にらみ合うだけの回
毎週水曜には定期的に更新しようかなとは思っています。
それからはオルロ村の生活は激変した。
結界の点検、魔石の管理、夜間外出禁止……。
全てがハウマンのもと管理され、来るべき日に備えて着々と準備していた。
決してこの体制に村人の不満がなかったわけではない。しかし頼みの綱である騎士団からの返信は、伝書鳩を飛ばしてから丸七日、音沙汰がない。
その事実に絶望する暇はなく、誰もがより長く生きるために文句も言わず従っていた。
苦しみと恐怖に満ちた日々を大人たちは過ごしていたのだが、そんなものはどこ吹く風。
魔獣侵攻について知らされてはいたものの、パニックを防ぐためにやんわりと伝えたこと、そしてたとえきちんと伝えたとしても彼ら自身がまるっきり危険性を理解していないため今日も彼らは元気がいい。
校庭に朗らかな笑い声がこだまする。
その声は憔悴した大人たちにとっての清涼剤であり、自分が今苦しんでいるのは何のためか再確認させるものであった。
しばらく彼らの声に耳を澄ませた大人たちは幾分か顔色良く次の仕事に励む。
そんな村のある日、二人の少年はにらみ合っていた。
楽し気な声もこの二人の周りにはない。ただ少年が、子供が、出すべきではない殺気や怨嗟がそこに漂っている。
「アナン」
にらみ合っている二人の内、金髪の少年がもう一人の少年に呼びかける。
アナンと呼ばれた少年は返事をしなかった。ただ、呼ばれたのを皮切りに彼の視線がより鋭くなる。
だが、ふっと殺気を解くと急に踵をかえした。
「おい!?」
金髪の少年が呼び止めようとするが、彼は止まらない。そのまますたすたと歩いて行って、校舎へと消えていった。
あまりのことに金髪の少年は呆然とする……いや、違う。
彼は安堵していた。
黒髪の少年が向かってこないことに。
そして悲しくなった。今まで何とも思わなかった奴に恐怖を感じ、あまつさえ戦わなかったことに安堵している自分に。
金髪の少年の足元に水滴がしみ込んだ。
◇
俺は校舎に入ると安堵の息をもらす。
ダンの野郎をぼこぼこにしてから一週間後、恐ろしいほどの回復力でダンは登校してきた。
父さんと母さんにやっぱりバレていてこっぴどく叱られた俺としては、ダンの動向が気になって授業どころじゃなかった。
いつも目の端で追って、目が合いそうになると思わずそらす、そして胸がドキドキする。
あぁこれが恋なのか。
なんて馬鹿なこと考えて現実逃避していたら昼休みについに来た。
「こい」
ただそれだけの一言で俺のストレスは過去最高を記録した。胃の激痛となんだかヤバい汗に苦しめられながらなんとかダンについていく。
両親は何も言っていなかったがおそらくダンの父親から何か言われたに違いない。俺とは別の何かに起こっていた父さんと、不安げな母さんを見ればすぐに分かった。
もう迷惑はかけられない。これ以上、我を通すのは良くない。
だから逃げだしたい気持ちを抑えて俺はついていく。
たとえこの先に集団リンチが待ち受けたとしても俺は我慢するつもりだった。
俺一人が耐えれば済むこと。あの時は少しのことでかっとなってしまった。
それが自分にとってどれだけ大事なことでも、父さんや母さんのあの表情を見ればそんなことは無意味だ。あんな顔二度とさせるもんか。
そうした覚悟を持ってついていったが、ダンが止まった場所は校庭の隅だった。
周りに人が隠れられそうな場所はなかった。
もしかして一騎打ちか?
少し、ほんの少し、ミジンコほど見直した。
ダンは俺から距離を取るとこちらを睨み付けてくる。
やる気か。
だが、俺に抵抗する気はない。ただダンの殺気をこもった視線を見つめ返す。
そのまましばらく経った。しかしダンが動き出すことはない。
よく格闘漫画で視線の読み合いのために武術の達人たちがずっと立ちっぱなし、という描写があるが、あれは武術の達人の話であって俺たち子供にそんな芸当ができるわけがない。
ならば何故ダンは動かない?
疑問の答えを探るため視線をずらしてみる。
するとわかった。
ダンは震えていた。力を蓄えた肩も、硬く握りしめた拳も、地につけた足も、殺気のこもった目を除いてすべてが震えていた。
その瞬間俺は理解した。
圧倒的な力でねじ伏せられた経験がここまで人をおびえさせること。そしてここまでおびえている奴が、プライドが高いことを除いても親にあのことを言うだろうか。
ここに耐えて来たのは俺だけじゃなかった。ダンも必死に自分の中の恐怖と戦ってここに立っているのだ。
正直凄いと思った。
生意気でクソみたいな野郎だが、まだ十にも届かない子供がここまで強い心を持てるのか。
「アナン」
呼びかけられた。
その声はいつものように高圧的ではなく弱弱しさをのぞかせていた。
視線を鋭くしてみる。そうすると案の定震えが目に見えてひどくなった。
そこまでして立ち向かうのは何のためだ?
何がある?
後悔はしていないのか?
愚問だ。
真意を探ろうとしたって俺なんかにはわからない。逃げ出したことのある俺に分かるはずがない。
ダンのような強さが俺にあれば。
うらやましい。つい思ってしまった感情を振り払うために、これ以上ダンと対面するのはごめんだった。
いかんな三十過ぎると感傷深くなっちまう。
俺は踵を返して校舎へと向かう。
ダンが呼び止めてきた。
やめてくれ。怖いんだろう?それなのにどうしてお前は。
彼が恐怖と戦う姿を見せられるたび自分の弱さを実感する。
俺は強くなんかない。だから家族と彼女を守れるのか。不安が膨れ上がる。
そうしてダンから逃げて校舎へと入った。
(どれだけ能力が異常でも、それを扱う本人が変わらなければ結果は変わらないんだろうか?)
いやだ。俺は彼らをあらゆる災厄から守りたいんだ。彼らが笑う姿をずっと見たい。
俺に何ができる。俺は何ができる。
◇
オレは弱い。
少し魔法ができるからと調子に乗っていた。
魔法ができるから強いのか?親が偉いから偉いのか?
違う。
オレは見たんだ。それらを無にする圧倒的な力を。手も足も出ない。それはオレが子供だから?違う。
オレがどれだけ成長しても届かない頂に奴はいる。それも既にだ。
笑えてくる。そんな奴に喧嘩を吹っ掛けたこと、そんな奴が弱いと思っていたこと、なによりそんな奴が力を隠していたこと。
なんで隠す?誇示すればいいだろ。
そんな力があるなら気に入らないものすべてつぶして、すべてを手に入れればいい。
分からない。どうしてお前は隠すんだ。どうして虐げられることを受け入れるんだ。
どうしてお前はそんなに強いんだ。
どうしてオレはお前みたいに強くないんだ。
お前が校舎に入っていくのを見た時、オレは嬉しかったんだ。お前と戦わなくて済む。怖い思いをしなくて済むって。
お前は何故戦わなかった?それがお前の強さの秘密なのか?
教えてくれよ。お前はなんでそんなに強くって、オレはこんなに弱いんだ。
◇
その日、村は歓喜に沸いた。騎士団からの返信が届いたのだ。
「我ら第四騎士団、貴殿の要請によりそちらに向かうことを決定した。到着までの間耐え忍んでほしい」
伝書鳩のため短い文であったけれど村人たちはこの希望にすがった。あと少しだ。
先の見えない恐怖の道に光が差した。人々の顔はより明るく、生き生きとしていた。子供たちもそんな親の久しぶりの心からの笑顔を見て顔をほころばせる。
村は八日ぶりにもとの穏やかな日常を取り戻した。




