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碧藍のプロミネンス  作者: 切由 まう
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【第1回 最高会議】

          ◇


 凰はユーレックと最高会議室に向かう途中で、会議時のドリンクデリバリーを頼んでいるカフェ・セラフィーナのウェイトレスが受付フロアに到着したと連絡を受けた。普段は凰の副官である虹が出迎えて会議室まで付き添うのだが、ちょうど近場にいたため凰はユーレックに先に会議室に行くように促して自身が出向くと虹に伝えたところ、足を速めるべき事態を知った。

 ニグラインが「みんな待っててね~! 命令だよ」と言い残し、ウェイトレスを迎えに行ったと言うのだ。

「はぁ? マジかあの司令官!」

 凰に「先に行け」と言われて素直に聞くようなユーレックではない。しかし勤務中とあっては総隊長に逆らうわけにも行かず渋々会議室に足を向けかけた直後、おもしろそうな(・・・・・・・)事態になっていると感付き意気揚々と訳を聞き出して楽しそうに言う。

「流石にまずいだろう……」

 言うが早いか凰はユーレックが付いてくるのを咎める余裕もなく走り出す。司令官に「命令」と言われたら皆が動けないのをいい事に、ニグラインはまるで子どものような行動を取ったのだ。見た目からすれば年相応の行動かもしれないが、彼は間違いなくこの艦隊の最上位の人間なのである。護衛も付けずにふらふらとされては他の兵士への示しが付かない。

 ウェイトレスの待つ受付フロアに急ぎ着いた凰とユーレックは、談笑しながら歩く若き司令官とドリンクを乗せたワゴンを押すウェイトレスの姿を目視すると、寸でのところで間に合わなかった事に肩を落した。

「……レイテッド司令」

 ため息を押し殺した凰の呼びかけに気付いたニグラインは、凰とユーレックに向けて無邪気な笑顔の花を咲かせながら大きく手を振って応えた。ユーレックはつい笑顔で手を振り返してしまい凰の裏拳による制裁を顔面に受ける羽目になったが、デリバリーに来ているかわいいウェイトレスの前で下心を基盤とした笑顔を崩す事はなかった。

「え? 司令……? え?」

 ウェイトレスは目の前の少年が誰なのかも知らずに〝お使いの見習い兵〟の子を相手にしているつもりだったのだろう。凰の言葉を理解しようとして上手くいかず、戸惑いを露わにしていた。セラフィーナのスタッフは艦隊内部の事情を決して外部に漏らさないため隠す必要はないが、この少年が司令官である事実に驚くなと言うのは甚だ難しい。

「驚かせて、申し訳ない」

「いえ……あの……あの…………」

 追撃のような凰の謝罪に、ウェイトレスは言葉を繋ぐ事は出来なかった。

 間近で拝める機会など滅多になく、多くの女性が憧れる総隊長の凰に頭を下げられ低めの深い声で話しかけられたのだから、ウェイトレスが耳まで紅潮させて言葉を失っても責めるなど誰に出来ようか。

「司令官と総隊長に囲まれたら、誰だって緊張しますよ! ね?」

 ユーレックが軽い口調で話しかけてくれたおかげで緊張がほぐれたウェイトレスは、程なく我に返る事が出来た。それでもユーレックの好感度は上がらないのが、太陽系近衛艦隊の七物語のひとつである。彼女は軽く深呼吸をして背筋を伸ばすと、ニグラインと凰に一礼した。

「大変失礼を致しました。ドリンクを会議室にお持ちしますので、先導をよろしくお願い申し上げます」

 ウェイトレスは〝近衛艦隊御用達カフェ〟のスタッフらしい凜とした態度を取り戻し、職務を全うするべく口を開いた。


          ◇


 最高会議室に到着すると当然ユーレック以外の7名のDLと虹が着席もせずに待っており、ニグラインと凰の姿が見えると同時に胸に拳を当てて敬礼する。

「ありがとう。みんな座って~!」

 そう言うとニグラインはウェイトレスの手からワゴンを受け取ってドリンクを配り始めようとした。あまりに自然な行動だったためウェイトレスは一瞬ワゴンから手を離してしまったが、今度はすぐに気付いてワゴンを取り返す。

「仕事をさせてくださらないと、お代をいただけません」

 ウェイトレスが声の震えを最小限にとどめながらニグラインの行動を制する。

「そうか、そうだよね。じゃあお願いします」

 ニグラインもウェイトレスの言葉に納得し、おとなしく席に着いた。司令官が席に着いた事により、ようやく将官たちも席に着く。虹は手伝いを済ませるとウェイトレスを受付フロアまで送るべく退席を申し出た。いくら総隊長の副官とは言えもとより尉官の虹には最高会議に出席する権利はないため、会議の準備が終わるとこうして退出するのが通例であった。

「あ、虹くん! 今日のランチはサービスだから好きなものを食べて。って、非戦闘員も含めた全艦隊員に通達して貰えるかな?」

 セラフィーナの皆さんにもね──と、ニグラインは司令官らしく……かどうかは別であるが気前のいい言葉を発した。

「……え……? 全艦隊員に──ですか?」

 長い戦乱時代を経て減少した人類とそれを補うかのように進歩した科学技術により軍隊が必要とする人員は激減したが、それでも太陽系近衛艦隊には約20万名が所属している。ランチとは言っても総額は──。

「大丈夫だよ。予算はちゃんとあるから」

「了解致しました! 遠慮なくごちそうになります」

 断る方が申し訳なくなるような微笑みをニグラインに向けられ、虹は深く頭を下げた。何故ニグライン(・・・・・)レイテッド個人(・・・・・・・)からの奢りだと思ったのか──と恥じながら。

「一瞬、司令の奢りかと思って喜んじゃった」

 虹に同調したかのように、螢がかわいい少年の奢りだと勘違いした自分に照れくさそうに呟く。

「そうだな……」

 螢の言葉に、ランが同意した。

「不思議な子ね」

 そしてリーシアも続いた。この場にいる全員がそう思ったのだろう。軍隊にしろ会社にしろ、まともな組織であるなら慰労費くらい普通に用意されているというのに。

「じゃあ、会議……と言っても今は自己紹介くらいにするけど、始めようか」

 虹とウェイトレスが退出したのを合図に、ニグラインはいっそう明るい声と笑顔で会議を開始した。

「まず、ぼくからだね。名前はニグライン・レイテッド。本日付で太陽系近衛艦隊および太陽系近郊宙域統括軍の総司令官として着任させていただきました。よろしくお願いします」

 椅子から立ち上がり丁寧にお辞儀をする若き司令官に凰と8大将官は瞬時に起立して敬礼をしたが、全ての言動・行動が異例過ぎ、上官に対して不敬を行わない事がこんなにも大変だとは誰にも想像出来なかった。

「やだなぁ。ぼく司令官じゃなかったら階級もない新兵見習いなんだから、そんなにかしこまられると困るよ……取り敢えず、みんな座ってお茶飲もうか」

 ニグラインは全員を着席させると、折角デリバリーして貰ったんだから……とカップに口を付けた。


 ■太陽系近衛艦隊および太陽系近郊宙域統括軍総司令官、ニグライン・レイテッド

 ■太陽系近衛艦隊総隊長、ファル・ラリマール・凰

 ■諜報治安部隊隊長、クルス・ベリル中将

 ■陸上戦闘部隊隊長、デン・ドリテック少将

 ■特殊能力部隊隊長、ユーレック・カルセドニー少将

 ■後方支援部隊隊長、リーシア・テラローザ少将

 ■第一宙空艇部隊『バリュウス』隊長、ラン・マーシュローズ准将

 ■第二宙空艇部隊『クサントゥス』隊長、アウィン・バーント准将

 ■IT支援部隊隊長、螢・クラーレット准将

 ■メカニカル・サポート部隊隊長、オーランド・スマルト准将


 太陽系近衛艦隊設立後初めての司令官を交えた10名での最高会議は、信じがたい事だが本当にお茶を飲んで自己紹介をしただけで終了した。自己紹介と言ってもニグラインは全員の顔・名前・階級・部隊を把握していたため、そもそも顔合わせをするためのものでしかなかったのであるが。

 ただひとつ──。


「マイスター・コンピュータ・ルームが司令官室だから、マイスターを触りたくなったら遠慮なく言ってね」


 最後にさらりと告げられたニグラインの言葉は、凰以外の全員を驚愕させた。

 太陽系近衛艦隊の頭脳であり心臓とも言えるマイスター・コンピュータ。L/s機関が管理する、今まで総隊長の凰ですら見る事も叶わなかったそれに対する操作権限がこの少年にあるというのか。

 それは見た目に関係なく、ニグライン・レイテッドを〝(ちょう)〟として認めなければならない現実であった。


          ◇


「リーシアちゃんは、どう思う?」

 将官専用のリラックス・ルームで、贅沢に振る舞われた慰労ランチを堪能後にデザートのミルクプリンを銀のスプーンで突つきながら、螢がリーシアに問いかけた。

 リーシア・ラン・螢の三人が共に居るのは珍しくないが、リーシアに意見を求める時は大概〝冷静〟な見解を聞きたい時だ。それまでは凰と一緒に来たウェイトレスが羨ましいだのレイテッド司令がかわいいだのと他愛もない話をしていた。しかし、彼女たちはただのOLではない。最前線で命をかける事もあるのだから〝かわいい司令官〟をそれだけで喜ぶのは不可能だった。

「凰総隊長……朝、レイテッド司令と何を話したんだろうな」

 リーシアが答える前に、ランがベルガモット・ブレンドティーにハチミツを垂らしながら呟く。凰はニグラインと二人で話した事により、ひとまずは〝司令官〟として認めているようであった。

「マイスターを操作できるから……ってだけじゃないよね」

 と、螢はミルクプリンの最後の一口を柔らかい頬に詰め込む。意見を求められているリーシアは、豊かな胸を邪魔そうに腕を組んだまま考え込んでいる。

「リーシアちゃんってば!」

 痺れを切らした螢が、再度リーシアに返答を求めた。ミルクプリンがある間はおとなしかったが、食べ切ってしまったために待ち時間を潰せなくなったらしい。

「……レイテッド司令、本当に人間なのかしら?」

 返答としては的が外れていたため、螢とランは二人とも意見を受け入れられず顔を見合わす。

「何、それ? クローンやアンドロイドってこと?」

 ばかばかしい。と、螢は空になった頬を最大限に膨らませた。

「そうだ。オリジナル以外、人の上に立つことは許されていない。クローンは反逆しかねないし、アンドロイドも壊れるからな」

 ランは過去の愚かな戦いや暴動の原因をあげて否定した。若返りや成長を止める事も可能だが、確実に〝人格〟が破綻する。〝人〟は〝人〟でいるしか、生きるすべはないのだ。

「実はただのロボットで、本物の司令官はどこかで遠隔操作してたりして」

 そこへ、ユーレックがいずらな猫の様な瞳を輝かせながら口を挟む。たまたま居たのか三人を追って来たのかはわからないが、よく彼女たちが集まっている時にちょっかいをかけてくる。

「てーだん中! 入って来ないでよ!!」

 鼎談と言ったところで、さして込み入った話にもなっていない上にどちらかと言えば話を共有できるユーレックを螢はあっさりと拒否した。

「ユーレック、おまえはどう感じた?」

 デザートがなくなって機嫌の悪い螢はおいて、ランが特殊能力部隊きっての優秀なテレパスの感性でどう感じたかを問う。館内では能力を制御されているとはいえ、他の者よりは遥かに鋭い。

「オレもリーシアと同意見だ。ただの人間とは思えない」

 ユーレックはたまにしか見せないまともで真面目な顔で答えた。先ほどの〝ロボット説〟も、あながち冗談ではなかったようだ。

「流石リーシアちゃん! オレが見込んだだけあるねぇ。やっぱうちの隊に来ない?」

 だが一瞬で元のにやけた顔に戻ると、リーシアの至近距離まで近づいて勧誘に走る。直感力の鋭いリーシアなら訓練次第で特殊能力が開花するのではないか……と、もっともらしい理由を付けてはいるが顔がにやけていては誰も真剣に取りはしない。

「総隊長に聞くしか、ないかな……」

 いつも通りユーレックの言葉を自然体で受け流して、リーシアはまだ温かいソイ・ラテの入ったカップを口元に運ぶと湯気を吹くようにため息混じりに呟いた。


挿絵(By みてみん)

Illustration:切由 路様

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― 新着の感想 ―
[良い点] ほのぼのした雰囲気がよいですね〜 [気になる点] 司令官はサロゲート?
[良い点] 一転して、ミルクプリンつついたり、お茶するだけで終わっちゃう会議だったり、豊かなお胸が出てきたりして楽しく困惑していますw
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