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碧藍のプロミネンス  作者: 切由 まう
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プロローグ

  序章【永遠の太陽】


「かつての太陽系は、天の川銀河において最高の生命生存可能領域(ハビタブルゾーン)を誇り、特に地球は科学に頼らずとも太陽から素晴らしい恩恵を受け、美しい自然の中で数多くの生物が共生して来た。しかし『太陽』自身の寿命はまだ数十億年あるとはいえ、すでに太陽系のハビタブルゾーンは生物が生きにくい環境になっている。太陽系外に移住した人類とて、移住先の恒星の老化が進めば同じだ。科学によって惑星自体を保護したところで恒星がなければ惑星生物に未来はない。科学の進歩には当然時間がかかる。数百年・数千年かけてでも『恵みの恒星』を保持する技術を得ようではないか」


Dr.(ドクター)クラスト


          ◇


 『太陽』の寿命はあと50億年と言われていた時代。人類による地球の環境破壊問題は人工的に作った大気ドームで惑星を包み込み、気候・重力などをコントロールする技術を得た事により解決された。その技術を大型宇宙船に組み込む事で火星や月などに移住することも可能になり、更には太陽系外にまで居住区を広げ、地球生まれの生物たちは長きに渡って平穏な生活環境を手に入れたのであった。

 それから数千年の時を経て今度は『太陽』が恒星ならではの変化をし始めた事により、また新たな問題が発生した。『恒星』にも寿命がある。当然太陽も例外ではない。太陽クラスの恒星の場合、寿命があと数億年に迫ると核融合を行っていたエネルギーのバランスを崩し始め系内惑星を飲み込みながら赤くふくらんで赤色巨星となり、いずれはエネルギーを使い果たして白色矮星となって光を失い一生を終える。数千年前までは「まだ40億年くらいは変わらない」と思われていたため、寿命が100年ほどしかない人類としてはたいして気にする必要はなかった。だが、僅かずつではあるが太陽の温度が上がっていく現象は、人類を不安の渦に飲み込ませるには十分であった。惑星を大気ドームで囲ったとはいえ、それにも耐久限度はある。

 ならば系外惑星に移住すればいいのでは……と思ってみても、ハビタブルゾーンのある近隣の恒星系には既にそこに住まう先住民がいるため、流石に恒星内生物をまるごと他恒星系に移住する……と言うわけにはいかなかった。元は同じ地球の民であるからと友好的に移住しようとしても、互いに数千年かけて培われた自分たちの文化や主観を曲げる事が出来ず当たり前のように争いが起こり、多くの命が消える事だろう。

 そもそも人類発祥の地である地球を有する太陽系の魅力は計り知れるわけもなく幾度となく襲撃を受け、その度に撃退してきたのだ。太陽の成長に伴い、あと数千年しか太陽系で生活が出来ないとあっても。その数千年のために虐殺を躊躇(ためら)わない輩の多さに驚く者すらいなくなっていたほどに。今更『仲良く』など、誰が出来ようか。

 だが〝人類最悪の我がままである戦争による命の無駄遣い〟に終止符を打とうという一人の科学者、Dr.クラストの論説により、今まで同じ考えを持ちつつも押し黙っていた太陽系全土の各分野の学者たちが立ち上がった。「恒星をコントロールする事が出来れば、少なくとも恒星の寿命や程度による戦争はなくなるはずだ」と。

 〝ETS(Eternal(エターナル) The() Sun(サン)=永遠の太陽)計画〟と称された『恒星を人の手でコントロールする』という壮大な計画は、当初は誰しも不可能なものと思っていた。しかし、地球を始めとする惑星を内部から作り替えて大気や重力を制御する事も、太陽系外の地球型惑星を見つけて移住する事も、最初は同じように〝不可能〟だと言われていたのだ。


「科学とは常に進歩するものであり、諦めることこそ非科学的である」


 (のち)の世に、太陽に永遠の生命を与えるきっかけを作ったと称賛されるDr.クラストの〝口癖〟は、〝ETS〟が完成してからも語り継がれている。

 Dr.クラストの計画では、まったく新しい恒星を作るのではなく、〝Black(ブラック)Planet(プラネット)Seed(シード)〟という恒星の『種』のようなものを作り、それが恒星を吸収する事により、新たに〝人造恒星〟として生まれ変わる──というものであった。

 生涯を〝ETS〟実現に捧げたDr.クラスト没後わずか一世紀で〝BPS〟が完成し、そこから半世紀余りで始動出来たのは、Dr.クラストをも驚愕させるスピードであっただろう。

 〝ETS〟は最終的に一人の化学者と一人の物理学者、そして一人の生物学者の手によって完成し、計画発動からおよそ150年かけて『太陽』とたがわぬ華やかなフレアを放ちながら産声をあげた。

 それは多くの生命を育んだ『太陽』が、まだ寿命半ばのうちに〝人類〟によって〝人造恒星〟に変えられてしまったという事である。人類以外の太陽系生命体は太陽の一生に逆らおうとはしなかったが、人類だけは滅びの時を受け入れられなかった。そして運命を人の手に握られた太陽は『恒星』としての一生を送る事は許されず、永久的に〝人造恒星〟として輝き続けなくてはならなくなったのだ。それでも、自分が穏やかに輝いている事により育んだ生命体が幸せに暮らせるならいい──と、太陽は思ったかもしれない。同じ惑星内でさえ領土を巡ってくだらない争いを繰り返してきた人間たちが、太陽を永遠のものにするために互いを認め合い知恵を合わせ協力し合ったのだから。

 ところが、すべての人類の希望であった〝永遠の太陽〟が完成したとたん、今度はそれを我が物にしようとする愚かな者たちによる、かつてないほどの大規模な恒星間戦争が起こるようになった。主な原因は、永遠に輝き続ける太陽をコントロールするための〝コア〟が公開されず、永久に闇の中に閉ざされた事にあった。

 何故なら〝Eternal The Sun〟の完成とともに、それまで手を取り合っていた科学者たちが、「あれは自分のものだ」と主張し醜い心を剥き出しにして対立を始め、結果何者かの手により〝Eternal The Sun〟を完成させた三人の科学者は彼らの頭脳にのみ記録された〝ETSのコア〟の機密とともに葬られてしまったのであるから。〝Black Planet Seed〟の初期設計はDr.クラストの意向で常にオープンにされて来たが、Dr.クラストさえ知らない〝ETSのコア〟については誰も記述せず口にする事もなかったため、後世には伝わらなかったのだ。


「どこかに〝ETS〟をコントロールするものがあるはずだ」

「〝ETS〟のコアが何かがわかれば、他の恒星を潰して新たな〝ETS〟を創造できる」


 と、愚者たちは〝ETS〟のコアを求め、あるいは〝ETS〟そのものを奪おうと争い始めた。当然のように太陽系内だけに留まらず、遠くの友好惑星であったところすら〝敵〟となってしまった。

 そんな史上最悪の戦乱時代が僅か10年ほどで一時鎮静化したのは、小さな惑星は闇に消え辛うじて生き残った惑星も子孫が残せるかどうかという究極の状態になったからである。それでも『全ては地球にある』と、生き残った愚者たちは『永遠の太陽』を手中に収めようと水面下で蠢き続けていた──。



  第0章【捨てられた少年】


 【晶暦(しょうれき)1114年】

 この年も晶暦となってから数十回目となる系外惑星からの攻撃により、地球上に大規模な戦争が勃発した。〝ETS〟のコアについて知る者はおらず、平和を望み支配を望まない……という太陽系側の言葉を信じてくれる系外惑星はなく、生きとし生けるもの全てが必要とする〝恒星〟に永遠の輝きをもたらした〝太陽系〟は、ただの憧れの的にはならなかった。

 〝人造恒星〟を造り上げた太陽系の科学力は近隣の恒星系にとっては脅威でしかなく、またかつての太陽系と同じように主恒星の老化に怯える惑星の民には奪ってでも手に入れたい技術であった。ならばその技術を共有すれば争いは起こらないかと言うと、それは理想論でしかない。いつの世にも独裁心を持つ者は絶えず〝平和の共有〟など望まれていない。「人間は、愚かだ」と、人類以外の生物に嘲笑されているとも知らずに人間たちは争い続ける。

 しかし、現在の太陽系は異質と言えた。自衛として設立された〝太陽系近郊宙域統括軍〟と命名された軍隊は天の川銀河の支配すら可能と思われる力を持ちながら、決して他の宙域に勢力を広げようとはせず、太陽系近郊宙域を守る事だけを是としていた。ただし全ての太陽系の民がそれに呼応するわけもなく〝独裁者〟という甘美な響きが人の心を惑い狂わせ、内乱は変わらず繰り返されている。

 この戦争も、太陽系近郊宙域統括軍・地球本部が火星で起きた内乱の鎮圧に出ている隙を突いて勃発したものだった。火星の内乱が罠だったと気づいた時には既に地球の大気圏突入を許し、被害は民衆にまで広がっていた。もはや隠れるところすらなく、砲弾から逃げるためには地球を放棄するしかないとさえ思われる状態であった。そのような戦争時には本来守るべき子どもが逃げるために邪魔だと言っても非難さえされない。事実、避難艦に子連れで乗り込もうとすると「子どもは邪魔だから置いて行け」と言われる始末だ。

 そして、今まさにそう言い渡された母子(おやこ)がいた。


「子どもは邪魔だ! 女だけで来い!」

「子どもが欲しけりゃ、生ませてやるからよ」


 嘲笑する事で危機への恐怖を払おうとしているのか、先に避難艦に搭乗していた男たちのひきつった表情が愚かしい。

 ここまで、母子二人で必死に逃げてきた。母親は今までどんな時でも子どもを守ってきた。たったひとりの愛しい我が子を抱え、幾度となく死線を乗り越えて来た。だが、もう安全な土地も隠れる場所もない──この避難艦以外は。

 母親は避難艦のタラップにかけた足を止めた。固く繋いでいた息子の手を強く握り直し、ゆっくりと振り返り我が子に向けて微笑んだ。


「……あなたは、もう10才なんだから、ひとりでも大丈夫よね?」

 

 辺り一帯に響く爆撃音と避難艦のエンジン音が一瞬途絶えたかのように、少年の耳には母親の静かな声がはっきりと聞こえた。同時に、手からするりと母親のぬくもりが逃げて行った。

 青みを帯びた黒い髪と瞳を持った10才の少年は離された手を握り返す事も出来ず、避難艦のタラップを登り始めた母親をただ見送るしかなかった。何も感情は湧かず、青みを帯びた黒い瞳は光を失ったかのように闇に染まろうとしていた。だが、


「──お母さん!」


 背後に落ちた砲弾の破片が艦内に入る直前の母親に向かって襲い掛かると、少年はタラップを駆け上り破片から母を守った──自らの肉体を盾にして。

 自分を捨てた母を守る必要などなかった。それでも、身体が勝手に動いたのだ。


「ラリマール……!」


 母親は、自分を守ってくれた息子の名を叫んだ。

 少年は朦朧(もうろう)とする視界を凝らして、母親を見つめた。そこには生まれた時から当たり前のように見てきた、やさしい笑顔があった。


「……よかったわ。今死んでくれたら、心配したり、後悔したりしないで済むものね」


 母親はそう言うと、傷ついた我が子に手を差し伸べる事もなく避難艦の中に消えて行った。

 背中は大きく切り裂かれ破片の一部が心臓にまで達していた少年には、胸の痛みが母親の言葉によるものなのか傷の痛みなのかどうか、わからなかった……。

 タラップから転げ落ちた少年は、薄れる意識の中で母を乗せた避難艦が飛び立つのをかろうじて認識した。直後に何かが砲撃を受けて大きな爆発音を発したが、もう彼の視界は闇に閉ざされていてそれを見る事も考える事もかなわなかった──。


       ◇ ◇


 ──15年後、少年は青年へと成長していた。

 あの状況で命を救われたのは奇跡であろう。気が付いた時には軍の医療施設のICUでひと月が過ぎていた。それから起き上がれるようになるまで更にひと月。リハビリを始めて、軍の見習い兵士となるまで1年の月日を費やした。

 彼の背中には母親を助けた時の傷が横一文字に、胸には手術によって付いた傷が縦一文字に刻まれている。

 幸いと言っていいのか軍人としての才能に恵まれた彼は、敵味方関係なく壊滅的な状況になった戦場の最前線でも死に神に連れて行かれる事はなかった。それ故に、彼の傷を見た者は〝死神の鎌に切り裂かれた傷〟だと称する。死神を殲滅して、なお生き延びた証だ……と。

 だが、芸術的なまでに鍛えあげられた肢体と実力に見合う精悍な面持ちを備えた彼は〝死神に愛された男〟と称される事もある。死神の方が彼に魅了されたに違いない──と。

 その彼が天の川銀河の中でも最強と謳われる〝太陽系近衛艦隊〟総隊長の任に着いて、春には5年目を迎えようとしていた。

 ファル・ラリマール・(オオトリ)──当時、若干21才であった彼が太陽系近郊宙域統括軍から独立した形で発足された〝太陽系近衛艦隊〟の総隊長の任に着くに至ったのは、彼が母親に捨てられ傷を負った戦争から10年後の【晶暦1124年】に起きた大規模な内乱によるものだった。

 〝太陽系近郊宙域統括軍〟は、人造恒星〝Eternal The Sun〟の誕生を期に年号を【晶暦】と改め〝ETS〟を象徴君主とする〝絶対象徴君主制〟を掲げたのと同時に発足したものである。〝人〟以外のものを〝君主〟とする、異例の制度であったが、実際には〝ETS〟をコントロールしているとされる政府的科学組織〝L/s機関〟のトップが元首と言う事になる。しかし〝L/s機関〟内部の者が世衆に顔を見せる事はないため、極めて不透明な制度とも言えた。それでも〝ETS〟を有している者が事実上太陽系を統べる権力を持つのであるから、〝ETS〟を〝象徴君主〟と言うのは間違いではない。むしろ、これまで〝近衛艦隊〟がなかった事の方が不自然だったようにも思われる。

 太陽系近郊宙域統括軍は設立されて以来決して自らは他星への攻撃はせず、迎撃のみを任としていたが、年々激しくなる系外惑星からの攻撃と、それに便乗するように増える内乱に手をこまねいていた。そこで〝L/s機関〟は先の内乱における軍の若い功労者たちを集め、太陽系の中で最も重要な役割を持つ〝太陽系近衛艦隊〟を結成した。

 近衛艦隊は宙域内のいざこざを鎮圧する事もあるが他星からの攻撃に対する迎撃を主として編成された艦隊であり、攻撃力・防御力・機動力すべてが統括軍をも凌ぐものであった。もし近衛艦隊が統括軍に牙を剥いたら、間違いなく近衛艦隊に軍配が上がるであろう。

 近衛艦隊発足当初は統括軍の中にそれを危惧する老兵たちが多く、何かと目を光らせて近衛艦隊の動向を探っていた。当然、近衛艦隊総隊長である凰が一番の標的であり彼が頭を悩ませる事態も時折起こった。暗殺に来るのであれば返り討ちにすればいいだけなのだが、娘との縁談などを持ってくる者も少なからずいたのだ。〝近衛艦隊総隊長〟の肩書きだけではなく、凰の端正な容姿も相まって娘たちの方が乗り気なのが余計に面倒を増長させたが幸いにも凰はそれらを無視できるくらいに忙しく、声をかけてきてもひと睨みで縁談を砕け散らせる芸当も身に付けていた。

 4年経った今では「近衛艦隊と全面戦争をしたくなければ、凰のことは諦めろ」……これが、統括軍の老兵たちが出した答えであった。これによって、統括軍と近衛艦隊の関係は安定して保たれている──と言っても過言ではない。だが、それをよしとは思わない者たちもまだ多く内乱に紛れて近衛艦隊に刺客を送り込むという事もあったのだが、実行した者はことごとく〝L/s機関〟により処罰を受けていた。

 それにより、近衛艦隊の立場はますます揺るぎないものとなっている。

 太陽系近衛艦隊およびファル・ラリマール・凰──どちらも、未だ難攻不落であった。


挿絵(By みてみん)

Illustration:切由 路様

Design:切由 まう

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[良い点] 世界観はよく練られていると思いました [気になる点] 最初の世界観の説明が少々長いです。大切なのですが簡潔にするか地の文を多用しない自然な導入のほうがいいかと思われます
[良い点] 衝撃でした。 戦争モノ、SF、宇宙戦記といった作品を中心に読んできた身ですが、プロローグを拝読した今とても衝撃を受けています。 スケールの大きさと仔細に練られた設定に驚いたのは勿論ですが…
[良い点] 読み始めてから、これは壮大なSF巨編が始まったと感じました。正直、私にはETS“永遠の太陽”という発想は持ち得ませんでした。 銀河系に派生した人類社会におけるETSシステム争奪戦争を機に、…
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