はなかった。ただ、陣形を映し出すモニターに、ガニメデ砲が通った跡だけが、漆黒となって残っているだけである──。

 直撃は避けられた艦も、擦った箇所が鋭利な刃物で切ったかのように消失していた。大きく損傷した艦は多くの兵士を失い、もはや戦い続ける事は出来なくなっている。


「総員、敵から気を逸らすな! 損傷した艦は地球へ帰還せよ!」


 ガニメデ砲の威力に恐れを抱き、青くなっている兵士たちの気を引き締めさせるために、凰は重みのある声を張った。凰とて、消え去った同胞を悼む気持ちは大きい。それでも、四方を敵に囲まれている状況では、その思いに捕らわれてはいられないのだ。

 ダイモスのシールドで、標的となった内の八割方はガニメデ砲から守られた。ダイモスによって助けられた艦内では、一瞬感嘆の声が上がったが、僚艦の悲劇を見て、皆口をつぐんだ。

 セラフィス艦隊の隊員たちは、ガニメデ砲の威力に、さぞや嬉々としたに違いない。


「敵内部へ入っても、ガニメデは撃ってくるものと思え!」


 この凰の言葉は切迫していたはずだが、兵士たちには、先ほど同様「気を抜くな」という意味にしか受け取れなかった。いくら残虐な戦略を用いるセラフィスといえども、ただでさえ劣勢の同胞ごと撃つはずはないと。セラフィス艦隊内部へと入ってしまえば、ガニメデの脅威からは逃れられる。そう、信じていた。

 ただし、右弦に配置されている近衛艦隊・第二艦隊は、前進したところで敵艦はいない。遠く、ガニメデ砲の届かない位置にある、セラフィス艦隊の総旗艦・宙空母セラフィーナと護衛する戦艦や巡洋艦は直線上にあるが、今はまだ、セラフィーナと対峙する事は出来ないのだ。それ故、今度は自分たちが狙われる番かもしれないと息を詰める。


「ガニメデ砲、高エネルギー反応! 第二射、来ます!!」


 そして、螢が火星のメイン・コンピュータから再び全艦艇へと伝える。その声は最初の時よりも大きく、第一射での被害の大きさに比例しているようであった。

 ガニメデが第二射を発射出来るまで、300秒。

 後続の艦艇は最速でセラフィス陣営へと潜り込む。待ち受けていたセラフィス艦隊が全砲塔を向けてくる。敵の砲撃をバリアで弾き、機を狙って全方位遊撃システムを起動させた。

 総旗艦・戦艦白号を始めとした近衛艦隊の艦艇は、ETSのエネルギーを惜しむ事なく使い、自艦を囲んでいる敵艦を撃沈させていく。

 セラフィス艦隊は、守りの弱い左右・後、そして真下からの攻撃に対処出来ず、後方へ退避しようとして味方艦と衝突し、互いに轟沈する艦艇すらあり、もはや陣形など見る影もなくなっている。


「ガニメデ砲、エネルギー充填30パーセント! 広角固定!」


 艦隊戦が熾烈を極めている頃、ガニメデ砲が「広角」と聞いて、ニグラインは安堵した。ダイモスのシールドは、すでに広角に切り替えて近衛艦隊を全て守れるように張ってある。広角ならば、ガニメデ砲を防げるのだ。しかし、防ぎ切れるのはこの1発だけだろう。防がれるとわかっていて、再び使う者などいない。


 ガニメデの広角砲の射程に入るのは、近衛艦隊のみだ。セラフィス陣営は広角砲の射程に入らない位置にしか配置されていないため、標的にならないと思っているセラフィスの兵士たちは、混戦の最中(さなか)、ガニメデが近衛艦隊に大打撃を与えてくれるのを祈るばかりである。

 そこへ、近衛艦隊の艦艇内で、二度目のアラートが叫ぶ。


「ガニメデ砲、充填100パーセント! 発射!!」


 螢は再びガニメデ砲の射程圏内を知らせ、データを送る。

 広角のガニメデ砲が当たる事はないと先に説明をしておければ、隊員たちに不必要な恐怖を与えずに済んだ。しかし、クラスト派やモグリが潜んでいる可能性がある以上、敵にその情報が漏洩する危険があるため伝えられずにいたのだ。そうでなければ、この1発の無駄撃ちをさせられなかったであろう。

 シールドの方が強いと知られたからには、ダイモスへの攻撃もして来ないに違いないが、これで残りは3発。


「案ずるな! 広角砲は当たらない!!」


 凰はアラートで戦慄してると思われる艦艇へ向けて、ようやく広角砲はダイモスのシールドで弾く事が出来る旨を伝えられた。

 逃げ場がなく絶望していた第二艦隊の面々は、凰の言葉を聞いてもなお、恐怖にかられていたが、次の瞬間、ダイモスのシールドによって弾かれたガニメデ砲がモニターに表示されたのを見て、歓喜の声を上げる。

 だが、それはつかの間の喜びであった。

 歓声と共に頭上に上げられた手が下がるのも待たずに、ガニメデ砲の第三射の充填が始まったのだ。


         ◇


「あーあ! 広角砲、防がれちゃったよ」


 ガニメデ砲の操作をしていた幼子が、身体の大きさに合っていない大人用の椅子で、つまらなそうに足をぶらつかせて口を尖らせた。

「防御の方が強くしてあるんだね。これじゃあ、ダイモスを撃ってもダメそうだ」

 顔を見せない若い男──腎臓のニグラインが、プラチナブロンドのゆるくウェーブがかかったやわらかい髪を指先でいじりながら、幼子と同じようにつまらなそうに言う。

「まぁ、いいや。ネリネは怒るだろうけど、残りも撃っちゃおう」

 残りを撃つ──それは、セラフィス艦隊ごと撃つという事。ただでさえ、艦隊戦で劣勢であるというのに、味方だと思っているガニメデに撃たれては、セラフィス陣営は為す術もない。近衛艦隊と違って、ガニメデに対して何の対策もしていないのだ。

「そうだね。エネルギー残しておいたら、彼ら(・・)も来てくれないだろうし」

 腎臓のニグラインと幼子には、(しゅ)であるニグラインの方からガニメデに赴いて貰う必要があった。一人で来るとは思っていない。間違いなく、護衛に凰とユーレックを連れてくるのはわかっている。

 それでも、かつて肝臓のニグラインがやったように、直接地球を襲撃するよりは効率がいいはずだ。肺のニグラインのように、朽ち果てる寸前でもない。


「あ。ほら、充填終わったよ」

「本当だ。ん~……今度はどの辺を狙おうかなぁ」

「適当でいいんじゃない? 白号以外なら」

「そうだね。よし! 発射~っ!!」

 幼子の指が、コントロールパネルの上を滑るように動き、適当なところ(・・・・・・)で発射ボタンを押した。


 こうして、ガニメデ砲の第三射は放たれたのである──。

更新頻度が1〜3ヶ月に一度という遅さで、申し訳ございません……。

エンドまで纏まっていますので、エタりはしません。

ゆっくりと最後までお付き合いいただければ幸いです。

よろしくお願い申し上げます。


第1章でオリジナル曲を作ってくださいました、フォンスティーヴ様から、また素晴らしい曲をいただきました!

戦闘曲なので、凰率いる近衛艦隊にぴったりだと思います。

【碧藍のプロミネンス】より〜総旗艦・戦艦白号、抜錨〜

https://youtu.be/PcZiAbSIO8Q

ぜひ、聴いてみてください!

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんにちは梶一誠でございます。 なかなか狡知に長けたセラフィスの攻撃でしたね。火星への攻勢がこうした形になるとは……。 それにガニメデ砲を預かる二人の分身の動向も気になります!
[良い点] 被害は甚大……。 守る所が多いんだよなぁ。攻め手の優位はいつの時代も変わりませんが、これは分が悪い。
[良い点] 本格的な艦隊戦が全編にわたって繰り広げられ、正にスペースオペラの醍醐味を堪能させていただいた回でした。今描いているイラストも本編に花を添えられるようにガンバって描きますので
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