れくたー
その違和感はうれしいものだった。村に恐怖が訪れてから早一週間。何も起こらないのだ。
教会での謎の魔石の増加。これを受けてハウマンは「この村は神に守られている」と説いた。そしてそれからも不思議と魔石が増え続ける現象に村人は心の底から神の加護を信じる。
そして今、魔獣の接近さえないという事実に、もはや恐怖の二文字はなく、いつも通りの日常が戻り始めていた。
村人の中にもこの一連の騒ぎをガセだと考える者もいたが、定期的に来る商人が一人も来ないところを見るに恐らくほかの村では魔獣の侵攻自体はあるのだろうというのが、村人の総意だった。神に守られたこの村だけが無事というわけだ。
今日は魔石の余裕が生まれたことにより、魔石の回収量を減らされることとなった。
炊事や洗濯の魔道具の動力源となる魔石が普段より多く使えるとあって、主婦たちは喜び合った。
◇
「おかしい」
工房でタッカはつぶやく。村に魔獣が来ないこと、これは大変喜ばしいことだ。しかし不気味なぐらい何も起きない。
魔獣の侵攻は確かにあっているはずだ。あの男の情報に間違いはないはず。まるで嵐の前の静けさのような状況に思える。
「何が起こっているんだ……」
村同士のつながりは、ほぼないに等しいため、外で本当は何が起こっているのか知るすべがないタッカは一人妙な不安に襲われていた。
その不安を取り除くように、タッカはもしもの時のための武器を打とうとしていたのだが、材料がないことに気付く。
「魔石はあるのにな……」
隅に集められた魔石を見る。こういった事態に陥った時、本来なら魔石が先になくなる。鉄などは各家庭の鉄製品から調達でき、何度でも使える。一方で魔石は一度使ったらもとには戻らない。つまりは減る一方なのだ。そして様々な素材と違い、魔石は王都からの支給しかない。しかし、今は魔石が「増えている」。
シスターに魔石の回収率を見せてもらったが、明らかに本来村にあった量を超えている。
誰かが隠していた魔石を入れているという可能性はこれで無くなった。
じゃあ何が魔石を増やしている?本当に神とやらが魔石を俺たちに与えているというのか?
「そんな神がいるなら、まず魔獣を全部ぶっ殺したらいいのになぁ」
神は試練を与えすぎてないか。どうせ助けるなら全部助けてくれよ、と思ったとき、タッカにある考えが浮かんだ。
「……もうすでにぶっ殺してる……?」
魔石は今のところ魔獣からしか取れない。なら増えた魔石は、新たに魔獣を「ぶっ殺して」手に入れたものになる。神の御業でない場合だが。
すると、つまり。
「魔獣の侵攻はすでに始まっているとでもいうのか!?」
魔獣は来ていないんじゃない、来ているがそのすべてが倒されたのだ。
ひらめいたこの考えを村長とハウマンに伝えようと思ったところで止まる。一番大事なことがわからなかったからだ。
「誰がしているんだ?」
魔石の増え方から言って、屠った魔獣の数は並大抵ではない。十、二十は当たり前。たとえその誰かが複数人であったとしても、タッカの知る限りそんな強い奴はいない。そもそもその数では村人全員でかかったとしても倒せないと断言できる戦力だ。
それに外に出ようとしても結界に引っかかる。結界は村の安全のため一人ではON、OFFできないようになっている。必ず村長と、国の役人、それとあと一人の生態認証がなければならない。この村では、村長、ハウマン、シスターがそれにあたる。
ならハウマンたちが魔獣を狩ったのか。
それはないと、タッカは考える。
まず、魔獣の大量討伐は禁止されている。国の忠実な犬のハウマンがわざわざそんなリスクを冒すとは思えない。確かに事情が事情であるが、たとえ村を守るためにハウマンたちが討伐していたとしても、ハウマンは自分の功績を隠すことはしないだろう。
そして存在がぼやけた神より、実際にいる戦士のほうが信望も集まり、村人も安心する。
気は弱いが、聡明な村長ならそう判断するだろう。
シスターも信仰の高まりより、まず村人を考えるお人だ。シスターが教会の権威を語るためにでっち上げたというのも考えられない。
それならば三人には隠さねばならぬ事情があるのか。タッカは頭をひねって考えてみるが何も思いつかない。隠すことのデメリットこそあれ、メリットがないのだ。
だが、タッカの推理がある程度正しいなら、三人はこの事態にかかわっている。彼らに安易にこの考えを吐露するのは危険だろうと判断する。
本格的にすることがなくなったタッカはひとまず帰宅することにした。
不安はたくさんある。だが、たった一つのかけがえのない家庭が待っている。それだけでタッカの体から力があふれてくる。扉を開けた彼は今日はどのように娘に抱き着くかを考え、道を歩いていく。
彼には考えつかなかった。建国以来二千年もの間、破られることなかった結界が破られたという可能性に。
◇
「十…九!!」
弾丸のように襲い掛かってくる魔獣を躱しながら、右手を向ける。それだけででっかい蝶の魔獣(名前が出てこない)は消え失せる。
残りの数は三体というところか。先手必勝と、右手をかざすが、残りの魔獣は俺を囲むようにてんでばらばらの方向へと飛び散る。
「めんどくせぇ」
俺の能力は自分の体に触れたものか、指定した座標に発動する。こんな風に別方向から襲い掛かられると困る。だが、魔獣のうちの一体、よだれだらだらのダークハウンドは噛みつくぐらいしか能がないので敵ではない。
奴が噛みつき、あごに力を入れる前に崩壊させてやる。
問題は残りの魔獣だ。一体はさっきの蝶、いやむしろ蛾みたいなやつ。こいつは猛毒の鱗粉をばらばらとまくので早めに倒さなければいけない。
しかしひらひらとした優雅な動きのわりになかなかすばしっこい。まるで動きがトンボだ。蝶なのか蛾なのかトンボなのかはっきりしろよと思いながらも、少し焦る。さっきこの……もう虫でいいや、虫を倒せたのは、何を思ったか突っ込んできてくれたからだ。そうなるとこいつの自滅待ちとなるが、鱗粉のせいで決着をさっさとつけないとこっちがダウンする。
もう一体の魔獣もこれまた厄介だ。サイレント。どぶに浸かったような色の毛に、アシンメトリーな角を持った羊の姿をしているこいつは、たった一つしかない目にいっぱいの目ヤニをためてこちらを見てくる。外観でもうんざりだが、こいつの戦い方にもうんざりだ。
こいつはたった一つしか魔法が使えないが、その名の通り「無詠唱」で発動できる。魔法が使える魔物でさえ、人語ではないにしろ、自身のイメージの強化のため何かしらの鳴き声を魔法発動の際には上げるものだ。タイミングさえわかれば、場馴れした戦士なら見切るのはたやすい。
だが無詠唱はそれができない。一対一ならまだしも、複数の敵と会敵し、注意力が散漫になっているところに無詠唱で魔法がぶち込まれれば躱せる奴はほとんどいない。
俺には「眼」があるが、サイレントが魔法を放ってくることは同時に俺の処理すべきことが一つ増えることになる。いくら魔法が俺の肌に触れたら霧散するといっても、それはやはり意識しなければできない。……ダンとの喧嘩の時みたいな不確定要素に頼るわけにもいかないのだ。
気づかなければ俺も一般人と同じく死を迎えることになる。
「ガルルルゥゥ」
ダークハウンドが吠えると、示し合わせたかのように虫野郎がとびかかってきた。
どうやらこいつもとびかかるしか能がないらしい。ねちゃねちゃと粘液を垂らしてうごめく口に肉をえぐられるのは確かに怖いが、脅威ではない。
ぎりぎりまで引き付けてから、足元を爆破して躱す。魔獣も動物に近い思考を持っているのは確認済みだ。動物は獲物を追いかける時、ただやみくもに追いかけているわけではない。獲物の筋肉の動き、目線、体重のかけ方。様々な要素を一瞬で判断し、予測し、追いかける。
つまり逆を言えば、それさえ悟られなければ躱すことは容易だ。予備動作なしの移動は、魔獣風情には反応できない。さっきも使ったので心配だったが、杞憂だった。
目標を失った一瞬のスキを見逃さない。そう右手をかざす。
ビュッと風を切る音がした。直後俺のまさしく目の前には土くれが浮かんでいた。
俺の能力で土くれはエネルギーを失い、霧散する。
「あっぶねぇ……」
勝利の美酒に酔うとはよく言うが、倒せると思った瞬間に自覚していなかった隙があったようだ。「眼」で土の弾丸の発射と軌道が読めたおかげで命拾いした。やはり自動発動は偶然だったようだ。
魔法を放ったサイレントが相も変わらず無感情なまま俺を見ている。外したんだぞ?少しは悔しそうにしろよ……。
サイレントの魔法は俺に当たらなかったが、虫を硬直から抜け出させるには十分な働きをした。
虫が毒の置き土産を残して俺のもとから去っていく。
「くそっ」
舌打ちをすると、舌の感覚が鈍くなっていることに気が付いた。毒を吸いすぎたようだ。そう思うと肌もぴりぴりする。これは本当にまずいことになった。
状況を打開するために、焦る気持ちを抑えて、俺は索敵をする。索敵範囲は半径一キロメートル。俺の脳内にすぐさま周囲の情報が図となって表れる。この周辺にはこいつら以外いないらしい。仮に魔力が枯渇しても、目の前のこいつらさえ倒せば何とかなる。
なら速攻で終わらせてやる。長居は無用だ。
勝利の方程式が見えてきた俺は足に力を籠めると離れていった虫にとびかかる。案の定サイレントが土の弾丸を発射してくる。そして注意をそらせようとダークハウンドまでとびかかってきた。こいつらのチームワークはなかなかだ。でもな。
サイレントにとって俺にはなった性格無慈悲な狙撃は、ダークハウンドの頭をぶち抜くという結果に終わる。
それでも驚かないサイレント。魔獣が本当に生命体でないことを改めて思い知る。
残りは二匹。
俺は複数の座標の指定を完成させ、一旦退こうとする虫野郎の逃走経路にしかける。
逃がすかよ。
俺の追い込みに虫はその経路をたどらざるを得ない。そして翅の一部が座標に入ったことを確認した俺は能力を発動させる。
燃えるようにパラパラと翅から虫が崩壊していく。
あっけない幕引きに惚けることなく、ぴくぴくと頭をなくしてもなお動こうとするダークハウンドも手早く消滅させ、サイレントに手を向ける。感情のない瞳が俺を映す。
「バイバイ」
◇
兄様はまた夜中に出ていき、その日のうちに帰ってくる。そのたびに革袋に何かを詰め、ベッドの下へと押し込むのだ。それが六日も続いている。もう我慢の限界だった。
兄様の行動の答えが手の届く距離にあるという事実が私を突き動かした。
今日の兄様はいつもよりだいぶお疲れのようで、服を着替えると(いけないことですがバッチリ見てしまいました)すぐさまベッドへ倒れこみ寝息を立て始めた。
私は待っていたとばかりにこっそり起きだし、ベッドの下を覗き込む。よく見えないので魔法で光をともすと、そこに一見何の変哲もない革袋が我が物顔で居座っていた。
私ははやる心でそれに手を伸ばし引っ張り出す。ずっしりと重い。その重さに驚いているとジャラッと中のものがこすれて大きな音を出す。ドキリとしてベッドの淵からそっと顔を出し、兄様を窺うが、兄様に起きる気配はない。ホッと一息つき、音を立てないよう慎重に革袋をベッドの下から出して持ち上げてみる。やはり重い。さっきの音といい、中に硬いものが入っていることはわかったが、それがなぜ兄様の夜中の行動と結びつくのか分からなかった。
疑問の答えを求め、私は革袋の口を開ける。
「これは……」
慌てて目の前のものの確証を得るために目に魔力を籠める。間違いなかった。




