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ほったよ!!

 「いや返事してるじゃん」


 俺はすかさず突っ込んだ。


 「……」


 図星を突かれたのか今度こそダンマリを決め込むラグス婆。

 その様子に軽くため息をつき、相変わらずわけのわからないものが散乱している部屋を見渡しながら、ゆっくりと部屋へ入る。不用意に入れば、そびえたつように積まれている得体のしれないものが崩れ、その下敷きになってしまうかもしれないのだ。細心の注意を払う。

 あんなピンクのゲル状に包まれるのはもうゴメンだ。


 「ラグス婆」

 

 呼びかける。むろん返事はない。期待はしていない。こうなった老人はてこでも動かないことは経験から知っている。

 こういう時はただ話し続けるだけでいい。それが呼び水となって、その口を開かせる。


 「セシリア知らない?」

 「……」

 「ここに行ってるって母さんが言ってたんだけどさ」


無視していることを誇示するように、再び煙草を吸い始めたラグス婆の周りをゆっくりと歩く。ラグス婆は視界に俺を入れまいと目をそらすが、そうはさせない。

時折しゃがんだりして必ず視界に入るようにする。こうされたものはまるで常に羽虫が自分の周りを飛び回っているような不快感を覚える。

そしたら普通どうする?


 「ねぇラグスば……」

 「うるさい!!」


 動かないと決めたものでも、羽虫を追い払うために手を使う。

 ラグス婆はしつこく聞いてくる俺に堪忍袋の緒が切れたようだ。


 「うるさいって言われてもね。ラグス婆、ただ俺はセシリアがどこに行ったのか知りたいだけなんだ」

 「教えないよ」


 ぷいっと再びそっぽを向かれた。だがこれも予想通り。というかそもそもセシリアの居場所など、少し疲れるが「眼」の効果範囲を広げればすぐに見つけられる。

 それでもこんなにしつこく聞くのは、なぜセシリアがラグス婆のもとを訪れたかという、単純な興味と……不安からだ。

 俺は最近魔獣を狩っている。力のおかげで魔獣は一回目よりも簡単に狩れるが、危ないものは危ない。

 ダンが水球を飛ばした時のような自動発動が起こる保証はないので、魔獣に触れるか、座標の設定が完了するまで俺は受けに徹する。

 飛んでくる魔法や牙に意識を割くことは大変なのだ。ヒヤッとすることが何度もあった。だから能力を知っているセシリアにも秘密にしていたのだが……。このタイミングでラグス婆のところに、というのは考えすぎだろうか?


「その顔、なぜセシリアがあたしのところに来たか思い当たる節があるんだね」

「!!」


 しわしわの顔をしかめっ面でさらにしわしわにしたラグス婆が俺をにらむ。

図星を突かれ、さらにその凄みの顔でにらまれ俺は身動きができなくなった。


「無自覚で女を泣かせるのはクズさ。だがね、知ってて女を泣かせるのは」


 そこで一旦ラグス婆は煙草を吸う。ぷはぁと白い吐息を吐くと、手に持っていたパイプをびしっと俺に向ける。


「……最低のクズ野郎さ。今すぐそのしょうもないもん、ちょん切っちまいなぁ」

「悪かったとは思ってるよ……」


 やはりセシリアは俺のことでラグス婆のところに来たのだ。そしてそのことでセシリアを泣かせてしまったようだ。うなだれるしかない俺の頭にラグス婆は煙を吹きかける。煙いよ。


「たく、ほんとにクズだねぇ。謝る相手が違うだろうに……畑にあんたの姫様はいるよ」


 そういうとラグス婆は俺に背を向ける。もう話は終わりだというように。そしてさっさと行けというように。

 ここでその意思がくみ取れないほど俺は馬鹿じゃない。


「ありがとう」


 俺はそう短く言うと走り出す。ログハウスを抜け、その裏手にある畑へ。「眼」を使う必要はなかった。なぜならはっきりと少女のすすり泣きが聞こえたからだ。

 泣き声を道しるべに歩いていくと、白いワンピースを着た彼女が畝の間にしゃがみ込んで泣いていた。

 小さい背中をさらに小さくして体を震わせている姿にとてつもない罪悪感がわく。


「セシリア」


 なるべく驚かせないよう彼女にやさしく語り掛ける。彼女はビクッと肩を跳ね上げると、こちらを向く。大きな瞳が泣いたせいで赤くなっていた。


「ラグス婆がここにいるって聞いて。その、ラグス婆に何を……いやこれじゃないな」


 ごめん。


 俺は頭を下げた。


「兄様……」

「言い訳かもしれないけど、心配かけたくなくて黙っていたんだ。でもそれでセシリアが傷ついてしまったなら……ごめん」


 もう一度謝る。


 森を吹き抜ける風の音と目の前の大事な家族の泣き声だけが聞こえる。

 そうしてどれだけ時が経ったか。


「兄様、顔を上げてください」


 そういわれて顔をゆっくりと上げる。そこには泣き止んだもののまだ目の赤いセシリアがいた。

 その顔を見ていたたまれなくて、すぐ許してほしくてもう一度謝ろうとする。


「ごめ……「なぜ……」」

「なぜ話してくださらなかったのですか?」


 セシリアがぽつぽつとしゃべり始める。


「私は信用されていないのですか?」

「ちがっ」


 いや、どれだけの言葉を重ねようとも黙っていたことは事実なのだ。信用していない。その言葉が痛かった。


「私も覚悟はしていました。いつ、兄様からその言葉を聞いてもいいように」

「……」


 セシリアは俺の目をまっすぐに見てくる。ようやく気付いた……自分は一人で考えすぎだった。同じ異端の力の持ち主として相談すべきだった。そうしなければ、きっとセシリアも大事なことを黙ってしまう。

 もう遅いかもしれないけれど言おう。言わなければならない。それが今回のケジメだ。

 がっとセシリアの手を握る。セシリアは恥ずかしそうに顔をそむけるが抵抗はしない。


「セシリア……本当に申し訳なかった!!これからはちゃんと相談する。隠し事はしない!!だからセシリアもなんかあったらちゃんと打ち明けてほしい!!」


 再び静寂がこの空間を支配する。握った手が熱い。俺の鼓動と連動するように……あっこれ違う普通に熱いわ。あつっう!!

 だが、その手を俺は離さない。そこまで空気の読めない男ではないのだ。次第に増していく熱と静寂の重さに何度も唾を嚥下しながら彼女の反応を待つ。


「……兄様もう私に隠し事はしませんか?」


 ようやく口を開いた妹様。俺はすかさず首を勢いよく縦に振る。


「本当に?」


 ブンブン。

 

「約束するよセシリア。もう黙っていたりなんかしない。魔獣狩りに行くときもちゃんと言うよ」

「そうですか……でも覚悟はしていたのにつらいものですね。兄様の口から、ほ、ほかの女性の名前を聞くのは……っ」

 

 セシリアはそう言うとまた涙目となる。俺はその姿に慌てて手を放し抱きしめ慰めようとするが……。ん?待て待て待て。一旦動作を停止し、思考する。

 彼女も気づいたようだ。すぐに違和感に気付き泣き止むとぽかんとこちらを見てくる。

 俺たちはすぐさま違和感の正体を検索する。そして同時に答えがでた。


 墓穴掘った。


「にい、様」


 すぐさま逃げようとする俺の手を妹様がつかむ。くそっ見えなかった!!離せぇ!!ハナセェ!!


「どういうことですか魔獣って」


 どっと汗が噴き出す。それは恐怖とつかまれた右手が恐ろしく熱いせいだ。ぐぉぉ燃えるぅ。星になるぅ!!必死に逃げようとするが、身体強化魔法で妹様に俺は「絶対に」勝てない。

 俺がどれだけ力を籠めようとピクリとも動かない。まるで山を相手にしているようだった。

 にこりと彼女が笑う。


「ひっひぃぃ」



 あああぁぁぁぁ!!


 裏から聞こえる断末魔の叫びを聞きながら老婆は煙を吐く。

 たゆたう白煙は天井へと昇り、広がっていく。その様子を眺めていた老婆はゆっくりと立ち上がると、周囲に積まれたごみとしか言いようのないものから何かを探し始める。

 あまりにも汚いせいで目的のものを取り出すのに時間がかかってしまった。その際山が崩れ、より汚くなってしまった部屋の真ん中、老婆は板を手にしていた。それはA4ほどの大きさで、魔石によって書かれたと思われる線が表面にびっしりと書かれており、その中央に丸く加工された赤い魔石がはまっている。


 老婆は丸い魔石に手を当てた。魔石の燐光を伴って魔力が板へと流れていく。水路に水を流すように、回路に魔力がいきわたっていく。そしてある程度魔力を流し終えると、今度は魔石が青へと変化する。


「聞こえるかい?」


 老婆は板へ話しかける。すると板から声がし始めた。


「聞こえる。どうした?」

   

 機械で加工したかのような低い声であった。


「どうやらすでに目覚めているらしいね」

「やはりか」

 

 声は落ち着いていた。


「どうすんだい。あんたの予想通りだったわけだが」

「今までと変わらん。監視を続ける」

「……そうかい」

「?……どうした」


 声に老婆は笑みを浮かべる。


「帝国には報告しないのかい?」

「それはこちらで判断することだ」

「そうかい、そうかい」


 訳知り顔で「そうかい」を連発するラグスに板の向こうの声はいら立ちを募らせる。


「なんだというのだ!!」

「いんや……変わったなぁってね」

「……」


 声は黙り込む。


「別に悪いことじゃないよ、むしろ普通さね」

「……切るぞ」

 

 板の魔石の色が再び赤に戻る。それを確認するとラグス婆はパイプをくわえる。


「ガキだねぇ。どいつもこいつも……おや?火種が切れちまった」



「ティア、で、組み合わせは?」

「喜んでください。トップバッターです」

「喜べねぇよ!!」


 突っ込みのせいで怪我した箇所が痛む。

 最悪の知らせだ。一番に当たるということは明日。俺レベルの身体強化魔法で完治は難しい。


「対戦相手の情報はあるか?」

「私を誰だと思っているんですか?ありませんよ」


 なぜそこで胸を張れる。張ったてなぁ……睨むなよ。エスパーか?


「はぁ……。一か八かだが、『再生』するか」


 魔力の消費が激しく、加えてしばらくは魔力の上限にセーブがかかるのでやりたくはないのだが、背に腹は代えられぬ。


「『分析アナライズ』」


 「眼」を使い、自分の現在の体の組成を調べる。複雑なデータが、最適化された脳へと届き、意味のあるデータへと置換される。やはり、骨と内臓がやられているようだ。大体37パーセントの損傷といったところか。

 それをストックした健全な頃のデータと照らし合わせる。成長による変化を除外、その他不要なデータを削除。様々な工程を繰り返し、データを精錬する。

 データをアストラルへアクセス。拒絶なし。データ損傷、コンマ01。問題なし。

 

 そこで一旦作業を中断する。第一関門はクリアだ。だが。

 

 ふぅ~。次からが嫌なんだよなぁ。


 覚悟を決めるための息を吐く。体を「書き換える」際の神経から発する痛みは何度経験しても慣れない。痛覚遮断とかできればいいのに。


「早くしてください」

「なんで急かすの!?」


 急な発言にびっくりしたぁ。いや、全然時間あるよね。覚悟決めてからでいいよね。ゆっくりでいいよね。


「……いんです」

 

 ティアが俯きながらボソッと何かを言う。


「?」


 発言は聞き逃したが、俯いた彼女の肩が震えており、その言葉がどれだけ彼女にとって重要なのかはそこに如実に表れていた。

 いったい何を言ったんだ?

 どうせろくなことではないだろうと思ったが、気になるものは気になる。

 すると、ティアが顔を上げた。


「気持ち悪いんです。ご主人様が物憂げにため息をつかれるのが。鬼酸が走ります」


 心底大事なことを言うように胸に手を当てこんなことをのたまうティア。ちょっと~こいつのご主人誰~?しつけなってないぞ?てか


「鬼酸ってなに!?虫酸の上位互換?どんだけ嫌いなの俺のこと!!ねぇ!!!!」


 ろっくでもねぇ。


「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い」


 瞳の焦点があっておらず、半開きの口から呪詛を垂れ流す我がメイド。女の子がそんな顔したらいかんぞ?


「こわっ!!逆に集中できんわ!!早くしてほしいなら応援でもしろ!」

「ピッピッピッ。ピッピッピッ。ピッピッピッピッピッピッピッ。気持ち悪!!」

 

 マジで泣くよ。

「過去」でもそんな面と向かって三三七拍子で「気持ち悪」言われたことないわ!!

 豆腐メンタルぐずぐずだよ。ぐずぐず過ぎてもう豆乳になってるよ。原料に還元しちゃったよ。


「はよ、やれ」


 もう命令かよ。グーはやめぃ。手を降ろせ、頼むから。

 くそぅ。お、覚えてろよ。お前が寝ているとき、あんなことや、こんなことをしたら死にますね、はい。


「クズでゴミ箱の蓋以下のご主人様。痛いからって怖気づかないでください、この〇〇〇の〇〇〇〇。△△△が△△△△△して×××××しやがってください」


 なに?この子?女としての自覚無いの?メイドなの?馬鹿なの?死ぬの……は俺ですね、今回も、はい。

 いや、もう死んでるか。正直、心が痛いよ。どれくらいかって言うと書き換えの時の痛み以上。うん。さっさとしよう。でないと、僕の体をみんなに貸して突撃崩壊しちゃいそうでランでブゥー。

 

「やるよ!!やりますよぉぉぉ!!だから言葉の暴力やめてぇええええ」


 ふぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!

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