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花の鳥籠  作者: 白基支子
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不眠症

 満月だった。其の所為かも知れない。


 寝付けない夜、これは誰にでも経験がある筈だ。が、寝付けない夜、これがどの夜にやって来るか、誰にも予想が付かないものでもある。しかし大概、寝苦しい夜は、明日も朝から職場へ行き、仕事をしなければならず、故に夜も遅くならない内に寝付きたい夜にやって来る。其れはいつも通りの夜に擬装して、疲弊した身体を横たえ、真っ暗の中、枕を頭に目を瞑り、さぁ寝ようという段になって初めて、やぁと挨拶してくるのだ。

 ……こんな事を、自宅の、真っ暗闇の部屋の中、枕に沈んだ頭を使って、目を瞑りながら延々考えている俺は、(まさ)しく寝付けない夜を過ごしていた。

 深々と更ける夜。昼間に吹き荒んだ木枯らしは嘘の様に止んでいる。時刻が気になっても、枕元の時計を見る勇気はない。見れば怖ろしくなる。残り何時間しか眠れない、そんな勘定を行えば、焦りが募って一層眠れなくなる。唯でさえ、今日は昼間に歩き回っているというのに。

 頭の中の思考回路は、モヤモヤとした眠気が掛かり、ハッキリしない。にも関わらず、グズグズと、動作を止めようとしない。下らない思考が脳内を飛び交い続ける。俺はいつ迄こんな事を考えるのだろう?不思議に思う。若し仮に、俺の頭が電化製品だったなら、きっと何処か漏電しているに相違ない。メーカーは何処だろう?文句を言ってやる。修理に掛かる日数は……?

 莫迦莫迦しい。思考を無理矢理打ち切る。明日も朝から事務所へ行かねばならない。つまりサッサと眠りに落ち、朝を迎えたい訳だ。夢でも見ればアッと言う間に願いは叶う。

 けど、そうだな、俺の脳が思考を止めない理由は、今現在、俺が目覚めながら夢を見ているからやも知らん。夢が、過去の追体験と呼べるのであれば、俺は今、夢を見ていた。過去の映像を編集する。其れは遠い記憶であり、今日あった事柄でもある。

 昔見た映画のシーンが蘇る。高層ビルを臨む俳優。社長から内部調査を依頼されている。或いは、次々と男達を欺し、銀幕での地位を駆け上がる悪女が、刑事の撃った銃弾に(たお)れる。暴君を討った武士が、追っ手から逃れる為、姫を残し、雪降る灰色の田園を一人行く。


 ……眠れない……。


 追憶は映画を離れ、現実へ飛び込み、東京の空を突き刺す高い塔、其の頂上の景色を思い出す。あの時も綺麗な月夜だった。彼女は泣いていた。瞳を赤く腫らして。今日の昼間、俺と彼女が何をしていたか。俺達二人は、午後から夕方迄の間、先日寄せられた依頼、迷子犬の捜索に専念していた。

 こういった依頼にお千代は参加しない。「面倒だ」そうだ。確かに、探偵の仕事の内、迷子犬捜索は一等地味、面倒の一言に尽きるは尽きる。が、愛犬が失踪した依頼者の心中を思えば、地味と(いえど)も緊急性は高い。

 故に、俺達二人はお千代を事務所に残し、依頼人の住まいに程近い柴又を捜し回った。

「手早く終わらせましょう。私もこんな依頼は面倒なんです」

 小生意気な声が響く。彼女は不機嫌そうにそう言っていた。二階で勉強していたのに、強引に仕事を押し付けられたのだから、無理もない。

「面倒って……うさぎちゃんも探偵を目指しているなら、依頼に優劣は付けるべきじゃないぜ。不貞や殺人ばかりが探偵の仕事じゃないんだから……と言っても、ウチの所長からしてあんな調子だから、説得力はないけど」

 俺はこんな返事をしたと思う。住宅街を行く少女は、これを聞くと益々不機嫌になり、顔を上げた。其の刹那、帽子の陰から垣間見えた美しい瞳……宝石みたく赤い虹彩と、其の底が皹割れ紋様となって浮き出た如き瞳孔……が俺を睨んでいた。

「先輩、『兎ちゃん』は止めて下さい。何度目ですか?そろそろ慣れても良い頃でしょう?私の事は『兎』と、呼び捨てにして下さい」

「……ゴメン」

 十八の娘相手に、俺は情けなく謝った。兎は苦い顔をしたが、其れ以上は追及せず、ふいと顔を背けてしまった。

 兎。

 目蓋の裏に浮かぶ彼女の姿は、何よりも少女らしかった。お千代より背の高い兎は、齢より大人びて見えるが、其の瞳に思春期特有の反発心を内包している。若さ故の有り余る生命力を不器用に抑え付け澄ましているのは、自分はもう大人だと広告したいからだろう。不機嫌そうな其の姿勢が、却って不安定さを助長している事に、本人のみ気付いていない。背伸びする少女は、そうして、触れれば砕ける、脆い硝子細工の様に、大人の保護欲求を刺激する。取り分け兎は、気の強い性格が、細長い四肢や華奢な身体の内側から(まばゆ)く輝く様で、観賞するには此の上ない。

 眠れぬ頭の朧な思考を以てしても、昼間見た兎の服装は鮮明に映る。目深に被ったキャスケット帽子、白いドレスシャツ、赤いアランセーター、デニムパンツ、キャメルのケープと同色のエンジニアブーツ……を着込んだ兎の姿が、在り在り思い出される。全てお千代のお下がりだ。兎は未だ自分の洋服を持っていない。

 風の強い一日だった。晩秋、北風が孕む冬の気配が頬に冷たかった。兎は枯れ枝の並木道に映える。実際にこんな並木道を歩いたかどうか、定かではない。が、これは夢の光景、言い換えれば妄想なのだから、現実に則しているとは限らず、又其の必要もない。

 しかし俺と兎の二人が迷子犬を捜して街中を歩き続けた、これは事実である。

「何ですか?」

 兎が俺の視線を訝しみ訊く。

「いや……」

 其の時、俺は兎の被るキャスケット帽を見ていた。兎は美しい顔を不機嫌そうに……不機嫌ばかりだ……キャスケット帽のツバを摘まんだ。

「何かいけませんか?此の帽子」

「いや、いけない訳じゃない。よく似合ってる」

 俺の率直な感想に、兎が少し面喰らう。年相応の照れ。気難しい年頃の心理作用は非常に細やかで、俺には判らない部分も多い。なので滅多な事は口に出来ない。何が繊細な心を傷付けるか、見当も付かないからだ。

 帽子が似合っている、という発言に偽りはない。兎は何でも似合う。が、此処に本心を述べれば、其れ以上に勿体ないと思っていた。大きな帽子の下に隠してしまうには勿体ないくらい、兎は綺麗なのに。

 と、口に出さずとも俺の思考を読み取ったのか、兎は巧い作り笑顔を浮かべて、

「有り難う御座います。先輩に褒められるのは素直に嬉しいですし、心配も有り難いですが、あたしにはこれが必要なんです」

 兎が帽子を被り直す。すれ違う人の目を避ける様に、髪と瞳を覆い隠してしまう。生来の長い白髪を……。

 兎。

 其の名の通り、真っ白い肌と真っ白い髪、そして真っ赤な瞳を持つ少女。

 そして飛び切りに美しい少女。

 どれ程の美しさか、スッカリ隠しているが、かの高名な吉原遊郭、其の最高位、太夫の間に勤めていたと言えば想像は付く事だろう……。


 寝返りを打つ。


 今夜に限って、兎の存在が夢の中で際立つ。まるで睡眠に対する抗生物質の様だ。白いところなどソックリじゃないか。

 考えない……考えない……兎の事は考えない……何か別の事を考えよう。手頃なもの、最近の出来事だとか。


 そう言えば、先日、お千代に借りた本があった。読書習慣のない俺に、お千代は極短い小説を持って来たのだ。

「試しに読んでみ給え」

 言われる儘、手渡された本を開く。と、栞の挟まったページが現れた。先ず「満願」という表題が目に入ったけれど、はてな、作者は誰だったか。

「太宰ですね」

 耳許で兎の声がする。背後から本を覗き込んでいるらしい。

「太宰治、『満願』。懐かしいですね。あたしも読みました。本当に短いですから、先輩もこれを切っ掛けに本を嗜むと良いですよ」

 生意気な物言い。此の頃、兎はよく俺をからかって遊ぶようになった。良い傾向だ。引き取ったばかりの頃は、これからどうなるかと心配ばかりしていたものだ。

 兎は、本の中身を見ているのか、調子に乗ってこう言い出した。

「先輩は読書が苦手でしょうから、最初はあたしが読んであげます――これは、いまから、四年まえの話である。私が伊豆の三島の知り合いのうちの二階で一夏を暮し、ロマネスクという小説を書いていたころの話である。或る夜、酔いながら自転車に乗りまちを走って、怪我(けが)をした。右足のくるぶしの上のほうを()いた。(きず)は深いものではなかったが、それでも酒をのんでいたために、出血がたいへんで、あわててお医者に駈けつけた」

 ――柔らかく語られる「満願」は、兎の声に因ってより美しく感じられる。普段は隠したがる真心が、こうしたふとした際に滲み出るのは、兎が純心であると共に根が真面目である証拠だろう。加えて頭脳明晰ときては、俺が先輩として面目を保てるところがない。

 実際、今日の迷子犬捜索に()いても、兎は俺よりズット頼もしかった。

 朝一番、事務所に駆け込んで来た中年女性は、息せき切って「一刻も早くウチの子を見付け出して頂戴!」と訴えつつ、狐顔の柴犬が映った写真を掲げた。

 其の飼い主がもたらした情報の要領を(まと)めると次の様になる。


 名前:コマ 

 性別:雄 

 年齢:二歳

 特技:フリスビーキャッチ

 特徴:赤と青が縞模様になった首輪

 逃亡時の状況:日課の散歩中、コマが急に激しく走り出し、其の弾みで(かね)てから緩んでいた首輪の留め金が外れ、行方不明に


 更に詳しく聞き出せば、逃げ出したのは今朝方だと言う。犬が逃げて直ぐ事務所に来たのか。互いに都内とはいえ、態々(わざわざ)、区の違う我が事務所にやって来て、高い調査費を払うとは、依頼人は余程犬を大事にしているらしい。

 お千代は此の依頼を快く請け負った。にも関わらず、先述の通り、俺と兎に丸投げした。俺は最初断った。犬を捜すのを嫌がったのではない。嫌なのは、勉強中の兎を無理に外へ引っ張り出すよう、お千代に命じられた事だ。

「早い内から兎に仕事をさせておくのも悪くない。勉強、勉強では息も詰まる。外の空気を吸えば気分転換にもなるし、良い機会じゃないか」

 お千代はあんまり呑気過ぎる。渋々、二階の兎に事情を説明したが、矢張り厳然と反対された。気分転換など必要ない、丁度勉強が乗ってきたところなのに、邪魔するな、と、どうしても承知しない兎を、などめすかし、どうにか納得させた俺の苦労。

 兎は、不承不承、参考書を閉じて、

「迷子犬捜索は聞き込みが主体になりますから、其れは先輩にお願いします。同行はしますけど、其れだけです。知恵は絞りますが……」

 と、俄に口調を早め、

「あたしが支度している間に、飼い主さんに散歩の順路を聞き出しておいて下さい。其れから、散歩中、コマ君が暴れる事があったかどうかも。犬は縄張り意識が強い生き物ですから、普段の行動範囲に未だいる可能性が高いですし、首輪の留め金が緩んでいたのは、日頃から犬がリードを強く引っ張っていた証拠です。散歩の途上に、何か、気になるものでもあったのでしょう。先ずは其れを手掛かりに始めないと」

 思えば、此の時、兎が早口になったのも、胸中から迫り上がる不安を押し留めようとする作用だったに相違ない。

 一階に戻り、兎に言われた通り、飼い主に散歩の順路を訊いたトコロ、葛飾区柴又の七丁目辺りとの返事。飼い犬が暴れる場所の有無も訊けば、兎の言った通り、住宅地の決まった十字路でいつも非常に騒ぎ出すという事実が判明した。

 一通りの情報を聞き終えると、依頼人には一旦御帰宅願った。が、なかなかどうして帰ろうとしない。犬が相当心配らしく、コマは困ってないかしら、可哀相に、きっと寒い思いをしている、と、独り言の様に呟き続けた。

「御心配は尤もです、しかし貴女が落ち込んでいては、コマ君が帰って来た時に元気付けてあげる人がいなくなってしまう。若しかしたら自分から戻ってくるやも知れませんし、今はお家で待っていてあげて下さい」

 と、俺が説得し、依頼人にはようやく御帰宅頂いた。

 見送りを済ますと、見計らったのか、依頼人と入れ違いに支度を終えた兎が二階から下りて来た。お千代は、兎の頭を帽子越しに撫でて、

「行ってらっしゃい」

「……行ってきます」

 次いで、お千代は俺を見やり、

「頼んだよ。これも成就への一歩だ。待つ方も我慢しているのだから」

 と、不思議な事を言った。待つ方とは、依頼人たる飼い主を指しているのだろうが、しかし成就とは?思い当たるところがない。俺は首を捻った。が、靴を履いた兎の赤瞳が急かす調子だったので、お千代に質問する暇もなく、俺達は外に出たのだった。

 さて、其れから車で柴又七丁目へ向かい、強風に煽られながら、迷子犬コマが日頃通っている散歩道を二人でトボトボ辿ってみた。此の時にも兎の知恵には大いに助けられた。コマが騒ぎ出すという十字路にて、道行く人に聞き込みすると、近所にコマが懸想している雌犬がいるという証言を、アッサリ聞き出せたのだ。これこそ逃走理由だろう。

 聞き込みは、約束通り、俺一人で行った。俺が十字路の真ん中で主婦を相手に聴取している間、兎は人目を憚って電柱の陰に隠れ、帽子のツバをひっしと離さなかった。顔を……厳密には白い髪と赤い瞳を……見せまいとして、却って目立っている兎の立ち姿。仕方がない。兎の美貌はどうしたって人目を引く。

 家の塀に寄り掛かる様に、電柱の傍にポツンと立つ兎の、切な気な面差しに、俺の胸の内は切り刻まれる様だった。が、そんな哀しみは努めて表に出さないよう、俺は「寒い寒い」と自分の二の腕を擦り擦り、兎の許へ戻るのだった。

「冬が近付くと、東京は風が参るな」

「お疲れ様です」

 俺が通りから隠す様に其の前に立てば、兎はやっと赤瞳を上げてくれた。

「聞き込みはどうでした?」

「此の近くに可愛い子がいるんだとさ。コマは彼女に逢いに行ったんだろうって。愛の逃避行だよ。兎の推理が当たったな。これなら直ぐ優秀な探偵になれる」

「先輩だって探偵じゃないですか。其れに、あたしは先ず、試験に受からないと」

「兎なら大丈夫だろ。俺だって受かったんだから」

「……先輩はどうやって試験に受かったんですか?」

 兎が怪訝そうに訊く。当代随一の難関と誉れ高い探偵免許取得試験を、俺みたいな男がパスした事実は、誰より俺自身が信じられないのだから、無理もない。

 俺は頬を掻いて、

「まぁ、俺の場合、お千代が勉強を見てくれたから」

「こんな先輩の勉強を見るなんて、お姉様も大分苦労されたんですね」

 悪戯っぽく微笑む兎。年下の少女にこうも手酷くされては矜恃が傷付きそうなものだが、兎に悪気はなく、寧ろじゃれつく様なものなので、俺もつい笑ってしまう。

「確かにな。お千代には苦労掛けたと思う。けど」

 ならばと、俺も少しじゃれついてみた。

「兎もお千代に苦労を掛けてるだろ?確か、お千代に『お姉様でなく、所長と呼ぶように』って、言い付けられてなかったか?」

「あ……」

 兎は俺にやり返されたのに驚き、瞳を丸くしていた。こんな時、兎は少女らしく拗ねてみせる。

「……忘れてただけです。先輩に言われなくとも、所長の前では『所長』と呼びます」

 意趣返しが済んだのと、兎の頬の膨れるのとで、俺の心は達成感に満ちた。拗ねた兎が足早に行ってしまう。俺は小走りに其の華奢な背を追い掛けた。

 ……あの時はこれだけで済ませてしまったが、今一歩考えてみれば、兎は態とお千代を「お姉様」と呼んだのかも知れない。兎が娑婆に出てからそう時間が経っていないのだから、遊郭時分の名残を捨てるには些か時期尚早だろう。

 兎は遊郭に未練があるのか、判らない。訊いた事もない。確認しても何の意味もない。


 ……兎は、もう、彼処には戻れない……。


 其処に考え至ると、見計らった様に、妄想の中に一匹の赤い金魚が泳ぎ出た。発光しているのか暗闇にもクッキリと浮き上がる真っ赤な金魚が、鱗をキラキラ動かし、悠々と虚空を泳ぐ。金魚もやがて姿形を転じ、赤い蝶に変わる。木の葉みたく頼りなく、ヒラヒラ、羽ばたく蝶々。闇に舞う金魚と蝶。俺が抱く漠然とした遊郭の印象が、美しい魚と虫の姿を借りている。

 振袖姿の兎を思い出す。遊郭時代の、長い白髪を結い上げ、毅然と気高く、見方に因っては傲慢なくらい凛と佇む、夢の中の兎の面影。

 金魚の真っ赤な尾鰭(おひれ)、或いは蝶の羽根……どちらとも付かぬ、儚く揺蕩(たゆた)う赤い薄膜が兎の着物の、ダラリと垂れる袖の、華やかな牡丹模様に触れた途端、全部霧散する。


 俺は再び寝返りを打った。


 どうしたって脳は眠る積もりがないらしい。ならば俺も其の意気に乗り、脳が疲れ果てる迄根比べする気になっていた。


 眠らない脳は、奇妙なくらい今日の出来事に固執した。まるで長い夢を見せる様に、昼間の光景が蘇る。


 昼近く、風は一段と強くなった。街路樹の枝が北風にしなり、黄色くなった葉が一斉に舞い散る。手掛かりを失った俺と兎は、落ちたばかりの瑞々(みずみず)しい落葉を踏み締めつつ、町内をブラブラ歩いていた。

 と言うのも、情報を基に、コマが惚れたという雌犬が飼われる家を訪ねたのだが、残念ながらコマは既に立ち去った後だった。雌犬の飼い主に因れば、今朝早く、キャンキャン吠えるコマを見付けたので「追っ払った」との事。悲恋である。

 そんな訳から、アテのなくなった俺達は、追っ払われたコマを捜して、七丁目をウロウロ回っていた。

「其れで、勉強の方は順調?」

 俺は早くも散歩の積もりで、隣を歩く兎に声を掛けた。

「一応……でも、覚悟はしてましたけど、難しい試験ですね」

 兎は、瞳は伏せ勝ちながら、落葉の吹き溜まる道端を見詰め、熱心にコマを捜していた。

「其れに、所長の所為で、無駄な勉強もさせられましたし」

 棘のある言葉。反抗期だろうか。

「無駄って事はないだろ。高卒認定試験、兎は一発で受かったんだし」

「あんなのに受かっても全然嬉しくありません。あたしは大学へ行く気なんてないんです。探偵免許を取ったら、直ぐ事務所の手伝いをしたかったのに」

 兎があんまりキッパリ言うので、俺は思わず苦笑した。

「お千代は兎が心配なんだよ。其れに焦らなくて良いんだ。免許を取ったからって、直ぐ探偵の仕事をしないといけない、なんて決まりはないんだし、ゆっくり知見を広めてからの方が、何かと都合も良い。其の為に大学へ行くと思えば、そう悪くもないじゃないか」

「其れはそうですけど……でも」

 あの時、兎は言葉を濁した。何か言いたそうに俺を見ていた。が、終に口にする事はなかった。結局、兎にはぐらかされた。理由は今も判らない。

「先輩には判りませんよ。受験と探偵免許の勉強を、同時にやる大変さなんて」

「想像も出来ないな」

 考えるだけでゾッとする。俺は勉強が嫌いなのだ。

「本当に、先輩はよく探偵になれましたね」

 兎が冗談めかす。冗談が言えるくらい回復したのか。俺は少し嬉しかった。

「まぁ、こんな俺でも受かるんだから、兎なら絶対に大丈夫さ……其れより、ほら、コマを見付けないと。其れとも、そろそろ休憩するか?彼処に団子屋があるけど」

 道の先にお寺があるのか、見上げる様な山門が控えている。其の向かいに、参拝客を相手にしているらしい団子屋が、調理場の換気扇から、シュンシュンと、塊となった湯気を吹いていた。

「じゃあ、御馳走になります」

 ちゃっかりしている。仕方なく、俺は懐から財布を取り出し、二人分の団子を買った。


 むくりと、ベッドから身体を起こす。掛け布団を剥がし、立ち上がる。

 暗く狭い廊下を歩く……パチン……キッチンの照明を点ける。暗闇に慣れた目にいきなり蛍光灯は眩しい。クラクラする。

 俺は戸棚からコップを一つ取って、水道の蛇口を捻った。

 シンクに流れ落ちる水を暫く眺め、徐にコップの口を蛇口の下に差し出す。透明なコップに水道水が注がれる。八割方溜まったところで、蛇口を閉め、一気にコップを呷った。

 重たい身体に焦燥感が募る。眠れない。全く寝付ける気がしない。浅瀬どころか、眠りの波打ち際を延々歩いている気分だ。眠気は足を浸すだけ……早く全身どっぷり浸かって、睡眠の無重力にプカプカと浮かんでいたいのに……。

 冷たい水道水を飲み下す。が、胸にある重たいものは嚥下されない。此の、何だか判らない重たいものこそ、眠りを妨げる正体。

 パチン。キッチンの照明を消す。

 さっきよりも濃い暗闇の中を敗残兵の様に横切って、再びベッドに潜り込む。目の前に広がる暗闇をじっと眺め、目蓋が落ちるのを待つ。外の事を思う。深夜の街は静まり返り、俺一人を残し、皆が眠り付いたかの様。そんな当たり前の事が物寂しい。世界にたった一人だけ、俺だけが取り残されている。


 いつ迄待っても落ちない目蓋を、ギュッと、堅く閉じた。


 水を得た身体は、一時冷えても、布団の中では変に熱を帯びた。思考にも熱が移り、心臓が痛む程の浅い呼吸を繰り返した末、足りないものは何か考えると、脳裏に女の姿が浮かんだ。

 行燈の灯。四方を襖に囲まれた和室。金箔貼りの襖には極彩色の花々が描かれている。豪奢な一室に敷かれた紅色の蒲団。其の上に、真紅の振袖を着込んだお千代が横座りしている。が、兎は布団の上におらず、部屋の隅で正座し、更には此方に背を向けていた。これでは顔も見えない。

 これは俺の意識の問題に相違ない。お千代も兎も吉原の出。しかし、俺はお千代の遊郭時代を知らない。代わりに、兎とは遊郭で出会った。だからか……奇妙ながらも……お千代には手を伸ばせても、兎には触れられない。見習いの儘吉原を出た兎の、純白を、俺が穢してはいけない。

 ……布団の上のお千代が俺を見上げる。両の金瞳に絡め取られ、身体が固まる。兎もじっとしている。お千代が笑い、華奢な身体を大儀そうに持ち上げ、細い腕を白蛇の様にしならせ、俺の手を取る。兎は動かない。俺は卑怯にもお千代の手に引かれ、身を委ねる。兎は背を向けている。振り返らないで欲しい。其の綺麗な顔で、瞳で、狡い俺を見ないで欲しい……。


「あー……」

 暗い部屋に俺の声が虚しく響く。我ながらどうしようもない。止めよう。是以上はお千代と兎に悪い。眠れないにしても、もっと別の、何か違う事を考えよう。


 なんて、悔い改めようと試みても、一度浮かんだ妄想は容易に去ってくれず、しっかり焼き付き、結果、俺は吉原遊郭から離れられなかった。

 都内一等地の日本堤に建つ高い塔……摩天楼の主人、高さ七百四十五メートルにもなるあの塔こそ、天下に名高い吉原遊郭の本体。そして俺が初めて兎と出会った場所。

 彼処は単なる風俗店ではなかった。あれは立派な一国だった。色街とも呼ばれるが、あれは街の規模を超えていた。規則も文化も娑婆とは丸切り異なる、和装の女達が住まう、妖しくも華やかな色の国であった。

 不貞防止法の見返りとして(くるわ)を復活させたというのが有力説だが、だとしたら政府はとんだものを拵えた。今ではどちらが見返りだか判ったものではない。順序としては先に制定された筈の不防法が、風営法の改定に因って生まれた遊郭に、宛も世の色欲全てをギュウギュウと封じ込めているが如しだ。

 斯様に、世に点在する遊郭の中でも、吉原は別格。東京の空に高々突き出た楼閣……現代の喜見城……人々に花魁燈籠と渾名(あだな)されるあの塔こそ吉原遊郭。

 俺は彼処で兎と出会った。

 出会った時、兎は罪人だった。

 ……罪人などと呼んでは、兎が不憫だろう。事実、兎の行いが罪だと俺は思っていない。吉原も、日本国も、同意見だ。が、誰より其の罪を信じる者、本人、即ち兎が、誰より兎を苦しめている。

 兎は時折、其の美しい顔を曇らせる。人は自分以外にはなれない。俺がどれだけ考え抜いても、兎の抱く罪悪感を本当に理解する事は出来ない。気休めは言えるが、其れも良くて一時の安定剤にしかならず、兎の傷を真実癒やすなんて不可能だ。

 其れが歯痒い。

 お千代の談では、兎は家事炊事の殆どを引き受けているとか。事務所に身請けして以来、お千代が遠慮するのも断り、毎日頑なに努めているらしい。探偵免許の件も含め、俺は此の話を微妙な心持ちで聞いた。これを罪滅ぼしと見るは早計。兎は、唯、自分の居場所を必死に作っているだけ。自分の存在を許して貰いたいのだ。遊郭を出たばかりの兎に娑婆は未知の世界、異邦人の不安は役目を与えられなければ晴れない。


 ……役目も何も無い、兎は兎として、此処に居て良い。其の筈なのに……。


 昼間、犬を捜す途中で入ったお寺、帝釈天での事。俺がコマの写真を頼りに聞き込みしている間、兎は人目を避け、広い境内の片隅、社務所の裏にひっそり置かれたベンチで待っていた。聞き込みは俺の役目。流石に毎日散歩しているだけあって、狐顔の柴犬を見知った通行人は多かった。が、有力な証言はなかなか得られなかった。コマは一体何処へ行ってしまったのだろう?

 収穫のない調査に飽き飽きし、一旦休憩を挟もうと、兎の許へ戻る。が、兎の姿はベンチになかった。何処に行ったのか、周囲を見回せば、建物の陰に隠れ、相変わらず世間から隠れる様に北風に堪えながら、本堂の方を熱心に眺める兎を見付けた。何と無し、俺も其方を見やる。

 と、賽銭箱に小銭を投げる女子高生二人の姿が目に入った。真剣な願い事があるらしく、二人は本尊に深々一礼。其れが済むと、厳粛な空気への反発か、互いに顔を見合わせ、照れた様に笑い出した。兎は其の一連をじっと眺めていた。

 兎は遊女以外の女を知らずに生きてきた。物心付いた頃から遊郭で日を過ごし、吉原を出て日の浅い兎が、どんな想いで彼女達を見詰めていたか……物珍しいのか、羨ましいのか、呆然としているのか……。

 俺は束の間声を掛けるべきかどうか悩んだ。結果、何も気付かぬ振りをして声を掛けた。

「駄目だなぁ。コマは有名なんだけど、全員、行方は知らないってさ」

 軽口風にそう言ってから、初めて気付いた様な振りをして、

「本堂が気になるなら、参拝してくか?」

 と、兎に訊いた。

「そうですね。折角ですし、御挨拶しましょう」

 振り返った兎は平生(へいぜい)の澄まし顔だった。咄嗟に感情を隠す術は、長年の遊郭暮らしで体得したもの。其の術が又、兎の心を危うくしている。

(つい)でにコマが見付かるようお願いしとくか」

「もう神頼みですか?其れに、参拝は日頃の感謝を告げるのが目的で、個人的なお願いをする場ではありませんよ」

 俺達は建物の陰を出、本堂の手前に据えられた賽銭箱へ向かう。十円玉を投げ込み、手を合わせる……隣で拝む兎……俺はコマの発見でも、日頃の感謝でもなく、兎の憂いが一日も早く晴れるよう願った。

 正午過ぎ、風は強まる一方で、其の名の通り木枯らしと化していた。吹き荒ぶ風は境内の木々を揺らし、ザァザァと、大雨の様に落葉を降らした。参拝客は上着の襟をかき合わせ、帆の様に膨らんだ裾に飛ばされぬよう、前のめりに歩き、御堂の木柱もしなって、瓦も震える様だった。耳の中で風は渦巻き、ゴオゴオと、鼓膜を塞ぐ。だからか、少し離れただけで兎が何を言っているか聞き取れなかった。兎は俺の背後を指差し、何か言っていた。「え?」と聞き直すも、「其処に……」としか聞こえず、俺は已むなく兎の指差す方へ振り返った。

 と、其処に見覚えのある顔があった。

 見上げる山門の手前に、老婆が一人、曲がった腰を更に屈め、足下にいる犬の首をくすぐっている。其の犬、狐顔の柴犬、赤と青の縞模様の首輪、間違いない、コマだ!

 コマは、老婆の手を離れると、足先の白い、茶色の毛に覆われた四本足を動かし、山門の方へ歩いて行った。ピンと立った耳も強風に片方倒れ、其れでも尻尾を振りつつ境内を出て行くコマの後ろ姿を、呆然と見送りそうになるも、寸でのトコロで我に返り、俺は急ぎ追い掛けた。兎も静かに附いて来る。

 こういった場合、焦っては仕損じる。何より走ってはいけない。徒競走で犬に追い着ける自信はない。警戒され、駆け出されたら勝ち目はない。此処は慎重に、ジリジリと近付く事こそ得策。

 山門を抜けると、正面は昔ながらの土産物屋が並ぶ通り。其の店先を、コマは客の足下を縫う様に行く。平日昼間でも人入りはなかなか、人混みと呼ぶ程ではないが、相手は犬一匹、人足の林に(たちま)ち紛れてしまう。コマは呑気に歩いていても、此方は見失わないかヒヤヒヤしながら早足で追い掛けねばならない。間もなく、コマが小走りを始めたのだから遣り切れない。見付かった訳ではないだろうが、何にしても此処で見失っては面倒だ。俺達は通行人を掻き分け、土産通りを走った。

 其の時、今日一番の強風が、一陣、背後から吹き付けた。

「きゃっ!」

 悲鳴。振り返る。と、秋の空に白い糸束が舞い上がっていた。

 天女が落としたと思しき艶やかな正絹(しょうけん)の糸束が、地面に垂直に下りる。其れは兎が咄嗟に屈んだ為だった。兎は、己の長く美しい白髪を手で覆い隠そうとして、懸命に頭を抱えた儘、しゃがみ込んでいた。

 此の時の事は、今思い出しても冷や汗が出る……突然、身を屈めた兎に、通行人の注目が集まる。俺は呆然としながら、頭上に気配を感じ、其方へ目をやった。

 キャスケット帽が空を飛んでいる。

 あろう事か、最前の風が、兎のキャスケット帽を吹き飛ばしてしまった……あれは彼女の盾代わりだったのに……白髪は晒され、兎は無防備になってしまった。

 俺は走り出した。全速力だった。コマの追跡などスッカリ忘れ、空中流れる帽子を捕らえるべく、俺は風下へとひた走った。

 数メートル先、空気抵抗を受け、フワフワ浮かぶ帽子……眠れぬ頭がハッキリ映し出す……手を伸ばし切っても届かない距離……そんなキャスケット帽を、見事、空中で捕まえたのが、他ならぬコマであった。

 コマはハッハッと息を荒げながら、全力疾走、直ぐ帽子の真下に着き、そして突然跳び上がり、空中の帽子を見事口で捕らえたのだ。多分、フリスビー遊びと勘違いしたのだろう。コマは帽子を咥えた儘、兎の許へ駆け寄って来た。

 俺を含めた、呆気に取られる観衆をよそに、兎は頬の涙を拭うと、足下にじゃれつくコマの頭を優しく撫でていた。

「有り難う、有り難うね。うん、良い子、良い子」

 兎は一頻りコマを褒めそやすと、泣きそうな笑顔で帽子を受け取った……世にも美しい光景(シーン)……周囲から拍手が出るのも自然な事。

「利口な犬だ。其れにお嬢さんも随分と綺麗で。これは映画か何かの撮影かい?」

 群衆から漏れる声。此の感想は順当だ。兎は、其れくらい、映画映えのする美人なのだから。

 第一印象からして美しい。白髪を薄布(ヴェール)の様に垂らした奥にある顔、細くも明瞭な線で以て、ブレもせず、一息に描かれた輪郭に縁取られた横顔は、気の強そうな鋭さの底に、可愛らしい、生粋の少女らしさを湛えている。そんな気丈と可憐とを強調するが如き、形の整った高い鼻と、小さな唇……脆く、守りたくなる様な顔立ち……其れから瞳、異彩を放つ大きくて赤い瞳……奥二重の、睫毛の長い、宝石の様な瞳。帽子の下に隠されていた兎の素顔は、斯くも輝かしく、そんな兎には笑顔こそ似合う。

 と、不意に、脳裏にある声が過ぎった。あの音読、「満願」が――

「これは、いまから、四年まえの話である。私が伊豆の三島の知り合いのうちの二階で一夏を暮し、ロマネスクという小説を書いていたころの話である」

 ――やっと判った。四年まえ、三島、二階、一夏。冒頭に書かれた此の数え下ろしは、願いが叶う事の暗示だ。お千代も言っていたじゃないか。

「頼んだよ。これも成就への一歩だ。待つ方も我慢しているのだから」

 満願成就。いつかは判らない。俺は本人ではないから、肩代わりも出来ない。が、全て杞憂だ。兎は一歩ずつ、キチンと向かっている。俺達は其れを信じて、兎がやって来るのを待つしかない。

 大丈夫。もどかしいが、時間は掛かっても、兎ならきっと、自力で叶えられる。


 朝、俺は寝過ごした。

 遅刻厳禁。勤め人は辛い。朝食を摂る余裕もないのだから。俺は慌ただしく身支度を調え、忙しなく家を出た。

 いつもの電車に乗っている間、欠伸が止まらなかった。頭が重い。白む太陽が目に痛い。吐き気も少しある。無理矢理に水面に引き上げられた深海魚の気分だ。こんな日に限って座席が空いていないのだから、ままならない。

 いつもの駅で電車を降りる。改札を通る時、腕を上げるのも億劫だった。だから早く寝れば良かったものを。俺は普段通りの時間に床に入ったんだ。素直に眠っていれば、充分な睡眠量を賄える予定だったのに、思考がグダグダと長引いた所為で眠り足らないというのは、我ながら納得がいかない。

 事務所への道をノロノロ歩く。

 朝の住宅地は騒がしい。駅へ通ずる道、制服を着た学生が自転車で通り過ぎ、スーツ姿のサラリーマンとすれ違う。彼らは昨晩よく眠れたのか、スッキリした顔で駅へ向かっている。

 軽く吸った空気に気管がヒヤリとする。冬の気配が近い。吐息もそろそろ白くなる。

 俺は事務所の門扉を潜り、紅葉の下、玄関戸を開けて、仕事場へ入る。

「あっ」

 途端、少女と鉢合わせた。重たい目を上げれば、来客用のソファに腰掛け、細長い腕に保湿クリームを塗り込む兎がいた。

「お早う御座います、先輩」

「……お早う」

 ジャージにキャミソールと、簡単な部屋着だけの兎は、シャワー上がりか、首にタオルを巻いている。

 俺はそんな兎をじっと見た。

「何でしょう。私に何か用でも……というより、先輩、隈が酷いですよ?寝不足ですか?」

 赤い瞳を怪訝そうに細め、兎が首を傾げる。と、サラサラと、長く白い髪が肩から流れた。呑気なものだ。心配して損した気もする。俺は無性に八つ当たりしたくなった。

「そうだよ、寝不足だよ。誰の所為だ、誰の」

「え?あっ……ちょ、っと」

 俺は不意を突き、兎からタオルを強奪。そうして奪ったタオルで以て、グシャグシャと、兎の髪を乱暴に拭いてやった。

「先輩、何ですかいきなり。止めて下さい。髪が傷んで……先輩!」

 タオルの下で兎が騒ぐ。知った事か。これは八つ当たりなのだ。

 しかし、一頻り兎の白髪を乱すと、満足するより先に虚しくなり、こうなると八つ当たりのし甲斐もなくなって、俺はタオルを手離し、ノロノロと其の場を立ち去った。背中越しに、「何なんですか、もう」と兎に叱られるが、其れに応える元気もない。こんな調子で今日一日を過ごさねばならないのかと思うと、憂鬱で仕方がなかった。

 自分の机に着く。所長机では、コマの飼い主から届いた礼状の陰で、お千代がクスクス笑っているみたいだが、多分、気の所為だろう。

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