それから四年
コツコツコツ。革靴の音を響かせ教室を回る男。
男の手には教科書が握られ、もう片方の手は腰の後ろに回されている。
「で、あるからして、魔法には詠唱魔法と術式魔法、契約魔法があるわけです」
教室内の生徒たちは皆幼く七、八歳といったところか。どの子も真剣な表情で男の話に耳を傾けている。
教室を歩き回っていた男は教卓の前に来ると足を止め、生徒の一人を指さす。
「では、アナン君。それぞれの魔法について君が知る範囲で述べなさい」
「はい先生」
指名され起立した少年は周囲のあざけりの視線をものともせず質問に答える。
「詠唱魔法は、術者個人のイメージをもとに魔力を具現化したものです。魔法効率がよく、特別な準備も必要ないので戦闘などによく使われます。欠点は、術者の魔力供給が切れると消滅するため長時間維持しにくいことが挙げられます。
術式魔法は、魔石を使えば維持することも簡単なので私たちの誰でもがつかえる魔法で、最も普遍的だといえます。欠点は、魔法効率が悪く、術式の作成に知識が必要なことです。
最後に契約魔法ですが、これはほかの二つとは違い、魔力を必要としません。詳しいことは分かっていませんが、すべての本質である魂に誓約を刻み付けることだとされます。
「許諾」もこの一つに含まれ、ほかにも王国騎士の「忠誠の儀式」などにもこの魔法が形式だけですが使われるなどしています。
魂に、いわばその人すべてに対し干渉することができる魔法のため、信頼できる人間との間でもちいられたりしますが、奴隷を服従させるのにもつかわれたりするそうです。以上です」
「よろしい。よく勉強していますね」
「ありがとうございます」
すらすらと答えた少年は一層強くなった視線の中着席する。
少年の答えに満足した男は再び話はじめる。
「知ってはいるとは思いますが、あなたたちが、この学校で学ぶのはこの中でも詠唱魔法だけです。術式の組み立てや、契約の行い方などは初等教育では学びません。難しいということもありますが、一番の理由は。」
そこでいったん言葉を切るとおもむろに教卓の中から何かを取り出す。
「みなさん、見えますか?そうです。魔石です。
我々の生活に欠かせないモノ。様々な恩恵を私たちにもたらしてくれるこの石ですが、同時に厄災ももたらしてくるのです。ダン君、魔石はどのようにして採られているのかな」
「はい先生。魔石は主に魔獣から採れます」
「そうだね。われわれ人間、いや、生き物すべての敵、魔獣。彼らは、生物でもなく無生物でもない。生き物の魔力を喰らい、無限に進化、増殖を続ける。彼らはどこにでもいて、生きとし生けるものを襲う。
もし、君たちが彼らに遭遇したらどうだ?
大人よりも無力な君たちはものの数秒で食い殺されるだろう。
だが、君たちが魔法を学びそれをうまく使えたらどうだろう?数秒が数十秒に伸びるかもしれない。ちょっとしか変わらないと思うかな?
でもね、その数十秒があれば大声を上げることも、近くの村へ走ることもできる。
魔法の有無が君たちの生死を分けるんだ。
さらにいえば、君たちがもっともっと勉強して魔法がよりうまく扱えたら、君たちだけじゃない、君たちの守りたいものだって守ることができるんだよ」
男の言葉に静まり返る教室。
子供たちの口は真一文字に結ばれ、だれもが目に鋭い光を宿している。その中でも一際鋭い目をしているのは先ほどあてられた二人だ。
「つまりだね、詠唱魔法を優先的に学ばせるのは、それが最も自衛に特化したものだからなんだ。決して人を傷つける手段として教えるわけじゃないんだ。そのことをよーく頭に置いといてください」
にっこりと笑う男。
静寂の中、鐘の音が鳴る。
「はい、では座学はここまで。次回はアラストル体について授業します。それでは、みなさん次は実技です。先ほど言ったことを頭に、より一層頑張ってください。解散!」
男が手を叩きながら指示を出す。
その声に、ついさっきまで真剣な表情であった子供たちは、年相応の顔へと戻り教室を出ていく。
廊下が喧騒に包まれた。
子供たちは数人のグループで話し合いながら校庭へと向かっていく。
その中で一人、アナンとよばれた生徒だけがだれとも会話をしないまま足早に歩いていた。
校庭といっても校舎代わりに使っている教会の外にある荒れ地なので大したものではないのだが、結構な広さがあり、子供たちが全員両手を広げられるくらいはあった。
生徒たちがそろう。遅れて男がやってきた。
「それでは、実技の授業を行います。」
パチパチ。まってましたと、言わんばかりに生徒側から拍手が起こる。その拍手に苦笑いを浮かべた男は額の汗をハンカチでぬぐう。
「はいはい、ありがとうございます。学ぶ意識が高いことはいいことですが、危ないですから落ち着いて行動してください。えー、では、今回は水の魔法をおしえます。」
生徒があからさまにがっかりする。
火、火がいいよー。そんな声も聞こえる。
「そんなこといわない。みなさん水魔法にあまり関心がないようですが、使いこなすことができれば強力なんですから頑張って学びましょう!」
高らかに腕を上げる男。しかし子供たちの間に漂う空気は変わらない。恥ずかしくなった男は手を下ろし、わざとらしく咳をして強引に先へ話をすすめる。
「とにかく、やりますから。まずはお手本を見せます。よく見ててください。≪水よ≫」
男の手が光、指先にゴルフボール大の水の塊が現れる。
「水は、その形を変えやすいという特性上このように自由に動かすことができます」
水の塊は男の指の上で縮んだり、伸びたり、ウニのようにとげとげになるなど形がかわる。
それを見てようやく子供たちの顔に明るさがもどってきた。
「さらに、こんなこともできますよ。≪弾≫」
指を水の塊を浮かべさせたまま、誰もいない方向へとむける。
ビュン。水の塊が勢いよく指が向いている方向へ飛び出した。
おおぉ~。生徒たちから歓声が上がる。
水魔法すげー。やってみたい。
そんな声をきいて、子供たちの関心を引くことに成功したことを確信した男は、満足そうにうなずくと、手を叩き、場を鎮める。
「では、早速ですが、皆さんの水のイメージを教えてください。」
冷たい、透明、おいしい、夏、雨、氷、涙、井戸、スープ__
思い思いのイメージを口にする子供たち。
「はい。みなさんイメージはできましたか?出来た人は、そのイメージを強くもったまま、いつものように人から十分離れて、人のいない方向に自分の中の『水』を出してみてください」
じっと瞑目していた子供たちは一人、二人と距離を取り始め魔法を行使しはじめる。
「教えている通り、呪文詠唱はだめですよ」
男は生徒が口をもごもごとさせていたのを見とがめると注意をする。
「詠唱魔法は、詠唱とついてはいますがあくまで基本は無詠唱です。詠唱は個人のイメージの想起に役立つものですが、君たちには不要なもので、むしろイメージ力の成長を阻害する害悪にしかなりえません。先生は成長期を過ぎた大人なので使ってもいいのです」
「先生!できました!」
子供の一人が声をあげる。ダンと呼ばれた子だ。
「ダン君、もうできたのかい?」
「はい先生。簡単でした」
「すごいねぇ。じゃあ、かたちを変えたりはできるかい?」
「えーっと、こう、ですか?」
少年の手の中で水がモニュモニュと不格好ながら形を変える。
「うわ、すごい。本当にすごいよ。ダン君、君は将来、宮廷魔法師になれるかもしれない器だよ」
頭を掻き照れるダン。男は彼をしばらくの間ほめたたえていたが、次第にあちこちから男を呼ぶ声が聞こえ始めたので子供たちの間を回っていく。
「もっと、イメージして。そう、でそのまま魔力供給を切らさないで……ほらできた」
「ありがとうございます。先生」
子供たちの大半は、男のアドバイスもあり水の塊を出現させるまではできるようになっていた。が、いつまでたってもできる様子が見られない子がひとり。
「アナン君、どうだい?」
「ダメです先生。どうやっても水が勝手に落ちてしまいます。」
「イメージの問題か、魔力供給の問題か」
「ここまでできないと、おそらく僕には無理なんでしょう」
「そんなことないよ、アナン君。君は現に水までは出せているじゃないか、頑張ればきっとうまくなるよ」
男ははげますが、その子の表情は晴れない。
「いや、ダメだと思います。なんか、水のことを思おうとすると別のイメージが入ってきて邪魔をするんです。おそらく、僕の幼いころに水に関する何かがあったんだと思います」
「そうですか。いやなことを思い出させてしまったかな」
男は、聞いてはいけなかったと、申し訳なさそうな表情になる。アナンはそんな彼に首を振る。
「いえ、かまいません。はっきりとした記憶がない以上、この考えが正しいかもわかりませんから」
男はその後も子供たちに指導を行っていた。
やがて教会の鐘が鳴ったので、男は子供たちを集め下校するようにいった。
「ここで解散します。気をつけて帰ってください。あと魔法は、学校外では使ってはいけませんよ」
はい先生。口をそろえてこたえる子供たち。
彼らは教室においてきた荷物を取りに教会へともどっていった。
◇
「おい。アナン」
来たか。
鞄に筆箱を詰めていた俺はその声にふりかえる。
本当は嫌だが、無視した方が面倒なのだ。嫌々返事をする。
「なんだよ」
ふん、と鼻を鳴らすソイツ。
周りには取り巻きがおり、そいつらも俺のことを小ばかにしたような笑みを浮かべていた。
「優等生君よぉ。今回もダメだったなぁ?」
「そうだな」
意識してぶっきらぼうに返す。こういう奴には過剰反応すると逆効果だ。
かまうな、放っておいてくれ。言うと付け込まれてしまうため、せめて察しろと視線で伝えようとするが、ソイツは意にも介さず話を続ける。
「テストではいい点とっても、実技がこれじゃぁなぁ?おい」
クックック、笑いだすソイツ。
取り巻きどもも同調して笑いをもらす。
「そうだな」
さっきと同じように事務的に返す。
ああメンドクセ。決してイラつかないわけではないが、しょせん子供の戯言。心が広く、大人な俺は奴らに憎悪などこれっぽっちも抱かない。
まぁ、もっとも、こいつらがなんでこんなに俺にかまうのか。その本当の理由を知っている俺としては、むしろ奴らが滑稽で仕方ないのだが。
ほらほら、こうしているとその「理由」がそろそろくるぞ。
「兄様!」
ほれ来た。
「ああ、セシリアか。今帰るところだよ。少し待っててね」
俺はやってきた「理由」に手を振ってこたえてやる。もちろん先ほどとは違い、満面の笑みで。
てこてこ、とこちらにやってくる「理由」。
やがて、俺の隣に来て俺の手を握ると、俺を取り囲むようにしていた奴らをきっ、とにらみつける。
「また、兄様にちょっかいかけていたんですか!」
「ちがっ、ちがうって」
おお、慌ててる慌ててる。「理由」が叫んだ途端、さっきまでとは打って変わりおろおろしはじめ、必死に弁解しようとする。
「俺らはただ、こいつが情けないから励まそうと……」
よく言うぜ。
「うそです!あなたたちは嘘つきです!」
声を張り上げる「理由」。
きっぱりと拒絶の意を示され、やつらの顔があおざめる。
「帰りましょ、兄様」
手を握った「理由」はそのまま俺をずんずんと引っ張って教室から出ていく。その瞬間のみえたやつらの顔といったら、もうケッサク。
そうして校舎もとい教会から出る俺たち。
しばらくぷりぷりとおこっていた「彼女」だが、教会からある程度はなれると俺に話しかけてきた。
「まったく、なんであの人たちは兄様のすごさが分からないのでしょう?」
「仕方ないよ。あのことは俺とセシリアだけの秘密だからね」
「そうですけど、それでもああいうことする人は嫌いです」
納得いかないと、頬をふくらませる彼女。
嫌われてんなーあいつら。ここでまでくると滑稽を通り越してかわいそうだ。フォローするか。
「ははは、彼らも悪気があったわけじゃない」
「悪気じゃないわけじゃないって、どうかんがえても悪気があったとしか思えません」
なかなか頑固だな。本当に悪気はないんだけどな。
「いやいや、彼らにもどうにもならない事情があったのさ」
「もう、兄様は優しすぎます。兄様にちょっかいをだす事情なんて、どうせ兄様の才能に嫉妬したのでしょう」
半分あたり。口から出かかった言葉を飲み込む。
嫉妬はしている。けど、俺の才能に対してではない。
———はぁ~、なんでこうなったのかな。悪いことしたかな?———
一回目は、四歳の時に魔法をある程度マスターしたため学校に通うことがなかった。
今回は、あくまでも普通に生きることを決めた俺は両親に促されるまま学校に通うことになったのだ。
途中までは何事もなく学校生活を続けていたのだが、ある日を境に状況が変わった。
「兄様は悪くありません。悪いのはあの人たちです!おもえば最初にあった時からあの人たちは悪そうな方たちでした!」
どうやら最初の方が声に出ていたみたいだ。
「彼女」が俺の言葉に反応する。
最初にあったとき、ね。
あのときだった、俺を取り巻く環境が変わったのは。それからというもののクラスメート(クラスといいてもクラスが一つしかないので、「全校生徒」)が俺を親の仇のように睨み付けてくるようになった。
実技が始まり俺が魔法をうまく使いこなせないことが分かると、奴らのようにちょっかいまで出され始めた。
それもこれも全部。
知らぬが仏ということばもあるしこれ以上は言うまい。
「まあまあ。さ、この話はやめにして早く家に帰ろう」
「兄様がそうおっしゃるのなら、やめにしますけど」
しぶしぶといった感じでうなずく。
それから俺たちは今日の夕食などたわいもない話をして一時間ほどの道のりを歩いた。
◇
「兄様、今日もお願いします」
「別にいいけど、これが嫌なら学校に来なきゃいいのに」
「それとこれとは別です。それに、家にいたらいたで父様は仕事をしなくなってしまいます!」
「あ、なるほど」
うなずいて、ドアのかぎを開ける。
すると、
「セシリア~!」
ごつい男が飛び出してくる。慣れている俺は落ち着いて足をかけてやる。しかし、男の方も慣れているので華麗に避け、俺の後ろに隠れていた「彼女」におそいかかる。
「セシリアーっ、おそかったじゃないかパパ心配したんだぞぅ」
「ひっ」
おいおい、おびえてるぞ。
「彼女」は足がすくんだのか、逃げ出すことできず男にがっしりとハグされ、ぐりぐりと頬ずりされる。
「おふ、かわいいなー」
「あわわわわわ」
やれやれ、止めてやるか。
「おい父さん、そこまでにしておけって」
「よしよしよし、かわいいなあ」
きいてないし。男にもみくちゃにされ「彼女」のきれいなブロンドの髪はぐしゃぐしゃになっている。若干涙目にもなっているな。マジで止めないと。
「おいって、このっ!」
「彼女」に夢中な男に飛び蹴りを入れようとするが、男はこちらを振り向きもせずこれをかわす。どうやってんだ?
「くそ、毎度毎度どんだけ娘LOVEなんだよ!言っても聞かないし、けりは入れらんないし、こうなったら!」
最後の手段だ、使いたくないけど「彼女」のためだ。俺はその名を叫ぶ。いでよ !
「おかあさーん!」
「はぁーい」
びくっ、いままで何をやっても反応しなかった男がびくつく。
男がでてきたドアの向こうからエプロン姿の少女、にみえる主婦がやってくる。
あいかわらずのボッカチオぶりですな。
料理中だったとみえ、エプロンの前掛けで手をぬぐいながら俺に尋ねる。
「どうしたの?」
「また、父さんがセシリアに……」
まだ言っている途中であったが、そこまで聞くと男の方へと向かう。
「あなた!毎回毎回セシリアが嫌がっているでしょ!」
怒鳴りつける彼女。その剣幕にやっと男がこちらを見る。ひどくおびえている。
「嫌がってるって……そんなはずない!な、セシリア!」
だが、負けじと言い返す。
めずらしい。この状況で言い返すなんて。
いつもは名残惜しそうに黙って「彼女」からはなれるんだけどな。おそらく「嫌がっている」という言葉に反応したのか。
「父様、正直に言ってよろしいですか?」
男に抱きかかえられたままの「彼女」。男の過剰なスキンシップがいったん止まったため、荒れた髪を撫でつけながら男に確認を取る。
「ああ、もちろんだ。さぁ、母さんに教えてやれ「嫌がってません、むしろパパ大好き」って」
「彼女」をみつめながら自信満々の男。
「嫌です」
きっぱりと断言される。
「えっ?」
一瞬にしてその顔が崩れる。
「んんー、パパ最近耳が遠いみたいだ。セシリア、もう一度いってみて?」
「嫌です」
もう一度、断言される。
「ほらほら、セシリアの気持ちもわかった事ですし、家の中にはいるよー」
「彼女」に嫌、といわれ、呆然とする男を無視してエプロン姿の母さんが俺らを家へと促す。
「「はーい」」
心ここにあらず状態の男の腕から抜け出て「彼女」が俺と一緒に家の中へと入る。
彼女は無情にも男を外に残したままドアを閉めた。
「嫌って、そんな、嘘だ、嘘だぁぁぁぁ!」
戻ってきたら肩もみでもしてやるか。




