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正義の子供たち

 彼女に会ったのは俺が家族とともにその村に引っ越したちょうどその日だった。

 荷物を降ろしながら、一緒についてきた村人たちと歓談する父さんと母さんを見て、長くなりそうだと思った俺はセシリアを連れ出して新しい村を見て回ることにした。


 このころの俺はまだ見せかけだけの強さは持っていて、怖いものなんてなかった。

 新参者を見る人々の中を臆することなく歩けた。


 この村は、村建設の実験も兼ねており、整備された上下水道や教会を中心に放射状に広がる整然とした道など、流れる雰囲気こそ村独特の穏やかさがあったが、その実、村の完成度は高かった。

 まるでパリの街並みをまねたような作りだった。


 魔法のおかげでここの世界で不便に感じることは少ない。

明かりも灯せるし、移動も楽だし、何よりトイレは水洗だ。

 自分で魔法が使えるならウォシュレットだってできる。

 きわめて快適。俺はできないが。

 ケータイはないが、ここにいれば暇な時なんてない。

 毎日が刺激的なのだ。そのため、必要性がないせいかこの世界での科学技術の水準は止まったままだ。

 〈過去〉では「錬金」が科学技術の向上の一つの要因となっていたが、ここではそれがまだない。それは人々が興味を持っていないからというわけではなく、そんな研究に時間を割くことが難しいということだろう。

 この世界には外敵がいて、戦争がある。

 王都に勤務する優秀な魔法使いも、与えられる任務は研究でなく、戦闘である。

 国を豊かにするのは大事だが、その前に敵を殺せ。

 そんな理論がまかり通っている。

 地盤ができていないようじゃ、科学は育たない。


 村を見てもそれがわかる。

 完璧な上下水道は魔法によって管理され、稼働している。

 その一方で家は昔ながらの木造だ。


 魔法が作用できるものは発展し、それ以外が停滞する状況は、あまりにもアンバランスな発展だ。そして人を容易に殺せる力がありふれているのに、人はまだそれに順応していない。


 いびつな光景ではあった。

 しかし、長々と述べたが、俺はこの世界が気に入っていた。


 こんな混沌とした世界にも唯一絶対の価値基準がある。

 それは「力」だ。それをふるえば皆が傅く。逆らうものも打ちのめせばいい。至極シンプルな価値。学歴とかコミュニケーション能力だとか、イケメンだとか関係ないのだ。


 一回目の俺はかなりの力があったので、〈過去〉の無念を晴らすかのように、この世界を謳歌していた。


 その時も、その時までは、いびつな世界を心の底から楽しんでいた。


 村の中央には教会がある。教会の周囲はぐるっと広場になっていて、村人たちの憩いの場所となっているのだった。

その少し手前に噴水がある。見晴らしの良い場所で、水の青が芝の緑を濡らしていた。


 俺はその噴水を見つけると、景色の良さと歩き回った疲労感から、セシリアに休憩を提案した。

 セシリアがその提案に、まばゆい笑顔で「うん」と答えると、遠くからそれを見ていた住人からため息が漏れた。

セシリアはそのころになると、より可憐さを増し、見るものすべてを魅了していた。


 セシリアの隣にいる俺への嫉妬のこもった視線を浴び、優越感を感じつつ、噴水へ近づいたときにようやく気づいた。

何人か、幼い声が聞こえる。ただしそれは無邪気なものでなく、時々耳に入る「消えろ」「あっち行け」という言葉がひどく不愉快に聞こえた。声は噴水の裏から聞こえてきていた。


 セシリアが不安そうな目で俺を見上げる。


 だから俺は、セシリアに待っているように言ってから、ほんのわずかな正義の心を持って、その声のほうへ向かう。

 裏に回ると、四人の少年少女諸君がカゴメよろしく誰かを囲んで、罵詈雑言を飛ばしていた。


「おい」


 俺が呼びかけると、そいつらが振り向く。そいつらは皆、目に疑問符を浮かべていた。「なぜ話しかけたんだ?」そんな疑問だろう。いじめている奴は、時にいじめていることを自覚していないらしいが、どうやら本当のようだ。


 そいつらの足元に目を移す。そこには囲まれているためよく見えないが、妙に白い足が見えていた。大きさから言ってまだ幼い。


 再び目をそいつらに映す。俺の視線の移動を見てもまだわかっていないのか、俺から見て左端にいた少女が声を出した。


「なんの用ですか?」

「用?いや、ただ何をしているかと思って」

「なにって、それは」


 わざと自分がやっている行いを告白させることで、自覚を促す。

 これで悪いと思ってくれればいいが。当時で既に二十を超えていたから、子供への甘さが残っていた。そして子供は大人とは違うんだという幻想も抱いていた。いや、ある意味では子供の無邪気さは本当だったのだろう。

 しかし、その無邪気さは残酷だった。


「悪魔祓いだよ」


 少女ははっきりといった。


「何を言っているんだ?」


 思わず聞き返す。悪魔?


「だから悪魔祓い。悪い奴を懲らしめているのよ」

「そうだ、俺らは正義の味方なんだ」


 そいつらは少女の言葉を皮切りに口々に自分たちの正当性をアピールする。そして皆が口をそろえて言うのは「親が言っていた」「みんなしている」。まるで無意識ではわかっている自分の行いに、必死に理屈をつけているかのようだった。

 

 おぞましかった。そうやってただ流されていく思考に支配された子供たちが。無邪気さは、時として妄信となり、自身の思考停止をうむのだ。

 

「見てごらんよ」


 誰かが言った。その時にはもうまともにそいつらの顔が見れなかった。見たらあの時の人々が、自分が再び戻って来るような感じがした。


 だからさまよえる視線の先を探して、促されるままに見る。これも今思えば「思考停止」だったのだろう。


 その先には性別もわからない、ただひどく汚れた子供が裸足でうずくまっていた。フードをかぶっているので顔は見えなかった。服はボロボロの布を一枚羽織っただけのようで、破けたところからは素肌が見えていた。その素肌も傷だらけで痛々しい。


 「おい」

 

 まじまじと眺めてしった俺の意識を切り裂くように、声が聞こえてきた。俺か、と一瞬思ったが、声の主である少年はうずくまる子供をけり上げていた。

 

 「顔をあげろ」


 あげろと言いつつ、少年はしゃがみ込むと、その子の頭をわしづかみすると、強制的に顔を上げさせる。

 その時、俺は驚いた。

 その子の顔には灰色の髪が垂れかっていた。


 「ウっ」

 

 その子がわしづかみにされた痛さでうめき声をあげる。声は高い。女か?子供なので確信は持てない。

 痛がる彼女を少年は気にも留めない。ただそれがごく当然だというようだ。


「こいつの髪、見えるか?灰色なんだ」


 それが何だというのだ。そう声に出して言いたかった。しかし、この時すでに俺はこの異様な空間の色に染まっていた。

 無言で佇むのみ。


「どこの生まれかもわからない、得体のしれない男がこの村にやってきて置いていったのがこいつだ。それからだよ。この村に災いが起きることになったのは」


 少年はそう言い終えると、彼女をつかんでいる手に力を籠める。一層彼女は苦しそうにうめく。

 少年の言い分は全く筋が通っていない。おそらくこの村は実験場であるために様々な問題がもともとあったのだ。そのうっぷんが彼女という存在を得て、晴らされているのが現状だろう。彼女が、本当に災いをもたらすような、それこそ悪魔のような存在だったとしたら、まずこのように無抵抗で嬲られているはずがないのだ。


 でも俺は無言だった。


「や、めて」


 か細い声がする。彼女だった。わしづかみにしている手を振りほどく体力もないようだった。

 少年の返答はさらなる圧迫だった。

 痛みで彼女の目が見開かれ、双眸から涙があふれる。そして彼女が意図したのかは知らないが、俺と目があう。


「助けて」まさしくそんな目だった。


 俺はその「目」によって目が覚めた。悪を悪という正義、それは正しいことだ。人が何だ、空気が何だ。俺はセシリアに誇れる兄になる。

 糊でくっつけたように重い唇を開く。


「やめっ……」


 だが、その正義に燃えた心は、ただ一言で消える。


「お前の髪の色……」


 何かに気付いた少年は彼女をつかんでいた手をパッと離すと、俺を眺める。

 そしてこう言い放った。


「お前もそうか?」


 背筋が凍った。のど元に刃物が突きつけられているのを感じた。言葉が止まった。


「何を……」

「お前もこいつと同じか?」


 はっとして周りを見渡す。今話をしていた少年だけでない。四人が全員、どこまでも冷たい目を向けていた。


「違う!!」


 俺は否定する。これまでにない大きな声で否定をする。

 それで「そうか」となるような奴らではないことはわかっていた。

 

「嘘をつけ!!」

「お前も悪い奴か!?」


 絶え間ない否定への否定の言葉。俺がここでどんなに主張したって数の暴力がある。それでも俺は自分の無実を証明するのに必死だった。


「違う、違うんだ。俺にはこいつのように身寄りがないわけじゃない、ちゃんとした家族がいるんだ!!」


 あぁなぜこうも自分は手のひらを返せるのだろうか。すらすらと彼女をけなす言葉が出る。


「魔法で村を救ったこともある、村のみんなに聞けばわかる。俺はこんな汚れた奴と同じじゃない」


 なぜこんなに必死になる?向かってくれば叩きのめせばいいじゃないか。親が来たとしても、どうせ俺に敵いっこない。

 それなのに俺は自分より弱い奴の、ただ数が多いというだけのルールに従おうとしていた。そして彼女を傷つけた。

 

「勉強だってできる、家事もする、挨拶もする……」

「まだいうか」

「だから違うんだ、信じてくれよ……」

「……」


 俺の必死の釈明が通じたのか、奴らは顔を見合わせ、何事かを話し合う。興奮と不安で集中できず、聞き取ることができなかった。

 そしてあの少年が歩み出た。

 

「なら証拠を見せてみろ」



 そういって拾い上げた石を俺に手渡す。ひどく重く冷たい石だった。渡された意味が分からず、俺は戸惑う。


「お前があいつの仲間じゃないなら、この石をあいつに投げてみろ」

「なんだと……?」


 思わず手のひらにのっけた石を見る。石は戸惑う俺をあざ笑うかのように、さらに冷たく重くなった。歯の奥が冷たくなる。代わりに頭は沸騰しそうなほど熱い。

 俺はこの石を投げるわけがない。俺は良心的で善悪の判断がつくんだ。この行為がどれだけいけないことかわかっている。その罪は先ほどの言葉とは違い、如実に結果として現れる。

 これは投げたが最後、俺は二度と正義を語れない。


「どうした?投げないのか、なら」


 なら、の先は言われなくとも分かった。そしてこの時、驚いたことが二つあった。

 まず一つ目は、その瞬間、霧が晴れたかのように迷いが消えたこと。そして二つ目にその思いに従うように、体が動いていたこと。


 そして。


 ゴスッ。


 そんな鈍い音が呆然とする俺の耳を貫いた。




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