捨てられ侯爵令嬢
「もう君にはうんざりだ。」
学校からの帰り道、婚約者であるアランがいつもの様にため息交じりで言い放った。
「何で?気になる子でもできた?昨日も食堂で1つ下の伯爵令嬢と一緒にランチしてたでしょう?」
「あの子は生徒会の後輩だ。あの後何人も合流している。」
「婚約者の私がいるのに、他の子と食べる必要があって!?」
「君のそういうところが理解出来ないんだ。必要以上に干渉してくる。」
「だって私の婚約者じゃない!その婚約者に近づく女が気になるのは仕方ないじゃない。」
「君はいつだって僕が君以外の人と話していれば、女性なら浮気?男友達であっても何してるの?私もご一緒していいかしら?私がいたら不味いのかしら?そんな事ばかり言ってくるじゃないか。」
「だって貴方が好きだから気になるんだもの。それの一体何が悪いの?」
「今までに僕は君が好きだと、君と...ベラと結婚したいと何回も伝えた。君が欲しいと言ったものはプレゼントし、行きたい所には一緒に行った。何で信じてくれないんだ。ただ流石に毎回これだともうしんどい。」
「私だって私はずっと貴方と一緒にいたいんだもの。」
「一体僕をどうしたいんだ‼︎」
「好きだから何でも知りたいのは当たり前じゃない!?朝から一緒に登校したいし、教室でも隣に座って一緒に授業を受けたいし、ランチもだし、帰りも同じ馬車で—」
「もういい。僕には君を理解することは出来ない...婚約破棄しよう。」
「ちょっと何言ってるの⁉︎私たち結婚するじゃない‼︎」
「君とはもう一緒に居たくない。限界だ。」
「勝手にそんな事言って…そんなの許さないんだから!」
言って放って家の前まで送ってくれたアランを睨み馬車を降りた。
アランたら、どうしてあんな事を言ったのかしら?あぁ、もうムシャクシャするわね。
どうせ、お父様同士が決めた婚約だし私の家は侯爵でアランは伯爵の三男だから婿入り予定だし...伯爵家からは断ることなんか出来ないじゃない。
――コンコン
ドアをノックする音聞こえた後、使用人の声が聞こえた。
「イザベラ様、旦那様がお呼びです。」
「すぐ行くと伝えて。」
一体何の用かしら?こないだ買った宝石が少し高かったからまたお小言を言われる…気がしてきたわ。
お父様の執務室に到着しノックし、中から入れと言われてからドアを開ける。
「失礼します。お父様一体何の—」
入るなり父が私の言葉を遮るように話し始める。
「イザベラ。お前は一体学園でアランに対し何をした?」
「アラン...?に対してですか?いつも通り家まで送ってもらって帰って来ましたわ...」
強いて言うなら少し喧嘩はしましたが。いつものことですわ。
「先程、アドウィン伯爵家の使いが来て、アランはお前と婚約破棄をしたいそうだ。」
「お父様、何をおっしゃっているのです?確かにアランとは少し喧嘩…と言うか激しく言い合いにはなりましたが、いつも通りですし。それに、我が家は侯爵家です。アランの家からは一方的婚約破棄など出来るわけがございませんわ。」
「そうだ。ランドル家は侯爵で、アドウィンは伯爵位だ。力関係では我が家が遥かに上だ。そして、アドウィン家の三男であるアランを入婿としてお前との婚約を条件にアドウィン家へ多額の援助をしている。」
「その通りですわ。それが何か?」
「その援助を打ち切ってもいいので、お前との婚約を白紙にしてくれと連絡がきた。あの家はうちからの援助がない限り財政が立ち行かず苦しい状況になるにも関わらずだ。なぁ、イザベラ。教えてくれ。一体お前はアランに何をした‼︎」
父が椅子から勢いよく立ち上がり、怒気を含んだ声を張り上げ、屋敷中に響き渡るほどの声量で叫んだ。今まで父が私に声を上げたこともなんて一度もない。
私は怖くて堪らず涙目になって今日言い合った内容を父に話す。
「アランがっ...他の人と話すから...婚約者がいるのに他の人とランチしたりするから...それが嫌だから私と一緒に居てって...言って、それでアランがそれが理解できないとか言うんですわ...」
父が椅子に深く座り直し、下を向いて大きなため息をつく。
「私はアランが好きだから全部知りたいだけっ...なのに解ってくれなくて...」
「それは子供が気に入らないことに対して、癇癪を起こしている様なものだ。」
「ベラ...私は育て方を間違えた様だ。幼い頃に母を亡くしたお前に甘くしすぎたみたいだな。」
「お父様...?私はアランが好きで、愛しているから、嫉妬するのは当たり前じゃないですか!どうして解ってくれないのです...!」
「もう下がれ...追って沙汰を出す」
「...っ‼︎お父様っ‼︎」
それからすぐに私は表向きは療養という事で、ランドル家領地の修道院に入れられてもう7年が立つ。ここは孤児院と併設されて居て、私は主に孤児院で子供達の遊び相手をしている。
「ベラー、あそぼー。」
「ベラ姉様は私とお勉強するの。」
「腹減った。」
「ベラねーご本読んで。」
「皆んな順番ねー。お腹空いたのなら厨房にでも行って来なさい。」
父に修道院行きを命じられ、最初は絶望感しかなかった。子供達の相手をする事も、なんで私が‼︎と意地になって部屋から何日も出ず、惨めで消えてしまいたい気持ちとなんで皆私の気持ち解ってくれないのかと怒りが収まらなかった。
子供には性格ブスと罵られ、10歳の子と本気で喧嘩をする始末。
結婚適齢期を過ぎる頃にもなると、徐々に怒りも薄れてきて自分の行動を見つめ返す時間ができた。
私は初めて手に入れた私だけの物として、アランに執着していたのだと思う。我慢が出来なくて、我がままで彼に依存していたのだ。そこには好きな気持ちも、愛してると思った気持ちは確かに存在した。ただ、好きで相手を尊重する気持ちより、執着する気持ちが強かった。
相手に対し思いやりを持つことがなかった。自分の為に、自分の事だけを考え、自分の思い通りにいかないと言いがかりを付けていたのだ。文句を言っても私から離れないと何故か思っていたから。
それでも何処か心の隅では不安があったから執拗に好きだと言わせ、プレゼントを強請り、自分の行動に付き合わせて、愛を図る尺度にしていたのだ。同じ事を返してくれない、アランに対し苛立ちをぶつけながら...それは愛でも恋人にすることでも何も無かった。私は私自身が満足する為だけに暴走していたのだ。今の私が同じことをされたら顔も見たくないだろう。
――5年かけてやっとその事に思い至ったのだ。
あれから父は領地に来る度に様子を見に来て下さるが、少しバツの悪そうな顔をしている割には何度も足を運んでくださった。しかし修道院から戻ってこいとは言わない。
私ももう25歳で、貴族令嬢にしてはかなりの行き遅れだ。おそらく同級生で結婚していない人はいないだろうし、子供も何人もいるだろう。
修道院に来てから少し経って友達に手紙でも書いたらどうか?と言われた時に気がついたのだ。手紙を送り合う友人と呼べる相手も居なかった事に...
そして自分がどれだけ子供だったかという事に...
いやー、あの頃は若かったから。で済まされるのは男性だけだ。侯爵令嬢としては少しの醜聞も命取りだ。私は一人っ子だったから、そのうち父が養子を貰って爵位を継がすであろう。私はここで子供達と過ごせれば良い。
いつか機会があれば、アランに一言謝りたいと思うが、もう会うことは無いだろう。彼は優しかったからきっと今では幸せな結婚生活を送っているはずだ。
「ねぇ、ベラ様ー聞いてるのー?」
「ごめんなさいね。少しぼーっとしてたわ。」
「ベラ様って最近良い子になったけど、まだまだだよね。」
「あんま怒んなくなったってこんな年増嫁の貰い手なんかねぇよ。」
「あなた達ー‼︎女性に対してそんな口の利き方はしてはいけません!」
怒られているのにきゃぁきゃあ楽しそうな子供達を見て、ふっと口角が上がる。
「あ、じゃなくてさ、ベラ様にお客さん来るって施設長が!」
「ん?お父様じゃないの?」
「孤児院の庭園でお茶してるって!」
「解ったわ。伝えてくれてありがとうね。」
庭園へ駆けつけて人影を確認した後、そのままそちらへ向かって軽く腰を折り頭を下げ挨拶をする。
「お父様?わざわざお越し頂いてありがとうございます・・・?」
父だと思って声を掛けたが顔を上げて確認すると、その後姿は若い男性の物であり、一瞬胸がトクンと高鳴った。
庭園を一望できるように設置されたテラス席でお茶をすすりながら庭を眺めていた男性がこちらを振り返る。その姿を見て溜まらず息を飲む。
「・・・アラン?」
「・・・久しぶりだね。元気だった?」
数年ぶりに見たアランは当時より少し背が伸びて青年と言える風貌になっていた。
当時は茶色のくせっけをそのままピョンと跳ねさせたままだったのに、現在は整髪料で後ろにキレイに寝かせてある。優し気な眼差しはそのままで、深緑の瞳が少し眩しそう目を細めに此方を見つめている。
「どうして...こちらに?」
「君の父上が腰を痛めてしまって、僕が代わりに物資を運んできたんだ。丁度タイミング良く侯爵家を訪れていてね。」
「まぁ。お父様は大丈夫でしょうか?アラン・・・様はお元気そうで安心致しました。」
「2,3日安静にすれば問題ないそうだよ。君も元気そうでよかった。昔のようにアランでいいよ。僕もベラと呼んでも大丈夫かい?」
「それは良かったです。いつかアランに会うことがあれば、あの時のことを謝りたいと思っていました...当時は本当にごめんなさい。」
「いや、謝らないでくれ。僕も子供だったんだ。君の言動を理解できずにお互い傷つけ合ってしまった。」
ハハッ懐かしいな。と彼は何かを思う出すように笑う。いけないと思いつつも彼の笑顔を見て当時の気持ちが蘇り胸が弾んでしまう。
「父上から僕のことは何か聞いてないの?」
「いいえ...お父様はたまに来ては申し訳なさそうにしてらっしゃいますわ。」
アランはカップに視線を落としゆっくりと一口お茶を飲んでは、視線をカップへ戻す。
気まずい。気まずい。思っていた以上に気まずいわ。一体何を話せばいいのかしら。
「おっちゃんーもうさーさっさとゆっちゃえよー。」
柱の影から年長の男の子がいきなり声を上げる。声のする方へ振り向くとあ、ばか!と他の子達が慌てて口を押さえつけている。
「いやだってさ、もう3年だぜ?月に1度はベラ姉に会いに来ては姿を確認しただけで帰っていく。やっと 面会したと思ったら無言。俺たちも嘘つくの必死だっつーの!」
一体何の話をしているのかしら。
まさかアランが私に会いに来てくれていた?
ドキドキする気持ちと不安な気持ちが入り混じって何だか胸が苦しくなってきた。
「ベラ。」
声がする方へ恐る恐る振り返る。
アランがこちらに近づいてきてそして私の前で跪き、私を見上げる。
「ベラ。僕と結婚してください。」
そしてポケットから指輪を取り出し、私に差し出した。その指輪には見覚えがあった。
昔アランと買い物帰りに結婚するならここの指輪が欲しいとおねだりした事があった馬鹿みたいに高い指輪だ。
「ちょ、えっ、はぁああああぁあああぁあ!?」
ついに私の脳みそのキャパがオーバーした。
「え、本気で意味わかんない!私貴方にあんなに酷いことしたのよ!?いちゃもんつけて貴方を困らせて、束縛して我がままばかり!そんな私に嫌気が差して婚約破棄したのよね!?そして私は行き遅れた!それでもういいの!今の生活を気に入ってるし、いきなり6年ぶり?7年?何年ぶり?に現れて結婚してくださいーーー!?順を追って説明しなさいよ!」
アランは吃驚したように口を開けて見てくるし、孤児院の子供達はあっちゃー。ベラ姉が切れた。ぼろ出てる。もう無理じゃね?ババアだしと言いたい放題だ。
「あんたらまで何をそんなに吃驚してるの!?私だって自分のした事には反省はしてるわよ。でもね、性格まではそんなん簡単変わらないのよ!仕方ないじゃない!」
一気にまくし立てたから息も絶え絶えに目も涙目になってきた。
「ベラ、君と離れて半年ぐらいして君の大事さに気が付いた。流石にずっと束縛されて干渉されるのはしんどかったんだけど、僕は結構君のわがままを叶えるのが好きで楽しかったようだ。実は君の父上は婚約破棄についてもう一度考え直してほしいと僕に猶予をくれたんだ。君が欲しがってた指輪を自分の力で手に入れて君に結婚を申し込もうと考えてから、いざ君の姿を見ると怖気付いちゃって何年も掛かってしまったんだけど、もう一度いうよ。僕と結婚してくれませんか?」
「・・・行き遅れのババアだけどいいの?」
アランを正面から見るのが恥ずかしくて横目で見ながら尋ねる。
「いやもう指輪握りしめてるじゃん!」と子供達が呆れたように突っ込む。
「うるさーーーーーーーーーーーーーーーーい!」
アランが泣きそうな笑顔でありがとう頬にキスをして、恥ずかしくてどうしていいか解らない私は、指輪を握りしめたまま子供たちを追いかけまわした。