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会話が続かなければ天気の話をするといい

遅くなりました。まだ忙しく、更新は遅いまんまです。すみません。

果たしてここはどこであろうか。鬱蒼と茂る森が眼下に広がっている。人工の明かりがないこの森を照らすものは、月と、星のみである。


そんな森の中、馬車が走っている。

馬車はぬかるんだ道とも呼べないような道を行く。馬車を引く馬は、ぬかるみに体力を奪われ重たげに走る。

馬にとって幸いだったのは、馬車の中の一行が行きを急いでおらず、そのようにゆっくり走ってもおとがめなしであることだった。


「おい、ルーカス。本当に出るのか?」


「あぁ、間違いねぇ。この先の村周辺はやられたって話だから、必ず魔物はやってくるさ」


「ようやくか……腕が鳴るな」


男が三人。

最初にしゃべった男は、顔じゅうに傷があり、耳が片方なかった。厚い筋肉に包まれた体をさらに厚いプレートメイルで身を包み、油断なく周囲を見渡すさまは、誰であっても戦士を思い浮かべるだろう。


彼がルーカスと呼びかけたのは、この馬車の御者である。最初の男と違って、ひょろりとして、かすり傷さえ見当たらない比較的綺麗な肌をしている。しかし、彼の両の手には、多数のタコや豆をつぶした跡が見える。彼もまた戦士なのだ。


最後の一人は、傷の男とともに馬車の荷台に座っている。ルーカスよりもさらに細く、生気のない顔つきである。古びたローブを身にまとい、片手に持った杖をいとおしそうに撫でている。

彼の持つ杖は、先端に当たる部分に宝石がついており、彼がなでるたびに怪しげに光るのであった。


「おい、ベルン。杖を撫でるな。おっかなくて気が散る」


傷の男が、彼に注意する。

彼、ベルンは、一瞬心外だという顔をしたが、どうせいってもわからないだろうという半ば諦めが混じった表情で、渋々撫でるのをやめる。

しかし、どうにも落ち着かないようだ。杖に手を伸ばしてはひっこめ、伸ばしてはひっこめる。

彼がそれでも杖を手に取らないのは、ここで場の雰囲気を乱して、戦闘時にうまく連携できないのを恐れてのことだった。


その一部始終を見かねたルーカスが声をかける。


「しょうがないじゃないの、ベルンにとって儀式みたいなもんだから。タイン、あんたもそれが分かってるんでしょ?」


「そうだが、視界の端でちらちらと光っていると……」


「確かに見張りは大事だけどさ。いざ戦闘になって、ベルンが本調子じゃなきゃ困るのはこっちだろ。……じゃあ、こうしよう。タインが左右どちらかを、ベルンがもう一方を。それぞれ背を向けて二人でみはればいい。夜明けまであと少しだ。それまでならベルンの体力も持つだろ」


ルーカスはタインを諭す。見張りと、ベルンのモチベーション。どちらも大切だ。彼の提案は、見張りを体力のないベルンにもさせることについて、完全とはいえないまでも、二人の要求を十分にかなえる提案だった。タインはそれに賛同し、今まで馬車後方全体を見渡せる向きから、左向きへと変える。ベルンもそれに倣い、右へと視線を向けた。


———やれやれ、調整するのも大変だ———


彼らは、ハンター。この世界において、人間の敵である魔物や、騎士の目を逃れた魔獣を狩り、その報酬で生計を立てる者たちである。彼らの職業上、チームワークは不可欠である。かくしてこのように荒っぽい稼業ではあるが、人間関係には人一倍気を使う職業なのだ。


ルーカスら一行は、南で起きた魔獣発生によって逃げ出した魔物を、北から迎え撃つ道中である。


すでに、いくつかの村が被害を受けており、中には全滅したものもある。王国はこれを重く受け止めているが、王国騎士は魔獣に手いっぱいなので手が出せない状態なのである。そういったいきさつもあり、この魔物の群れの討伐には多額の報酬が払われることになっているのだ。


ならば、村人のためにも、金のためにも、誰よりも早くいけばいいはずなのだが、なぜこうもゆっくりと言っているかというと。


先ほども言ったように、ハンターは協調性が大事だ。これは、チームのメンバーに限らない。チーム同士の協調性も大事なのである。もし、ルーカスらのチームが抜け駆けすれば、その後彼らには何の情報提供や、サポートなどは与えられない。そうなれば、今回の件での報酬をもらった後は彼らはハンターとして生計が立てられなくなってしまう。

さらに言えば、大人数で闘うことでリスク回避ができる。彼らだって人だ、報酬は減るが、死にたくはない。

彼らはこれからのために、あえてゆっくりと他のチームが合流するまで南へ向かっているのだ。


あくまでビジネス。ボランティアではない。これは、彼らがハンターと呼ばれ、ブレイバーと呼ばれぬ所以である。





「ん?なんだ」


異変に気付いたのは前方を見るルーカスである。

彼は、道の先のかすかな月光で形作られた印影が、動いているのを見つけた。木の枝が風に揺られている動きではない。不規則な生き物の動き。


「おい、タイン、ベルン。お客様かもしれん。注意を怠るな」


後ろにいる二人に声をかけると、全神経を集中させて前方を注視する。片手はいつでも懐の短剣が抜けるようにしておく。


距離が近づくにつれ、形がはっきりしていく。


「人か?」


どうやら二人。何かもめているようである。

押し合い圧し合い、木陰から一人がもう一人を出そうとし、その出されようとしている方はそれを拒否しているようだ。


さらに近づくと声が聞こえてきた。


「……無理無理。知らない人にはついていくなって母さん言ってた。だからダメだって」


「そんなこと知りません。いつまで私を歩かせるつもりなんですか?もう疲れました。どうしてもいやならここから私を負ぶって下さい」


「はぁ?わけわかんないこと言うな!だいたいなぁ、立場考えろよ?お前何?」


「メイドです」


「じゃぁ、俺は?」


「私のご主人さまです」


「だよねぇ~?でも、あれっ?おっかしーなー。さっきお前、俺になんて言った?」


「はい。早く四つん這いになりやがれ、この蛆虫野郎、と言いました」


「さっきよりひどくなってるよ!!」


若い、男と女の声。男の悲痛な叫びがこだまする。


ルーカスはそれに毒気を抜かれたが、警戒は緩めない。彼らが危害を加えないとは決まっていないのだ。緊張が高まり、懐に伸ばした手がじっとりと汗ばむ。ルーカスだけではない、タインは剣を、ベルンは杖を手に取り有事に備えている。

馬車の中は、馬と車輪の音、それに彼らの鼓動のみが聞こえるほど、鋭く静まり返っていた。


そして、馬車がその木陰の近くに差し掛かった時。


「お待ちください」


いきなり女が馬車の前に飛び出してきた。馬が驚き急に止まったので、ルーカスらは前につんのめりそうになる。


「っ!!」


ルーカスは辛うじてこれを耐え、女を見る。


女は先ほどの会話の内容どおり、メイド服に身を包んでいた。比較的小柄な彼女は、腕を広げて馬車の前に仁王立ちしていた。


「ど、どうかしたんですか?」


警戒を怠らず、ルーカスが声をかける。


「えぇ。その馬車、南にいかれるのでしょう?もし、よろしければ途中まで載せていっていただけないかと」


彼女は腕をたたみ、今度は深々とお辞儀をする。なかなかお目にかかれない見事な礼だ。一度王国騎士を目指したルーカスにはそれが分かるのだ。

それによく見ると、このメイド、少女であり相当な上玉である。

男三人旅。そうしたものに飢えた身としては、それだけでついつい乗せてしまいそうになるが、油断はできない。木陰にもう一人こちらをちらちらと窺うものがいるからだ。


「ご主人様、さ、こちらへ」


メイドがこちらをうかがっている男を呼ぶが、男は一向に来る気配がない。


「ご主人さま」


「(い・や・だ)」


「ご主人様」


「(い・や・だ・ね)」


少女の呼びかけに、口パクで応戦する。


ここにきてルーカスはこの二人を警戒するのが馬鹿らしくなってきた。彼らが仮に暗殺者などの裏稼業だったら、こんなあほらしいやり取りをわざわざするだろうか?それが自分たちの警戒を解く芝居であったとしてもルーカスの勘が「それはないナ」と告げていた。

後ろの二人も同じようである。馬車の雰囲気がふっと軽くなった。


「ご主人さm……」


「いやだ!!っつってんだろ。あ、ごめんなさい。もう先に行って結構です。僕たちは乗りませんから」


食い気味に拒否の意を示した男がルーカスに向かって言う。ただし、目線はあわさず、早口で。

メイド姿のこの少女にも驚いたが、この男も妙な人物である。頭にはターバンを巻き、背には大きなトランクを背負っている。トランクには、ハンマーや、チェーン、やすり、あとそのほか名前も知らないような道具がかけられており、彼が動くたびチャラチャラと音が鳴る。

そして、決してルーカスらに目を合わせようとせず、終始、下を向いているのである。先ほどの声からして若いが、暗闇であるのと、うつむいているので顔がよく見えない。


「いいえ。私たちはこれに乗るのです。決定です」


「はぁ?マジで何言ってんの?お前メイド、俺ご主人。命令する人、当然ご主人。主人である俺が乗らないって言っているんだから、乗らないの!!」


鼻息を荒くして男がまくしたてる。

しかし、少女はめげない。と、いうよりはなっから話を聞く気はないようである。男を無視して、ルーカスに話しかける。


「それで、乗せていただけますか?」


「……俺はいいけど、後ろのあいつはいいのかい?」


「はい。大丈夫です」


にこりと微笑むと、すぐに馬車の後ろに回り乗り込んできた。後ろの二人が、彼女のために場所を開ける。

彼女が乗り込むと、甘い香りがしてきた。飢えた男たちはそれだけでくらくらしてくるが、ぐっと堪える。


「さぁ、行きましょう」


元気よく少女が声を出す。


「おい、本当にいいのか?主人なんだろ、あいつ」


タインが話しかける。


「かまいません」


「お前、チョーカーをしているが≪契約≫してないのか?」


タインは少女の首にチョーカーが巻かれているのを見つけた。これがファッションではないとすると彼女の行為は大変危険なのだが……


「いいえ。してますけど」


首のチョーカーを撫でながら、当然という風に少女は答える。


「!!なら、そんな態度とっていると死ぬぞ!!」


タインと話を聞いていた二人は、何を血迷っているんだこいつ、と少女を見るが、相変わらず少女はすました顔である。


「あのなぁ、嬢ちゃん。契約魔法について奴隷になるとき教わらなかったのか?」


「習いました」


「なら……」


「私とご主人様の契約では命令違反で死ぬことはありません。というよりかは、命令違反に関する契約がない、といった方が正しいです」


「はっ、そんなアホな契約をするバカが本当にいるのか?」


少女はかなりの上玉。主人となったからには「どんな」命令にも逆らえないようにするのが当たり前だ。それをしていないなどとは到底彼らには信じられなかった。やつは男じゃないのか。


「本当にバカでしょ?」


なぜか寂しそうに少女は笑うが、タインらはそれに気づかない。少女の発した、本当にバカ、という言葉に同意するのみである。


「じゃぁ?あんたは何故買われたんだ?」


やつが男であるならば、こんな上玉、おそらく相当な値段がするだろう。大枚はたいて、何もしないのは、バカかドMか、はたまた意気地なしか。


「さぁ?バカの考えることは分かりません」


少女は大きなため息をつく。


「バカいうな!!」


男がいきなりの乱入。タインらは少女の話に夢中でいまだ馬車を走らせていなかったのである。

ずかずかと男は乗り込み、ベルンの横に座る。また、トランクの金属音が響く。

ベルンが嫌そうな顔をするが、男は気にしない。なぜなら男の方がもっと嫌そうな顔をしていたからである。


「……絶対乗らないって決めてたのに……」


ぶつぶつとつぶやきながらの乗車。


「あら?ご主人様乗らないのでは?」


「うるへー!!お前が勝手に乗るからしょうがないじゃないか!!」


少女の煽りにむきになって男が吠える。独特のひらべったく、黄色い顔、異国人のようだ。


「おい。兄ちゃん」


タインが声をかけると、男がびくっと反応する。


「は、はひ?なんでございましょうか」


眼が泳ぎ、汗が吹き出し、手を固く握りしめ、タインの視線から逃れようとしているのか、体を左右に揺らし落ち着きがない。


「どうして?嬢ちゃんを買ったんだ?」


「え?あの?それは……」


「そういう目的じゃないんだろ?」


「えっとまぁ……」


「じゃぁ、なんで」


「何と言いますか……」


「なんだ」


「えっ、とぉ」


「……」


「あのぉ」


「……」


「それは……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


…………静寂。


「それはご主人様が、度を越えた人間不信だからです」


「お前が言うのかよっ!!」


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