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裏っていうと大体怪しいから注意しろ

「では、確認をしましょう」


入った森の中、人差し指をピンと立てたティアが相変わらず大切な商売道具のトランクに座っている。


「私たちの目的は、裏闘技場に潜入し、ご主人の探し人である方の情報を手に入れるということでよろしいですか?」


「まぁ、おおむねその通りだと」


俺は地べたに直座りしながら鷹揚に返事をする。


俺らが裏闘技場を目指したのは、探し人である彼女の情報が全くなかったからだ。

あの日以来、いろんなところを回って≪探知(サーチ)≫を使って探したけれど、一向に見つからなかった。そこで表には情報が流れていないと考えて、裏の情報が集まる裏闘技場に目を付けた。

そういうわけで今ここにいるわけだが、そもそも俺らは有力者でも何でもないただの旅人だ。そんな俺らがすんなり入れるほど警備は甘くはないだろう。

その疑問を口にすると、「それには考えがあります」とだけ返された。

納得しがたいことであるが、頼れるものは彼女以外いないのである。しぶしぶ頷く。


「探し人の特徴は、灰色で長い髪、年が十五から十七、そして特殊な力ある、と。この条件で探りますが、ほかに追加することは?」


「ないよ。しいて言うならお前より俺に優しい」


「やれやれ、これでも譲歩しているのですよ。わざわざこんな思い出したくもない場所にきて……」


ティアがこめかみを抑える。彼女の言葉はうそではないようで、森の奥へ入っていくごとに彼女の顔は緊張していた。


「それは感謝している……冗談だよ」


考えて、確かに申し訳ないと謝る。

それでもやはりトラウマが残るこの場所にいること自体の精神的ストレスは変わらないようだ。顔色が優れない。

俺でもティアには少なからず恩があるので彼女に無理を強いるのはどうかと思う。しかし、彼女を買った日から、俺は俺のために、彼女は彼女のために互いを利用することになった。

ここで彼女に「俺一人で行く」などと声をかけるのは、その関係を一方的に崩すことになるのだ。


「感謝ですか」


こめかみを抑えるのをやめ、こちらを見る。髪の色と違ってトパーズのような、さっきみた朝日のような瞳を向けてきた。


「なんだよ」


いきなりじーっと見るのでたじろぐ。こいつはこうやって時々予想もつかないことをしてくる。俺の精神年齢は三十を超え、四十に入っているが、女性と接した時間なんて家族以外でいえばわずかだ。

ティアは辛らつだが、黙っていれば美人でかわいげのある顔をしているので、こうして目を合わせられると不自然にドキドキしてしまう。


「別に」


しかし、心臓の鼓動が高鳴っている俺とは裏腹に、興味を急にそがれたか、俺を凝視するのをやめ立ち上がる。そして、トランクに座っていたくせに、執拗にスカートのほこりを払う仕草を見せる。

それは何か?俺への当てつけか?

せっかく感謝したのにホントかわいくないな、精神的に。

苛立ちを覚えるが、逆らってもかなわないことは承知の上なので黙って俺も立つ。


「行くのか?」


「はい。もうすぐです」


もうすぐ?全く変わらない背景の中のどこにもうすぐか分かる目印があるのか。俺にはわからない。


「こちらです」


ティアに先導されて俺は森の中を進んでいく。ブーツがまだ湿っている腐葉土を踏みつけると、圧縮され出てきた水が気色悪くブーツを濡らす。その感触に辟易しながら、足早な彼女を見失うまいとする。

やがて、三分ほど歩くと水の音が聞こえてきた。


「川?」


ザバザバという結構大きな水音。大きい川のようだ。

またしばらく歩くと、森の切れ目が見えてくる。出るとそこにはやはり大きな川が流れていた。お世辞にも綺麗とは言い難い水が、激しく流れて滝へと消えていっている。こうした大自然をまじかで見るのはやはり新鮮なものがある。

テレビで見た時とは違い、跳ねる水しぶきや、周りのひんやりとした冷たさは、何とも言えないものがあった。深呼吸をしながら俺は伸びをする。

森から出たという解放感と、マイナスイオンパワーか、すっと体が軽くなるような感覚がした。

その心地よい脱力感に浸っていると、気付く。


「あれ?橋がない」


この川は川幅が二十メートル以上はあり、見たところ深そうだ。この川を渡る先に裏闘技場があるとすると、参加者はどうやってここを渡るのだろうか。空を飛んで?

ファンタジーなこの世界では、超大型の空飛ぶ生物がいるっちゃいるが、とても調教できる気性ではない。ならばどうやってかなぁと推理していると、また気付く。


あれ?ティアがいない。


きょろきょろと見回すとすぐに見つけるが、彼女は川沿いを滝に向かって歩いていた。


「?」


なんだろうとみていると、あろうことか滝の手前まできたティアが消える。びっくり仰天して、ティアがいた場所まで走り、滝つぼをのぞき込む。ここから滝つぼまで十五メートルか。それぐらいの高さがある。

ここが嫌で飛び降りを?

と、勘ぐるが、そんなことはありえない。

彼女には奴隷になっても叶えたい願いがある。それを捨ててまで、逃げたいほどではないはずだ。つまり彼女は、何か理由があって飛び降りた、そう考えるのが正しい。

再び滝つぼをのぞき込む。眼下の水面に彼女は浮かんでこない。彼女が落ちるのを見てから、時は経っている。そうなるとこの状況は不自然だ。

やはり何かあるのか。


「飛び込んでみるか?」


確かめるのはこれしかない。そう思うが、体は拒否している。足がその場にくぎ打ちされたかのようにピクリとも動かない。


「……」


情けないなぁ、男だろ、シャキッとしろ!!脳内で自分を叱咤激励してみるがなおも動かぬは我のこの両足。

だって怖いものは怖い。たとえ自分の能力で死なないとわかっていても、バンジージャンプがそうであるように、高所から飛ぶというアクションに人類は適応していないのだ。


「……」


跳べない以上、滝つぼを眺めていることしかできない。じーっと前かがみに熱心に見つめていると。まぁ、こういう時はお決まりで。

無理な体勢と、固定された足、滝つぼのみに集中した意識。背中のトランク。なんだかバランスを崩した俺は空中にいた。


「あぁぁぁぁ!!!!」


怖い怖い怖いぃぃぃ!!!!

自ら飛ぶのはいい。でも、こうやって落ちるのはダメだ。

落下の恐怖が俺の意識を埋めつくす。きゅっとした独特の痛さを腹に抱え、水面との距離が迫る。咄嗟に下に爆発を起こし、衝撃を緩和させようとするが、たった十五メートル、何ができる?

こうして考えている間に水面まで目と鼻の先。

かくして俺は何もできずに水面へ叩きつけられた。





「死ぬぅぅぅぅぅぅ……って?」


痛くない。喋れている。恐怖のために閉じていた瞼をそっと開く。


「なんだこれ」


あたりは青。水中だということが分かるが、これはなんだ。

泡だろうか。そんなものが俺の周りを包んでいる。触れると、弾む。

息は苦しくないから、この泡の中は空気が充満しているのか。そんな泡は俺を乗せて、水の中をさらに大きな泡で作られた道のようなものの内部を伝って奥へと進む。何が何だかわからない。ただなすがままに、いつこの泡が割れるのかという新たな恐怖におびえながらじっとしている。

そうして俺を乗せた泡は、水の底深くにポツンと空いた横穴へと滑り込んだ。

すると、日の光が一切射さなくなり、真っ暗闇になる。


「怖いなぁ」


先の見えない不安と、この先に果たしてティアがいるのだろうかという思いで心細い。

人は嫌いだけど、一人でこういうところは嫌だなぁ。と考えていると、突然光が見えた。

淡い松明の光。人工の光。

ゴールに着いたようだ。プカリと泡が水面から顔を出す。すいーっとそのまま滑ると、段差にぶつかって割れた。俺の足が水にぬれる。しかし、足場があるようで水中に沈むことはない。


俺は、革製品では避けるべき湿気を避けるどころか今日一日だけでびしょ濡れになってしまったことに舌打ちしつつ、水からあがる。

松明のおかげか、洞窟の中なのに肌寒さは感じない。正面にみえる穴から風もないところを見ると、この先地上には続いてないらしい。

一応、特殊な方法でここに来たということは裏闘技場がこことみて間違いない。すると、ティアはここにいるはずだな。見当をつけ、正面の穴へと足を踏み入れる。

俺が一歩出すと、光がともった。


「術式魔法か」


圧力感知か熱感知か。とにかく人の出入りでON、OFFする術式魔法は複雑さから、魔石の消費量を減らせるものの、コストが高い。こういうところから既に金持ち感が漂っている。


コツコツとブーツの音だけが洞窟内にこだまする。結構な距離を歩いているが、終わりが見えない。あれ、間違ったかな。


「≪探知(サーチ)≫」


魔力の消費が激しいので控えたいが、目に魔力を籠め、人がいないか探す。自分を中心に波が広がるように範囲を広げていく。検索対象は自分以外の人間。


「お、いたな」


ここから三百メートル。数は三人。動かないところを見ると門番か何かか?

まいったな。ティアがいない。俺たちがすんなり裏闘技場に入る方法を聴く前にティアが行ってしまった。そうなると、門番と出会っただけで、コミュニケーションができずに、今回の計画がダメになる。


他のルートがないか考えてみるが、ここまで一本道。途中で分岐するとは考えにくい。


……ティアは?


そういえば三人の人物はどれも見知らぬ者たちである、ティアはその中にいなかった。さらに奥にいるのだろうか。だとしたら顔パス?案外緩い?

確証を得るためさらに探知をしたいところだが、念のため魔力は残しておきたい。


手詰まりだ。


戻るか?


いや、実のところ帰る方法が分からない。松明があった場所に、泡を発生させるような術式は見当たらなかった。罠を警戒して一瞬探知したので確認済みだ。となると、泳いでいく、しか方法がないわけだが、現実味がない。能力を使って力技で出るとしても、それまで魔力が持つかどうか。


「……」


行かなきゃダメか。


このままここにいても餓死だ。重たい足で何とか残り三百メートルを歩くことにした。





「ん?何だお前」


やっぱり門番か。鋼鉄製の門の前に屈強な男が二人。もう一人は奥にいるのだろう。


「あ、いえ」


三百メートルの道のりの中、三百パターンを考え、ベストなパターンを三百回脳内練習したのに、一瞬でぶっ飛ぶ。


なかなか怖いな、この二人。どっかのキャンプやってた軍人さんみたいなガチムチがひげ面でにらむのは、対人レベル一の俺にとってなかなかきついところがあります。

でもな、自慢じゃないが対人「戦闘」ならカンストしている自信がある。この世界はファンタジー。筋肉量が単純に勝敗を分けるわけではない!!

出鼻はくじかれたが気を取り直して


「お、おみゃいらに、にゃにょるにゃにゃんてにゃい」


「はぁ?」


し、しまった~。緊張のあまり、だれも望んでない猫語になってしまった。そのせいで、ビリーさん(今命名)の顔がさらに険しく、左にいるブートさん(今命名)が関節を鳴らしはじめた。


「だ、だからおみゃいらに……ごほんお前らに名乗る名前はないと」


もうおからのようにかすかすの勇気を振り絞って再度抵抗する。お前らなめやがって、絶対教えてやるものか。地がさけ、天が割れても言うもんか。俺の名を知るときそれはお前の最後だッ。


「んだとぉ~?」


返されたのは、耳に手をやる仕草と、さらなるポキポキ音でした。それだけでストレスメーターが三百八十度回転。一週回って正常になった心はこの状況の最適解を導き出した。


「アナンと言います」


うん。正直っていいことだよね。


「アナン?お前がそうか」


名前を告げると、途端にビリーさんとブートさんの相好が崩れる。俺の名がそんなに知れ渡っていたとは。隅に置けないぜ。オレ。


「そうか、お前があのアナンか?」


やけにフレンドリーだが、悪くない流れだ。このまま流れに身を任せるか。


「はい、あのアナンです」


「そうかそうか。遠いところからはるばる」


さっきとは全く違うにこやかな笑顔。


「いえいえ」


「んじゃぁ、門の中に通すから、その前に武器は預からせてもらう」


指示に従い俺はトランクを下ろした。ビリーさんがそれを回収すると、ブートさんが金属の棒を俺の体に当てる。金属探知機のようで、棒が細かく振動するたびにブートさんが武器になりそうなものを回収していく。腰のカードホルダーは回収されなかった。


次にビリーさんが何かを俺に手渡す。腕輪?


「はい。これはめて」


逆らったらまためんどくさそうだ。素直にはめる。


「じゃ、次ここに名前書いて」


次に手渡されたのは、折りたたまれて名前のところだけが見えるようになった紙。

これも素直に書く。


「はい。確かに預かった。それじゃぁ、次にここに血をたらして」


「ここにですか?」


言われるがままに、どっかで見たことがある板に指をかみ切って血をたらす。俺の第六感がやめろと告げるが、気にしない。

すると、板が光り輝き、同時に腕輪が熱を持つ。


「うっ!なんだこれ!?」


手首に針が無数に刺されている感じ。血管内部に入ったその針は、さらにそこから枝分かれをして体内中にまんべんなく突き刺さる。さらに奥底へと針は届く。だめだ、それ以上は。嫌悪感に嘔吐しそうになる。それでも針はとまらず。ついに何か大切なものに達して、ささる。


「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」


刺さったのは魂だ。自分を規定されるものに、他人の手が触れ、汚された。驚天動地の不快感。


「はい。おめでとう。契約完了だ」


そんな俺をポンと叩き。笑みを浮かべる門番たち。今になって気付いた。こいつらの笑いは親しみからくる笑いじゃない……。


「……契約?」


いまだ残る、胃がひっくり返りそうな感じに冷汗を出しながら尋ねる。


「そうだ。契約だ。ようこそ裏闘技場へ。剣闘士のアナン」


そう言いながら、門番の二人は鋼鉄製の扉を開いた。





「剣闘士?」


呆然とする俺の後ろで、二人の笑い声とともにきしんだ音を立て扉が閉まる。風圧で服がはためく。


「あなたがアナンさんですか」


横から声がかけられる。イケボだ。俺は声の方に振り向く。


細い長身を黒い服で包み、テンガロンハット。どこの夜明けの方ですか、と尋ねたいのだが、姿勢はまっすぐであり、腰にはサーベルらしきものもない。さらにこの男は仮面をしていた。

仮面舞踏会のようなきらびやかなものではなく、顔を隠すという基本を忠実に守ったような、例えるならオペラ座の怪人がしてそうな仮面だ。


「その様子を見ると何も知らないまま、契約したようですね」


聞き惚れるような美声。仮面をなんのために着けているかは知らないが、素顔はご婦人たちが黄色い声を上げる顔に違いない。


「どういう意味だ」


さっきのくだりで、いまいち鮮明にならない脳が煩わしい。


「申し遅れました。私この裏闘技場の受付をやっております、マスクと申します」


マスクとなのる男は恭しく片手を横にしてお辞儀する。


「まんまかよ。で、さっきのはどういう意味だ。知らないとか、契約とか」


気持ち悪さと混乱で、俺は怖がるのも忘れていた。ただ、この状況の説明が欲しかった。


「はい。アナンさんは先ほどあなたのご主人と名乗る方と契約をし、剣闘士となられました。どうやら、契約についてはだまし討ちのような形になったようで……」


「ストップストップ。ご主人?は?」


疑問が解決するはずがますますこんがらがる。


「何も聞かされていないのですね。では、直接あなたのご主人に会ってみては?」


頭を抱えた俺をマスクがのぞき込む。


だからそれがわけわかんないんだよ。俺はなご主人であっても、下僕じゃねぇ。だいたい下僕ってのはな、首輪による血と血の契約を行ってはじめて成立するんだ。見ろ俺の体を。俺には、このターバンとトランクと服とブーツと、そんでもってさっきもらった腕輪しかねぇんだ。

どこに首輪がある?わのじもみつからねぇ……。


「あった」


「では、お連れしますね。あなたのご主人のもとに」


腕輪を見つめフリーズする俺を、その体からは想像しがたい力でひょいっと持ち上げると、洞窟のさらに奥へすたすたと歩きだした。





この洞窟はらせんに作られているようだ。緩やかなカーブとわずかな傾斜が抱えられているとよくわかる。俺はショックと倦怠感からマスクの肩に乗っけられたまま洞窟内を進んでいた。

この洞窟は人が三人、両手を広げて並べるぐらい広い。ケガをしないためか滑らかに削られた岩肌に等間隔で照明の術式と、それに連動するセンサーの術式が描かれている。この気の配りよう、ここを作るにはとんでもない金が必要だろう。そこまでして刺激を求めたいのか。

この世界なら町や村を出れば、すぐに神に祈る場面に出くわせるのに。


「こんなところに作るなんて金持ちの考えることなんてわかんね」


「ははは、僕もそうですよ」


俺はなぜかこの怪しさが服を着て歩いているようなマスクに普通に話しかけられていた。何故だろうか。なぜか彼からは懐かしい感じがするのだ。しかし、そのなつかしさが何であるかはハッキリしない。なんとなく自分の親しい人に雰囲気が似ているそんな感じ。


「さてもうすぐですよ」


抱えられながら、頭をついっと上に動かすとさらに扉が見えた。門番はいない。

扉の手前に着くと、さすがに開けるとき邪魔だろうと飛び降りる。


「ありがとうございます」


お礼を言いマスクが扉を開ける。きしむ音もせずに扉はスムーズに開いた。そして、この洞窟を照らしていた光より何倍も強い光が、洞窟の明るさになれた俺の目を焼く。

刺激に顔をそむけながらそっと見てみると驚いた。そこには教科書で見たようなコロシアムがあったからである。俺たちは観客席にいた。ここの観客席は主に三つに分かれ、上に行くほどグレードが上がるようだ。

一つ目が一番下の観客席。二番目は一番目より座席の質があがり、席と席との間隔があいている。俺らはちょうどここに出た。

最後は一番上、VIPルームのようで完全個室だ。観客席の一番下は試合をする場所から結構な高さがあり、さらにこの円形の闘技場を四つに分けるかのようにそびえたつ柱から結界の術式が見て取れるので安全性は確かなようだ。

ここ全体がドーム状にくりぬかれており、天井には人工太陽のようなまぶしさを持つ照明がある。

すでに観客席は満員に近く、団扇やたばこを片手に談笑する者たちがそこにはいた。そして彼らは一様に仮面をつけている。こちらの仮面はマスクのとは違って豪華な装飾がなされており、その金属やら宝石やらがやけに輝いていた。


「こちらです」


成金趣味で悪趣味な仮面の中をマスクに連れられ(ややこしい)一番下の観客席へと向かう。


「人が多い」


仮面の人々が、仮面をつけていない俺をみてひそひそと話し合っている。まったく不愉快だ。


マスクが立ち止まり、ポケットからメモを出す。座席の確認をしているのか、メモと座席に書かれている番号を見比べ、一番奥を指さした。


「あの奥にいらっしゃいます」


「そうか。誰だよこんなクソみたいなことをしでかしたのは。その面拝んでやる」


息まいて飛び出しかけられるが、マスクにそれを制された。


「落ち着いてください。契約した以上契約内容によっては反抗しただけでも罰があるかもしれません」


「……」


くそっ。わかっているが文句の一つでもいってやらないと気が済まない。


「……連れてきてくれて助かった」


「いえいえ。仕事ですから」


ひとまずお礼を言う。よくよく考えてみると、マスクはこちらをはめた側の人間であるが、なぜか憎めなかった。まぁ、彼に対する怒りよりも、その「ご主人」とかいう阿保に対する怒りが強いのでそれどころではなかった。

仮面の群れを遠慮なしに突き進む。俺のそんな姿を見るとマスクは戻っていった。

仮面どもが迷惑そうにするが、知ったこっちゃない。ずんずんと突き進み、やがて奥に着く。だが、マスクにその「ご主人」とやらの特徴をきくのを忘れていた。仕方がないので、すぐ近くにいたマスクのメイドに尋ねることにして……


「ティア?」



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