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回想に入る前の一幕。というわけで何もない。

「痛っ」


ケガしたところにきつく包帯を巻かれて思わずうなってしまった。すると包帯を巻くためにかがんでいたティアが首を持ち上げにらんできた。

なんで?


「うるさいですね。そんなに大したケガじゃないでしょう?」

「大したケガだわ!!靭帯は伸びきっててあとちょっとで切れてたとこだし、右手の骨折、全身打撲、内出血、やけど。生きてるのが不思議なくらいだぞ」


ティアは俺の言葉を聞くとすぐに鼻で笑って作業に戻った。


こいつ……。

あまりの態度に腸が煮えくり返るが、怒っても状況が悪くなるだけなので何も言えない。

暇なので、不機嫌だが仕事はちゃんとするのか手際よく包帯を巻いていくティアをボケっと眺める。


サラサラの髪が包帯を巻く動きと連動して左右に動く。下に目線を動かすと形のいい鼻や、大きなまつげが見えた。ホント黙っていりゃぁなぁ。

別に奴隷だからといって何かするわけじゃないが、心細い旅。少しくらいオアシスがあってもいいんじゃない?

それなのにさ。どういうこと?


ストレス増してるよ!!胃が痛いわ!!


戦闘はほとんど俺。魔物や魔獣との戦闘のさ中、横目で見れば優雅にティータイムしてたり。(ちなみに紅茶は最高級。「俺の」パン代がなくなりました)。

宿は基本ティアだけ。へとへとなのに宿に隣接する馬小屋で就寝。馬が髪の毛食べるから怖くて不眠症だ。

お金がないならまだわかる。レディファースト的な感じで。でもお金あるよ?二人ぐらいは二、三日泊まれるよ?俺働いてるよ?というか俺だけ働いてるよ?

それなのにこの仕打ちって……。先生いじめを僕は受けています……。


「なんですか?」

「おわっ」


さすがに眺め過ぎたか、ティアが怪訝そうな顔でこちらを見ている。

こういう時の返答は「何でもない」が一番まずい。怪しまれて問答無用で殴られる。(おかしい)

では何を言うか。当然先ほどのことは言えない。

だから話のネタになりそうなものを視線を巡らせて探す。

「花瓶の絵柄。きれいだね」ダメだ。「ハァ?わけのわからないことを言わないで下さい」と言ってその花瓶で俺の頭をぶつに違いない。

「今日は晴れだね」は?「地下です」で終わる。

そうだ。あくまでティアを見ていたんだから部屋の内装は話すべきではないな。


ティアに視線を向ける。何か話すこと、何か話すこと、何か話すこと……。


「胸が……」


今日は晴れでお花畑が見えました。


さて俺が目を覚ましたのはそれから一時間後のこと。ここは闘技場内部の個室である。予選を勝ち抜いた八人のみ与えられるこの部屋は、先ほどの控室とは打って変わり、白を基調とした極めて清潔感あふれる作りとなっていた。


「これからの予定は?」


アッパーカットされた顎をさすりながら俺は尋ねる。


「そろそろ組み合わせが発表される頃でしょう。組み合わせによっては早くとも明日に試合があります」

「マジで?」

「マジです」


全快にはまだ時間がかかる。それなのに予選を勝ち抜いた猛者と一騎打ちか。まぁ一対一なら何とかなるかな。

少し楽観的に考えると気が楽になった。上体を起こして心身のコリをほぐすように大きな伸びをしてみる。

あっダメだ。めちゃくちゃ痛い。

大人しくベッドに横になることにする。


「水、いりますか?」

「えっ?あ、あぁ」


突然ティアが尋ねてきたので驚いた。俺の返答を聞くと彼女は文句を言わずすぐに部屋を出ていく。


俺は呆然としながら彼女を見送る。


時々こういうことはある。ティアはどんなに俺を蔑視していても本当にヤバいときはちゃんとしてくれるのだ。

おそらく彼女の中には俺だったらこのくらいは大丈夫という信頼感とまでは呼べないものが一応はあるのだろう。


近すぎず遠すぎず。そんなヤマアラシ同士のような距離。


だからこそ未だにティアと旅を続けていられる。


「ふぅ……」


一息つくだけで走る痛みに顔をしかめながら天井を見上げる。シミ一つない天井。清潔できれいだけれど、どこか温かみにかける。

あの家の、薄汚れていたけれどそのシミの一つ一つに数々の笑いや喜びが染みついていた天井が懐かしい。


遠くまで来た。ここまで来た。

痛い思いも怖い思いもすべて耐えて。

ただ、あの日の日常をもう一度この手にするために。それが三回目を生きる俺のたった一つの願いだから。


だから、だからまず、俺は……。


「ちょっティアー?トイレしたいんだけどー」









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