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碧藍のプロミネンス  作者: 切由 まう
26/42

【反乱艦制圧】

<登場人物等>


〇ニグライン・レイテッド……太陽系近衛艦隊および太陽系近郊宙域統括軍総司令官

〇ファル・ラリマール・(オオトリ)……太陽系近衛艦隊総隊長


[近衛艦隊8大将官]

〇ユーレック・カルセドニー中将……特殊能力部隊隊長

〇クルス・ベリル中将……諜報治安部隊隊長

〇デン・ドリテック少将……陸上戦闘部隊隊長

〇リーシア・テラローザ少将……後方支援部隊隊長

〇ラン・マーシュローズ准将……第一宙空艇部隊『バリュウス』隊長

〇アウィン・バーント准将……第二宙空艇部隊『クサントゥス』隊長

(ホタル)・クラーレット准将……IT支援部隊隊長

〇オーランド・スマルト准将……メカニカル・サポート部隊隊長


〇クラック(オウムフィッシュ)……近衛艦隊司令官室長(チーフ・オフィサー)

〇ジュレイス・リトゥプス……太陽系近郊宙域統括軍長官

〇ランディ・リューデス少佐……陸上戦闘部隊・第一中隊隊長

〇ロカ・リトゥプス中尉……凰の新しい副官。ジュレイス・リトゥプスの孫

〇セネシオ大将……太陽系近郊宙域統括軍副長官


(コウ)・グリーゼ……凰の元副官

〇アサギ……元第一宙空艇部隊のパイロット


〇ネリネ・エルーシャ・クラスト……元カフェ・セラフィーナのウェイトレス。Dr.クラストの末裔


〇ツカイ……薬や洗脳によって思考を支配された者

〇モグリ……本人が知らぬ内にツカイにされた者

〇オーナー……ツカイを使役する者


〇アキレウス……宙空艇部隊の戦闘艇

〇キーロン……陸上戦闘部隊の重装甲機

〇ファルコンズ・アイ……凰専用の戦闘艇


※DL:ディビジョン・リーダー

         ◇


 太陽系近郊宙域統括軍・火星艦隊の出航期限まで残り30分。

 殆どの艦艇は宙域にて、それぞれの主砲が届かぬ位置で待機していた。しかし、未だ軍港から動こうとしない艦が10隻。戦艦1隻と巡洋艦が2隻、そして駆逐艦7隻である。

 近衛艦隊・陸上戦闘部隊の歩兵15中隊が、出航しない艦艇に悟られないように身を潜めていた。装甲服は着ているが、電導系が凍結された艦内に入ってしまうと、装甲服のシールドが使えなくなる。装甲服そのものもブラスター程度なら貫通しないくらいの強度はあるが、白兵戦用の主要武器であるハンマーアックスを叩き付けられたら致命傷も免れない。身を晒して戦う勇敢な兵士たちも、今まで以上に緊迫した面持ちをしている。重装甲機キーロンは目立ってしまうため空間圧縮装置に納められており、各キーロンのパイロットは圧縮解除スイッチに指をかけて、作戦開始の号令を待つ。


「こちら第一中隊、ランディ・リューデス少佐。ドリテック隊長へ。火星艦隊、残り10隻。内、戦艦が1隻あるので第一、第二、第三の3部隊付けます。第五から第八は2隻の巡洋艦に。残りは駆逐艦付近で待機させました」

「ドリテックだ。了解。慎重にいけよ」

 珍しく気の引き締まった口調のランディの報告に、ドリテックは更に危険認知を促す。

「ま~かせてくださいよ~」

 だが、その直後にいつもののんびりとした返しがあり、ドリテックは口の端を上げた。緊張が強かったり、震えているようでは、この任務は務まらない。戦闘が常時であっても耐えられるように、実戦か、時にはそれよりも過酷な訓練をして来たのだ。普段通りでいられるというのは、頼もしさの証拠でもあった。

「そうだ。ドリテック隊長ぉ、テラローザ少将の容態はどうですか?」

 ランディがリーシアの容態をドリテックに問う。作戦に関係のない話ではあったが、気になる事があると戦闘に支障が出るため、ドリテックは咎めもせずに答える。

「数日で復帰出来るとのことだ。まったく、レイテッド司令の万能さには驚きしかないな」

「そうですね。……よかった~。これで心置きなく戦えます」

 ドリテックの返答に、ランディは心底安堵した様子であった。ランディだけではなく、リーシアに想いを寄せている者たちは、皆そうなのであろうが。もしリーシアが命を落としていたら、自棄(やけ)になってまともに戦闘が行えなかったかもしれない。そう感じたドリテックは、若き司令官に心の中で敬意を表したのであった。ニグラインのおかげでリーシアの命が助かっただけではなく、隊員たちの士気は下がらず、荒れもせずに済んだ──と。


 出航期限まで15分を切ったところで、残存戦隊の戦隊長から火星本部に詰めているリトゥプスとセネシオに通電が入った。


「オモト・ローディア少将であります。リトゥプス長官、セネシオ副長官。これより火星第一艦隊、第三戦隊が最後尾を務めさせて頂きます」

「セネシオだ。わかっておると思うが、細心の注意を払うように」

「は! 全隊員、心得ております」


 戦艦(あかね)号艦長であるローディア少将が、リトゥプスとセネシオに向けて出航の旨を伝え、火星を預かるセネシオが応対する。ローディアは大柄な身体に似つかわしくないほど、物事に慎重で細かいところまで気を配る男であった。艦隊の最後尾を任されているのも、彼のその性格を信用されてのものだ。だが、その彼の戦隊に反乱を起こす者が隠れている。反乱艦を特定するため、艦隊員たちには予知を伝えていない。つまり、この中の数隻が予知通りに出航しないはずである。どの艦艇が反乱艦になるのか。それは、(じき)に判明するだろう。

「火星第一艦隊、第三戦隊、抜錨ーっ!」

 ローディア少将の号令で、まず2隻の巡洋艦が浮き上がり、大気圏へと向かった。

 巡洋艦に付いていた近衛艦隊の陸戦部隊は、2部隊ずつに分かれて戦艦と駆逐艦の方へと移動して後方で待機する。残りの艦艇の動向を見張り、緊張が強まっていく。

 巡洋艦に継いで、駆逐艦が1隻、2隻と後を追って翔び立つ。3隻、4隻……。


「時間だ」


 誰の言葉であっただろうか。あるいは、幾人かで同時に発せられたものだったかもしれない。

 期限の18時が、待つ事なく時計に刻まれた。


「現時刻をもって、宙に向かっていない艦艇の電導系を凍結する!」


 近衛艦隊地球本部ビルに鎮座する戦艦白号の艦橋で、司令官のニグラインに代わって、総隊長の凰が声を張った。

 それを号令に、統括軍火星本部を囲むように造られている軍港で、近衛艦隊の陸戦部隊が即座に動く。重装甲機キーロンのパイロットはキーロンの圧縮を解いて人馬フォームの機体に乗り込むと。出航していない艦艇の搭乗口や搬入口を高出力レーザーブレードで切り始める。

 宇宙艦艇の外装は、地上の武器では到底破壊出来ない。だが、搭乗口や搬入口の扉と本体を繋ぐ箇所だけは、艦内で何かあったとき、外から救助可能なように、高出力レーザーブレードでも切れるようになっている。外側の扉を開けてしまえば、手動で重力制御の第二扉、空調制御の第三扉を開けられるスイッチがあり、容易に艦内に入れるのだ。ただし、それはエネルギー電導系が凍結されているからであり、そうでなければ外部から敵の侵入を阻むために手動スイッチをオフにする事も出来るのだが、今は艦内の者には為す術もない。


 キーロンのレーザーブレードが戦艦1隻と駆逐艦3隻の扉のフチを切り裂く音が軍港に響き渡る。近衛艦隊・陸戦部の兵士たちは、記憶制御閃メモリーコントロールフラッシュを遮へいするゴーグルを装着し、扉が開くのを待ち構えていた。

「開いたところから順次突入せよ!」

 戦艦茜号の搭乗口前で先頭に立つランディが、本作戦部隊の全兵士に伝える。ランディが率いる第一中隊前の扉も、もうすぐ開こうとしていた。陸戦部の兵士たちはメモリー(M)コントロール(C)フラッシュ()を握り、背にはハンマーアックスを背負い、腰には麻酔銃と多数の自動拘束バンドを下げている。自動拘束バンドは、投げつけて当たった相手を瞬時に拘束する。コントロールは重視されるが、手動で縛るよりも何倍も早いのだ。そしてそれらの装備は、使用する順番を間違ってはいけない。先ずはモグリの洗い出しをし、装甲服を着ていない兵士が攻撃してきたら麻酔銃で対応。武装兵が向かって来た場合は、残念だが容赦なくハンマーアックスで交戦する事になる。

 戦艦茜号の搭乗口の扉が、程なくして轟音を立てて艦艇から剥がれ落ちた。


「突入ーーーっ!」


 ランディの声に、第一中隊の者たちが次々と艦内に走り込む。他の中隊も、開いた扉からなだれ込み、各小隊に分かれてそれぞれ艦内の決められた箇所に向かう。そして、艦内の兵士と遭遇すると同時にMCFを投げ、あの言葉(・・・・)を叫ぶ。不運にも武装兵に遭遇した者たちは、おすわり(・・・・)をしない武装兵とハンマーアックスで死闘を始めた。ハンマーアックス同士がぶつかる金属音が耳を突き抜ける。交わし損ねて装甲服を切り裂いて肉を断たれ、血しぶきをまき散らしながらも狂ったように向かって来る敵兵は、自らの意思でツカイになった輩とみて間違いないだろう。本人の意思と反してツカイにされたモグリと違って、自分の意思でツカイになっているため、奴らにはMCFは効かない。

「くそ! やっかいなツカイめ!!」

 陸戦部の兵士たちが口々に言う。疲れを知らず、痛みも感じないツカイは、腕を1本失おうが、足の骨を折ろうが、死ぬまで行動をやめないのだ。

「やむを得ん! ツカイの命は問わない!!」

 武装兵士と相対している小隊の隊長が、隊員に告ぐ。このままでは隊員の命が危うい。すでに、負傷している隊員もいる。本気で殺す気で刃を向けてくる相手を、殺さずの意志で倒す事は出来ないのだ。ニグライン(司令官)からも、『自分と味方の命を優先で』という指令を受けている。

「了解!」

 隊員たちが、一斉に応える。それを機に、彼らの動きが変わった。ツカイに押され気味だった隊員も、普段の動きを取り戻す。敵となった元同胞の武器を交わすだけだった者も、ハンマーアックスを渾身の力を込めて振り下ろし、敵の胴や首を分断していく。元々数で優位だった陸戦部は、少数のツカイを次々となぎ倒す。ツカイとなっている敵は、切り裂かれて自らの血溜まりの中に倒れながらも、身体を痙攣させながらまだ戦おうとしていたが、起き上がる事は叶わず、事切れていった。

 床に座っている兵士たちは、自分が何故こうしているのか、何が起こっているのかもわからずに、ただ、仲間だった者の屍を見ているしかないのである──。


 艦内のどこかからか聞こえる戦闘の音を聞きながら、ランディは1小隊50名を連れて茜号の艦橋に踏み込んだ。そこには、茜号の艦長であるローディア少将の姿もあった。ランディはすかさずMCFを投げる。


「床におすわり!」


 そして、閃光と同時に、凰が決めた言葉を発した。実際、他の者たちは「床に座れ!」と言っていたのだが、ランディだけは真面目なのか不真面目なのか、凰の言葉を守った。

 艦橋にいた30名ほどの兵士の内、殆どの者が床に座る。凍結されて使えないというのに、それに気付かずブラスターに手をかけて向かって来た者が数名いたが、即座に麻酔銃で撃たれて倒れ込んだ。


「おまえたち、近衛の者か! これは一体どういうことだ!?」


 ローディアがランディに向かって罵声に近い口調で疑問を投げ付ける。

 凍結された艦艇。近衛兵の突然の乱入。部下たちの床に座る不可解な行動。そして、乱入者へ反撃した者は全て麻酔銃で眠らされた。その様を見て、艦長であるローディアが黙っているわけもない。

「この艦を反乱艦として制圧します」

 ランディは、言うが早いか、自動拘束バンドを投げてローディアを拘束する。

「何をする! ワシは茜号の艦長、ローディア少将であるぞ! 今すぐこの拘束を解けい!!」

 ローディアは、腕と椅子ごと胴体を、更に足もバンドで締められて身動きが取れなくなったが、将官の威厳は損ねなかった。だが──。

「残念ながら、ローディア少将。あなたは何故、椅子に座って(・・・・・・)おられるのです?」

 モグリであれば、MCFの記憶の上書きにより、床に座っているはずである。攻撃して来なかったからこそ、麻酔銃を撃たなかったが、ローディアは艦長席に座ったままだった。軍隊にとって、作戦開始の時間が1秒でも遅れるのは重罪である。本日18時までに出航しなかった時点で、茜号は反乱艦として制圧対象になったのだ。

 戦隊を預かる将官のローディアに、それがわからぬはずもない。

「……なるほど。先ほどの閃光は、モグリを洗い出すものだったか。そんな物まで造り出すとは、流石L /s機関といったところか」

 ローディアはその階級に相応しい洞察力で、紛う事なく目にしたものを理解した。だが、これで確定してしまったのだ。ローディアがオーナー(・・・・)であると。

「残念だよ。火星本部ビルを塵にすることが出来なくなったのは」

 ローディアは、見た者が不快になる笑みを浮かべて、そう言い放つ。しかし、残念だと言うには、悔しさを滲ませていない。他にも何か企みがあるのだと、ランディが感じるが早いか、ローディアは声を大にして言葉を続ける。

「出航した艦が、何もしないと思うかね? それと──」

 そう言うと、ローディアは、辛うじて自由になる手に握っていたスイッチを押す。

 その瞬間、ローディアの大柄な肉体は爆発して四散した。生暖かい血の雨が、ランディに降り注ぐ。ローディアだけではない。艦内の要所要所で爆発が起きた。この艦橋も例外ではなく、四方で爆発が起きる。モグリであった者も、そうでなかった者も、近衛艦隊の陸戦部の者も……爆発によって爆心地に近い者はその肉体ごと吹き飛ばされ、それ以外の者も崩れてきた壁や天井に押し潰された。

「……陸戦部各員! MCFで再度命令の上書きをしろ! 艦外に逃げろ! と。その後、自身の安全優先! 退避せよ!!」

 ランディはすかさず、作戦に参加している全隊員へと通達をする。このままでは、折角助かったモグリまで犠牲になってしまうと、瞬時の判断であり、最善のものであっただろう。

 通信は、ドリテックにも、白号の艦橋にも、統括軍火星本部へも繋がっていた。ドリテックは突然の爆音に驚愕したが、ランディの声が聞こえてきた事で冷静さを取り戻す。そして、ランディに通信で声をかけた。

「ランディ! 何があった?!」

「あ~……ドリテック隊長~。やられましたぁ……奴ら、自爆、しやがりました……よ……」

 艦艇の外壁は爆薬程度で崩れる事はないが、内装は次々に爆音を立てながら、その姿を瓦礫へと変えていく。砂塵で視界の悪い艦内を、爆発と炎から逃れた者たちが砂塵と共に出口へと向かって行った。運良く生きて外へ出られた者をキーロンが回収し、医療設備のある火星本部へと転送させる。

「ランディ! おまえはどこにいる?! 脱出したのか!?」

 ランディは普段通りののんびりとした口調だが、かなり苦しげであった。負傷でもしているのかと、ドリテックはランディの所在を確認したが──。

「……すみません……まだ……艦橋に、いるんですよ~。──俺の、足が、見つからなく……て」

 ランディはローディアの自爆の際、即座に飛び退いて即死を免れたが、両足を失ってしまったのだ。膝から下の、足のあった箇所から流れる血を眺めながら、息も絶え絶えに状況を説明する。意識を保って指示を出せたのは、彼の強靱な精神力に他ならない。

「……爆発、避け損ねちゃいまして、ねぇ……ローディアの……野郎、ドリテック隊長より、タチが悪いっすよ……」

 陸戦部隊一の俊敏さを誇るランディも、直面の爆発を避け切る事は出来なかったと、笑った。エネルギー電導系が凍結していなければ、装甲服のシールドで彼の足も守られたであろう。不幸中の不幸が、たまたま当たったのだと、笑うしかなかったのだ。それでも、地上でこの戦艦が猛威を振るうよりは遥かにましだと、ランディは薄れゆく意識の中で思った。

「ランディ!!」

 ドリテックは叫んだがランディからの返事はなく、聞こえて来たのは、天井や壁が一斉に崩れていく音。艦艇内部の……茜号の悲痛な断末魔である──。


 戦艦茜号の他に残っていた駆逐艦内でも、同様の事が起こっていた。誰かが艦内に張り巡らされた爆破装置のスイッチを押し、敵味方関係なく爆発で吹き飛ばし、崩れてきた瓦礫で押し潰していく。──否。モグリ(・・・)は所詮作られた味方。最初から仲間だとは思っていなかったのかも知れない。艦内での爆発は大きく、陸戦部とモグリを合わせても、各艦50~70名ほどしか退避する事は出来なかった。

 戦艦乗員、250名。駆逐艦乗員、3隻計450名。艦内に突入した、近衛艦隊陸戦部11中隊、2200名。その殆どの者が爆発の犠牲となり、即死しなかった者も、崩れながら燃えさかる艦内に取り残されている──。


         ◇


「なんて……愚かな!」


 近衛艦隊本部・戦艦白号の艦橋で火星軍港の様子を見ていたニグラインが、司令官席から乱暴に立ち上がり、絶対光度を光らせた碧藍(へきらん)の瞳に怒りを込めて叫んだ。

 ニグラインが、これ程までに感情を露わにするのは始めてであった。隣の総隊長席に座っていた凰も、護衛で後ろに控えていたユーレックも顔を見合わせて驚いたくらいである。それと時同じくして、艦橋にアラートが鳴り響いた。

「ETSにXフレア発生! 更に巨大プロミネンスも発生した模様! コロナ質量放射(CME)が大規模に起こります!!」

 オペレーターが信じがたい事実をノドが枯れるほどの声で報告をする。太陽フレアは、星の磁場に影響を与える。電力網が過負荷になる恐れは、すでに西暦の時代に開発された大気ドームと共に回避するシステムが出来ているため問題にはならないが、ETSのエネルギーを主として生きている太陽系にとって、ETSの異常は全生命体の死を危惧するものなのだ。ETSが誕生してから、ここまで大きな異常はなかった。初期の頃はたまに弱いMフレアが出る事もあったようだが、それもすぐに改良されてなくなっていたのだ。それ以降、ETSは今の今まで、いつも穏やかに、太陽系の中心で優しく輝いていた。

 単発的であれば、問題としては小さい。しかし、これが続くとなれば、太陽系に未来はないのだ。〝永遠の太陽〟と思われていたETSの突然の大きな異常に、火星軍港の惨劇を越えるほどの衝撃が艦橋に走った。


「──これは、怖いな……。ニグライン・レイテッドが、『人類』に怒りを向けている」


 ユーレックが、凰の耳元で、凰の隣にいるロカに聞こえないようにこの現象が起きた原因(・・・・・・・・・・)を囁く。

 ETSが穏やかに1200年以上輝き続けていられたのは、ETSそのものであるニグライン・レイテッドが穏やかな心持ちでいたからだと、理解したのだ。

「そうだな……」

 凰もユーレックと同様に、太陽系の未来を案じた。やわらかい笑みを絶やさないニグラインを思いながら、そのニグラインの意思ひとつで、いつでも太陽系は滅ぶと。以前、凰はニグラインに「高温の青色星として強く輝き、太陽系内を焼き尽くしてしまえばいい」と言った事を思い出す。あの時は、ニグラインにそれは出来ないと確信した上での言葉だった。だが、今のニグラインを見て、考えを改めた。

 肺のニグラインと融合して以来、少し人間らしい感情を表すようになったと感じていたが、もし全ての臓器が揃った後、同じような事が起こったらどうなるだろうか──と。

「レイテッド司令に、冷静になってもらわねばならないな」

 凰はそう言って立ち上がり、ニグラインの元へと足を向ける。副官として付いて行こうとしたロカを制し、その場で待機するように命じた。ロカは目に見えて起きている現象だけではなく、何かただならぬ事があるのだと直感したが、不敬に問う事はせず、凰に従う。いつか、聞かせて貰える日が来るのだろうか。虹・グリーゼになら、話したのだろうか──と思いながら。


 ニグラインは凰とユーレックに伴われ、艦橋を離れて司令官室であるマイスター・コンピュータ・ルームへと向かった。

 いつもの軽やかな足取りではなく、表情そのままに重い。それは凰も、ユーレックさえも同じである。笑顔の消えたニグライン・レイテッドは、重力さえも支配しているようであった。


「……わかったと思うけど、ETSの異常は、ぼくのせいだよ」

 司令官室のドアが閉まると、ニグラインは辛うじて取り戻した藍碧(あお)い瞳で静かに言う。司令官室の留守を守っていたオウムフィッシュのクラックも、ニグラインの沈んだ様子に気付き、おとなしくニグラインの肩に停まるだけであった。

「これでもね、ETS起動当初よりは安定しているんだ。最初の頃は、くしゃみしただけでフレアが出ちゃったりして」

 おどけたように話すニグラインの笑みは辛さを隠せていない。むしろ、息苦しくなるほど──痛みすら感じるほどだ。凰とユーレックは、ニグラインが生きているだけで、どれだけの重責を背負っているのかを重ねるようにして知る。そして、他のニグラインでは、決してETSを維持出来ないとわかった。〝太陽〟の穏やかな感情を持っているからこそ、〝ヒト〟としてのニグラインの感情が多少揺らいでも、ETSは暴走しないのだと。

「フレアもプロミネンスも、たまに出たところで問題ありません。むしろ、あのような惨劇を見て何も思わない司令官に、私は付いていくことは出来ませんので」

 凰は、制御出来ないほどに感情の動いたニグラインを肯定する。太陽から見れば、あれすらも生物の弱肉強食の一部なのかも知れないが、ニグラインは間違いなく人間なのだと証明された。そして、自分も人間のひとり。いくら戦争とはいえ、あのような虐殺を静観する事など無理な話である。平気な顔をしていられるような者に、従う気にはなれない。

「ですが、ここからはこちらが命を奪う側になるでしょう。レイテッド司令……お覚悟は」

 凰は、ニグラインに一歩近寄って言葉を続けた。

 凰の言葉に、ニグラインは無理に作っていた笑みを消し、40cm近く高い凰を見上げて青虎目石さながらの瞳を見つめる。

「そう……そうだね……。あちらがああいう手を使ってくるならば、特殊能力部隊(特能部)に艦艇の制圧もさせられない」

 無血制圧のための策だった特能部の作戦は、敵が『自爆』という劣悪な手を使うのであれば諦めざるを得ない。通常の艦隊戦を行ったとしても、もちろん犠牲は出るだろう。それ故、少しでも早く終結をしなければならないのだ。そのためには──。

「凰くん。キミに、艦隊指揮官として、セラフィス艦隊の討伐をお願いしたい」

「了解しました。お任せください」

 ニグラインは、本来なら司令官である自分がやらねばならない艦隊指揮を、近衛艦隊をよりよく動かせる凰に託した。凰ならば、培ってきた経験と実績を最大限に活かす事が出来るだろう。凰もニグラインの『お願い』を快く受けた。

 ただ、懸念している事はある。ネリネの宣戦布告から8日経った今も、まだ多数の民がエウロパに残っている事。その多くが、妻や子を先に火星に行かせた者。親と離れて残った血気盛んな若者。──全エウロパ民を移住させるまで戦争は始めないと言っていたにもかかわらず、何故わざわざ家族から離れて残ったのか。共にエウロパを離れる事は、十分可能であったというのに。

 考えられるのは、そうして残った者たちはセラフィスに加担するだろうという事だ。セラフィスだけならともかく、いくら自らの意思とは言え、民間人が乗っているかもしれない艦艇を撃沈するとなれば、エウロパの民だけではなく太陽系民全てにどう弁明できるのか。平和を維持するためだけに存在しているはずの太陽系近衛艦隊が、民間人を殺めるなど──。

 だが、もはや他に方法はない。間違いなく裏で糸を引いている、臓器から作られたニグライン・レイテッド。彼がどれだけの兵力をセラフィスに与えたのかわからないが、なるべく早くネリネ・エルーシャ・クラストの所在を見つけ出して捕縛し、セラフィスに攻撃を止めさせるようにせねば。

 そして、臓器から作られたニグラインも止めなければならない。戦争を完全に終結させるため──ニグラインが、臓器を取り戻すために。全ての臓器を取り戻した後、ニグラインがどう変わるのかはわからない。しかし、今はニグラインに従うしかないのだ。それによって、太陽系がどのような運命を辿ったとしても。

「レイテッド司令は、どーんと構えていてください! オレらに任せて」

 司令官室を支配していた重い空気を払うように、ユーレックが胸を叩いて明るく言う。凰とニグラインは、ユーレックの自信に満ちた笑顔に、硬くなった表情を僅かに和らげた。彼の明るさに、これまでにもどれだけ救われて来たか。ETSの明るさで太陽系を包み込むのとは違うが、ユーレックがいると場が和むのは確かである。そして彼は、それを言うだけの能力を持っているのだ。

「──うん、頼りにしてる。ありがとう」

 総隊長の凰と、ユーレックを含めた8大将官が率いる太陽系近衛艦隊。晶暦が始まってから、1200年以上太陽系を守って来た太陽系近郊宙域統括軍。どちらも十分過ぎるほどに頼りになると、ニグラインは杞憂を捨てて、緩やかに微笑む。そのニグラインを見て、凰はふとある事に気付く。

「司令……背が、伸びましたね」

 普段、他人の外見にあまり興味を示さない凰だが、笑顔を取り戻したニグラインの揺れる白金(プラチナ)の髪が、出会った当初よりも近く感じたのだ。やさしい笑みを浮かべて言う凰に、ニグラインは自分の身長など気にする人間がいるという事に、少し驚いた。

「そりゃあ、司令は成長期ですもんね!」

 言われて見ればと、ユーレックも続く。11歳の少年の身体だ。1年近く経てば、身長も伸びるというもの。凰もユーレックも、ニグラインが1200年以上それを繰り返しているのは承知している。それでも共に歩んできた時間の証だと、ニグラインの成長を喜んだ。

「うん。靴のサイズも大きくなったんだよ」

 ニグラインは二人の気持ちを察し、背と共に伸びた、ゆるくウェーブのかかった髪をいじりながら、嬉しそうに笑う。過去に、自分の成長をこうして喜んでくれるヒトはいなかった。繰り返すだけの肉体の成長を自分自身も喜ぶ事はなかったが、今は、素直に喜んでいいのだと、そう思える。

 この時間が続くように、出来れば、平和の中で続くように──ニグラインは、心の中で強く願った。


         ◇


 統括軍火星軍港で起きた惨劇は、太陽系全土が知る事となった。

 セラフィスの残虐な戦略を知ったクラスト穏健派は、セラフィスに吐き気を催すような感情を抱く。穏健派の信者は、太陽系の平和を願っていたDr.クラストの意志を尊重している。クラストの血筋だからといって、血の海から這い上がって来ようとするネリネを指示する事は出来ないと。

 それに対して、過激派は変わらずに〝クラストの血〟を重んじる。L /s機関が不当に太陽系を支配しているのは許せないと、姿勢を変えない。むしろ、L /s機関に飼われている近衛艦隊の兵士たちを、多数葬った事への賛辞を述べている。

 これにより、地球・火星のあらゆる所で、数名の言い合いから、100人単位での抗争まで、クラスト派同士の争いが、これも予知通りに始まった。統括軍の警備兵たちが各地の鎮圧に走り回る。暴動に発展しないように、過激派を麻酔銃と拘束バンドで抑え込まなければならないのだ。


「L /s機関の犬が邪魔をするな! これはクラスト信仰者の問題だ!!」

 広場に集まり、大勢で抗争を始めているクラスト派の仲裁に入った統括軍の警備兵に、過激派の中年の男性が怒鳴り散らした。Dr.クラストの子孫であるネリネを崇拝しない者は、皆蛮族であると言うのだろう。

「クラスト信仰者の問題?! 貴様ら過激派なぞに、信仰を名乗る資格はない!!」

 それに対し、穏健派の初老の男性が、大勢の命を平気で奪ったセラフィスに賛同する過激派に、侮蔑の言葉を浴びせる。穏健派の者にとって、もはや過激派やネリネを筆頭としたセラフィスは、Dr.クラストの栄誉を汚すだけの存在となっていた。

「この裏切り者が!!」

 過激派の中年の男性がナイフを取り出し、侮蔑の言葉を放った初老の男性を切り付けようと、腕を振り上げる。しかしその瞬間、警備兵の麻酔弾が男に命中し、中年の男性は振り上げた腕からナイフを落として地面に倒れ込んだ。

 それを見ていた他の過激派が、麻酔銃を撃った警備兵に襲いかかろうとしたが、別の警備兵によって即座に拘束された。警備兵は、次々と過激派の者たちを麻酔銃で眠らせ、拘束バンドで締め上げる。

 あくまでも血を流さない統括軍の姿勢に、穏健派の者たちはL /s機関への信頼を募らせていく。Dr.クラストの意志を継いで太陽系を守っているのは、L /s機関であると言い出す者も出始めていた。そもそも、L /s機関が統治するこの太陽系での生活に、何の不満もなかったのだ。


 太陽系全土で起こっているクラスト派の抗争は、統括軍の素早い対応により、多数の負傷者は出たものの大惨事にならずに済んでいる。だが、これは民間人同士の小さい争いに過ぎないと、誰もが知っていた。火星軍港の惨劇で火種は切られたのだ。戦争の足跡が、もうそこまで近づいて来ている──。


         ◇


 顔を見せな若い男は、エウロパの地下施設の一室で座り心地のいい椅子を揺らし、プラチナブロンドの髪をいじりながら、空間モニターで火星軍港の様子を一部始終見ていた。部屋はモニターの明かりのみで薄暗いが、大きなモニターが映し出す映像でそれなりに周囲は明るい。現在、モニターには出航しなかった各艦艇から、粉塵と炎に押し出されるように脱出して来た少数の人影が映し出されている。中の様子までは見られなかったが、何が起こったのかは容易に想像出来た。


「あーあ。まさか、こんな最悪な手を使うとはね」

 民衆の小競り合いなど正直どうでもよかったが、ニグラインが宇宙艦艇による地上での反乱を抑え込んだ良策に対し、味方をも巻き込む自爆を選ばせたセラフィスの愚策に、呆れる他ないと嘲笑した。

「ねぇ? そう思うよね」

 若い男は椅子を回し、後ろから覗き込んで来た4・5歳に見える幼子に同意を求めて言う。

「うん。バカだよね」

 幼子は、若い男と同じようにプラチナブロンドのやわらかい髪をいじりながら若い男の膝に座る。若い男は再び椅子を回してモニターに向き直ると、火星軍港で扉から砂塵や炎を吹き出している艦艇を見て、幼子と二人で楽しげに笑った。

「まぁいいんじゃない? 僕らの目的はETSだ。民衆の支持じゃない」

「そうだね」

 幼子が見た目にそぐわない言葉を述べると、若い男も賛同する。

「それに、こっちは二人(・・・・・・)だ。ひとりで作戦を考えないといけない彼より、有利だよ」

「違いない」

 若い男と幼子は、同情するようにニグラインの孤軍奮闘を笑う。ニグラインは(・・・・・・)所詮ニグライン(・・・・・・・)としか分かり合えない(・・・・・・・・・・)のだ。いくら有能な部下たちに囲まれていても、孤独なのは変わらない──と。

「さて。明日で9日目だし、僕たちもそろそろ動かないとね」

 幼子は膝から飛び降りると、映像に飽きたとばかり伸びをした。

「長い時間をかけたんだ。セラフィスが思ったより使えないけど、楽しもうか」

 若い男もそう言って立ち上がると、幼子と同じように伸びをして、火星軍港を映し出していた空間モニターの電源を落とす。そして、幼子と一緒に暗くなった部屋を後にした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とうとう出てきたニグライン…!しかも二人。彼らか意図した訳ではないが、これは敵方の好機になりそう。無血を願うニグラインにはキツい…。 [気になる点] ランディー! すっとぼけてた返答からの…
[良い点] 戦斧を揮っての白兵戦。MCFを用いての制圧作戦をも物ともしないツカイの凶行にはマシンと化した人間その物の狂気を垣間見るようで怖ろしいですね。 そして人間らしさを取り戻しつつある二グラインの…
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