君に指輪を
「もし死ぬときになにかをあの世へと持っていけるなら、なにがいいですか」
いつの話だろう。雑誌かなにかの取材だったか。月見草、ゼラニウム、スズラン、マーガレット、ラベンダー。花束を抱えた男への質問じゃないだろうと、少しおかしかった覚えがある。
「……指輪を」
数秒間、僕は黙る。指輪と言うのに、時を要した。頭の中には君の笑顔と、君の声と、君に贈るはずだった指輪。
「それはどうしてでしょうか?」
意外そうに、彼女は聞いてくる。左手に指輪をしているわけでも、高級な服に身を包んでいるわけでもないのに、といったところか。
「贈れなかった婚約指輪を贈りたいからです」
君に。たった1人、僕を愛してくれた君に。
僕は、なにを返せばいいのだろう。僕があげられるものなんてたかが知れていて。僕にとって一番大切なものは、もう君にあげている。
『一番大切なもの?』
『ええ、そうよ。あなたの一番大切なもの』
『君だ』
『私以外よ』
それは難しいな。僕は笑って、少し考えてから口にした。
それを聞いて君は、嬉しそうに笑った。そして言った。
『あなたの心を、私にくれる?』
『もちろん。僕の一番大切なものを、君に』
君の動作の1つ1つが、君の表情のすべてが、君の声のことごとくが、僕の心を作ってくれた。
だから。やっぱり、僕の一番大切なものは君なんだ。
あの日、赤い花の中に沈んだ指輪。君に贈るはずだったあの指輪。一生懸命に、君に似合うよう選んだあの指輪。
死ぬときに、一緒に持っていくよ。
それまで僕はただ腕を広げて待っている。
けれど、君が飛び込んでくるわけがない。ましてや、都合よく死が飛び込んでくるわけもない。だからただ、待つんだ。
僕の腕は今日も空っぽだ。きっと、いつまでも。
作中に出てきた花は、花言葉にもこだわっています。もしよければ、調べてみてください。