騎士団はすべて遅れてやってくる
「見えてきたな……」
魔導鎧に身を包んだ、ガイゼル髭の男が騎乗しながらつぶやく。その自慢のひげや、丁寧になでつけられている髪からは男の几帳面さがにじみ出ているが、ところどころに汚れが目立っていた。男の周囲には同じく、鎧をつけ馬に乗った男が九人ほどいた。
男の言葉にすぐそばの若い男が返答する。
「はい。あれがオルロ村です。しかし……」
「……外観に変化がないな」
ふむ。と男は髭をなでる。陽光に白銀の鎧がきらめいた。
「無抵抗で殺されたか……」
その言葉に若い男は俯く。
「気を落とすな。我々も精いっぱいやったのだ。今回は仕方ない」
「で、ですが!!」
「我々とて神ではない。できることできないこと。多々あるものだ。すべてが終わってしまった今、我々にできることは生存者を探し、死者の弔いをすることだ。今までの村でそうであったようにな」
「……」
いまだ暗い表情の若い男に、カイゼル髭の男はいくぞ、と促し、馬の歩みを進める。先頭なのでほかの者からは見えないが、若い男を励ました彼も、険しい表情をしていた。
守れなかった無力感にうなだれながら歩く一行。その白銀の鎧も、彼らの沈みようの中では、くすんで見える。
だが、経験のあるカイゼル髭の男は、村に近づくにつれ異変に気付く。
「あまりにも抵抗の跡が見られないな」
「逃げたのでしょうか?」
「逃げるといってもあの山にか?国境になるほどの山を冬でないとはいえ村人全員で超えるというのか?」
「嬲り殺されるよりかはましではないでしょうか?」
若い男の言葉にも一理はあった。
「まだ生きているかもしれんということか……急ぐぞ!!」
「はっ」
集団に活気がみなぎり、先ほどよりも速く馬を走らせる。度重なる戦闘と精神的苦痛で疲労はピークに達していたが、皆唯一残された希望に力を振り絞って手を伸ばす。加速するスピードに伴い、徐々にオルロ村の細部が見えてくる。どの村も同じように村の周囲は森に囲まれていて、ただ唯一の門のみが外界とをつなぐ。
そして。
「結界が生きている、だと!?」
魔獣の存在を感知するための「魔力眼」がうすぼんやりとした膜をとらえる。一行に動揺が走る。
「どういうことだ」
歴戦の戦士でもこの異様な光景にただただ唖然とするばかり。
「結界が保たれているということは、魔獣は……」
「ああ、侵攻していないということになるな」
若い男はカイゼルのその言葉に喜びよりも先に疑いを覚える。
「そんなバカな話ありますか!?私たちが向かった村のすべてが被害にあったというのにこの村だけ侵攻がないというのですか!!」
「俺にもわからん。ただ事実として結界はある」
「そんな一か月近い期間を……」
「魔獣の侵攻がなくても魔石の底がつく時の長さだ。これは下手をすると魔獣の侵攻より厄介かもしれんな」
カイゼル髭を男はなでる。
魔獣の侵攻は連日連夜大量の魔獣が押し寄せてくる。結界のフル活動で一週間ほど。それの期間を過ぎた村の様子は口にしがたい惨状だった。中には必死に抵抗した村もあったようだが皆殺された。それほどに魔獣は強い。
王国が魔石の独占を行うのは権利の集中だけでなく、魔石確保のための無謀な挑戦で人々の無駄死にを防ぐ意味合いもある。
だが侵攻で魔石の供給が途絶えた状態でこのオルロ村は一か月、結界をも保ったままで存続している。魔獣と戦い、魔石を補充した形跡もなく。通常あり得ない。
つまり何か裏がある。
男の脳裏によぎるのは、隣国の帝国が魔石の供給を行ったという思い付きだ。しかし、そうなれば外交問題になり戦争に発展しかねない。そこまでして救う価値はオルロ村にはないと思われる。
次に思い浮かぶのは単なる個人の魔石供給があったということ。
あるいは凄腕のハンターか、法律で禁止されている量の魔石を持つ闇商人が村に泊まっており、魔石を供給したか。しかし男の知る限り、そんなハンターがここ周辺にいるとの連絡は入っていない。
残酷なのか、合理的なのか、そのようなハンターたちはより重要度の高い村や町に配置される。
ならば闇商人か……。
そうなると現実味を帯びてくる。帝国とのパイプを求めた闇商人が魔獣侵攻に巻き込まれた。予想できるのはこれくらいのシナリオだ。そうなるとこれも厄介なことになる。
村の結界をここまで長期間保たせることのできる魔石は、まさに莫大な量といえる。そこまでの魔石をため込む闇商人は恐ろしい財力を持っているに違いない。そんな奴が帝国とのつながりを持てば、王国にとって良くないことは確実。
「どのみち急がねばな」
◇
「アナーン」
家に母さんの声が響く。連日連夜の魔獣狩りで爆睡していた俺はその声で目が覚める。
「アナンまだ寝てるの?」
「い、いまいくよ母さ……」
二度寝というものはどうしてこう魅力的なのだろうか?抗えない眠気に瞼を重くさせられた俺は再び眠りにつこうとする。
が、そうはならないだろう。いつもなら妹様がやさし~く起こしてくれるのだ。まあ、それが二度寝をより魅力的にしているのだが……。
……。
………。
…………。
……………あれ?
全身全霊でセシリアの「兄様起きて」コールをとらえようと身体強化魔法まで使って聞き耳を立てているのに何も聞こえない。
どうした、と思った俺は慌てて起き上がり周りを見渡す。セシリアはすでにいなかった。
「?」
妹様が毎日欠かさずやっていたというのにそれがない。おやおや?と思ったのもつかの間。
「遅刻するわよ~」
遅刻はまずい。悪目立ちは避けねばならぬ。いったん思考を切り上げ、いそいそと準備を始めた。
準備の終わった俺は下へと降りる。小さい体に相変わらずの爆弾を抱えた母さんが包丁を持ったエプロン姿でそこにいた。テーブルには朝食が並んでいるのを見ると、昼食か夕食の下準備のようだ。
そんな華奢な肩だと、重みでもげそうだな。……まてよ?
あんなもんいっつもぶら下げている母さんは実は相当強いんじゃないか?ピ〇コロさんみたいにずっと重りつけて生活しているようなもんだ。
父さんが母さんを恐れるのって、実はそこに原因があるかもしれない。
こえぇ~。
「どうしたの、そんな怯えた顔して」
「え、あぁ、うん。いや母さん若いなと思って……」
「きゃっ!!なによ、も~」
照れる母。かわいいと思うが、俺は見た。照れて体をくねらせるついでに包丁が恐ろしい速さで振りぬかれるのを。俺は聞いた。まな板が一太刀で割れた音を。
ちなみに魔法は使っていなかった。ってマジ?
まな板って包丁で下が傷つかないようにするためですよね?だから包丁で切れないようになっているんですよね?
やっぱこえぇ。
一回目ではついぞ怒らせることのなかった母さんだが、怒らせるとどうなるか、今知った。あのガタイのいい父さんもそりゃ恐れるわけだな。
「あらいけない。少し研ぎすぎたかしら?」
違いますよ母さん。どんな包丁でもまず一般人は台に置いたまな板を切れません。
朝の冷気からではない震えに悩まされながら、俺は席に着く。
「あっ、そうだ母さん。セシリアは?」
「ああ、なんかラグスさんのところに行くって言ってたわよ」
後ろにある棚から新しいまな板を探している母さんが背伸びして答える。
それを見て、さらに俺は考えついた。母さんが小さいのも「ソレ」のせいなんじゃ?重さで押されて縮んでしまったのでは。
すげぇ、デカメロンすげぇ。だてに生命はぐくんでないぜ。
今度は生命の神秘に触れ、感傷にふけっていた俺だが少し気になった。
「ラグス婆のところに?」
セシリアは嫌いとは言わないまでも、父さんにいらない知識を吹き込むラグス婆を苦手としていたはずだが。
「学校終わったらラグス婆のところに行ってみるか」
そうと決めたら食べようかと、パンに手を伸ばした時。
「とどかない~」
ぴょんぴょん飛び跳ねる母さんを……否。ダイナマイツッを見た。
重力にひかれてもなお失わない弾力性。後ろからでも見えるそれが男を狂わせるように暴れまわる。
くっ。家族で子供の俺でなかったらまさしく股間への爆弾だぜ!!
だが、あんまりにも目に毒なので食べるのをやめて、椅子を持っていってあげることにした。
「あっ、ありがとう。よいしょっと。届いた!!」
「それは良かったよ母さん」
「助かったわ。でもなんで前かがみなの?」
◇
「ふぅ~」
学校が終わった。誰にも声をかけられずにいそいそと下校する。
シェン先生からはあの一軒について少し聞かれたが、肝心の被害者であるあいつらが何も訴えないので、お咎めなしとなっている。が、ダンたちと俺の間に何かあったことは皆うすうす気づいており、俺にちょっかいをかける奴はいなくなった。
あいつらが何も言わないのは、大方、三対一で勝負を仕掛けたことと、そこまでして負けてしまったこと、この両方がばれることを恐れてであろう。
プライドだけは高い奴らだが、何はともあれ、この状況はこっちにも都合がいい。
まぁ、悪目立ちしてしまったけれど。
俺は家へと変える道から少しそれて、道とも呼べない道を歩く。毎度思うが、何を好き好んでこんな場所にすんでいるんだかわからん。何度も蜘蛛の巣や羽虫の大群と格闘しながら、なんとか目的の場所についた。
背の高い雑草に囲まれ、ツタが全体に巻き付いているログハウス。初めて見る人はまず人が住んでいるとは思わない。
長年の雨風にさらされた木材はひどく痛んでひび割れており、さらにはそこからキノコが生えていた。オレンジ色のマーブル模様だ。絶対食っちゃいけないやつだということが素人でもわかる。
そのキノコを横目で見ながら、家の階段に足をかけると、割れた。ここまで腐っているとは……。
いよいよここが人の住んでいる家かわからなくなる。
気を取り直して、慎重に足を運び階段を登り切った。さすがに玄関前の床はしっかりとしていた。いつものように何故かラクダをモチーフにしたドアノックを鳴らす。
そしていつものように開けられるを待つことはしない。どうせカギはかかっていないし、ラグス婆が開けることもないのだ。ドアを開ける。
「ラグス婆。セシリア居る?」
外もひどいが中もひどい家に一歩踏み入れる。建てられた当時は純白であっただろう壁はラグス婆の吸うたばこのせいで、やにがこびりつき黄色くなっていた。床もささくれ立っておりとても裸足では歩けない。
そして相も変わらずこの臭い。薬剤の調合のための硫黄やら何やらが集まった強烈なかほりがこの家のどこにいてもする。
初めて来たときはそのえげつなさに吐いたものだが、なれというのは怖い。今でも臭いとは思うが、吐くほどではない。
魔女の家。
そんな言葉がふさわしい。
「ん……?セシリアの反応はないな」
俺の「眼」がセシリアはいないと告げている。代わりにラグス婆の所在地が分かった。
「ラグス婆」
その部屋は、先ほどの内装とはうって変わって風化は少ないため、壁は白く、床は平らだった。しかしこの部屋ほど強烈な臭いがする部屋も様々なものが散乱している部屋はない。
強烈なにおいの発生源、本と薬草の入った瓶とあとよくわからないものに囲まれたそこに一人の老婆がいた。折れ曲がった腰、深く入ったしわ、骨ばった腕。
女性をほめる時、「いつみてもお変わりないですね」というが、この場合もそうであった。
ただし誉め言葉ではないところが若干異なる。
セシリアが生まれた日から十年ほどたっているがこの老婆に変化は見られない。十年そこらなんて老人に変化が表れるには早すぎるかもしれないが、父さんが子供のころ、いやあのシスターが子供のころから変わらないとなると話は別だ。五十年近くの間、この老婆はここに同じ姿であり続けている。まさしく魔女。
魔法が飛び交うこの世界で最も魔女らしい老婆。
彼女はただ煙草をふかしていたが、俺に気付いて手元の灰皿に灰を吸っていたパイプから落とすとこういった。
「女泣かす、ガキにゃ聞かせる返事もねぇよ」