黒づくめの男
2週間すみませんでした。なるべく努力はします。
兄様の様子がおかしい。
今日は母様と一緒に家の魔石を教会に持って行った。
なにやら村総出で協力しないといけない事態が起こったらしい。少し不安に思ったが、兄様が絶対何とかしてくれるので怖くはない。
そうして教会へといったわけだが。
ちょうど昼休み、兄様のご学友たちが校庭にでてめいめいに遊んでいた。だけど、私たちが来ると皆さんが手を止めてこっちを見てきた。
母様を見ているのかな?でも私を見ているようにも思える。
首をひねりながら校庭の前を横切ろうとすると、校庭の隅にいる兄様が目に入った。そしてあの人も。
今回の魔石回収を命じたハウマンさんの息子。
えらいから逆らうなと皆は口々に言うけれど、それが何だといいたい。所詮兄様の足元にも及ばない奴……いけない汚い言葉を使ってしまった。
でもそれぐらいあの人のことは嫌い。
そんなあの人が、兄様と一緒に。悪い予感しかしない。
母様には申し訳ないけれど駈け出そうとする。しかしその前に兄様はあの人から離れていった。
何が起こったのだろう。
疑問の答えが出ないうちに、私は母様に引っ張られて教会へと入っていった。
教会の内部はこの村一番きれいなところだ。
村ではめったに見かけないガラス、それもステンドグラスをふんだんに使い、色とりどりの光を取り入れた幻想的な空間。
兄様と一緒に帰るときは、ここの景色を夢中になってみているのだけれど。
勇者のお話を描いたスタンドグラスの前を歩く。
でも考えていることは兄様のこと。あの時の兄様は顔色が悪いように見えた。
また何か嫌なことを?
思わず魔法が暴走しそうになるが、この前の一件を思い出して抑え込もうとする。
あの一件……。
あの腕に……。
ダメだ。顔が熱くなる。このままでは抑え込むどころか暴走してしまう。
仕方ないので父様に抱き着かれた時を想像する。自分でもびっくりするほど、げんなりした。
今日だけは父様に感謝。
だけど、おさまったところで疑問は消えない。
何があったのだろうか。
その日の昼間はそればかり考えていて、母様にぼけっとしないでと叱られてしまった。
それでも気になる。
結局手伝いらしいことを一つもせずに、家に帰
ると、いつもより抑え気味で抱き着こうとしてくる父様を軽くいなす。
いなして気づいた。そういえば両親の様子もおかしい。
父様の元気がないことは大変喜ばしいが、母様が時々見せる陰りのある表情には心配させられる。
今回の事態は想像以上に深刻なのかもしれない。
兄様のあの様子もそれに関連しているのだろうか?
自分の部屋へ行き、ドアを閉めるとベッドへダイブした。天井を見上げる。
兄様にあのことを聞いてみようかな。でも絶対に隠す。
いっつも一人で何かしようとして。私の力だって父様と母様にいうなって言って。
だから私が聞いたら変に警戒して、もっと本当のことが見えなくなる。
じゃぁどうすればいいのか。それがわかれば今にでもそうするのに。
考えが行き詰まる。思考の停止が私の瞼を重くし始めた。
いつもより考えすぎちゃったかな。
その睡魔に抵抗することなく私は眠った。
◇
私は衣擦れの音で起きた。
その音はすぐ隣からする。兄様かなと思い、見てみると案の定兄様だった。
次に眼だけを動かして鎧戸を見ると、月光が差し込んでいた。すっかり夜だった。
思わずこんな時間まで昼寝?をしてしまった恥ずかしさと、今日の一件を考えてしまってなかなか起きだせない。仕方がないので薄目を開けて兄様が何をしているか見る。
着替えているようだ。時々見える素肌にはしたなくもドキドキする。
こういうのなんて言ったっけ?人の着替えを見てドキドキする人のことを。確か……変態?
私は変態なんだ……。
見つけてしまった自分の本性にショックを受けながらも見ることはそれでもやめられない。
兄様はなぜか黒い服に着替えていた。こんな服あったっけ?
さらに兄様は口にスカーフを巻いた。これも黒だ。
髪の色も黒なのですっかり黒づくめになってしまった。
こんな時間になんで?
その恰好はまるで本で読んだアサシンみたいだった。人目につかない格好。
!!
はっとした。
もしかしてハウマンさんの息子に殴り込みをかけるのかな。
そうしたら理解できた。やっぱり昼間いやなことがあったんだ。
許せない。怒りの感情が噴出してくる。
内側から身を焦がすように燃え立つ怒りは、実際に現れる。布団で隠された私の四肢が明らかに熱を帯びる。
ふつふつとたまる怒り。それが許容範囲を超えるまであと少しであったが、兄様が鎧戸をいきなり開けたことでそれは一旦止まった。
鎧戸を開けた兄様はなんと窓から飛び出した。
ここにきてようやく私はベッドから抜け出し、窓に身を乗り出す。
月光が差し込んでいるとはいえ、すぐ先は森。光の届かない場所へ兄様は消えていく。
いけない!!
私が困っているときにいつも助けてくれる兄様。
なら兄様が困っているときに助けるのは私。
見失う前に追いかけなくては。
靴を履くことも忘れ、私も窓から飛び出す。
着地の瞬間、風を魔法で起こし無音で着地するとそのまま駈け出す。靴はないけれど身体強化魔法で平気だ。
走りながら全神経を研ぎ澄ます。何十倍にも強化された感覚がすぐさま森をかける何かをとらえる。
それは足跡が残らないようにするためか、木々を渡っているようだ。
兄様があんな格好をしてまで人目を気にしていた。そのことから考えるにこれは確実に兄様だ。
私も足跡を残さないように木に飛び乗る。
兄様はかなりの速さで移動している。けど追いかけられない速さじゃない。
木のごつごつした感触を素足から感じ取りつつ、足に力を込めて跳ぶ。
下の影がそれにつられて月夜を駆ける。
森はしんと静まり返り、ハウマンさんの命令で夜間は誰も外に出ていない。
飛ぶ鳥もいなければ、鳴く獣もいない。私と兄様だけしか居ない夜。
世界を私たちが支配しているように思える。
兄様と二人の世界。
誰も邪魔しない世界。
すると突然。
――これを望んでいたんだ。
狂おしいほど望み、散っていった夢。ねぇ私?
今は幸せ?
私なのに私は私に疑問を投げかける。
この感覚は前にもあった。あの日。魔法が暴走したとき。
私の中に「私」がいる。
訳が分からないが、私の中にいる何かは別人ではない。「私」だ。
「私」が私にいることそれは違和感のないことだ。しかし「私」は私の知らない何かを知っている。
それが叫ぶのだ。あぁ幸せ、と。
そしてこうも言う。怖い、と。
何におびえているのか私は「私」に問うが答えをよこすことはない。
私もどうかしているようだ。
鼻で笑って気にしまいとするが、それはとても重要なことだと私はわかっている。
何が重要かわからないのにもだ。
あいまいさに不機嫌になって、強く木をけって跳ぶ。
少し大きな音を立てたので兄様にばれたかと心配したが、前を行く気配が変わることはない。
また考えことをして注意力が切れてしまったことを反省しながら気を取り直して追いかける。
すると兄様が止まった。慌てて私も飛ぶのを中断し止まる。
目的の場所についたのかな?
そう思いあたりを見回すが、ハウマンさんの家は見当たらない。おかしい。
ここはどこだろう。
答えはあっさりと分かった。
兄様は木から飛び降りる。それはそれより先に木がないからだ。代わりに石造りの柱が等間隔で並んでいる。
これは結界を発生させる装置だ。絶対に近づいてはいけないと昔から口を酸っぱくして言われてきた。
柱が並んでいるのはこの村の外縁。ハウマンさんの家がある中心部とは真逆にある。
ハウマンさんの息子とは関係がないの?
兄様は柱へと向かう。柱のすぐ横まで歩くと、今度は腕を上げた。そのまま手のひらを前へと突き出す。
その瞬間、兄様の手を中心に空気の波のようなものが見える。
結界だ。
二千年も昔、勇者が生み出したとされる、人と魔を分ける壁。各国の王都以外では作られない謎の装置。
それは魔を退けるのともう一つ役目がある。
人を監視することだ。
常に人が村にいるように、人が村から結界を通って出ようとすると警鐘が鳴るようになっている。
つまり兄様が結界に触れている手をもっと突き出せば、警鐘がなってしまう。ここにきて人を呼び寄せるような真似を果たして兄様はするのだろうか。
当然だ、するわけがなかった。
兄様はそのまま手を突き出した。私は警鐘をおそれて身をこわばらせたが、そんなことは起きなかった。
すでに兄様の手は結界があると予想される位置から、ひじの先まで突き出している。
しかし鳴らない。
結界の点検は最近行われたから、故障ではない。
これは恐らく、兄様の力だ。
あらゆる万物を魔法も含めて無に帰す力。それを使って結界を無効化しているのだ。
兄様はついに足まで結界の外に出す。次いで膝、肩、そして背中が出て、兄様は完全に結界の外にいた。
そのまま兄様は歩みを進める。
追いかけたい。
そんな考えが当然のようにちらつく。だが、私は結界を無効化する術を持っていない。兄様が自分と同じだと言っていたあの力が自分の意志で自由にできれば……。
もどかしい。
そうして私が悩んでいるうちに兄様の姿はすっかり消えてしまっていた。私の五感が感知できるずっと先に行ってしまったようだ。
謎の悔しさに俯く。強く唇をかみ、痛みで自分に罰を与えようとする。血が滴り、私の唇を彩る。
自分でもわかっているこの反応は過剰だと。
それでも「私」はそれを続ける。決して私を許さない。
二度とないように。
それから私はただ兄様を待った。
◇
この世の万物は一つのものからできている。
元素ではない。もっと小さいもの、そしておそらくこの世界にしかないものだ。
それを仮に魔素と呼ぼう。
魔素は物質を作る。俺の体だって、あの木だって、上に見える月だって魔素でできているはずだ。
そして魔素は魔法を作る。この世界に存在している異端の力。それは魔素の構成を限りなく本物の構成に似せて作る、いわばイミテーションだ。
魔法で作る水は水ではなく。のどの渇きをいやすことはない。
魔法で作る土は土ではなく。命が育つことはない。
常に魔力を供給してやらなければ存在できないまがい物。
それを砕くことはたやすい。不完全なものには亀裂がある。安定しないのだ。
俺はそこを突くだけ。
そしたらあとは連鎖反応のように崩壊が崩壊を呼び、まがい物は消え失せる。
簡単だよ全く。




