変わった未来。投げた石。
「セシリア~」
嘆く男。その視線の先の少女は、まるで男が存在しないかのようにパンをほおばっている。
「なぁ、パパが嫌いなわけではないよな?ただ、パパがあんまりギュっとするもんだから恥ずかしくなったんだろ、な?」
男は必死に少女に話しかける。
少女の手が止まる。そしてゆっくりと男の方を向く。彼女が振り向くとわかった瞬間男の顔がぱあっと華やぐ。
「セシリア!やっぱりそうだったんだな!ああ、よかった。そうかそうか、やっぱりセシリアはパパのことが「父様」……ってなんだい、セシリア」
「なぜ私が恥ずかしがっていると思ったのですか?」
質問する少女。彼女の眉はひそめられ不快感をあらわにしているが、何か勘違いしている男はそれに気づかない。
さらには少女に質問され、彼女が俺の話を望んでいるっという風にガッツポーズをする男。
しかし少女がそれを見てため息をついたので,我に返りあわてて話し始める。
「ああ、セシリアに嫌われたと思って落ち込んだ俺は…………ああっそんなことないのにな!セシリアが俺を嫌うなんて!ごめんよセシリア、パパ、セシリアのこと疑って……「父様。それで?」」
また、おかしなところでテンションが上がってしまった男に少女が若干イラつきながらも話の続きを促す。
額には青筋が浮かんでいる。
あれ?若干どころじゃねぇ。マジ切れ寸前だ。
「んん……ええーっとどこまでだった……「落ち込んだところです」ああ、そうだったな。それでパパはいつものようにラグス婆の所に行ったんだ」
「へぇ、ラグスさんのところに、ですか」
納得したという表情をみせる少女。
もういい、と食事に戻った彼女であったが、男は話を続ける。
「パパは、涙ながらに事の顛末を話した。そしたらラグス婆は言ったんだ、嫌よ嫌よもスキのうちってな!さすがラグス婆だぜ!」
再びガッツポーズ。
しかし、少女はすでに食事が終わり食器を運んでいたため、ここからいなくなっていた。いなくなる途中、彼女から一緒に行こうと誘われたのだが俺は彼を放ってはおけないと断った。
いまだガッツポーズを続ける彼を見て、俺はやれやれと首を振る。
「父さん、セシリアならもう…………いないよ」
心苦しいが告げざるを得なかった。
これ以上、かっこよかった父さんが壊れていくのを見ていられなかったのだ。
「あれ?セシリア?」
呆然とつぶやく父さん。
なんだか、涙が出てきたよ。
一回目では見なかった光景。
父さんは、筋金入りの親バカになっていた。
◇
「兄様!兄様も父様にいってください!本当に嫌だって」
俺に詰め寄る少女。俺を見るそのきれいな碧眼に見入ってしまったが、返事をかえす。
「別に言ってもいいけど、言ったらどうなると思う?まず、信じないし、仮に信じたとしても、あの父さんだよ?もうパパ死んじゃう~といいかねないじゃないか」
「そ、それはそうですけど」
俺の言葉にくやしげに唇をかむ彼女。その姿は兄のひいき目抜きにしても、一枚の絵になるほど美しかった。
父さんが親バカになるのもわかる気がする。
だが、問題となるのはそれが一回目ではなかったということだ。
一回目では娘をかわいがってはいたが、人格が崩壊するほどではなかった。
原因は分かっている。父さんがセシリアが生まれるときにした決断。父さんはそれを悔いている。その罪滅ぼしといっていいのかわからないが、彼はとりつかれたように娘を愛するようになったのだ。
しかし、一回目では父さんがあの決断をすることも、その結果である親バカになることもなかった。
一回目と今回との違い。それがこの状況の本当の元凶といっていいだろう。
それは__
「兄様、私疲れました。もう寝ましょう?」
「ん、そうだな」
俺のクラスメートに啖呵切ったり、父さんの過剰なスキンシップなどをしてへとへとになったのであろう彼女は、考えごとをしていた俺の服の袖を引っ張りベッドを指さす。
俺はそれに頷くと、一緒にベッドへと向かう。
この家は小さく、俺と彼女もまだ幼いということで一緒の部屋で寝ているのだ。
そんなことがばれたら、冗談抜きで学校で殺されかねないので誰にも言っていない。
ちなみに、父さんは母さんに怒られしぶしぶ別の部屋で母さんと寝ている。
ん?
あんな美人さんと寝るのにしぶしぶだと?
自分で思って気が付いた。
あの男許すまじ。
いままで家族のよしみでフォローしていたが、あいつ、男の敵だ。
別に母さんにそんなやましい気持ちがあるわけではないが、<過去>において女性に恵まれなかった俺としては腹立つもんは腹立つのだ。
ぐぬぬぬ。抑えきれぬ怒りに歯を食いしばって美しい彼女と一緒にベッドへと入る俺であった。
◇
一回目と今回との違い。
それは、俺の隣で寝ている彼女だ。
セシリア。
俺の妹。
彼女は一回目より一週間早く生まれてきた。
そのため、父さんが一回目のように過ごしたであろう一週間が消え、あのような決断を下したのだろう。
そう、彼女こそが今回の状況の元凶……ではない。
何を隠そう元凶はこの俺だ。
だって、俺が明らかに一回目と異なる行動をしているだろう?
一回目の時の俺とは全く違うのだ。
一回目の記憶を持つ俺。
そんな俺が果たして一回目と同じように物事を感じ、同じように考え、同じように行動するか?
新たな記憶がある以上、無意識に何かしらの行動の差異が出るだろう。
もっとも俺はあの眼についての実験など行っているから違っているのは当たり前だ。
バタフライ効果というものがある。
小さな行動の選択の差異が、やがて大きな未来の分岐の原因となる、というものだ。
俺がとった一つ一つの行動が確実に未来を分岐させている。
今回の件でそう確信した。
そして確信とともに希望が生まれた。
だって、未来が変わるなら今から六年後に起こる、あの忌まわしい出来事もおこらなくなるのではと考えたからだ。
彼らを恨んでいないといったらうそになる。
だが、彼らの気持ちもわからなくはない。
俺も彼らの立場だったら、同じようにするだろう。
それになにより、彼らのことを考えるだけで足が震える俺が彼らに何かできるとは思えない。
あの村に行くことになったら俺は本当にストレスで死ぬと思う。
関わらない道があれば俺はそれを選びたい。
でも、と思う。
あの村でたった一つの心残り。
周りに促されるまま投げた石。
あの感触はまだ手に残っている。
そんな事実はまだおこっていないため、ありえないのだが、俺は忘れない。忘れたくてもできない。
目覚めてから家族を守ると決めた俺はもう一つ自分に誓いを立てていた。
いや、一回目でもそうしたかったのだろう。
———彼女を救う———
俺は彼女を助けなければ、この優しい家庭にいる資格がない。自分本位だが、絶対に守ると決めた誓い。
未来が分岐しているかもしれない今、俺はあの村に能動的にいく必要がうまれた。
あの村に…………うう、お腹痛い。
また今度考えようかな。
心が弱い俺は考えることをやめ、眠りについた。