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碧藍のプロミネンス  作者: 切由 まう
21/45

【統括軍・火星会議】

<登場人物等>


〇ニグライン・レイテッド……太陽系近衛艦隊および太陽系近郊宙域統括軍総司令官

〇ファル・ラリマール・(オオトリ)……太陽系近衛艦隊総隊長


[近衛艦隊8大将官]

〇ユーレック・カルセドニー中将……特殊能力部隊隊長

〇クルス・ベリル中将……諜報治安部隊隊長

〇デン・ドリテック少将……陸上戦闘部隊隊長

〇リーシア・テラローザ少将……後方支援部隊隊長

〇ラン・マーシュローズ准将……第一宙空艇部隊『バリュウス』隊長

〇アウィン・バーント准将……第二宙空艇部隊『クサントゥス』隊長

(ホタル)・クラーレット准将……IT支援部隊隊長

〇オーランド・スマルト准将……メカニカル・サポート部隊隊長


〇クラック(オウムフィッシュ)……近衛艦隊司令官室長(チーフ・オフィサー)

〇ジュレイス・リトゥプス……太陽系近郊宙域統括軍長官

〇ランディ・リューデス少佐……陸上戦闘部隊・第一中隊隊長

〇ロカ・リトゥプス中尉……凰の新しい副官。ジュレイス・リトゥプスの孫

〇セネシオ大将……太陽系近郊宙域統括軍副長官


(コウ)・グリーゼ……凰の元副官

〇アサギ……元第一宙空艇部隊のパイロット


〇ネリネ・エルーシャ・クラスト……元カフェ・セラフィーナのウェイトレス。Dr.クラストの末裔


〇ツカイ……薬や洗脳によって思考を支配された者

〇モグリ……本人が知らぬ内にツカイにされた者

〇オーナー……ツカイを使役する者


〇アキレウス……宙空艇部隊の戦闘艇

〇キーロン……陸上戦闘部隊の重装甲機

〇ファルコンズ・アイ……凰専用の戦闘艇


※DL:ディビジョン・リーダー

         ◇


 太陽系に『近衛艦隊』が誕生したのは、僅か4年数ヶ月前の事。

 それまでは、太陽系近郊宙域統括軍が太陽系で起こる全ての争いの鎮火に努めていた。だが、晶暦1124年の大規模な内乱を機に、太陽系を統べる政府的組織であるL /s機関の命により、象徴君主であるETSを狙って侵略をして来るものを排除する事に特化した『太陽系近衛艦隊』が設立された。近衛艦隊の本部は地球にあり、その他の系内惑星に駐屯地などはない。他の惑星や衛星の治安は統括軍が守っている。

 それ故、エウロパの不穏な噂に対しても鎮圧するべきは統括軍なのだが、統括軍内部に反旗を翻す勢力がある可能性が無視出来ないため、統括軍長官であるジュレイス・リトゥプスにも告げずに、近衛艦隊が隠密行動を取っている次第だ。統括軍側が知ったならば不快感極まりないだろう。しかし、知ったところで、双方の司令官であるニグライン・レイテッドの指示に異を唱えられるはずもない。

 その緊迫した情勢の中、ニグラインは焦る事もなく、来たるべき戦争に向けて準備を進めていた。


「今日、ユーレックくんと一緒にうちに来ない?」

 ニグラインは、退勤間際の凰を司令官室兼マイスター・コンピュータ・ルームに呼び出し、凰が入室して早々、軽やかに白金(プラチナ)の髪を揺らしながら歩み寄って誘いをかける。

「コナい・ぃ? コナい・ぃ?」

 司令官室長(チーフ・オフィサー)であるオウムフィッシュのクラックが、ニグラインの言葉を繰り返しながら緋色の翼を広げてピチピチと飛び、凰の肩に停まった。もはや、自然の流れのようにクラックの金色の冠羽根を撫でる凰を、ニグラインはにこやかに眺める。凰の後ろでは、座って貰う機会を奪われた改良型マイフィットチェアが、悲しげに佇んでいた。

「私は特に予定はないので大丈夫ですが、カルセドニー中将は聞いてみないと──」

 以前ならともかく、現在のユーレックはプライベート中は螢と共にいる事が多い。勤務時間外で恋人たちの時間を奪うのは、あまりいいとは言えない。

「それなら大丈夫! 螢ちゃんに、女性限定のスイーツビュッフェ付きディナー券を3枚プレゼントしたから」

 なるほど、それなら今夜は螢・ラン・リーシアの三人は、女性だけで楽しい夜を過ごすだろう。それを告げられたユーレックが、今頃ひとり肩を落としているのが容易に想像出来、面白い。と、凰は微かに口角を上げた。

「先にカルセドニー中将を誘わない辺り、少々意地がお悪いかと思いますが」

 ひとりの時間が出来たからと言って、今のユーレックは歓楽街に遊びに行く事もない。ただただ愛しい螢の帰りを待つに違いなかった。

「凰くんだって、ちょっと笑ったじゃない」

「ワラッタジャナい・ぃ? ワラッタジャナい・ぃ?」

 凰の口元を見逃さなかったニグラインが愉快そうに笑い、クラックがそれに続く。

 実際は意地悪をしたわけではないのは、凰にはわかっている。こうして遠回しに、三人で集まる口実を作る理由など、ひとつなのだ。

「では、時間外手当として司令の手料理をご馳走になれると、カルセドニー中将を呼ぶことに致しましょう」

「そうして!」

「ソウシて・ぇ? ソウシて・ぇ!」

 凰が自宅へ来訪するのが嬉しいのか、クラックが凰の肩から飛び立って室内をピチピチと旋回する。

 この三人で集まる理由。それは、おそらく太陽系の存亡に関わる重大事項。近衛艦隊の中でも、ニグライン・レイテッドの守護こそがETSを──太陽系そのものを守る事だと知る者は、凰とユーレックだけなのだ。それを抜きにして話すのであれば、勤務時間中に8大将官も交えて会議するだろう。勤務中では凰だけが呼ばれるならともかく、護衛の必要もないのにユーレックまで呼ばれる事はない。秘密を秘密にしておくためには、こういう方法を取らねばならないのである。

 しかしながら、凰とユーレックだけが何度もニグライン宅への招待された事が他の将官に知られるのも問題だ。近い内に数名ずつ招こうと、ニグラインは考えていた。


 凰から連絡を受けたユーレックは、螢に置いて行かれて沈み込んでいたとは思えぬほど、ニグラインの誘いを喜んだ。

「久しぶりだな~、司令の家でご馳走になるの!」

 スキップでもしそうな足取りのユーレックに並び、凰はマイスター・コンピュータ・ルームへと向かう。だが、凰の足は重かった。こうして呼ばれたからには、また近々大きな戦争が起こるのだろう。先日の話ではクラスト派を率いたセラフィスが内乱を起こす可能性があるとの事だった。それも、統括軍内部のクラスト信仰者を利用して。どれだけの人間がセラフィスに寝返るのか……クラスト派でなくとも、モグリにされた者が多ければ、統括軍との戦闘もあり得る。諜報部隊がどれだけ情報を集められるか──それだけが戦争の規模を縮小できる唯一の手段であった。

「今、考えても仕方ないって。どうせ悩むなら、ご馳走を堪能してからにしようぜ」

 ユーレックは凰の様子に気付くと、肩を叩いて良策を提案する。まさしく、ユーレックの言う通りであった。ニグライン抜きで考えていても意味はない。

「そうだな」

 ユーレックの提案に賛同しながら、凰はマイスター・コンピュータ・ルームのセキュリティ認証を受ける。続いてユーレックも認証されると、重厚なドアが静かに開く。

「ファル・ラリマール・凰、ユーレック・カルセドニー、入室します」

「いらっしゃい! 勤務外なんだから、敬礼しなくていいよ~」

 ドアの前で待っていたニグラインが、凰が敬礼をするよりも先にそれを制する。凰の上げかけた腕は行き場を失い、うな垂れるように下げられた。

「今日はもうほとんど準備してあるから、すぐに食べられるよ」

 そう言いながら、ニグラインは白銀に輝くマイスターコンピュータの、自宅へと繋がるドアを開ける。全員が中に入ると、ユーレックの苦手な除菌(・・)が始まり、ユーレックは全身に走る不快感で顔を歪めた。

「うう……」

「性病を持ってなくても辛いのか?」

 凰が呻くユーレックをからかうように問う。

「かかったことねぇよ!」

 雑菌は除去され、疲れも取れる装置だが、身体中を解析されるような感覚は慣れるものではないらしく、ユーレックは気持ち悪そうに壁に手をつく。万全の体調でニグラインの手料理を食べるためと、ユーレックは暫しの不快を我慢するのだった。


「ニグ・ぅ! オカエり・ぃ!」

「ただいま、クラック」

 到着すると、クラックがピチピチと羽ばたいてニグラインを出迎え、次いで凰の腕に停まる。先ほど行き場を失っていた腕は、クラックの足場となった。クラックは赤虎目石のような瞳で凰の青虎目石さながらの瞳を見つめると、冠羽根を撫でてくれとばかりに擦り寄る。凰とユーレックは、最初にニグラインの家に来たときは『司令官の自宅』という緊張があったが、今回はもうその緊張は解けていた。ゴロゴロとノドを鳴らすクラックにも驚かない。窓から見える細い三日月と煌めく星々が、客人を歓迎しているようであった。

 キッチンからテーブルに転送されて来たオードブルは、相も変わらず美しく盛られている。マイフィットチェアは食事しやすい様に変形し、二人を受け入れた。

「二人とも、ワインでいい?」

 凰とユーレックが腰掛けたのを確認したニグラインが、声をかける。

「勿論です!」

 ユーレックは嬉しそうに手を挙げて答えた。

「はい。お任せします」

 凰はユーレックのように全身で喜びを表す事は出来ないが、おそらくニグラインは料理に合わせた極上のワインを運んで来るのだろうと思うと、楽しみで頬が緩む。自然体のユーレックを、こういうときばかりは羨ましく思いもする。

「いいワインがあるんだよ。持って来るね」

 ニグラインがそう言うと、部屋の奥に老舗のオーセンティックバーを意識したバーカウンターが現れた。3席しかないバーカウンターだが、後ろの棚に並ぶリキュールやウイスキーなどは豊富で、ワインセラーも立派だ。

「あれ? バーカウンターなんて作ったんですか?」

 ユーレックが以前はなかったバーカウンターを興味津々で眺める。

「キミたちのために用意したんだ。食事が終わったら、ここで飲むのもいいでしょう?」

 気前のいいニグラインの配慮に、流石の凰も心が浮く。酒を楽しむだけの場ではないとわかっているが、ゆったりと酒を嗜むだけならどれだけいいか──と思わざるを得ない。

「さぁ、どんどん食べて! メイン料理も頑張ったから」

 ワインを二人のグラスに注ぎ、ニグラインも腰掛ける。真っ先にオードブルに手を伸ばしたユーレックとは違い、凰はニグラインが食べ始めるのを待ってから、料理に手を付けた。凰の崩さない真面目さにニグラインは少しばかり寂しさを感じる。

「とても、美味しいです」

 それでも、凰が笑みを浮かべながらニグラインの料理を褒め称えたのは、多少は打ち解けて来ている証拠なのだろう。それに気付いたニグラインは喜びを隠さず、最上級の微笑みで返した。


「ご馳走様でした」

「ごちそーさまでした!」

 料理を残さず食べきった凰とユーレックは、ニグラインと食材に感謝の言葉を唱える。

「はい。お粗末様でした」

 二人の満足げな様子に、腕を振るった甲斐があったと、ニグラインは嬉しそうに応えた。

「じゃあ、本題に入るから、バーカウンターに行こうか」

 ニグラインはテーブルの上の皿を食洗機へと転送させると、バーカウンターへと向かう。凰は顔を引き締め、ニグラインに続いて立ち上がった。ユーレックは食後のまどろみを惜しみながら、仕方なさそうに付いて行く。そして、カウンターの席に座った二人は、ニグラインの言葉を待った。

「そう固くならないで、飲みながら話そう。何飲む?」

 カウンターの内側に入ったニグラインは、重要な話をするからこそリラックスしようと柔らかく笑む。よく見ると、ニグラインは背丈に合わせた踏み台に乗っており、まるで子どもがお手伝いでもするような風体であった。それを見た凰とユーレックの張った気持ちは、緩やかにほぐれる。

「私は、前にいただいたカクテルをお願い出来ますでしょうか?」

 凰が、珍しく自分から希望を告げた。ニグラインのオリジナルだというあのカクテルは、凰の舌と心を掴んで離さずにいたようだ。

「あ! オレも、何かカクテル作って欲しいっス」

 ユーレックは、凰がオリジナルカクテルを作って貰ったのを羨ましく思っていたのか、自分用のオリジナルカクテルをせがむようにお願いする。

「わかった。ちょっと待っててね」

 少年の身体を持つニグラインの、熟練のバーテンダーのように手慣れた動作には違和感しかない。凰はニグラインの手元を見つめながら、見た目とのギャップは今に始まった事ではなかったな……と、幾度目となく思う。

「ぼくも、大人まで生きたことあるから」

 凰の心を読んだのか、ニグラインは手に合わせた小さめのシェイカーを軽快に振りながら言った。今の見た目は少年であっても、実際は千年以上も生きているのだ。そういう時代があっても何もおかしくない。若干気まずさを覚えたが、凰は少しでもニグラインの人生を受け入れられるようにと、胸の内にしまい込んだ。

「どうぞ」

 程なくして、ニグラインが二人の前にカクテルと使用したリキュールを置く。

「おー! キレイですね」

 カクテルグラスに注がれたユーレックのカクテルは明るい青色をしており、きめの細かい真っ白な泡が浮いている。それは、まるで空をイメージさせる彼の瞳の色を映しているかのようだった。爽やかな香りが、ユーレックの人柄を表している。ピックに刺された透明感のあるミントチェリーは、フローライト(蛍石)を連想させた。凰の血液と月を表現したカクテルとは、正反対に見える。

「ありがとうございます」

 凰はカクテルを手に取り、ニグラインに礼を述べると、一口含んでゆっくりと味わった。身体に染み渡るような濃厚な風味が広がり、心を落ち着かせる。

「最高だな! 凰」

 ユーレックは極上な笑みでカクテルを飲みながらそう言うと、乾杯するかのようにグラスを掲げた。


挿絵(By みてみん)

画像:ユーレックのカクテル


「さて、今日の議題なんだけど」


 二人がひと息吐いてから、ニグラインは神妙な面持ちで話し始めた。凰のカクテルの氷がグラスに当たる音が、静寂を呼んだ。

「リーシアちゃんにも、ぼくのことを話そうと思う。どうかな?」

 起こりうるであろう戦争の話だと思っていた凰とユーレックは、グラスから口を離して驚きを表す。ニグラインの出生、ETSとの関係……その全てが常人には理解しがたいものであるのだ。そして、それを知ったとき、太陽系の運命が自身の背中に大きくのし掛かって来る。

「──それは、今後の作戦のためですか?」

「うん。それもある」

 凰の問いに、ニグラインは半分正解だと答える。男女の差別をするつもりはないが、リーシアは8大将官の中で一番若い。今でさえ、艦隊本部のマスターキーを所持するなど、重要な役割を持っている。隠密行動のために自隊の隊員さえ信用する事は出来ず、螢やランという僚友がいたとて、任務に関してはひと言も漏らさない。これ以上の重責を与えるのは酷ではないかと、凰は思う。

「いいんじゃないですか? 彼女、最初から司令のこと疑ってましたし」

 ユーレックは、ニグラインが着任したばかりのときを思い出す。ニグラインは普通の人間ではないと、リーシアと自分の勘がそう告げていたのだ。

「それなら、私も異論はありません」

 凰はユーレックの言葉を聞いて、賛成する。リーシアがニグラインの正体に疑念を抱いている──。それが、ニグラインがリーシアに正体を明かそうと決めた最大の要因であった。疑念を抱いたままの相手に尽くすのは難しい。ならばいっそ真実を知らせた方が、リーシアのためになるのではないかと。他の将官たちも少なからずニグラインの秘められた情報を気にしてはいるが、リーシアほど深くは考えていない。L /s機関とは、そういうものだと受容しているからだ。L /s機関の全てが機密により公にされていないのは、系民の誰もが知っている。そして、それに疑問を感じる者がいたとしても、富と自由が保たれているのはL /s機関のおかげだと、政策を受け入れさせていた。

 だが、リーシアの場合は、誰に対してでも〝信頼〟はしても〝信用〟をしてはならない──という、孤独を伴う重い責務があるのだ。部下に本当の作戦の意図を伝えられず、嘘の作戦により殉職させるのは何より辛い。しかし、それが太陽系の存続に直結しているのであれば、迷う事なく部隊を動かせるだろう。決して、命の無駄遣いにはならないと。

「じゃあ、決まり! 明日伝えるから、凰くん同席してね」

「了解しました。朝一番でよろしいでしょうか?」

「うん。よろしく」

 凰とニグラインのやり取りをユーレックは混ざりたそうに見ていた。自分がその場に呼ばれない事は承知している。立場はわきまえているが、()、会話に参加出来ないのが寂しいのだ。普段はいたずらな猫のような瞳が、悲しそうな色を浮かべている。

「ごめんね、ユーレックくん。これからは、時々このバーカウンターに三人を招待するから」

 この3席目はニグラインのものではなく、リーシアの席だったのかと、凰とユーレックは納得した。

「わかってます。そのときは、またこのカクテル作ってください」

「もちろん!」

 カクテルの泡まで飲み干したユーレックが、残ったミントチェリーを口に入れて言うと、ニグラインは敬礼するかのように胸を叩いて応える。ただ、そのために吐く「凰と飲みに行く」と言う嘘に対して、「いってらっしゃい」と送り出してくれるだろう螢の笑顔が、小さくユーレックの胸に刺さった。


         ◇


 太陽系近郊宙域統括軍・火星本部では、エウロパの噂について会議が開かれていた。火星も太古の昔は赤い惑星と呼ばれており、人類が生存するには厳しい環境であったが、大気ドーム完成後、海を作り大地は豊かに開拓され、植物も育つようになった。年月はかかったが、地球と同じように食物連鎖が出来るようになり、人類は快適に暮らしている。その暮らしを脅かす今回のエウロパの問題は、火星を守る統括軍が解決するべきものであった。だが、セラフィスが関与している可能性があるとニグラインに伝えられたため、問題が大き過ぎて火星だけでは解決できず、地球と共同で解決策を練る事になったのだ。

 そしてその場には、地球から足を運んで来たリトゥプスを二個分隊が護衛している。本来であれば護衛など二人もいればいいのだが、状況によっては敵の本拠地に踏み込むようなものであり、火星本部も承認した。

「セネシオよ。レイテッド司令からの贈り物だ」

 リトゥプスはそう言うと、部下が大きなトランクケースをテーブルに乗せた。中には例のバングルが詰まっている。機密機器のため、転送はせずに直接地球から持って来たのであった。

「おお。わざわざありがとうございます」

 セネシオは自分の近辺の部下たちにも付けさせたいと願い、ニグラインはそれを了承した。隊長が先陣を切る近衛艦隊とは違い、統括軍ではトップにいる者の身の安全は、指揮系統を一貫して作戦を遂行するために、最優先すべき事柄である。

「今から、貴官らにもこのバングルを着けてもらう」

 セネシオの言葉に、隊員たちはどよめく。セネシオの部下たちもバングルがどういう物かは聞いていたが、自分たちまで着けるとは聞いていなかった。

「なに、今回の騒動が収まるまでだ。むしろ、モグリであっても安心だぞ?」

 一生着け続けるわけではなく、今回の騒動が終結するまでとはいえ、自由を奪われるような感情がわかないわけではない。それでも、状況的に着けた方がいいと、殆どの者が自ら装着する。誰も、モグリにされていない確証などないのだから。だが。

「俺は着けないぞ! クラスト様に背信するくらいなら、今、この場で──」

 ただ一名、拒否した者がいた。彼は叫ぶように言うと、ブラスターを取り出し、リトゥプスに照準を定める。しかし、引き金を引く前に、リトゥプスの部下たちの手によって射殺された。床に倒れ、息絶える直前まで「クラスト万歳」と呟きながら。

「……いや、申し訳ない。ここにいる者たちは厳選したはずだったのだが、クラスト信仰者が潜んでいたとは」

 この戦いの最初の犠牲者となった元部下の狂乱に、セネシオはリトゥプスに謝罪する。『人道的な面から、全員に強制でバングルは着けさせられないと、レイテッド司令はおっしゃっていた』というセネシオの言葉を都合よく受け止めていたのだろう。有事の際でも、着けたくない者は着けなくても構わないのは事実だ。ただし、戦闘には参加させる事は出来ず、危険人物として扱われるのは火を見るよりも明らかではないか。

「この分では、今ここにいる者たち以外、信用出来んな……どうしたものか」

 セネシオは逞しい腕を組んで頭を悩ませた。例え全隊員分用意をしても「着けたくないので、除隊します」と言われれば、そうするしかない。今のような行動を起こされても問題だ。しかしこれによって、エウロパの噂がセラフィスの陰謀によるものだと確定出来たのは都合がよかった。そして、この火星にもクラスト派が多く存在しているのも、また事実であるのだ。当然、リトゥプスも地球の心配をする。バングルを着けて出陣してくる近衛艦隊は信用出来るとしても、火星・地球双方の裏切り者が艦隊を率いて出撃した場合、挟み撃ちになるのではないか──と。

「レイテッド司令がこれを予想していないとは思えないが、厄介な戦いになりそうだな」

 リトゥプスはエウロパがセラフィスの本拠地であったとしても、むしろ火星・地球に蠢くクラスト派の方が危険だと察する。クラスト信仰者は、何も軍人だけではないのだ。鉄パイプを振りかざしてくる民間人にも銃を向けねばならない。諜報部隊にクラスト信仰者を割り出すように指示を出してはあるが、諜報部の中にクラスト派がいては元も子もないのだ。

「セラフィスには、平和を維持したい気持ちはないのでしょうか?」

 リトゥプスの副官が、唇を噛みしめて言った。話し合いで、双方が納得出来る道はないのかと。

「あちらにその気があれば、過去の内乱は起こっておらんよ」

 勿論、クラスト信仰者が皆過激なわけではない。L /s機関に対して「ETSを返してくれればいいのに」と、ぼやく程度の者が大半を占める。その者たちまで拘束するわけにはいかない。自由を重んじるというのは、時には戦争の火種を見過ごす事になるな……と、リトゥプスは深く溜め息を吐いた。


         ◇


 近衛艦隊・地球本部内にある諜報室では、リーシアとベリルが火星に送り込んだ諜報部隊からの連絡を受けている。統括軍・火星本部だけですでに数十名のクラスト派であろう人物が洗い出されていた。中でも過激派と思われる人物には、それぞれ隊員が張り付いている。その中、火星本部で起きた事件が、バングルを入れておいたケースに仕込まれていた盗聴器で傍受され、リーシアに伝わった。


「どうやら、火星本部でクラスト派が一人射殺されたようですね」

 バングル本体に盗聴器を仕掛けられれば、もっと情報は得られるのだが、ニグラインはプライバシーの侵害になると言ってしなかった。端から見れば甘い考えに聞こえるが、管理しなければ生き延びられないような種族に存在する価値はないとリトゥプスに言ったように、ニグラインは甘くはない。

「どうする? こっちはバングルなしだ」

 隣で聞いていたベリルが、眉間のしわを更に深く刻んで言う。

「攻撃して来たら撃つ──それしかないと思います」

 味方だった者が、前の戦争で数多く裏切った。モグリまで仕込まれて、同胞が虐殺された。それを繰り返さないために、予めあやしい者を特定しておくしか、今出来る事はない。幸い、近衛艦隊にあるマイスター・コンピュータは、戦艦白号と共に出撃するため、前回の様に近衛艦隊本部が襲われる事はないだろう。その代わり、艦隊戦になったときは真っ先に狙われるに違いなかった。捕縛するのが難しい以上、マイスター・コンピュータは脅威でしかない。手に入れるのはマイスターでなく、月のグランディスや統括軍のメイン・コンピュータでもいいのだ。

「それに、そちらの諜報隊員も、うちの隠密部隊も、お互いを監視し合うくらいわけないでしょう?」

「まあ、それはそうだが……」

 こういうとき、ベリルはリーシアが何故ニグラインからマスターキーを託されているのか、再認識する。誰よりも部下を信頼し、誰よりも疑り深い。そして、意志も固かった。

「後は──……」

 敵が、本当にセラフィスに加担するクラスト派だけなのか。リーシアは他にも何かあるのではないかと、常に疑問を感じている。ニグラインの、あの微笑みの裏に隠された真実があると、確信に近い勘が働いて拭う事が出来ない。

「どうした?」

「いえ、何でもありません。統括軍の地球在留艦隊を重点的に洗いましょう。場合によっては、艦隊が出撃出来ないように、エネルギー電導の凍結を」

 今は出撃する近衛艦隊が無事に任務を遂行できるように、後方の前線である後方支援部隊として仕事をしなければ──。リーシアは先ず目先の敵との戦いに集中しようと、気持ちを改めた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ビュッフェにバーカウンターまで…!なんて良いところなんだ。 [一言] 内乱ごたごた、話し合い不可は世の常ですねぇ…。
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