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花の鳥籠  作者: 白基支子
17/23

聖女の初夜 拾壱

 薄雲が紗幕の様に白む青空を仰げば、存外に日は進んでいた。いつの間にやら、兎も借りた包丁を洗って持ち主に返しており、そんな暇がある程、加世子の部屋にいたのだと、改めて思い知らされる。

 俺達はお千代を先頭に、公園の中を横切って、再び食堂へ向かっていた。

 公園の中は生徒達で賑わっている。丁度、日曜礼拝が終わったらしく、公園は小鳥のさえずりの様な語らいに満ちていた。

 他にも、天辺に星を乗せた、所謂クリスマスツリーを運ぶ生徒や、金糸と銀糸で編まれたパーティーモールを枝に橋渡ししている生徒の姿も見受けられる。黒いセーラー服の少女達が、公園や、其の中に建つ教会を華やかに飾り付けていく光景は、御伽話の様に神聖であり、微笑ましい。凡そ血生臭い事件など似合わない、平和な公園の煉瓦道を進む俺の脳裏には、しかしとある血に関する疑問がベッタリと貼り付いていた。

「お千代」

「ん?」

 先頭を歩くお千代は前を向いた儘声だけ返した。

「一つ、教えて貰いたい事があるんだけど」

「教えて貰いたい事?」

「そう。さっき三叉さんの部屋で、お千代が指摘してた、ほら、櫻井さんの……」

「櫻井未伽の月経の事かな?」

「そ、そう、其れ」

 訊いておきながら歯切れが悪いのは、勘弁して欲しい。男から女性の生理現象について問い質すのは、無闇に禁忌に触れる様で、無意識下から罪悪感が湧くのだ。

 俺は頬を掻き掻き、其れでも訊かねばならぬ疑問点を口にした。

「お千代はさっき、三叉さんが口籠もった時、直ぐに櫻井さんの、ソレ、について指摘したけど、どうして其の事だと判ったんだ?」

「別に大した事じゃないさ。決まり事に則っただけさ」

 お千代は煉瓦道をコツコツ歩きながら、実際何でも無い様な口調である。

「当然、此処には窮屈極まりない校則がある。盛り場への出入り禁止は未だしも、今時、生徒の電子端末所持すら禁止する、古風な校則が」

 これを聞いた俺の脳裏には、先程管理人室で見掛けた固定電話の四角い姿が浮かんだ。

「にも関わらず、生徒達は自ら別の規則を設けている。此の学院には古くから続く風習が多くてね。校則よりもっと厳格な仕来りというか、不文律というか、そんなもので雁字搦めになっているんだ。内容も閉鎖的な女子校らしく、理解に苦しむものばかりなんだが、一例を挙げれば、後輩は先輩を『さん』付けで呼び、先輩は後輩を『君』付けで呼ぶ、という様な……」

 嘆息。白い靄が舞い上がる。お千代の溜息か。

「まぁ、今回も其の一つさ。月の物に関する決め事だ。ソレが来た時には、自分の学年の『御手洗い』を使用してはならず、別の学年のものを使う決まりになっている。実に莫迦莫迦しい決まり事だが、発祥は大方、己の純潔を他生徒に知らしめる為とかだろうよ」

「はぁ……成程。其れでか」

 俺の吐息も青空へと上がって行く。其れだけ聞けば、俺にも大凡の事情は飲み込めた。

 昨日の昼休み、俺達は未伽と二階の廊下で出会した。二階の、「御手洗い」の前で。未伽の在籍する教室は本来一階の筈。にも関わらず、未伽は態々二階の「御手洗い」にやって来た。

 更に、昨日の放課後、文芸部の部室で未伽と挨拶した際、お千代は未伽の体調を心配していた……。

「うん?」

 此処迄思考すると、途端に奇怪な矛盾が頭をもたげてくる。

「けど其れって妙じゃないか?」

「おや、気付いたかい?」

 お千代が肩越しに振り返る。口許には、例の、不敵な笑みが浮かび、金瞳は眼鏡の奥で輝いていた。

「そう、妙だ。さっき三叉加世子から聞いた話と、事実とが、結び付かない。十二月十一日、櫻井未伽が三叉加世子の部屋に泊まった日、櫻井は急に月経が来て、蒲団を汚してしまったと言っている。しかし昨日、即ち十二月二十二日、櫻井未伽は違う学年の化粧室を利用しようとした。つまり今月、櫻井未伽には月の物が二回来ている事になる。これがどういう意味を持つか」

「生理不順、という線はどうでしょう」

 横から兎が口を入れ、続けて、

「周期が極端に短くなったとか、或いは十日以上ズルズルと引き続いているとか、そういう事は考えられませんか?」

「其れも有り得るか……」

 お千代の右手が空中を弄るが、此処に煙管はない。お千代の右手は行き場をなくし、已むなく、細い顎に添えられた。

「ふむ。生理不順についても確かめるべきだ。後で保健室も訪ねなければ……しかし其れよりも、今日は大事な用がある」

 此の中で一番背の低いお千代が、一番尊大に胸を張ってみせる。

「今日は此の後、一度都内に帰るよ。三叉加世子の話を聞いてみて、色々と調べたい事も増えた。其れに何より、警視庁に用がある」

 お千代は突然そんな提案を寄越すと、以降一切の説明はせず、再び煉瓦道を、コツコツ、歩いて行ってしまった。

 公園では相変わらず飾り付けが続いている。枯れ枝やベンチ、教会、校舎に到る迄、学院は段々とクリスマスらしく、其の装いを煌びやかに変えていった。


 調べ物を全て片付けるのには一昼夜掛かり、学院に戻って来られたのは次の日の夕方であった。こうなる事を見越していたお千代は、村町先生と交渉し、一泊だけ都内に帰る了解を得ていた。

 俺達は車に乗り込み、久し振りの都内へ走らせた。先ず警視庁の捜査一課を、次に鑑識課を訪ねた。今後の捜査に関する打ち合わせと、シャワー室で発見された血痕が里見健一のものであったかどうか確認する為だ。

 そして日が明けてからは、東京を西へ、学院の近所迄戻った。が、未だ学院に戻った訳ではない。お千代の提案に従い、地元にある大手配送業者の集積所を目指したのだ。

 お千代曰く、学院には保護者からよく宅配便が届くらしい。親元を離れた愛娘を心配する親心、離れて暮らす娘にせめて不自由はさせまいと、生徒へ其の親達がせっせと差し入れするから、との事。

「取り分け此の時期は贈物が多い。彼女達のサンタクロースは未だ未だ現役なんだ」

 お千代は皮肉気に言った。

 集積所に着くと直ぐ責任者を呼び出し、調査の許可を貰おうとした。が、責任者は容易に首肯しない。親御さんからたうら若いお嬢さん達へ贈られた荷を曝くとは、如何なものか。至極真っ当な返答だ。が、此の程度ではお千代も退かない。

「学院内で起きた殺人事件は御存知か?我々はあれの解明を学院直々に請け負っている。うら若いお嬢さん達を守るなら、犯人逮捕に協力する事こそ、至上任務かと思われるが、さて」

 とか何とか、殺人事件に不安がる住民の弱った心に付け込み、責任者を言いくるめてしまった……斯様にして、十一月末から十二月半ば迄の間にあった学院への宅配物を全て、調べ上げたのだった。

 以上が一通り済んでから俺達は学院に舞い戻った。

 学院でも調べ物は続く。俺達は真っ直ぐ保健室へ行き、櫻井未伽の月経について聞き込んだ。結果だけを述べるなら、未伽の月経は健康其の物、不順という事は有り得なかった。更に、副産物的に、もっと心配されるべき別の生徒を見付けた。半年前に顕著な生理不順を記録した女子生徒がいたのだ。

 其れらの調査を統合すると、矢張り彼女に会う他なくなってしまった。

 ……心配すべき女子、橘葵と……。

 彼女は何処にいるのか。日暮れの校舎を離れ、お千代は「食堂へ行ってみよう」と提案した。今夜は其処でパーティがあるという。

 暗がりの公園に佇む木造の食堂に近付けば、華やかな少女達の声が既に漏れ聞こえていた。実際に食堂に入ると、歓声はより大きく、華々しく、普段のお淑やかさはなりを潜め、パーティ会場は抑圧された生徒達の昂奮ではち切れそうになっていた。

 食堂は長机や椅子は片付けられて大広間に様変わりしている。中央には大きなクリスマスツリー、モダンな照明にはモールや飾りの星が引っ掛けられ、室内は普段より眩く輝いている。其の中を埋め尽くす生徒達は、皆々、立食パーティを愉しみつつ、腕に抱えたプレゼントを交換し合っている。

 此処でも櫻井未伽は一際目立っていた。流石というか、贈られるプレゼントの量が群を抜いている。未伽を取り巻く生徒達は、心酔し切った眼差しを彼女へ向け、「未伽さん」、「未伽様」と、手に手にプレゼントを捧げている。「さん」や「様」を付けているから、どうやら後輩が多いらしい。未伽は貢ぎ物を受け取る度、格別に優美な微笑を添えて「嬉しいわ、有り難う」、「これ欲しかったの」と礼を述べ、信奉者の心をより強く掴んでいた。

 葵は未伽の近くにいると思ったのだが、隣にも取り巻きの陰にも姿は見えない。アテが外れ、俺達は手近な生徒達に葵が何処にいるか訊いた。が、全員所在を知らないと応えた。

「私達も葵を探してるんです。皆さんこそ御存知じゃありませんか?」

 そう反問する生徒は大きなテディベアを抱えていた。彼女だけでなく、其の背後にも、プレゼントを手に葵を捜す生徒が俺達を見詰めていた。此方は葵を呼び捨てにしているから、同級生が多いと見える。こんなトコロも、葵と未伽は対照的だ。

 其れにしても、これだけの人数が捜索しているにも関わらず、見付からないとは、葵は何処へ行ってしまったのか?

「少なくとも此処にはいないのだろう」

 お千代はそう言うと食堂を出た。何処へ行くのかと思えば、お千代は校舎に引き返し、迷いなく階段を三階迄上がって行った。俺達は一言も交わさず、無論行き先の説明もなかったが、お千代の着るアンブレラヨークが大きめにデザインされたベージュのトレンチコートと、兎の羽織るグレンチェックのケープコートが、如何にも探偵らしく、頼もしかった。

 カチ、コチ、カチ、コチと、時計の音が夕闇に消え入る校舎三階の廊下は、隅々に暗がりが蔓延り、うっすらと沈んで寂しい。お千代は其の暗がりに立って、金瞳を憂いに伏せつつ、生徒会室の戸を叩き、けれど返事は待たず、

「橘さん、私だ。お千代だ。入るよ」

 ガララッと、勢い良く引き戸を横に滑らせた。

 灯りの点けていない生徒会室は深い藍色に染まっていた。遠く、窓の向こう、山間に落ちる夕日が、夕空の端を微かに朱色に滲ませている。

 夕闇が占める部屋の中、葵は一人でいた。持ち前の大きな瞳をまん丸にして、突然やって来た俺達を凝視して、

「皆さん……どうして……」

 絞り出す弱々しい声には、戸惑いと非難の色がある。

 しかしお千代は素知らぬ顔で、

「橘さんに用きがあってね、捜していたんだ。私達以外にも、何人も君を捜していた。大人気じゃないか。流石は生徒会長……本音を明かすと、君の人望は櫻井未伽に付随したものかと思っていたけれど、私の勘違いだった様だ。君の信奉者は、君の中に何を見ているんだろうね?」

「さぁ……」

 葵は顔を伏せて、

「其れで、あたしに御用とは何でしょう?」

 と、泣きそうな顔で訊いた。俺は、つい、そんな葵の顔に見入ってしまった。可哀相なくらい、葵は不憫な顔が似合う。

「『生徒達の秘密』について」

 お千代は容赦せず、真っ直ぐ疑問を投げる。

「そろそろ、話して貰えないかな?秘密を打ち明けるにはお誂え向きだと思うのだが……今、此処には我々しかいないのだから」

「……申し訳ありませんが、昨日も言った通り、あたしがお話し出来る事は何も……」

「里見は死んでいたよ」

 葵が言い終わるより早く、お千代は抑揚のない声で告げた。

「え?」

 葵が小首を傾げる。耳にはキチンと届いている筈だが、意味を理解出来ていないのだろう。呆然と佇む葵に、お千代は飽く迄淡々と、包み隠さず事実を告げた。

「里見健一の死亡が確認された。遺体が発見された訳じゃないが、致死量を軽く超える量の血痕が、プールのシャワー室で見付かった。其れも里見の血液で間違いない」

 葵は見る見る顔を恐怖と悲哀に塗り潰し、崩れ落ちそうな程に膝と肩とを震わせて、寒そうに自分の二の腕を擦っていた。

 事実に道徳はなく、平気で人を傷付ける。昨日、鑑識に寄った際、調査結果を聞いた。シャワー室の血痕は全て同一人物のものであり、其れも里見健一のもので間違いなく、加えて血痕から推測された流血量は致死量の倍近かった。

 十字架の下、窓の向こうで沈み行く夕日の朱色。里見の血はあんな色だっただろうか?優しく、物静かで、教え上手だった教師の血は……。

「橘さん」

 生徒会室にお千代の声が響く。

「お願いだ橘さん、君達が何を隠しているのか……誰を庇っているのか、教えてくれ。恐らく庇う理由が君達にはあるんだろう。これは憶測だが、竜胆が殺された状況について、噂か何かの形で、学院内に情報が漏れたのだろう。其れを聞いた君達は、誰が竜胆を殺したか薄々勘付いた。其れ程迄に竜胆の遺体には伝言(メッセージ)が込められていたんだ。だからこそ、生徒達は犯人に繋がり兼ねない秘密を、結託して守っているんじゃないか?」

 金瞳は真っ正面から葵を捉え、お千代は静かに、けれど力強く言い継いだ。

「しかし……しかしだ、君達が庇っている人物は、竜胆だけでなく、里見健一をも殺している可能性が高い。其れでも君は未だ告発する気にならないだろうか。二人も殺した人間を、君は未だ庇い続けるのだろうか」

 白い頬に雫が落ちる。葵は両手で口を押さえた。無理もない。高校生には剰りに重い。が、葵は決して膝を折らなかった。苦し気に、大粒の涙をポロポロと宝石の様に零しながらも、コクリと、確かに頷いた。

 葵の瞳が僅かに動く。お千代も振り返って俺を見る。当然か。少女が秘密を打ち明ける場に、男はそぐわない。俺は己の携帯電話をコートのポケットから出しつつ、お千代に「廊下で待ってるよ」と耳打ちした。其の際、葵から見えないよう注意して、携帯をお千代にそっと手渡した。

 後ろ手に戸を閉める。と同時に、携帯の画面を眼前の空間に呼び出す。遠隔操作、「音声録音」機能を呼び出す。が、肉声を残すのは流石に葵に悪い気がし、会話は「メモ」にて文章化されるよう設定する。

 これで良い。後は葵の告白が終わるのを、此処で待っていれば良い。

 ……どれ程の間待ちぼうけたか。カチ、コチ、カチ、コチ、時計塔の音を聞き過ごしながら、時間は常に一定でしか刻まれないという事実を突き付けられ続け、いい加減俺が辟易し始めた頃だった。

 窓辺に寄り掛かって外を眺める。夕日も沈んだ夜、外は零度近い。十二月の夜気は透明な布の様に深々と被さって、窓硝子を氷の様にしていた。

 見晴らしのいい三階からは校庭が一望出来る。彼方此方で瞬く電飾に、黒い影がポツポツ集まっている。あれは生徒か。パーティを抜け出して、火照った身体を冷やしに来たのか。何にも知らずに、愉しそうに人影が揺れる。今現在、秘密が探偵に曝かれているとも知らずに。

 こんな哀愁に想いを馳せて、待つ苦痛を紛らわしても、冷気は段々と骨身に喰い込み、到頭俺が二の腕を抱えた時だった。背後の引き戸がようやく開き、生徒会室からお千代が出て来た。

 俺は「どうだった?」と声を掛けようとした。が、振り返った途端、言葉は喉に詰まって出なくなった。何しろお千代が芯から怒っていたのだ。顔こそ無表情だが、白い皮膚の下にドクドクと怒気を波打たせている。燃える様な金瞳はゾッとする程冷徹で、なのに激しい炎を滾らせ、其の凄絶な揺らめきに、俺は目が離せなかった。

 そして、お千代はたった一言、

「犯人は櫻井未伽だ」

 とだけ告げ、廊下を階段の方へ歩き出してしまった。

 何が何やら、全く自体を把握出来ない俺は狼狽して、お千代の背に、

「お、おい、俺の携帯!」

 と、声を掛けるのが精一杯だった。

 声はどうにか届いたらしく、お千代は束の間立ち止まり、握り締めていた俺の携帯電話を投げて寄越した。俺は空中で携帯を捕まえながら、唯、お千代の背が遠離るのを見送る他なかった。

 輝かしい銀髪が階下へ消えて行く。お千代の姿が完全に見えなくると、俺は縛めを解かれた様に一息吐いた。

 これは唯事ではない。

 俺は開け放たれた戸から部屋を覗き込んだ。其れから直ぐ首を引っ込めった。

 一瞬だけ覗いた生徒会室は……暗がりの中、葵は顔を両手で覆い、声も出さずに泣いていた。涙に暮れる葵の傍には、兎が付き添っていた。兎は自分のケープコートを毛布の様にして、葵の身体を包み込んでいた。葵が存分に縋れる様に。

 今は其れが最善だ。葵と共に哀しむのは兎の役目。

 廊下に戻った俺は「メモ」を呼び出した。

 今の俺に出来る事は、何があったか、「秘密」の告白がどんなものだったか、理解する事だけだ。

 灰色の文字列が暗い廊下に浮かび上がる。「メモ」に記録された会話の、特に後半部分に誤字が多いのは、葵の声が涙で滲み、機械が巧く聞き取れなかった所為だろう。


 生徒達の秘密、と、皆さんは仰言いますが、実は最初から、生徒全員の秘密だった訳ではないんです。最初はあたしと未伽、二人だけの秘密だった筈なんです。なのに、其れがどうしてこんなに膨らんでしまったのか……。

 未伽は誰かに盗み見られたのだろうと言っていました。けど、秘密の広まった原因なんて、今更、どうでもいいんです。問題は其処にはなくて、あたしが浅はかだっただけ。でも止める手立てもなくて、そんな内に、もうあたし達の手に負えないくらい、秘密は大きくなってしまったんです。

 本当なら、もっと早く皆さんに……いいえ、先生や、誰かオ、トナに話すべきだったんです。でも、あたしにはそんな勇気もなくて。

 言い訳がましくなってしまいますけど、何も興味本位で、こんな事を始めた訳じゃないんです。あたしはあたしなりに、考えて悩んで、こんな事をしたんだと思います。

 先ずは、あの儀式を考え付いた経緯を告白します。取り返しの付かないあたしの我が儘について……。

 お千代さんなら御存知でしょうけど、此処の生徒会長は、生徒代表として、月に一度、保護者の方々に報告するんです。行事や、授業風景、部活動や委員会活動の話題も出ますが、これは形だけで、保護者が本当に聞きたがっていたものは別にありました。

 自分の娘が、清貧に、純潔に、従順に、育っているかどうか。

 被害妄想と笑われてしまえば其れ迄です。親が自分の子供に期待するのは勝手ですから。だけど、期待も過ぎれば身勝手になります。

 だって、此処の生徒は、其の大半が結婚相手迄、既に親に決められているんですよ?

 親の選んだ相手と結婚したら幸せになれる。女らしい方が楽に生きて行ける。そんな囁きが、保護者会の度に耳に届くんです。

 此の学院は良妻賢母を作る施設です。たおやかで、優しく、教養はあるけど勉学を極めてはおらず、社会を知らず、だから反論や文句を吐かず、男を知らず、だから夫だけしか愛さず、粛々と家事に専念する、そんな女に仕立てるシセツ……。

 毎月の保護者会では、其の出来の確認の為に開かれました。つまり、自分の娘がどれだけ高価な淑女に加工されたか、確認する場に。熱心な親御さんは、毎回あたしのトコロに来て「是非、娘の友達になって欲しい。自分の娘も君の様になって欲しいし、あわよくば来年の生徒会長になって欲しいから」と、必死に訴えるんです。

 あたしの両親も毎月欠かさずやって来ました。自慢の娘がちゃんとやっているか確認する為に。

 両親は、あたしが自由になった其の瞬間にあたしは死んでしまうのだと、固く信じています。今は学院、将来は家庭に閉じ込めて、法律とお金を脅し文句にあたしを管理しておかないと、不安で不安で仕方ないんです。

 どうして親は子供も人間だという事を忘れるのでしょう?お父さんは「何か問題は?」と毎月訊きます。けどあたしはこう応える以外許されませんでした。加工品ですから。

「いいえ、何も。勉強も生徒会も順調です。最近は料理も上達したんですよ」

 悩みました。自分の将来や、自分其の物や……いっそ、あたしは邪魔なんじゃないかとも。ウンザリしました。女の仕事に専念するから、あたしからあたしを追い出して、唯の一人の女にして、枕に向かってソ、う叫んだ夜もあります。だ、からこそ儀式を、オ思い付いたんです。若しくは意趣返しかな?反抗期かも知れません。

 長い間悩んで、思い付いた仕返しを……ア、あたしは未伽に頼みました。今は文芸部の部室らしいですが、最初、あたしがミ未伽に頼んだ時は、此処、生徒会室で其れを鳥……執り、行ったんです。

 近頃、どういう理由か、未伽は儀式の前、あたしに会いに来るようになりました。儀式の相手を引き連れて……文芸部の副部長さんも一緒に、ですね。

 未伽にしたら、あたしをウ、恨めしく思っていても仕方ないんです。でも、未伽にそういう事をされると、何だか言外に責められている様で、ツラ……辛く、て……「ホントウはこんな事、したくなかった。今、私がこんなに苦しい役目を押し付けられているのは、葵、貴女のセイなのよ」って……。

 済みません……話が逸れました。けど、銅、どうかお願いします。あたしは、興味本位で儀式を始めた訳じゃないんです。其れに、これは、サいショは、二人だけの秘密、あたしと未伽だけのヒ、ミツでした。其れだけはどうか、心の片隅に置いて下さい。

 ……イケ、ませんね……お花、話しすると言っても、ヤ、やっぱり緊張します。前置きばかり長くて……ご免なさい。チャンとお話しします。其の儀式……生徒達にギシきと呼ばれているモノの内容は、


 駄目だ。

 思わず「メモ」を閉じる。視界に薄暗い廊下ばかりが広がる。

 是以上は読めない。いいや、本当は目の端に先が見えてしまった。だからこそ、これより先は直視出来なかった。

 行き場のない、どうしようもない感情が胸に渦巻く。虚脱でもない、憤慨でもない、冷たいやる瀬なさと、嫌悪感と、同情を混ぜ合わせた、薄気味の悪い感情が心臓を縛り付け、俺は苦しさから俯き、床の木目と睨み合った。

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