【エウロパ】
<登場人物等>
〇ニグライン・レイテッド……太陽系近衛艦隊および太陽系近郊宙域統括軍総司令官
〇ファル・ラリマール・凰……太陽系近衛艦隊総隊長
[近衛艦隊8大将官]
〇ユーレック・カルセドニー中将……特殊能力部隊隊長
〇クルス・ベリル中将……諜報治安部隊隊長
〇デン・ドリテック少将……陸上戦闘部隊隊長
〇リーシア・テラローザ少将……後方支援部隊隊長
〇ラン・マーシュローズ准将……第一宙空艇部隊『バリュウス』隊長
〇アウィン・バーント准将……第二宙空艇部隊『クサントゥス』隊長
〇螢・クラーレット准将……IT支援部隊隊長
〇オーランド・スマルト准将……メカニカル・サポート部隊隊長
〇クラック(オウムフィッシュ)……近衛艦隊司令官室長
〇ジュレイス・リトゥプス……太陽系近郊宙域統括軍長官
〇ランディ・リューデス少佐……陸上戦闘部隊・第一中隊隊長
〇ロカ・リトゥプス中尉……凰の新しい副官。ジュレイス・リトゥプスの孫
〇セネシオ大将……太陽系近郊宙域統括軍副長官
〇虹・グリーゼ……凰の元副官
〇アサギ……元第一宙空艇部隊のパイロット
〇ネリネ・エルーシャ・クラスト……元カフェ・セラフィーナのウェイトレス。Dr.クラストの末裔
〇ツカイ……薬や洗脳によって思考を支配された者
〇モグリ……本人が知らぬ内にツカイにされた者
〇オーナー……ツカイを使役する者
〇アキレウス……宙空艇部隊の戦闘艇
〇キーロン……陸上戦闘部隊の重装甲機
〇ファルコンズ・アイ……凰専用の戦闘艇
※DL:ディビジョン・リーダー
◇
太陽系第5惑星木星の第2衛星・エウロパ。月より僅かに小さいその衛星は、もともと生物が生存できる環境を備えていたため、大気ドームは当然必要であったが、開拓にさほど困難はなかった。そのため、人類が増えすぎて地球を圧迫し、近場の月、火星へと移住を始めたのと同時期に、移住先の衛星に選ばれたのだ。かつては政令指定衛星として暮らしやすかったエウロパも、度重なる戦争により人口が激減した事により、裏側がどうなっているのかもわからないような辺境の衛星となってしまっていた。だが、そこに目を付けた者たちがいる。
エウロパの居住区から遠く離れた地下施設に、彼らはいた。エウロパの3分の1を占めるほどの巨大な施設の大部分を自家発電のために使い、ETSのエネルギーを必要としない環境を整えている。外に気付かれないようにエネルギーは衛星内部に蓄積され、外部への放出はしていない。更に驚くべきは、宇宙空間の粒子から物質を得る技術も持ち合わせているのである。
ETSの恩恵を受けない──つまり、L /s機関の干渉を受けないで生活をする彼らが、ただ自由を求めているだけのはずがない。L /s機関は、犯罪者でなければ人々の自由を奪うような事はしないのだ。むしろ、ETSの恩恵を受けている方が自由で豊かに暮らせる。それを望まない理由があるとすれば、L /s機関を良く思っていない、或いは敵対の意がある他ないであろう。
「もう始めるの?」
その地下施設の一角で、顔を見せない若い男が、ゆるくウェーブのかかったプラチナブロンドの髪をいじりながら、つまらなそうに言った。男のいる薄暗い室内の空間モニターには、ネリネ・エルーシャ・クラストの姿が映し出されている。彼女は身分を隠して太陽系近衛艦隊に接触していたときと違わず、見た目はおっとりとしたかわいらしい女性のままであった。違うのは、カフェのユニフォームに身を包んでいたときには潜めていた、瞳の奥に宿る燃え上がる炎。
ネリネたちセラフィスは、地球の拠点であったカフェ・セラフィーナから時空間トンネルを抜け、顔を見せない男のいる組織の手助けにより、エウロパに逃れて来たのだ。この組織は長年クラスト派に協力をしているのであるが、L /s機関からETSを奪取するという目的の一致でしか繋がっておらず、ETSを手に入れた後は敵になるのではないかという疑心から、実のところ、あまり友好的とは言いがたい関係であった。何しろ、同じ星にいながら一度も直接会った事がない──否、組織の方に会う気がない、と言った方が正しいだろう。
「反対するつもり?」
ネリネは一時的であれ協力者であるはずの男の発言に不満を抱く。この男はいつもこの調子だ。協力は惜しまないと言いながら、ネリネをETSの正当な所有者として崇める事をしない。
「いや? こっちの準備は出来てるけどね。モグリやツカイがいくらいたところで、統率力で太陽系近衛艦隊に負けそうだからさ」
「我がクラスト派に統率力がないって言うのかしら?」
ネリネは苛立ちを抑えつつ、男の言葉に反論する。
「だって、クラストへの信仰心は強いと思うけど、それってDr.クラストにでしょ? キミにじゃない」
「そんなことはないわ! 皆、私が太陽系を統べることを望んでいる。あなたたちだって、私が王の座に就けば有益でしょ」
男の笑いを含んだ言葉に、ネリネは流石に声を荒げた。我が物顔で太陽系を牛耳っているL /s機関からETSを奪還する事は、クラスト信仰を持つ者の悲願だ。信仰の対象がDr.クラストである事に間違いはないが、その末裔であるネリネを太陽系の玉座に座らせるのも、また然りである。
「そもそも、L /s機関が何百年も前に根絶した王政を復活させても、民衆は付いて来ないんじゃないかなぁ?」
「堕落した平民は平民のままでいればいいわ。マンデルリから付いて来た者たちと、太陽系で私に忠誠を誓った者たちにだけ地位を与えればいいのよ」
ネリネの生まれたマンデルリ星は昔ながらの王政を執っている。威厳のある王は民に崇められ、マンデルリ星をその手で統治していた。貴族たちは王に忠誠を誓い、守る事によって地位と名誉を与えられ、優雅に暮らしている。そのマンデルリにおいて、クラスト家はただの貧乏な平民でしかなかった。だが、ネリネは幼い頃から祖先であるDr.クラストの偉業を聞かせれて育ったのだ。父はクラストの妻が子どもと共にマンデルリに帰って来たりしなければ、今頃太陽系を統べる身であったと常々言っていた。
そんな父に声をかけたのが、顔を見せない男のいる組織だ。彼らはL /s機関に匹敵するのではないかと思うほどの科学力を持ち、辺境とは言え、太陽系の衛星であるエウロパにも拠点を持っていると言って、クラスト一家を太陽系に住まわせた。太陽系に少なからず存在していたクラスト信仰者たちが、クラスト一家の帰郷を知り、おおいに湧き上がったのは言うまでもないだろう。
晶暦1124年──5年前にネリネの父を総統として地球で大規模な内乱を起こしたクラスト派は、地球在駐の太陽系近郊宙域統括軍を窮地に追い詰めた。だが、それをファル・ラリマール・凰を筆頭とした現・太陽系近衛艦隊の将官たちが阻止したのである。その時にネリネの父は命を落とし、僅か13歳であったネリネがクラスト派の総統となった。太陽系の、王となるために。
「では、未来の女王様。僕が用意した全艦艇と戦闘艇は自由に使っていいよ。足りない分と兵士は、ちゃんと調達出来てるんでしょ?」
「当然よ」
だからこそ奪還計画を開始するのだとわかっているだろうに……! ネリネの胸は怒りでざわついたが、この男の協力がなくては為し得ないため、表には出さなかった。何より、ETSさえ手中に収めれば、全てが自分の思い通りになる──そう、確信しているのだから。
◇
「あれ? なんだ今日は二人だけなのか」
高官専用レストランでランチを取っていた螢とリーシアに、ユーレックが珍しいと言いながら当たり前のように螢の隣に腰掛けた。
「ランちゃんは公休よ。多分ルミナスワールドに行ってると思う」
以前ならユーレックに皮肉のひとつは言っていた螢だが、今では嬉しそうに笑みを浮かべる。その笑顔に普段から緩みがちのユーレックの表情が更に緩む。
「あー、そうか。ランも休みだったな」
8大将官の休みは全隊員に伝達されているため、ユーレックは思い出したと手を打った。
「螢のことしか考えてないから、忘れるんじゃないかしら」
締まりのないユーレックの顔を見て、リーシアが呆れたように言う。
「まぁな!」
リーシアの嫌味に動ぜず、ユーレックは素直に認めた。実際、彼にとっては螢と休みが重なる日だけを待ちわびており、それ以外の将官がいつ休みであっても関係ないのだ。
「何言ってるのよ! 二人とも!!」
リーシアの冷やかしにもユーレックの惚気にも、なかなか慣れない螢はいつも抗議するのだが、全く聞いて貰えず顔を赤らめるしかなかった。
「しかしルミナスワールドか。だったら、凰と会うかもな」
今日は総隊長である凰も公休であった。8大将官同士の休みが重なる事は普通にあるが、総隊長代理を務める事もあるランと凰の休みが重なる事など滅多にない。それ故、今日は一日ニグラインが司令官室ではなく、艦橋で職務に就いている。凰とランがいないため、艦橋にいるニグラインの護衛でランチの時間を他の将官とは被らないようにしようとしていたユーレックであったが、ニグラインに「キーロンJr.に乗って待ってるから、行っておいで」と螢とのランチタイムを提供されて来たのだ。以前であれば艦橋に席を置いていない陸戦部から誰か連れて来て護衛を申し付けるところだが、キーロンJr.に乗ってさえいればニグラインの安全は保障される。凰が公休のときは副官のロカも休みであるため、ロカは艦橋を守る身としてニグラインの心配をしていたが、ニグラインのキーロンJr.にはマイスター・コンピュータ・ルームへの転送装置が付いている。つまり、誰であってもニグラインに手を出せないのだ。
「総隊長も行ってるの?」
本日3個目の食後のスイーツを頬張りながら、螢が言う。ニグラインがカロリー控えめのスイーツを多くメニューに取り入れてくれたため、螢のスイーツ消費量は格段に上がっている。それに比例して彼女の幸せは右肩上がりだ。その螢を見てユーレックも幸せになるのだから、ニグラインも喜んでいる事であろう。
「月に一度は行ってるみたいだぜ」
ルミナスワールドとは、ニグラインが、モグリやツカイのための人工流刑星に作った遊園地である。自らの意思とは関係なく大罪を犯した者の収容所。罪だけを問うならば、即刻死罪になってもおかしくないとはいえ、知らぬ間にモグリにされた者。軽い気持ちでツカイになって大罪人にされた者たちを守りつつ罰するために作られたのだ。
そこには、凰の元副官である虹・グリーゼや、ランの第一宙空艇部隊にいたアサギも収容されている。二人ともクラスト派によりモグリとされ、本人の意思とは真逆に太陽系近衛艦隊に牙を剥いた。大量虐殺を行い、近衛艦隊の本部艦橋をも半壊させたのだ。それでも、実の本人たちは若いながらも近衛艦隊のために──太陽系のために尽くしていた。モグリとして覚醒する、その直前まで。
そんな者たちを極刑に処するなど、出来ようもない。だが、被害者の遺族の心情も蔑ろに出来ない。近年問題視されていたモグリやツカイの処遇を、ニグラインは流刑星を作る事で解決した。就業中は記憶を消し、顔を隠して懸命に楽しい場を提供し、その収益は遺族のために使われている。もちろん、世間にはルミナスワールドのキャストが犯罪者だとは公表されてはいない。知っているのは、近衛艦隊の8大将官と、統括軍の長官と副長官。あとは現地で働く警備兵だけだ。
凰とランは、虹とアサギが生き生きと働いている姿を時折見に行っているのだ。例え自分たちの事がわからなくとも、会う事の出来ない家族の代わりに、遠くから見守っている。
「どうせならデートすればいいのに」
リーシアが甘くないソイ・ラテを飲みながら呟く。ランお気に入りの、アキレウスによく似た機体に乗り、飛行機の操縦を楽しめるアトラクション『アクロバット』に二人で乗っている姿を想像しながら。
「そんなことがあったら、艦隊中パニックになるわよ……」
リーシアの想像に、螢が真剣に答える。近衛艦隊において、凰とランの人気は絶大だ。ユーレックと螢が恋仲になったときは噂程度にしかならなかったのであるが、凰とラン、どちらかに恋人でも出来ようものなら、泣き叫ぶ者も多いに違いない。それが二人同時となったなら、艦隊は阿鼻叫喚になるだろう。
「ない。ランはともかく、凰は絶対にないな」
ユーレックが珍しく真面目な顔で螢に続いた。いつ命を落としてもおかしくない──それが凰に特別な相手を作らせない足枷となっている。軍の養成学校で出逢ったときから、凰はそうであった。幾多の女性から声をかけられても、応じる事はなかったのだ。軍人になるというのは、死を覚悟する事でもある。誰よりも強い凰のその意志は、誰かを特別に想わない事として表れていた。まるで一度命を失った事があるようだ──と当時からユーレックは感じている。
実際、死には至らなかったが、凰は戦争で死にかけたのだ。当時は兵士としてではなく、民間人の子どもであったが。それと同時に母親に捨てられた記憶が、そうさせているのだろう。
「それもそうね。じゃ、私、先に行くわ」
ソイ・ラテを飲み干したリーシアは、そう言って席を立った。
「リーシアちゃん! 気を遣わなくても……」
ユーレックと螢を残して行こうとするリーシアに、螢は慌てて声をかける。いくら休憩時間だからと言っても、螢は近衛艦隊の8大将官として立場をわきまえていた。一方ユーレックはと言うと、下がりきった目尻でリーシアに手を振っている。
「違うわよ。キーロンJr.に乗っているレイテッド司令を愛でに行くの」
リーシアの冗談のような本気の微笑みに、ユーレックと螢はつられて笑った。
◇
ジュレイス・リトゥプスが太陽系近郊宙域統括軍・火星本部に到着した頃、太陽系近衛艦隊・諜報治安部隊も2個大隊と、後方支援部隊の隠密部隊1個大隊を火星に送り込んでいた。諜報部隊長であるクルス・ベリル中将や後方部隊長であるリーシア・テラローザ少将は顔が知られているため、地球に残り情報を精査している。当然、地球でも内乱が再び起こる可能性があり、両部隊が協力して、地球にも多数いるであろうクラスト派の洗い出しを急いでいた。
「問題は、クラスト派だとわかっても、行動を起こしてからじゃないと拘束出来ないこと。信仰は自由だからね」
ニグラインがベリルとリーシアに言った言葉だが、近衛艦隊内にも存在するクラスト派をそのままにしておくのも考えものだ。彼らの多くは、クラストが考案したETSを守るために近衛艦隊に志願して来たのだから。それほど深いクラスト信仰を持つ者が、クラストの末裔であるネリネ率いるセラフィスがETSを取り戻そうとしていると知って、寝返らないとは考えにくい。そして、現在ETSを有しているL /s機関直属とされるニグラインを狙うのは間違いないだろう。ニグラインもそれは承知している。だからこそキーロンJr.を艦橋に置き、身を守っているのだ。
「レイテッド司令。リトゥプスであります」
ニグラインがキーロンJr.でじっとしてる事に僅かながら退屈し始めていたとき、火星に着いたリトゥプスからニグラインの個人回線に入電が入った。
「やあ、長官。火星本部に着いたのかい?」
「はい、つい先ほど。そのご報告で連絡させていただきました。今どちらに?」
リトゥプスはどこか狭い空間にいるニグラインに疑問を抱く。
「キーロンJr.の中! 専用機を作って貰ったんだ。ロカちゃんのもあるんだよ」
ニグラインは艦橋の外部カメラから自身のキーロンJr.を映し、リトゥプスに紹介する。そこには愉快そうに飛び跳ねる小型の重装甲機が映っていた。
「なるほど、それなら安心ですな」
前の戦争から、リトゥプスもニグラインの身を案じていたのだ。頭脳は太陽系一であろうとも、身体的には見た目の通り、ただの11才の少年である。誘拐も殺害も、容易に出来そうだと思えてならなかった。そして、ロカが虹・グリーゼのようになるのではないかとも。ニグラインは言わなかったが、虹の事例を踏まえてロカにモグリ対策がしてあるのは明白であった。
「そちらも、護衛の皆さんがバングル着けてくれてよかったよ」
リトゥプスは火星に行くにあたり、護衛として3個分隊で編成した1個小隊を同行させている。その全員にバングルの用途を説明の上、了承して貰い、装着して貰ったのだ。もしかしたらクラスト派もいたかもしれないが、そこで拒否するようであれば疑われ、拘束されるのは避けられない。バングルを着けている者同士の争いも出来ないため、裏切る事も不可能である。
「近衛艦隊の方は、そうなさらないのですか?」
人権侵害になるからと、太陽系の隊員全員にバングルを着ける事は強要出来ないと言っていたニグラインに、リトゥプスは問う。戦争になってからも、それが言えるのかと。
ニグラインは柔らかく笑み、藍碧い瞳を閉じる。そしてゆるりと瞼を上げると、そこには絶対光度を輝かせた碧藍の瞳のニグラインが不敵な微笑みを浮かべていた。白銀の髪のゆるいウェーブを指先で遊びながら、碧藍の瞳のニグラインは続ける。
「作戦中だけ、前線にいる者には着けさせようと思う。もちろん、作戦が終われば外して自由にするさ。それとも、ボクを悪の独裁者にしたいのかい? リトゥプス」
「……は! ご無礼を」
リトゥプスは再び目の当たりにした碧藍の瞳のニグラインに平伏した。見た目の年齢差など関係ない。最高の智将であるニグラインが、同じ過ちを犯すはずなどないではないか。共に戦った事はないとはいえ、相対すれば息が出来ないほど伝わって来る。作戦中だけ──それが、ニグラインが出した一線を越えない結論だ。
ニグラインの言葉は重かった。最高齢の高官として太陽系近郊宙域統括軍を束ねるリトゥプスが、頭を上げられずにいる。誰よりも人の命を重んじるニグラインが言うその言葉に、何も返せるはずがないではないか。その甘さが多くの命を失わせるとしても、人が人として生きるためには、自由が不可欠なのだ。
「気にしないでいいよ。全太陽系人に脳内チップを埋め込んでしまえば平和が保てるのはわかってる。──けど」
穏やかな藍碧い瞳に戻ったニグラインが、静かに語る。
「それじゃあ、人類が存在する意味なんて、ないんじゃない?」
ふわりと微笑みながら言うニグラインに、リトゥプスは恐怖を感じた。絶対光度への畏怖とは違う、もっと根本的な……人知の及ばないような恐怖を。理由などわからない。だが、本当に恐れるべきは、この笑みを絶やさないニグラインなのではないかと。太陽系の命運を握っているのは、L /s機関ではなく、この少年なのだと、リトゥプスは核心に触れたように感じた。リトゥプスがニグラインの正体を知れば、至極納得するであろう。事実、太陽系で生物が生きていられるのは、人造恒星となったニグライン・レイテッドのおかげなのであるから。
太陽のニグラインの思いはただひとつ。太陽系で生まれた全ての生物が、生物としての一生を豊かに生きていく事。ごく自然な食物連鎖などに立ち入る気などない。本能で避けられない争いも構わない。人間同士の戦争も、太陽系の中だけで起こっているのであれば、縄張り争い程度のものでしかないのだ。ただ、人間でもあるニグラインは、戦争を放置出来なかった。系外の敵から太陽系を守るのは当然だが、系内での紛争も被害を最小限に留めようと尽力する。知性を持った生き物として生まれた人間が、生きるためでなく殺し合いをするのは自然に反すると。しかし、それを無くすために管理するならば、人類はもう自然のものではなくなり、太陽系にとって不要の存在となる。
「まあ、そうならないために、頑張ろうね!」
華やかな笑顔で、ニグラインは太陽系を守る意欲を示す。リトゥプスは大きく唾を飲み込み、背中の冷たさを隠すように敬礼で応えた。凰たちは、ニグライン・レイテッドのこの思考を知っているのだろうか……と思いながら。
[ジュレイス・リトゥプス]
Illustration:ギルバート様




