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碧藍のプロミネンス  作者: 切由 まう
28/45

【セラフィス艦隊出撃】

<登場人物等>


〇ニグライン・レイテッド……太陽系近衛艦隊および太陽系近郊宙域統括軍総司令官

〇ファル・ラリマール・(オオトリ)……太陽系近衛艦隊総隊長


[近衛艦隊8大将官]

〇ユーレック・カルセドニー中将……特殊能力部隊隊長

〇クルス・ベリル中将……諜報治安部隊隊長

〇デン・ドリテック少将……陸上戦闘部隊隊長

〇リーシア・テラローザ少将……後方支援部隊隊長

〇ラン・マーシュローズ准将……第一宙空艇部隊『バリュウス』隊長

〇アウィン・バーント准将……第二宙空艇部隊『クサントゥス』隊長

(ホタル)・クラーレット准将……IT支援部隊隊長

〇オーランド・スマルト准将……メカニカル・サポート部隊隊長


〇クラック(オウムフィッシュ)……近衛艦隊司令官室長(チーフ・オフィサー)

〇ジュレイス・リトゥプス……太陽系近郊宙域統括軍長官

〇ランディ・リューデス少佐……陸上戦闘部隊・第一中隊隊長

〇ロカ・リトゥプス中尉……凰の新しい副官。ジュレイス・リトゥプスの孫

〇セネシオ大将……太陽系近郊宙域統括軍副長官


(コウ)・グリーゼ……凰の元副官

〇アサギ……元第一宙空艇部隊のパイロット


〇ネリネ・エルーシャ・クラスト……元カフェ・セラフィーナのウェイトレス。Dr.クラストの末裔

〇ビローサ……セラフィスの参謀。ネリネの幼馴染みでもある女性。


〇ツカイ……薬や洗脳によって思考を支配された者

〇モグリ……本人が知らぬ内にツカイにされた者

〇オーナー……ツカイを使役する者


〇アキレウス……宙空艇部隊の戦闘艇

〇キーロン……陸上戦闘部隊の重装甲機

〇ファルコンズ・アイ……凰専用の戦闘艇

         ◇


 ダイモスを火星軌道から切り離すため、凰はニグラインとユーレックを乗せ、メタリックブルーの凰専用戦闘艇〝ファルコンズ・アイ〟で、ダイモスに降り立った。月とは違い、有人星になった事のないダイモスには人工大気はなく、戦艦3隻分ほどの建物があるだけだ。その中にダイモスのグランディス・コンピュータがあり、防衛衛星としての機能が搭載されている。

 大気がないため、今回三人はパイロットスーツを着用している。操縦しやすいように、宙空艇用のパイロットスーツはシンプルでスマートだ。だが、機体から緊急脱出をした際に救助を待てるように、半日程度の酸素を有し、破片が当たるくらいの衝撃に耐えられる空間シールドも展開出来る仕様となっている。

 ニグラインが先にファルコンズ・アイから降りて入港ゲートのパスワードを入力すると、長い間閉じられていた重く分厚いシャッターが開き、明かりが点く。そして地面を蹴ってゲートに入り、ファルコンズ・アイを手招きする。機体がゲートに入るとシャッターは閉まり、建物内に空気が満たされるまで5分ほど待つ事になった。空気が満たされるのと同時に建物の内部へ入れるシャッターが開き、三人がヘルメットを外して中に入ると、手前から順に照明が点されていく。その奥に、そびえ立つ漆黒のコンピュータがあり、凰とユーレックを珍しい客人として待ち受けていた。


「月のグランディスとそっくりですね~」

「うん、この子はグランディス(スリー)。ガニメデのがグランディス(ツー)。性能は殆ど同じ」

 ユーレックが漆黒のグランディスⅢを見上げながら言うと、ニグラインは直ぐさま答える。

「殆ど──ですか?」

 それを聞いた凰が、ニグラインの言葉に疑問を投げかけた。

「あ、月以外の防衛衛星はね、マイスター・コンピュータかメイン・コンピュータで操作しないと、惑星軌道から切り離した後その場から動けないんだけど、月だけは自分で動かせるんだよ」

 ニグラインの言葉に、凰とユーレックは「なるほど」と頷く。ニグラインは月の戦闘指揮所の事を『艦橋』と呼んでいた。艦艇でもないのに……と、思ってはいたが、月が自分自身で動く事が出来るのであれば、巨大な艦艇とも言えるのだろう。(さき)の戦争で、もしニグラインが一方的な虐殺を是としたならば、そして、他のニグラインとの接触を必要としなければ、艦隊など出さずとも月が自ら赴き、主砲で敵の小惑星型要塞・赤針(レッドルチル)を撃てば地上の被害はもっと少なかったかもしれないが……。

「これって、誰でも動かせるんですか?」

 ユーレックはグランディスⅢの周りを確かめるように歩きながら、ニグラインに聞く。

「ううん。ぼく以外は起動もさせられないよ。──だから」

 本来なら、絶対安全なニグラインの生体認証によるセキュリティ。だが、言葉を切ったニグラインの続くべき言葉は、凰とユーレックには伝わった。


『他のニグライン・レイテッドにも動かせる』


 それが、腎臓のニグラインがガニメデを使うであろうという予想の根拠である。

「もうガニメデへのエネルギー供給は止めてるからね。出力を何パーセントにするかにもよるけど、主砲を撃てる回数も限られてる。一点集中攻撃をされると破られてしまうけど、ダイモスでは広範囲シールドを張って、出来るだけガニメデの主砲から艦隊を守ろうと思う。でも、セラフィス艦隊の勢力によっては……」

 敵であっても命を守りたい──そう言っていたニグラインだが、それ以上に彼に課せられた使命が覚悟を決めていた。〝今〟太陽系のために戦う者の命を救う。ニグライン個人としては、軍を裏切ってセラフィスに寝返った者たちの命すらも守りたいと思っている。太陽系で生まれ出でた命として。しかし、もはやそうも言っていられない。味方の命を道具としか思っていないセラフィスに、太陽系を渡すわけにはいかないのだ。

「私が、セラフィス艦隊を撃滅します」

 ニグラインが続けようとした言葉を汲み取り、凰がそれを言わせないように(・・・・・・・・)発言する。

 場合によっては、ダイモスの主砲でセラフィス艦隊を殲滅する──その言葉を、言わせないように。

太陽系を守る(その)ための、太陽系近衛艦隊ですから」

 凰の語尾を強めた物言いに、ニグラインは開きかけていた口を閉じ、唇を噛みしめた。そうだ。そのために自分は太陽系近衛艦隊を設立したのだ。今、それを活かさなくてどうする? 長年隠していた自分の姿をわざわざ現してまで、ここにいる理由は何だ? 独裁制でありながら、系民に独裁制を感じさせない、自由な太陽系を守りたいからではないか。防衛衛星の主砲で敵を殲滅したとあれば、系民に少なからぬ恐怖を植え付ける事になる。だから、今まで使って来なかった。多くの命を犠牲にしても。

「……そうだね。近衛艦隊は強いから! 任せるよ」

 辛うじて笑顔に見える表情で、ニグラインは言う。凰は、ニグラインがひとりで背負い込もうとしていたものを、太陽系近衛艦隊を代表して引き受けた。ニグラインの正体を知らない兵士たちには、当然の事だ。平和を望むL /s機関のもと、太陽系に牙を剥く輩を排除するために、彼らはいる。

 それでも、ニグラインに向けての私怨に巻き込んでいる事も、また事実であった。ニグラインの苦悩は計り知れるものではない。だが、その思いを払拭は出来ずとも、僅かでも軽減できれば──と、凰とユーレックは心から思う。

「は! 全力を尽くします」

 凰の力強い返答に、ニグラインは空気が軽くなるような穏やかな笑顔を取り戻した。

「じゃあ、早速だけど、ユーレックくん。準備はいい?」

「勿論です! いつでも行けます!」

 月の時と同様、ダイモスと火星の引力断絶の衝撃で火星に甚大な被害が出ないようにと、再び大きな使命がユーレックに託されている。ユーレックは二度目という事もあり、胸を張ってニグラインに答えた。


 三人がグランディスⅢに入ると、暗闇の中、誘導灯が足下に仄かに浮かび上がり、客人を歓迎しているかのように導く。

「前回と同じように、ユーレックくんが集中出来る空間になるから」

 ニグラインはそう言うと、二人と別れてグランディスⅢのコントロールルームへと向かう。

 凰とユーレックが何もなかった空間に足を踏み入れると、ただの暗闇が疑似宇宙となって広がった。中央にはダイモスを模した物体が浮いている。そして、壁際には小さめのテーブルを挟んで椅子がふたつ。

「懐かしいな」

 それを見て、凰が僅かに口の端を上げて言う。よく使われた木のテーブルと椅子。まだ近衛艦隊が発足する以前、二人で毎週のように通っていた洋風居酒屋(パブ)の物と同じだった。当時の階級に見合ったノンエイジの安いウイスキーを飲み、フィッシュ&チップスをつまみながら、朝までくだらない話をした、あの店。今の立場では、居合わせた他の隊員たちが楽しめないだろうと、行けなくなった。個室のある高級な店で飲むのも悪くはない。しかし、若かりし日の思い出には代えがたいものがある。

「すげー落ち着くだろ?」

 ユーレックは自ら作り出した空間を自慢するように笑うと、当時自分が座っていた方の席に腰掛けた。

「そうだな」

 酒がないのが残念だが──と言いながら、凰も納得して笑み、椅子に座る。懐かしい椅子の感触。硬い木の椅子が、マイフィットチェアに負けないくらい寛げる。思い出補正もあるだろうが、本当に楽しい時間(とき)を過ごしていたのだ。


「凰くん、ユーレックくん。今から15分後に実行します。ユーレックくん、火星で待機している螢ちゃんに繋いだから、少しお話していいよ」


 二人が着席すると、コントロールルームにいるニグラインから声がかかり、ユーレックの前に空間モニターが現れた。そして、火星のメイン・コンピュータに向かい、準備を整えていた螢の姿が映る。


「あ! ユーレック……その……今回も、頑張ってよね。火星は任せて!」


 些か緊張の見られる螢であるが、自分の腕に自信があるのは見て取れた。彼女の緑の瞳の奥には、ユーレックへの想いも感じられる。凰が気を遣って席を立つと、ユーレックは手だけのジェスチャーで礼を告げ、螢との会話を楽しんだ。

 ──2、3分後。モニターが消えたのを確認して、凰は席に戻る。

「もういいのか?」

「夕べ充分話したからな」

 普段不真面目さを表に出しているユーレックだが、こういうところは、きっちりとした軍人なのだ。何よりも任務を優先する。最低限の心得だが、人であるが故に実のところなかなか難しい。だが、ユーレックはわかっている。任務を完璧に遂行する事が、自分の大切なものを守る一番の手段だと。

「そうか」

「ああ。とっとと戦争終わらせて、レイテッド司令のカクテルで乾杯してぇな!」

 ユーレックは椅子を軋ませて伸びをしながら、ニグラインが自分のために作ってくれた、晴れ渡る空色のカクテルを思い出して言う。

「まったくだ」

 ユーレックの言葉に、凰も深く同意した。

 昔馴染みの店にはもう行かれないかもしれないが、今はニグラインの自宅のバーカウンターという、最高の場所もある。今度お互いのカクテルを交換して飲もうという約束を交わしたところで、ニグラインから5分前であると告げられた。


「了解!」


 ユーレックは思い出深い椅子から立ち上がり、右の拳を左の手のひらに当てて気合いを入れる。凰は部屋の中央に向いて立ち上がり、ユーレックの任務を見守る姿勢を取った。


「ユーレック・カルセドニー中将の能力を全解放します」


 ニグラインの言葉と共に、特殊能力のない凰にもわかるほど、ユーレックの能力で空間にひびでも入りそうな圧がかかる。ユーレックは久しぶりの開放感に陶酔するように息を吸い込むと、ダイモスの模型にやさしく手を触れた。

「引力断絶180秒前」

 今回はニグラインと螢の二人だけで火星とダイモスの調整を行うため、オペレーターもいない。ニグラインの声だけが、静かに響く。

「10秒前、9、8、7、6、5、4……」

 そして、ラスト3秒のシグナルが点滅する。火星も、あの時の地球同様に静寂していた。望遠鏡でダイモスを見守る者。モニターで中継を見る者。皆、ユーレックに祈りを捧げた。

 ラスト3秒のシグナルライトが無音で1秒ずつ消え、最後のひとつが沈黙する。


「──借りるぜ」


 勢いのあった月の時と違い、ダイモスの模型をすくい上げるように、引力コントロールシステムで最小になった火星の引力から切り離す。それはまるで赤子を抱き上げるかのごとくやさしく、愛情すらあるのではないかと思えた。


「火星・ダイモスとも異常なし。ユーレックくん、お疲れ様!」

 ニグラインから、見事に大任を成功させたユーレックへの労いの言葉がかけられる。

「前回よりは楽勝だったっス……でも、腹は減りましたぁ……」

「今お弁当持って行くから、ちょっと待ってて!」

 ユーレックの言葉を聞いて、ニグラインは予め用意しておいた弁当を持ってコントロールルームを飛び出した。

「待ってま~す」

 ユーレックはそれだけ言うと、ダイモスの模型を抱きかかえたままその場に倒れ込んだ。前回よりは楽だったと言っても、惑星と衛星の引力を切り離すのだ。全ての力を使うくらいでないと為し得ない。

「流石だな」

「へへ……まぁな」

 凰は倒れているユーレックに歩み寄り、声をかける。凰にはダイモスの模型を抱くユーレックの姿が、本当に赤子を抱いているかのように見えた。いつか、そういう日が来るのだろうか? 戦争が終わり、ユーレックと螢が安心して幸せになれるときが来るのかと。そうなればいい。いや、例え短い期間でしかなくとも、そうしなくてはならない。そのために、この戦争を1秒でも早く終わらせる。──ニグラインのためにも。

 凰は青虎目石さながらの瞳に強い意志を見せ、固く心に誓った。


         ◇


 ユーレックの食事が終わると、凰たち三人はファルコンズ・アイで白号に戻った。ユーレックは、戦闘が始まるまでに体力を回復して貰わねばならないため、到着を待っていた特殊能力部隊の隊員たちに担がれて──正確には、念動力(サイキック)で浮かされながらヒーリングルームへと連れて行かれ、ヒーリングカプセルに押し込められたのである。


「ベリル中将、代行ありがとうございました」

「大任お疲れ様でした。総隊長」

 艦橋に戻った凰は、隊長席で代行を務めてくれていたベリルに礼を述べる。ベリルは凰に気付くと直ぐさま立ち上がり、敬礼をもって応えた。

「私は何もしていません。レイテッド司令とクラーレット准将、そしてカルセドニー中将の功績です」

 未だにベリルに総隊長と呼ばれるのは気恥ずかしくもあるが、凰はベリルのそういった実直なところも尊敬している。

「もう少し、ご自身を高く見てもよいと思いますぞ? 凰総隊長」

 確かに、凰はニグラインとユーレックを乗せて行っただけとも言えるが、凰なくしてユーレックの成功はあったかとユーレックに聞けば、「ない」と答えるだろう。ベリルにもそれくらいの事は、普段の二人を見ていればわかるのだ。

「ありがとうございます」

 そう言えば、司令にも同じようなことを言われたな……と思いながら、凰はベリルの言葉の意味を正しく理解し、素直に受け取った。

 凰はベリルと短い言葉を交わし合った後、白号艦橋の自席に戻っていったベリルを見送り、自身も総隊長席に座る。もうじきニグラインから次の指示が入るだろう。セラフィスの開戦予定時刻まで、すでに13時間を切っている。ニグラインの指示が通達され次第兵士たちを交代させ、休ませねばならない。戦況に応じて無理をしなければいけないときもあるのだが、遥か昔の、寝る間もないような戦争の仕方では効率が悪いどころの話ではない。

 しっかりと心身共に休ませ、戦闘に挑む事が勝利に繋がるのだ。


         ◇


 ニグラインは|マイスター・コンピュータ・ルーム《司令官室》に着くと、すぐにマイスター・コンピュータを使ってダイモスを木星の防衛衛星・ガニメデを射程圏内に納める位置への移動を行う。これでガニメデへの対策は出来た。そして、戦略通りの陣形に整えるため、火星に一番近いところに駐留している白号を、艦隊中央の先頭に配置しなくてはならない。

 だがその前に、ニグラインにはもうひとつやる事があった。

 ニグラインは、マイスター・コンピュータ・ルームで医療管理をしていたリーシアの医療カプセルへ足を向ける。戦場に重症のケガ人を同行させるなど、通常では考えられない事であるが、ニグラインにしか治療できない状況だったため、連れて来るしかなかったのだ。世間的には、どこにモグリが潜んでいるかわからない現状で、いつ標的となってもおかしくない8大将官の一人であるリーシアを、多数の人間が出入りする医療施設に置いて来るなど出来なかった──という事にしていた。


「リーシアちゃん、起きられる?」

「オキラレる・ぅ? オキラレる・ぅ?」

 ニグラインは医療用カプセルの蓋を開き、微かに瞼を動かしたリーシアに語りかける。司令官室長(チーフ・オフィサー)であるオウムフィッシュのクラックが、ニグラインの言葉を繰り返す。リーシアは身じろぎ、刺された胸に手を当てて目を開けた。

「──ここは……? 私、刺されて……」

 命を落としたと思っていたリーシアは、痛みすら感じず、疲労感もない身体に驚いて身を起こした。確かに肺まで到達する傷を負ったと……意識を失う際、命が尽きるのを実感したのを覚えている。

「マイスター・コンピュータ・ルームだよ。ぼくとクラックがリーシアちゃんの治療をしていたから」

 そう声をかけられて、リーシアはようやくニグラインとクラックの存在に気付く。ニグラインの白金(プラチナ)の髪とやわらかいその笑みに、一瞬天国にでも来たのだろうかと錯覚した。

「……リーシアちゃん? どこか具合悪い?」

「グアイワルい・ぃ? グアイワルい・ぃ?」

 自身の状況に困惑しているリーシアに、ニグラインとクラックが心配そうに問う。

「いえ。とても……とても体調はいいです」

「そう、よかった!」

「ヨカッた・ぁ? ヨカッた・ぁ!」

 リーシアの返答に、ニグラインは弾けるように笑った。クラックは嬉しそうに天井付近を旋回する。ニグラインのその笑顔を見て、勘のいいリーシアはニグラインが自分に特別な処置を施したのだと察した。医療ロボットや、どんな名医でも出来ない処置を。だが、それがどんなものかはわからない。──いや、考えないようにしたのだ。ニグラインの口から告げられるまでは。

「レイテッド司令が助けてくださったのですね……ありがとうございます」

 憶測ではない確信的な直感を敢えて封じる事にして、リーシアは感謝の意だけを込めて微笑んだ。

「お礼なんかいいよ。無事でいてくれるなら」

 リーシアの微笑みに、自分が行った施術がどのようなものであるかを見抜かれているとは感じたが、ニグラインは今は言う時ではないと笑みだけで返す。凰とユーレックにはすでに知らせているのだ。リーシアにだけ隠す必要はない。しかし、今は戦乱の最中(さなか)。話すのは、戦争が終わってからでもいいだろう。

「起きたばかりで申し訳ないけど、明日はもうセラフィスが予告した戦争開始の日なんだ。キミには、火星のメイン・コンピュータ・ルームに居て貰おうと思うけど、いいかな?」

 ニグラインはそう言うと、リーシアが眠っている間に起きた事を、細かに話した。近衛艦隊がすでに火星の木星側近郊に駐留している事。火星軍港での惨劇や、民間用宙空港での出来事も。──ランディの、最期も。そして、今現在、たったひとりで火星のメイン・コンピュータ・ルームで任務に就いている螢の事を。粛々とニグラインの報告を聞いていたリーシアだが、話の途中、ランディの殉職の報を聞いたときだけ、僅かに整った眉をしかめた。

「わかりました。今の状況では、後方支援部隊も待機しているしかないようですし、私はご指示通りにクラーレット准将と共に火星のメイン・コンピュータ・ルームに居ることにします」

 リーシアは医療用カプセルから出て立ち上がり、敬礼をもってニグラインの指示に応える旨の意思表示をする。ニグラインの治療で、完璧に完治して体調もすこぶるいいが、リーシアは重症を負った人間がこの短期間で任務に戻れるわけはないという、至極常識的な理由をもって、ニグラインの指示に従う。

「ありがとう。じゃあ、マイスターと火星のメイン・コンピュータを時空間で繋げるから、早速行って貰えるかな?」

「了解しました。……ひとつだけ、よろしいでしょうか?」

 リーシアは敬礼を解いた手で長く艶やかな髪を払うと、ニグラインに質問を投げかける。

「うん、何?」

「療養中の洗浄に使用されたシャンプーの銘柄を教えていただけませんでしょうか?」

 リーシアは、目を覚ましたときからほのかに髪から香る、華やかだがきつ過ぎず、フローラルともフルーティーとも言えない香りに心を奪われていた。この非常時に──とは思ったが、あまりに心を癒やす香りから離れがたかったのだ。8大将官の中でも意志の強い彼女とて、癒やしは必要なのである。

「リーシアちゃん用に調合したシャンプーだよ。よければ持って行って!」

 気に入ったならば商品化するから──と、ニグラインは残りのシャンプーとコンディショナーのボトルをリーシアに手渡す。

「ありがとうございます……」

 リーシアは愛おしいものを抱きしめるようにそれを受け取り、火星で暇を持て余しているだろう螢の元へと向かった。きっと螢は「ずるい! あたしも作って欲しい!!」と言ってやわらかい頬を膨らませるだろう。そしてユーレックがいたら、その頬をやさしくつつくに違いない。早く戦争が終わり、またそういう平和な日々を過ごしたい──と、リーシアはこの戦争で何も出来ない自分を責めつつも、これ以上大きな犠牲が出ない事を切に願った。


         ◇


 近衛艦隊総旗艦・戦艦白号の艦橋では、出陣を前にして隊員たちの呼吸は些か速く、動悸が内側から耳を叩いている。いくら二重のバリアと強固な船体を誇っているとはいえ、攻撃のためバリアを切っているときに、敵の主砲が当たれば轟沈も否めない。そうなれば、戦艦1隻で約250名の命が失われる。宇宙服を着て艦外に逃れられても、戦闘中では他の艦艇に回収される可能性も少ない。どうせ命を落とすなら、一瞬で──と、誰もが思っている。中途半端に被弾した艦内で重症を負い、苦しみながら死ぬのはごめんだ。とは言え、そうならない為に、艦隊員全員が総意を持って戦闘に挑む。


「レイテッドです。ダイモスの移動が終わりました。あと、リーシア・テラローザ少将の意識が戻り、無事に復帰となります」


 そんな緊張が高まっている中、ニグラインからダイモスの移動完了と、リーシアの復帰が伝えられた。8大将官のひとりであるリーシアの無事を聞き、太陽系近衛艦隊全隊員は湧き上がる。近衛艦隊の象徴とも言える8大将官が欠けたとあっては、戦略的にも心理的にも痛手が大きい。すでにリーシアの後方支援部隊はほぼ役目を終えているとは言え、近衛艦隊の士気は最大限に上がった。


「戦艦白号、所定位置へ」

 その後、リーシアが火星へ向かい、その他全ての準備が整ったとの報告を受けた凰が、低めで深みのある声で指令を伝える。その声に、隊員たちの緊張から来る動悸は静まり、各々の任務を全うする姿勢に入った。

「戦艦白号、所定座標へワープします!」

 凰の指示を正確に受け取り、操舵手が所定位置への座標を正確に入力すると、白号は美しくも巨大な白い体躯を光らせ、ワープ軌道に入る。乗組員たちは一瞬の重力をその身に受け、戦場へと向かった。

「ワープ完了! 座標問題なし!」

 白号の軌道を確認していたオペレーターの声に、一同は静まりかえる。これから、この場所で戦闘が始まるのだ。息を飲み、敵が現れるのを待つ。しかし、眼前には小惑星帯が広がり、エウロパへの視界が悪い。これでは戦闘に支障が出ると、凰は小惑星帯の排除を決めた。


「前列艦艇全艦に告ぐ。小惑星帯を粉砕せよ──撃て」

 凰は、前列に並ぶ艦艇へ指示を出す。小惑星であってもニグラインは慈しんでいるのだろうか──との思いはあったが、視界が悪いだけでなく、何か仕掛けられていては戦況が不利になるため、そうするしかなかった。

 白号以外の前列に並ぶのは駆逐艦だけであるが、小惑星を破壊するくらいは造作もない。凰の号令と共に前方の小惑星に向けて、駆逐艦は前頭部にある10門の、戦艦白号は18門の主砲を一斉射する。超高圧エネルギー砲の光は小惑星に向かって真っ直ぐ伸び、衝突と共に小惑星を粉塵のごとく破壊していく。

 小惑星帯を一掃した後、粉塵で暫し視界が悪く、エウロパの影すら見えなくなっていたが、それが薄れていくと、小惑星帯に隠れていた『タイルが敷き詰められている様な表面の小さな長方形の物体』が無数に出現した。小さいと言っても、民間の小型商船ほどのサイズがある。


「あれは……?」

 白号の総隊長席の後ろでモニターを見ていた凰の副官のロカが口に出した言葉は、他の艦艇でも多くの者が口にしていた。


「全艦! 後退!!」


 凰は本能的にそう叫んだ。艦隊員たちが、普段冷静に指示を出す凰の危険を察知した声に動揺する間もなく、それ(・・)は一斉に動く。

 瞬く間に短距離ワープを数度繰り返し、気付けば後退の遅れた前衛艦隊の直上直下に来ていた。艦艇一隻につき複数の物体が艦艇の周りを取り囲むのを確認したか否や、タイルの様に見えていた物が発射され、艦艇を包むバリアを破壊し始めたのである。

「バリア中和爆雷です! バリア二層共消失!!」

 攻撃を受けた駆逐艦のオペレーターの声が響いた次の瞬間──その物体は自ら艦艇に直撃し、物体に積み込まれていた高粒子圧縮弾が爆発を起こした。何個ものそれが次々と艦艇表面を砕き、遂には艦艇内で爆発。近衛艦隊の誇る艦艇が、内側から真っ二つに折れて大爆発を起こし、瓦礫となって宙を漂う。艦艇の瓦礫と共に、原形を留めない艦隊員が粉のように宇宙空間に吸い出されていく。

「あれは無人艇ではありません! 人体三名分の生命反応があります!」

 まだ標的になっていない艦艇で長方形の物体──爆雷艇の解析をしていた者が、驚愕の思いで叫ぶ。これでは、火星軍港の自爆と同じではないか。自らの命を犠牲にする特攻に、近衛艦隊の兵士たちは嫌悪感で吐き気すらもよおす。

「すでに消失した爆雷艇合わせて800! 我が艦(白号)にも向かって来ます!!」

 即座に後退した白号は初手の攻撃から逃れられていたが、まだ敵の攻撃は続いている。オペレーターが叫んだ敵の数に、マイスター・コンピュータ・ルームで戦況を聞いていたニグラインも、艦橋で指揮を執っている凰も、厳しい表情を見せた。

 エウロパに残った民の人数。ぴたりと数の合うそれに、セラフィスの、またもや非道な戦略が明るみに出たのだ。特攻させるためだけに、エウロパの民を義勇兵にしたのか。


「全艦、バリア解除。全方位迎撃砲一斉射、撃て!」

「バリア解除! 全方位迎撃砲撃ちます!」


 凰の指令に、各艦の砲撃手が即座に反応する。もはや敵がエウロパの民だからと手加減している余裕はない。人道からは外れているが、下手な艦隊戦よりも、余程効果的な攻撃ではないか。実際、初手の攻撃で、近衛艦隊の駆逐艦23隻が大破轟沈。駆逐艦28隻、巡洋艦16隻が中破となったのだ。

 だが、近衛艦隊はすぐに態勢を立て直し、艦隊の誇る全方位遊撃システムにより、囲んでいる爆雷艇を一斉に撃ち落とした。爆雷艇は詰んでいた高粒子圧縮弾により、小型艦とは思えぬほど激しく爆発を起こして宇宙の闇に消えていく──。

 爆雷艇の追撃による近衛艦隊の被害は殆どなく、ニグラインの設計した全方位遊撃システムは見事にその性能を発揮した。このシステムは、これまでも少数精鋭による僅か750隻程度の艦隊で、幾度となく外敵から太陽系を守って来たのだ。太陽系から出ない限りエネルギーの枯渇はなく、360度死角のない戦闘艦で敵の艦隊を撃破して来た太陽系近衛艦隊。それが、艦隊戦を前にこれほどの損害を被るとは。

「──敵爆雷艇、全て消失しました」

「よし、中破した艦は地球に帰還せよ。陣形を立て直す」

 オペレーターの報告を受け、凰は艦隊戦への陣形を取り直すよう、第二艦隊・第三艦隊にも命ずる。

 小惑星帯を排除していなかったら、虚を衝かれ、もっと大きな被害になっていただろう。人命を数で数えたくはないが、セラフィスは艦艇では戦力にならない義勇兵2400名で、撤退した艦艇の兵士も合わせて、近衛艦隊から7550名を奪ったのだ。

 これをあのネリネがやったというのか? 凰は、前副官の(コウ)に向けていた控えめでかわいらしい彼女の笑顔を思い出す。例えあれが演技だったとしても、到底そうは思えなかった。卑怯な戦略を企てる参謀でもいるのではないか? ──考えても仕方がない事を頭の隅に追いやり、凰は艦隊戦に向けて心を入れ替えた。


「全隊員に告ぐ。暫しの間だと思うが、開戦宣言があるまで休息せよ」


 急な戦闘が入ったため、交代時間はとうに過ぎている。開戦したら、休憩時間とて気は休まらない。交代した者は持ち場を離れる事は出来ないが、平静でいられるのは今だけだ。大破轟沈した艦艇の兵士たちは一人として救助出来なかった。それほど激しい爆発だったのだ。重苦しい空気が艦隊を包んでいる。一時でも、心を落ち着かせる時間がなければ……。凰はそう思いながら、自らも総隊長席に深く腰掛け、目を瞑った。


         ◇


 セラフィス陣営では、爆雷艇の活躍に歓喜の声が上がっていた。

 ネリネは明日の開戦のために休もうとして自室で寛いでいたが、突然の警報に驚き、状況を確認して表情を険しくする。開戦宣言の予定よりも早い行動。ネリネは参謀であるビローサを自室に呼ぶ。


「まだ約束の時間まで11時間あるわ! 何故特攻爆雷艇(キュボイド)で攻撃したの!?」

「近衛艦隊が小惑星帯を艦艇主砲にて排除し、キュボイドを発見されました故……」

「──つまり、あちらが先に撃って来たってことね?」

「はい」

 ビローサは恭しく頭を下げて答える。報告を聞いたネリネは指を唇に当てて俯き、少し考えた後、顔を上げた。

「わかったわ。その旨太陽系民に告げ、戦争を開始します」

「それがよろしいかと」

 〝キュボイド〟と呼称された爆雷艇。あれにはエウロパの義勇兵たちが乗っていた。近衛艦隊は開戦宣言を待たずに太陽系の民を攻撃し、殺めたのだ。そう、太陽系民に告げればよい──。ネリネは事実をねじ曲げた形で公表し、太陽系近衛艦隊の……引いてはL /s機関の非道を訴える事とした。

「支度を終えたら、すぐに〝セラフィーナ〟に乗り込むわ。他の者たちにも準備させて」

「直ちに」

 身支度を始めたネリネの言葉に、ビローサは敬礼をもって応えた。そして、礼をして退出した彼女が、口元を歪めて笑んだのをネリネは知らない。ビローサには予想出来ていたのだ。近衛艦隊が視界を遮る小惑星帯を排除するのを。それを機に、キュボイドで近衛艦隊に痛手を負わせるところまで。例え予想に反して小惑星帯が排除されなければ、奇襲をかけ、近衛艦隊にもっと大きな打撃を与えられた。そのどちらでもセラフィス側には都合が良い。どんな卑劣な方法でもいいのだ。現太陽系勢力に勝つ事が全てである。

 それに、「卑劣だ」と言及されるのは、ネリネなのだから。


 ビローサの思惑をネリネは知らないまま、セラフィス艦隊は総旗艦に宙空母セラフィーナを据え、エウロパから宇宙空間へと出陣した。


挿絵(By みてみん)

中央:宙空母セラフィーナ

Illustration:梶一誠様

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― 新着の感想 ―
[良い点] 小惑星帯での緒戦、中々迫力がありましたね。これぞスペースオペラの醍醐味です。 白号と他の艦艇からの全方位迎撃のシーンが白号のイラストと重なりいいですね。 そしてネリネが動き出す。セラフィー…
[良い点] ニグラインの苦痛を和らげようとする凰の心遣いが、随所に感じられました。流石の凰ですね。 シャンプーの香りなどで雰囲気が和らぐ場面もありましたが、やはり戦争…。 ザビーロの思惑通りに、このま…
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