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星の降る降る(前編)

 

 

 ここよりずっと遠い雲の上に一人の黒うさぎがすんでいました。


 明るい時間は雲のベッドで眠り、暗くなると雲の上から星の原っぱへ出かけます。


 もうずっと、ずーっと昔のことでしたが、黒うさぎは一度だけ雲の下へ降りたことがありました。


 黒うさぎの仕事は星の原っぱを抜けて一度は雲の下へこぼれ落ちてしまった星を、その中でも大きな星を探して拾い上げ、もう一度雲の下へとこぼしてやることでした。


 でも、これはなかなか大変な仕事です。


 一度こぼれてしまった星たちは雨に混じって雲に戻ると大きな河になってしまうので、黒うさぎはこぼれた時にぶつかり合って欠けてしまった星たちの中に手を入れなければなりません。


 欠けて尖った星たちは黒うさぎの手にたくさんの傷をつけました。


 もうずっと、ずっと、ずーっと昔の黒うさぎはこんな仕事が大嫌いでした。


 痛くても辛くても、誰にもほめてもらえませんし、何よりとても寂しいのでした。


 どうしてこんな雲の上に一人きりでいるのか、黒うさぎにはもう思い出せません。思い出せないはずなのに、何故だかとても哀しいのでした。


 だけど今では平気です。


 黒うさぎは思いきって欠けた星の河の中に手を差し入れます。手がジリジリ痛みますがそんなことは気にせずに、黒うさぎは赤や青や黄や緑の星たちをザラザラと引っ掻き回します。


 黒うさぎの手が傷だらけになった時、指先に大きな橙色の星のかけらが当たりました。


 黒うさぎはにっこりして橙色のかけらをすくい上げると、それを星磨き布で丸くなるまでていねいに磨き上げます。


 星はとても堅いのでまん丸にすることはできません。それでも黒うさぎが汗をかくまで磨くと、柔らかい楕円形になりました。


 黒うさぎは楕円形になった橙色の星を服のポケットに大切に大切にしまいます。


 その他にもいくつか良さそうな星のかけらを見つけると、それなりに磨いて麻の袋に詰めました。


 今日の橙色の星は久しぶりの特別良い星です。黒うさぎはこぼす前から心が浮き立つのを感じました。


 ずっと、ずーっと昔に雲の下でした約束まであともう少し。あともう少しで黒うさぎは一人ぼっちではなくなります。


 待ちどおしくて、待ちどおしくて―――。


 黒うさぎはまた 星の河に手を入れます。



******



 白うさぎは今日もベッドの上にいました。


 外はとっても良い天気ですが、白うさぎのいる部屋の中はランプの灯りが揺れる以外は真っ暗でした。


 カーテンは閉めきられて細い陽の光すら入りません。


 白うさぎの世界は、朝でも昼でも夜でした。


 皆が遊べる陽の下は白うさぎにとって憧れの場所であり、怖い場所でもあります。


 白うさぎは、夜にならないと外に出られない病気でした。陽の光に当たると火傷をしたように痛むのです。


 友達は最初は何人かいた気がしますが、いつからか白うさぎの部屋にはお父さんとお母さんの他にはお薬を持った先生しか来なくなりました。


 毎日明るい時間には、窓の外から楽しそうな声が聞こえてきます。


 白うさぎは耳をたたんでベッドの中で暗くなるまでじっとしていました。


 毎日、毎日、毎日、毎日―――夜の誰もいない時間だけが白うさぎの遊べる窓の外でした。


 何もする遊びなんてありません。


 だって誰もいないのですから。


 それでもお父さんも、お母さんも、先生も、外で遊べと言うのでした。


 ある時、白うさぎがぼうっと夜空を見ていると、赤だか緑だかの小石くらいのかけらが落ちてきました。


 夜にある物の中で初めて色のついた物を見つけた白うさぎは嬉しくなって、それを宝物にすることに決めました。


 ずっと、ずーっと昔のことです。いつものように白うさぎが宝物を探していた時、夜の暗闇が動いた気がしました。白うさぎは怖くなってじっと暗闇を見つめます。


 するとその暗闇は自分と同じような姿をしていることに気付きました。しかもその暗闇は白うさぎが探していた宝物を拾っているではありませんか。


 白うさぎはびっくりするのと悔しいのとで思わず大きな声で言いました。


「あなたはだぁれ? それは私の宝物なの。お願いだから返してちょうだい」


 すると暗闇がびっくりして振り返った気配がしました。


 そこで初めて白うさぎの存在に気付いた黒うさぎは自分がどろぼう呼ばわりされたのだとわかると、怒ったようにこう言いました。


「君こそ誰だい? これはもともと僕の仕事道具だよ。なかなか戻ってこないからこうしてわざわざ探しに来たんだ」


 これを聞いて白うさぎは驚きました。だってあの宝物は空から落ちてきたのですから。


 この暗闇はとても嘘つきなのか、それとも本当に自分が暗闇の仕事道具を拾って困らせてしまったのか、白うさぎにはわかりません。


 白うさぎが何も言い返してこないので、暗闇の方からも困っているような気配がしてきます。


「君はこれが何か知っていて、それでこれが欲しいのかい?」


 先にそう言ってきたのは暗闇でした。


「それが何かは知らないけれど、夜に光っている色のある物は初めて見たの」


 白うさぎはそっと答えます。


「色のある物なんて明るいところでは珍しくもないだろう?」


 暗闇の不思議そうな声に白うさぎは泣きそうな声で言いました。


「明るいところは知らないの。私は夜しか外に出られない。こんな時間に誰かに会ったのも、お喋りしたのもあなたが初めて」


 うつむくと、涙がポロポロあふれます。


 こんな時間に初めてお喋りする相手があらわれたら、もしも自分と同じなら、友達になってと声をかければ良かったと白うさぎは思いました。


 ふと、顔に風があたります。


 白うさぎが顔を上げると、そこには暗闇がつき出した手のようなものがありました。手の上ではギザギザした宝物がユラユラ緑色に光っています。


「これは星のかけらだよ。でも、雲からこぼれ落ちる時に地面にぶつかって欠けるんだ。このままだと危ないから、そんなに欲しいならみがいてあげるよ」


 そう言うと何かをかぶせたのか、一瞬あたりは真っ暗になりました。


 それにしても、不思議です。色んなことがそうですが、こんなに近くに、それも目の前にいるとゆうのに白うさぎには暗闇の顔が見えないのです。


 もっと顔を近づければ見えるのかしらと白うさぎが目をこらすと、暗闇が手の上からかぶせていた何かをどかしました。


 見ると、さっきまでギザギ していた宝物はツヤツヤとなめらかになっています。そのせいでギザギザと好き勝手な方向に光っていた星のかけらは、優しくトロトロと光りました。


「これでもう大丈夫。だから君も笑ってくれなくちゃ」


 暗闇は白うさぎの手をとると、トロトロと光る星のかけらをその手の上にのせてくれました。


 こうなるとやっぱり悪いのは自分だったのだと白うさぎ 恥ずかしくなります。


「ありがとう。それから、ごめんなさい」


 白うさぎが素直にあやまると、暗闇は声を出さずに笑ったようでした。


「別に悪気がなかったならいいんだよ。それに僕が探していたのはもっと大きなかけらだから」


 暗闇は白うさぎに優しく言います。


「それに、君がこれを宝物だと言ってくれて嬉しかったんだ。僕がしていたことは無駄じゃなかったんだから」


 思いがけずにそう言われた白うさぎは、暗闇の手を握りました。


「無駄なはずがないわ。あなたがこれをこぼしてくれるから、私は夜でも一人でも、こうして外を歩くのよ」


 何もないと思っていた白うさぎの世界を、暗闇がこぼす星は陽が射すカーテンの向こう側の世界のようにかえてくれました。


 白うさぎが力を込めて握る手を、暗闇はじっと見つめています。


 握りあった手のすき間から、緑の星はトロトロと淡い光を放っていました。


「――――君がもしも寂しいなら」


 暗闇はそう言ってからまた少し黙り込んで、何かを考えているようでした。


「――――君も、もしも寂しいなら」


 消え入りそうな声で暗闇は続けます。


「僕と一緒に行ってしまうかい?」


 暗闇は白うさぎの手を握り返して言いました。


「もちろん雲の上にだよ」


 白うさぎはとても嬉しくなって、もちろんよ、と言いかけました。


 ―――――けれど、どこかでお父さんの呼ぶ声がします。


 ―――――それに、泣き出しそうなお母さんの呼ぶ声がします。


 ほんの一瞬、白うさぎは暗闇から目をはなしてしまいました。


 すると急に握っていたはずの手は、星のかけらの感触だけになります。


「待って! どこに行ってしまったの!」


 白うさぎはお父さんとお母さんの声を振り切ろうと原っぱを走りました。


「今はまだ、君を呼んでる人がいる。だからつれては行けないけれど、約束するよ!」


 どこからか、暗闇の声だけが聞こえます。


「雨や曇りや雪の日は無理だけど、晴れている夜には外に出て。特別大きな星のかけらを欠けないように、雲にくるんでこぼすから!」


 白うさぎ 泣きました 。泣きながら暗闇の声に大声で返します。


「そんなのいらないからつれて行ってよ! 一人ぼっちになるのはもう嫌なの!」


 手の中にはトロトロと光る星のかけら。


 空には月と、砂糖を散らしたような星があるだけです。


「誰も君を呼ぶ人がいなくなったら、こぼした星と雲で僕に合図して。今日みたいな夜にそれを広げて待っていて。そしたら僕は飛んで行くから! きっときっと、約束するよ!」


 それだけ言うと、暗闇の声はもうどこからも聞こえなくなりました。


 白うさぎはその場にしゃがみこんで泣きました。手の中ではトロトロと、緑の星のかけらが優しく光ります。

 

 後ろからお父さんが駆けてきました。


 後ろからお母さんが抱きしめてくれました。


 二人とも口々に「寂しかったのね」となぐさめてくれます。


 けれどもそれは半分当たりで、違うのです。


 暗闇とはわかり合えた寂しさの形は、白うさぎの心の中で、いっとう強く光ります。


 優しく白うさぎをなでてくれる二人の腕の中、寂しいのかときいた暗闇の声が、いつまでも耳に残るのでした。



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