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三十八歳少年、八歳少年をタコ殴り

念のため一度読み直してはいるのですが、誤字脱字などが激しいので頻繁に改稿しています。

すいません。


「母様すごく怒っていましたね」


ベッドに腰かけ髪をとかす少女。


黄金の髪は櫛が動くたびに窓から差し込む月光に照らされ、美しくきらめいている。幻想的な美しさだ。


だが、残念なことに少女は早々と梳かすのをやめて少女の反対側にいたもう一人の方へと近づく。

長い髪がベッドに触れ、年齢にそぐわない艶めかしさが垣間見える。


たとえ、そのような趣味の者でなくとも魅了するほどの存在が接近しているのにもかかわらず、もう一人__少年はそれに気が付かない。


先ほどの少女の問いかけに反応しなかったように彼は何かを深く考え込んでいるようだった。


「兄様……」


少女は少年に声をかけるが、彼の思考の邪魔をしてはいけないと黙り込む。


少女は少年を見つめる。


窓の外にある夜の帳よりも暗く、夜空よりも深い、漆黒の髪。

その下には、異国の者を思わせる独特の風貌と浅黒い肌があった。


彼の体は逞しくもなく頼りがいがなさそうに見えるが、少女は知っていた。


彼がやろうと思えばこの村を、否、この世界を容易に滅ぼしうる力を持っていることを。


しかし、少女は知っていた。


彼は誰よりも臆病で、お調子者で、面倒くさがりで、そして誰よりも優しく、それゆえどんなことがあってもその力を人に向けないということを。


自分とは比べ物にならないくらいの人。それが彼女の彼に対する評価だった。


彼は本に載っていないことでも知っている。

知らないことはないのではないか、そう思わせるほど彼は博学だ。


そんな彼が考え事をしている。


おそらくその内容は自分などその片鱗すら理解できぬほどのことなのだろう。


私にできることは邪魔をしないことだけ。そう思って彼女は少年を見つめ続けるのだった。





わけのわかんない魔法は出てくるし、セシリアにはぶっ飛ばされるし、母さんにめちゃくちゃ怒られたし、明日は学校だし、嫌だなぁもう。

ああ、考えるたびに落ち込むなぁ。いっそ学校ごと消してやるか?





さわやかな朝。日光が俺の体内時計をリセットし覚醒へと導く。


「兄様おはようございます」


「……ん、おはよう」


ふぁぁぁと大きなあくびをして俺はベッドから起き上がる。この村の朝は早い。

その分寝るのも早いのだが、日の出とともに起き日の入りとともに眠る生活は、朝に弱い俺でも心地よく起きられる。


「あれ?セシリアどっかいくの?」


ベッドから降りて先ほどの声の主を見ると珍しく朝から外行きの格好だ。


「はい。ちょっと父様のところに」


はにかみながら答える。


「へぇ~父さんの所にか」


俺はいつもしているようにクローゼットへ向かい、学校へ来ていく服を取り出す。

本来ならここには古びた服に並んで新品の服があったのだが、昨日の件でズタボロになってしまった。


買ってくれた母さんに申し訳なくて隠れて家に入ろうとしたが、すぐに拿捕され、ものすごく叱られた。


話している内容は服と遅くまで帰ってこないことに関してであったが、母さんが真に怒っている理由が俺には分かった。


彼女はものすごく心配だったのだろう。

つい先日、あの事実を聞かされたのだ。なにかあったと思わないのがおかしい。

彼女の怒りは、とてつもない不安がなくなったことによる反動であれほど激しかったのだ。


ごめん母さん。心配かけるような真似して。


俺は母さんに心の中で深い詫びを入れながら服に袖を通した。


よし。準備完了だ。


本日はお日柄もよく、雨なんて降らなさそうだ。


残念。


遠足のある予定である明後日も晴れか。

あいつらと遠足なんて……

誰か雨降るようなこと言ってくれないか……な?


WHAT?


「セシリア、さっきなんてった?」


「はい?父様のところに行くといいましたが?」


なにかおかしなことでも、セシリアはきょとんとしてこちらを見る。


は?だってあのセシリアだよ?


虫よりも父さんが嫌いだといっていたあのセシリアだぞ。それもどうかとは思うが。

自分から父さんの所に行くだなんて。


WHY?


もしかして……バレた?

彼女が会いに行けば、いくら落ち込んでいる父さんでも元気が出るだろう。

嫌い嫌いといってもやはり家族。

真相を知った彼女は自分のなすべきことをしっかりと理解して、行動しようとしているのか!


すまない君にそんな責務を負わせて。

でもね、いざとなったら守るよ。

頼りなさそうだけど!!


「そっかありがとう」


賞状をあげたいぐらい君は立派だ。

今はせめて感謝の言葉と拍手だけは届けたい。


パチパチパチ。


「えっ!なんですか突然」


「ああ君がそんなにも家族のことを思っているなんて、ぐすっ、父さんきっと喜ぶよ」


涙が出てきちゃったよ。赤ん坊の時もそうだったけど年をとっても涙腺は緩くなるんだな。


「……何か勘違いしていませんか?」


「いやいや、いーんだ。謙遜しなくても。こんな時だからこそ団結しあう。その美しさ。それを教えてくれただけでも感謝だよ」


「あの私、父様のところに・・・・いくと言ったのであって、父様に会いに行くわけでもありません」


腕を組みながら不機嫌そうな妹様。

目はうそを言っているようには見えない。

なんだバレているわけじゃないのか。

良かった。


なんて、俺が安心していると例にもれず。


「誤解が解けて何よりです。それで兄様。こんな時、とは?」


はい。やらかしちゃったよ。俺の口は相変わらず軽く、妹は相変わらず鋭い。

この野郎この野郎、おしゃべりな口はこうしてやるわ!


話題回避のため自分の口をつねってみる。


「逃げないでください」


効果なし。


妹は俺に詰め寄る。


どうしようか。


まだ俺は魔獣という単語を出していない。こんな時という言葉が不自然だとしてもそこから魔獣侵攻に結び付けるのはいくらなんでも困難なはずだ。何か納得させられるような特別なことはないか。


誕生日は家族のなかで今から一番近い人で二か月もあるし、父さんの仕事も終わっているし、買い物だっていったし……


「兄様。こんな時とは?」


なんかないかなって……あったじゃん。


「いや、あの、ほら!明日にある遠足で忙しいから、こんな時といったんだよ」


「遠足ですか、なるほど……というとでも思いました?遠足と家族の団結は関係ないように思われますが?」


俺のごまかしが効かない、だと?


万事休す。


俺はなにかわからない嫌な汗をダラダラ流していたが、セシリアは厳しいその表情を急に緩める。


「わかっていますよ。どうせなにも教えてくれないのでしょう?」


諦めたような口調。こちらも申し訳なくなってくるが渡りに船、それに便乗して首をたてに振る。


セシリアはため息をつくと、固まったままの俺の横を通り過ぎてドアへと歩く。


すると彼女はドアノブに手をかけて立ち止まった。

そしてくるりと振り向くと


「それでも、いつか兄様が私になんでも話してくれるのを待っています」


俺ができないウィンクをして颯爽と今度は振り向くことなく出ていく。


それをみて俺は思った。


あのウィンク、家族以外にしちゃだめだかんな!!!





一昨日のこと__


ダンの家は村の中心部にある村一番の豪邸だ。

木組みの家が立ち並ぶ中、彼の家と村長だけがレンガ積みで組み立ててあった。

その堅牢なつくりは反乱がおきたとき籠城できるように作られてある。


彼の父親は王都から派遣されてきた役人で、国からこの家をもらい受けたのだ。


彼の母親はとうの昔に亡くなっており、現在は召使一人とダンと父親の三人暮らしだった。

父親の仕事はおもに反乱の兆しがないかの監視と納税の管理である。

日々忙しく働いており今日も家にはいない。


ダンは学校から帰ってくると、すぐさま高級そうなベッドへ倒れこむ。すると、すぐに召使が用件を聞きに来るが手でこれを追い払う。


名前も知らない召使。彼はそいつが嫌いだった。いや、そいつら、といった方がいいだろう。


今の召使は四人目である。皆耐えられなくなっていつの間にか消えていた。


彼の父親はその役職であることをかさに着て、税が納められないうちの娘を無理やり召使にしていたのだ。

彼女たちが悪いわけではないが、夜な夜な父の部屋へと入っていくときの絶望に染まった顔が彼は嫌いだった。


だが彼は元凶である父親を尊敬こそしないが蔑みもしない。

彼にとっての世界の真理は弱肉強食だ。

それに照らし合わせれば、彼の父親は強者で、召使の娘たちは敗者だった。


強者が敗者を嬲るのは当たり前のこと。


力こそが全て。


母親の愛を知らぬ彼の考えは歪んでいたが、一方でまっすぐであった。

その考えは彼の大きな行動指針となっていたのである。


だから、彼は力を欲し、その手にした力で求めるものを得てきたのであり、あの美しい少女のことも力を示し守る、もとい手に入れるはずだった__


「一体何をしやがった」


枕に顔をうずめ、吠えるようにつぶやく。


思い返すは今日の出来事。愉悦に浸り奴の叫びを聞くために放った魔法は、あっけなく散った。

イメージ力、コントロール、魔力供給。すべてが自分の出せる完璧だった。それなのに__。

そして……それをやってのけた本人はそれが当たり前かのようにいくらたっても上達しない魔法を続けていた。


「……」


ダンの顔は憎しみに満ちており、いつも取り巻いている連中ですら見たことのない形相であった。

今彼の頭を占めるのはどす黒い思いしかなかった。


「くそっ」


苛立ちが収まらない彼は顔をうずめていた枕を壁に勢いよく投げる。

枕は柔らかい気の抜けたような音を出して壁にぶつかり、落ちる。


その様子に彼はさらに苛立ちを募らせた。


ベッドから降り、ぐるぐると足早に部屋を歩き回る。時折、目についたものを手当たり次第に投げつけていた。

五分もすると召使によって整えられた彼の部屋は、投げたものが散乱し、足の踏み場もない状態だった。


そこまでしてもなお、彼は落ちたものを蹴ったり、壁を殴るなど破壊行為を続けていたが、急にその拳が止まる。


「俺にこんな思いまでさせやがって……」


殴ったこぶしの先にある壁を、凝視する彼の目の奥には暗いものが浮かんでいた。




「遠足は予定通り行います」


―――終わった―――


やけにいつも以上に強いダンの視線と教師である男のその言葉に意気消沈した俺は学校から帰ってくるとただいまもせず、ベッドへとダイブした。


脅威が迫っているかもしれない状況の中でも母さんは掃除をきちんとしているようで、ベッドの埃はまったくたたない。

天日干しもしてあるようだ。太陽の匂いがする。__本当はダニの死骸の匂いだけど……。


「くっそ~雨降れよ~」


俺はじたばたと足をバタつかせる。


こんなことで悩んでいるのなんて、この村で俺一人だろう。

でも切実な問題なんだ。魔獣侵攻なんかよりも。


魔獣ってのはぶっ殺してもかまわない、むしろぶっ殺せ!という存在だ。

この前能力を使用する覚悟を決めたし、相手に遠慮がいらない以上はこの能力を全開にしたら殲滅ぐらいできるだろう。


しかし、奴らは違うのだ。


彼らは子供だ。当たり前のことで、彼らは社会が守らなければならない絶対的な存在である。危害を加えることは許されない。

精神的に大人である俺もそれは正しいと思っている。


なので、むかつくから一発殴ったりだとかはできない。


だが、俺が手を出さないことをいいことに奴らは増長し始めている。

それでもぶん殴れないのでは、その口を閉じらせる方法がない。


だから魔獣より厄介なのだ。


「行きたくね~」


ばたばた。


仮病を使ってもいいが、それをしてしまうと一生学校にいかなくなるだろう。

両親にいらぬ心配をかけたくない。


今朝のセシリアの発言で中止になるかと思ったが……。

あれ?そういえばセシリア今日来なかったな。

家にもいなかったし、もしかしてまだ父さんところにいるのか。


「ん~?」


首をひねって考えてみる。はて、セシリアがそんなに長居するわけとは何だろうか。


気になるな。


明日の準備をするのもいやだったし、なにより、このままじっとしているとおかしくなりそうだったので父さんの所に行くことに決めた。


「よいしょっと」


上体を勢いよく起こし、その反動でベッドから降りる。

靴と木の床が触れ、タンッと小気味よい音がする。その音を合図とするかのように俺は勢いよく家を飛び出した。





「セシリア~いるか~?」


ここは工房の前。気まぐれに全速力で走ってきた俺は息を切らして立っていた。工房からは絶えず金属音が鳴り響いている。


「お~い」


いつものように返事がないので、勝手に入っていく。


そういえば、父さん仕事終わったはずじゃなかったっけ?


なぜ音が鳴っているのか。

不思議に思いながら工房内を見渡すと、何かを作っている父さんとその隣にセシリアがいた。仕事をしているのかと思ったが、セシリアが度々口をはさんでいるので、これは彼女が依頼しているものだと予想がついた。

いつからそこにいるのか、暑い工房の中二人は汗をかきながら作業を進めていた。


「そう、そうです。あ、でももうちょっと小さく」


カンカン。


「こうか?」


出来上がったのをセシリアに見せる父さん。娘に自分が物を作る姿を見せられてうれしいのか、だらしない笑みを浮かべている。

この様子では、魔獣侵攻の件で落ち込んだ父さんもある程度元気になったようだ。


「いえ、中心部はそのままで、周辺をもう少し削ってください」


気に入らなかったのか、細部まで注文を入れる。セシリアの顔は鬼気迫る表情で、俺は何を一体そんなに真剣になって作っているんだと、疑問に思う。


カンカン。


「こうか?」


再び手直ししたものをセシリアに父さんが見せる。先ほどの注文を受けてから五分とたっていない。おそろしい速さだ。


金属というものはコツを掴まないと加工がしにくい。ハンマーでたたく強さ、打つ場所、そこにハンマーを入れる角度がミリ単位でもずれると、全体にゆがみが生じてしまう。そんな紙一枚通せるかという極狭な条件を、父さんたち職人はカンで行う。


カンというのはあながちバカにならない。それは職人たちが何十年もの歳月をかけて彼らの体に同じ動作をさせることで、いついかなる状況でも最適解を出せるようにした努力の結晶だからだ。


俺はこの世界で最もすごいのは彼らだと思う。


確かにこの国で偉くなっているものは魔法がうまく使えるものばかりではある。


魔法はイメージの具現化だ。イメージをそのまま変換している以上は、イメージ力と魔力以外必要なものはない。

しかし、モノづくりというのは、イメージと出来上がるものに、加工という過程が一度入る。

この加工という一段落に職人の純然たる努力の技__カンが宿るのだ。

その磨き上げた技をただ一つの分野に絞り込み、人々の生活を支える。


王都でふんぞり返っている役人どもよりも、いかに立派で男らしいことよ。


目指した動機が動機だったが、今の俺の胸には仕事人である父さんへの尊敬しかない。

いつの日か俺もこんな風になれるのか時々心細くなる。


「はい!そうです!これです!ありがとう父様」


父さんが加工したものを見たセシリアはそのくりくりのおめめをさらにぱっちりと開き、食い入るように眺め始めた。


しばらくそうしていたセシリアは頷き、

嬉しそうにはしゃぐとなんと父さんに抱きついた。


「ふぇ?」


セシリアの行動に仕事人である父さんの厳つい顔が、豆腐のようにぐずぐずと崩れていく。


・セシリアの抱きつき!


・父さんに無条件で即死ダメージ。


・父さんは嬉しそうに死んでいった……。


幸せメーターが振り切れたのか父さんは白目をむいて昇天していた。

__我が一生に一片の悔いなし。


落ち込んでいた父さんが元気になって僕はうれしいよ……今さっき死んじゃったけど。


「あっ!兄様!」


セシリアが俺の存在に気付く。父さんの遺品である先ほどまで作っていた何かを持ってこちらに来る。


近づいてきてから分かったが、セシリアはひどく汗をかいており、頬が上気している。


このサウナのような工房の中、朝から今までいたとなると相当な脱水症状に襲われているのではなかろうか?


心配した俺はセシリアの顔をまじまじと見つめ、異常がないか詳しくみる。


「な、なんですか」


すると、頬が先ほどよりもさらに赤くなった。


こいつはまずいなと思った俺は、セシリアの丁度後ろにあるテーブルの上のコップを取ろうと、手を伸ばす。


手はセシリアのわきを抜け、俺とセシリアの体が急接近する。

さらに距離が縮まったため、セシリアの汗と少女特有の甘ったるい匂いが漂ってきた。同じように暮らしているのになんでこんないい匂いがするんだろうか。


「ひっ……兄様、あの……」


セシリアがか細い声を上げる。

どうやらけいれんも起こしているようだ。声が上ずっている。

作業に夢中になって、こんなになるまで体の危険信号を忘れていたのだろう。

子供の熱中症は下手をすれば命にかかわる。


「セシリア、待ってろ」


今水を飲ませてやるからな。


「はひ!?」


素っ頓狂な声を上げるとセシリアは頷く。そして目をつぶり始める。


いよいよ目まいもしてきたか。


やっとのことでコップをとった俺は、能力でコップを水で満たす。念のためと、塩も多少入れておいた。


「ほれ」


簡易スポーツドリンクを差し出す。

これで幾分かは回復が見込めるだろう。


「あ、いや、そんな、私からなんて……」


口ごもりながら何事かをつぶやく妹。


ついには幻覚までも……


恐怖を感じた俺は焦燥のせかすままに俺はコップをセシリアの唇に当てる。


「飲め」


「の……飲めだなんて、そんな大人の方でもやらないようなことを……あわわわ」


やはり脱水症状はかなりのレベルまで進行しているようだ。だが、意識がある今なら助かる。


セシリアの腰を掴み、まだつぶやいている口に無理やり水を流し込む。


「んぐんぐ」


「どうだ?」


口の端から結構な量をこぼしていたが、飲み終えたセシリアに尋ねる。


「……これが兄様の味……」


俺の声に目を開けうっとりとした表情のセシリア。頬はこれ以上ないくらい赤く染まり、目はうるんでいる。


「おい!しっかりしろ!」


くそっ、ダメだったか!


挫けそうになるが、まだ望みはある。

水が浸透するまでに時間がかかるのは当たり前なのだ、気を取り直してもう一度水を作り、飲ませる。


それを三度繰り返していると変化が現れた。


「……あれ?これって……水?」


惚けていたセシリアの瞳にその瞬間確かな知性が宿った。意識が回復したのだ。


自分がコップの水を飲まされていることが分かったセシリアは俺の腕の中ではじめキョロキョロと工房内を見まわしていたが、コップをもった俺とコップを交互に見つめる。


「……?」


どうした?まだ具合が悪いのか?


「わ、私何か言ってましたか?」


何かにおびえるように唇をわなわなと震わせるセシリア。


「えっと、自分からがどうとか、大人がどうとか、俺のがどうとか、うわごとをつぶやいていたけど……」


セシリアの様子を観察しながら答える。

彼女の顔はさっきとは違い、先ほどから青い。悪寒がするのだろうか。


「……て下さい」


「え?なんだって?」


セシリアがこの距離でも聞こえないほど小さい声でつぶやく。


「……を忘れてください」


「ん?だから何を?」


「……さっき言ったことを忘れてください!!」


「え?」


グーパンだった。





「いててて、いきなり殴るやつがいるか」


「滅相もございません……」

シュンとした妹様。


音速パンチを顔面に受けた俺は吹っ飛んだ勢いで壊してしまった道具類を修復しながら、まだ残る痛みに顔をしかめて見せる。

それをみてますますセシリアはシュンとする。


俺はやれやれとため息をついた。

彼女がいきなり殴りかかることがなくなるのはいつになるだろうか……まだ見ぬ未来に思いをはせた。……想像できない。


いつまでも、落ち込む妹は見てられないので呼びかけることにする。


「……もういいよ、怒ってないし、それにセシリアが無事でなによりだし」


「……兄様!」


セシリアは水を与えられた魚のように、途端に生き生きしだす。そして俺に近づくと抱きついてきた。


かわいいやつめ。まだ頬が赤いようで心配が残るが、意識ははっきりしているし、水もだいぶ飲ませたので大丈夫だろうと判断する。


俺とセシリアは三歳ほど年が離れているが、身長のもともと低い俺と比べて頭一つ分もないくらい背が近い。

そのため俺の胸のあたりに顔をうずめているセシリアに向かって、気になっていたことを尋ねた。


「なぁ、一体何作ってたんだ?」


セシリアはおもむろに俺からゆっくりと離れると、


「あ、はい。これを作っていました」


先ほどから持っていたものを手に乗せ、ずいっと俺に見せてくる。


それは金属製のネックレスだった。

シンプルで装飾がなく、中央にある台座には何もはめ込まれていなかった。


「これは?」


「ネックレスです」


「いや、それは見たらわかるよ。台座に何も入っていないようだけど」


まさか未完成品だからこそ完成品なんて言う、アーティスティックなことを言い出すのではなかろうか。


我が妹ながら、芸術の才能まであるとは恐るべしと変に感心していると


「兄様に完成するところを見せたくて未完成なんです。せっかくですから今お見せしますね」


セシリアはスカートのポケットの中から何かを取り出した。


みると水晶だった。

水晶はこの村では産出されない。となると。


「これってもしかして……」


「はい。昨日兄様がくれた水晶です。台座にはめるためにカットしてしまいましたが……これをこうして……」


セシリアはそういうと取り出した水晶をネックレスの台座にはめ込む。台座の爪が若干甘く作られており、水晶はすんなりと台座に収まった。水晶を入れたままセシリアは台座の爪を彼女自ら抑え込む。

身体強化を使えば俺のような子供をぶっ飛ばせる彼女のことだ、爪はその猛烈な力に押され水晶の表面にピタリとくっついた。


結構強引に完成させたな。


「なるほど」


平凡であったネックレスはその中心に水晶を座し、鈍い金属の輝きを水晶が乱反射して素朴ながらも美しい装飾品へと変貌していた。


「どうですか?」


セシリアはそのネックレスを首にかけると俺に尋ねる。

ネックレスはその渋い銀色と水晶の輝きが、セシリアの陶器のような白い肌に合っていた。

もっとも、彼女ならその辺の木の枝だって髪にさせば立派な装飾品に見えるから不思議だ。


無論文句なしの百点満点。


「グッジョブ!」


俺は親指を立てサムズアップ!

<過去>において日曜朝八時の影響を受けて以来俺の最大級の賞賛となったおなじみのポーズ。


しかしセシリアは俺の賞賛を受けてもうれしそうな顔をしない。


「……よりにもよってその言葉でほめなくても……もっと単純にかわいいだとか綺麗だとかいってほしいのに……」


「なんかいったか?」


「なんでもありません!」


あり?不機嫌になっちゃった。

ホント女心って、わっかんねぇな~。





「では自由時間とします。教会の鐘がなったらここに集合してください」


ここは村の外延部の耕作地帯のさらに外。対魔獣魔物用の結界が張られているところだ。

外敵対策の要となるこの場所は、普段は子供たちが立ち入れない場所だが、特別に今日は先生である男とシスターの引率で来ていた。


男の指示に返事をし、散っていく生徒達。村の中とはいえ見慣れない土地に目を輝かせている。さっそく魔法を使おうとして男に叱られている生徒もいた。とにかく、子供のはじけるような若々しさがそこにはあふれていた。


そんななか死んだ魚のような目をしている少年がいる。体育座りをした膝に肘を乗せて、頬杖をつきずっと空を眺めている。そこだけ、切り取られたかのような別世界であり自然とだれも近寄ろうとはしない。


春と言っても、もう夏も近い時期。駆けまわりはしゃぐ子供はすでに汗をかいている。


じっとしているこの少年も、動かないからといって汗をかかないはずはないのだが……。

もし彼に息がかかるくらい接近したらわかっただろうが、彼の周りの空気だけどういうわけか涼しいのである。

そのため彼は一切の汗をかかず、真上から降り注ぐ太陽のもとでただただぼぅっとしているのであった。


しかしそんな彼に近づくものが一人だけいた。


「おい、アナン」


呼ばれた少年__アナンは嫌々ながらその声に振り向かざるを得ない。無視すればより面倒になるのは、日が朝に登って夜に沈むぐらい自明だった。


空から目線を目の前に立つ者に移す。


金髪の髪に、精悍な顔。将来イケメンになるなと予感させるその顔は見ているだけでアナンの腹から黒いものを呼び起こす。

彼にとってイケメンは敵なのだ。

奴らは悪逆非道な行いで、我らモブメンから麗しい女性を拐かし子孫繁栄を邪魔するにっくき異星人なのだ。鬼畜端麗、モブメン玉砕。心の中でアナンはそう唱える。


さらにこのイケメンは自分にいらないちょっかいまでかけてくるではないか。アナンのなかでこの美少年へのヘイトは限界まで達していた。


というか、とアナンは疑問を呈する。


———何故俺はイケメンじゃないのだろう?———


アナンは転生者であるはずだ、転移者ではない。

この世界に転生したということは、血はこの中世ヨーロッパな世界のどこぞのだれかの血を引いているはずなのだ。しかし、彼の顔は黄色人種な実にモンゴロイドである。しかも、前世の顔のまんま。


この顔で何度苦労したことか。それなのにまだこの顔か。


アナンはやるせなさに襲われた。目の前の男との顔のスペックの違いに、ただ転生させた存在がいるというならと呪詛の言葉を並べるのみである。


ああ、切ない。


「ちょっと話がある」


イケメンはやけに高そうなシルクシャツの上にある綺麗に整った顎を森の方へしゃくって見せる。


嫌な予感がやまないアナンだったが、断って闇討ちされるのも嫌だなとついていくことにする。

ここの森はアナンの住む山とは違い、鬱蒼とは茂っていない。だが、奥に行けば人がなかなか立ち入らないという環境もあって次第に人目につかなくなる。


やっぱり。

次第に遠ざかり見えなくなるほかの子供の姿を見ながらアナンはぼんやりと思う。

この前からなぜか今目の前で自分を先導しているイケメンがイラついていることを思い出し、ついに来たかと考えた。


彼__ダンには少々短絡的なところがある。ついでに言うとひどく自己中心的だ。

彼が気に入らないことがあれば、すぐに解決を他人の方にもとめ、自らを変えようとはしない。今回も圧力をかけて我を通そうとするのかなと思っていると、前を歩いていたダンがいきなり振り返る。


そして、すでに発動していた魔法を飛ばした。


魔法はこの前習った≪水球≫だ。考え事をしていたアナンは咄嗟のことに反応できない。


「!」


いざ当たるかという瞬間、放たれた魔法はアナンの目の前で霧散する。


「やっぱりな。あの時もお前がやったんだな。……どうやったか知らないが」


冷静に今目の前で起こった事象をダンは分析する。苦虫をつぶしたような苦悶の表情はアナンの起こした現象が解明できない歯がゆさと、アナンに魔法を消されたという悔しさが混在している。


一方でこの事象を起こしたであろう本人は慌てていた。


「……この能力は自動で発動するのか……?そんなことが……?」


アナンにとってもこれは理解できないことであった。彼は、この能力は意識下において使えるものと思っていたのだが、自分の意志とは無関係に発動したということはどうやら違うようだ。


なんだかこれは。まるで、別の誰かが俺を守ろうとしているかのような……。


「なぁ?アナン」


ダンは、まだ慌てているアナンを正面に見据える。


「お前は彼女に……いやあの家族にふさわしくない……そうは思わないか?」


ダンの目が発言と同時に濁り始める。その深く、歪な瞳は彼自身を表しているかのように思える。


「なんだと?」


急におとなしくなり、わずかに眉を上げて見せるアナン。もし、彼のことを本当に知るものがいたらダンの言った言葉がいかに禁句であったかがわかるだろう。ダンたちにちょっかいをかけられながらも、表に出さなかった負の感情がうっすらとそれでも確実にアナンからにじみ出ていた。


「だってそうだろう?どこの者とも知れぬ血のつながりもないものが家族になれるはずないだろう?」


発言の黒さとは真逆に、ダンは爽やかな笑みを浮かべて言う。

まるで、自分の言っていることが正しいと信じているかのような態度である。


彼は今喜悦に染まっていた。言ってやった!そのことが彼の体の血管から神経に至るまでを駆け巡る。


「撤回しろ」


アナンの目つきが変わる。黒い瞳がダンの姿を映す。


それをみてダンは自分の目論見が成功したことを確信した。


「あぁ?なんだって?家族になれないアナン」


わざと聞き返し、さらにアナンの怒りを煽る。喜びに浸っている彼はさらなる禁句を重ねる。それが、彼の終わりをまた一歩進めているとも知らずに。


「撤回しろと言ったんだ」


静かな怒りをたたえた声。アナンはよくこらえていた。めちゃくちゃに目の前の奴を引き裂きたい衝動にかられ、事実それができるのにも関わらず彼は耐えていた。


「事実だろ。お前は誰の子かもわからない、みなしごなんだよ」


その一言がとどめだった。

誰の?アナンか?いや__。


「俺は父さんと母さんの子だ!」


足を踏みしめ、声を荒げるアナン。

彼のすでに沸点を超えていた怒りは爆発する。


「なんだよ、やるのか?」


思いのほかアナンの食いつきが良かったので驚きながらも、ダンは挑発をやめない。


「……今まで子供だからと我慢していたが、もう許さねぇぞ」


一言一言に怒気が見える。


「はっ。訳の分からないことを言いやがって。お前も子供だろ。まぁいい、お前がその気ならこちらにも用意がある」


ダンはパチンと指をならす。

すると藪から数人、ダンの取り巻きどもが出てきた。


「数人がかりってか?つくづく卑怯者だな」


アナンは鼻で笑う。


「うるさい。こいつらも俺の実力だ。どっちが上かお前に教えてやるよ」


アナンはすばやく相手の数を確認する。

数はダンを合わせて四人。アナンを囲むように展開している。得物はなし。全員男だ。


「いいか、作戦通りにな」


ダンが指示を飛ばす。


「お前のその妙な手品、魔法が消せるようだが……これならどうだ!」


その言葉に何かを感じ取ったアナンは≪観察眼≫を発動する。

するとダンらの体を魔力が包むのが見えた。


「身体強化魔法か……!」


チッ、と舌打ちをしてアナンも身体強化魔法を使う。


———身体強化魔法を使ってのリンチなんて……やらかすとは思っていたがなんて奴だ———


「ちゃんと発動したってことは、どうやら身体強化魔法は解除させられないようだな……いくぞ」


ダンが言うや否やアナンへと接近する。もちろん周りの取り巻きどももアナンへと向かった。


「身体強化魔法は術者の身体能力に左右されるッ。のろまなお前が俺たちに肉弾戦で勝てる可能性は……ないッ!」


身体強化魔法とはダンの言う通り、基本の身体能力によって左右される。身体強化魔法は以前にも述べたように常に設定した倍率で動かなければならない。このとき動体視力や体の柔軟性には強化の効果はかからず、それらが身体強化の倍率にあったものでなければ、いくら強化したところで術者自身がその強大な力に振り回されることがあるのだ。


アナンとダンたちとの基礎運動能力には歴然とした差があった。加えてこの人数比。ダンの自信もわかるというものだ。


右ストレートを繰り出すダン。

身体強化を使って底上げされたそのパンチはもはや子供のけんかでは済まされない速度があった。さらにはその拳は魔法で硬化されており、もはや完全な凶器だった。


当然アナンはそれをよけようとするが。


「ぐぅッ」


よけた先にダンとは別の、取り巻きどもの拳がアナンにめり込む。

拳が直接、胃を叩きつけているかのようだ。

体の中に響く痛み。その激痛にアナンは体をクの字にする。

胃液がせりあがってくる。涙もにじんできた。呼吸もうまくできない。殴られたところが熱を持って体が思うように動かないが、次なる攻撃に備えすぐに立ち上がる。


「ハァハァ」


あの一発でアナンの体の自由は奪われていた。いまだ落ち着かない呼吸が肺を苦しくさせ、息をするたびに痛む腹は足から力を奪っていたのだ。


「威勢が良かった割にはもうへばっているのか?」


「ハァハァ……うるさい油断しただけだ」


アナンはよろけながらダンを睨み付ける。


「そうか……よっ」


次は蹴り。これもよけられずアナンは取り巻きの分も合わせて複数の衝撃に襲われる。


「ほら、反撃しないとなぁ」


「あがっ!」


蹴られる度にアナンは砂に汚れていく。

絶え間なく続く攻撃に立つこともできない。地に倒れても、何度も何度も彼の体は蹴られる。


「お前は所詮俺の下なんだ!彼女の隣にいるのは俺こそがふさわしい!お前は消えるべきなんだ!!」


吠えながら蹴り続けるダン。

彼らはあざが目立つのを恐れてか、顔や服から露出したところは蹴らない。

なんとも卑怯なことだ。しかし、冷静な判断ではある。

やがて息を切らした彼らはいったんその足を止めた。


何故だか蹴っている感触が妙に硬く感じられ、実際ダンらの足は痛みを訴えていた。硬化がまだ不十分なのだろうか?ダンは思った。


「ハァハァハァ……これでわかったろ……お前はあの家族の中にいる資格のない人間だって」


地に倒れる少年を見下ろす。

シャツは破け、砂と泥にまみれたその姿はひどく哀れで、ダンの嗜虐心を十分に満たしてくれた。


ピクリ。少年の手がかすかに動く。


「意識があったとはな」


ダンはアナンの粘りにわずかに驚きながらも、もう用はないと踵を返しそこから離れようとする。取り巻きもそれに従う。


しかし、彼らが一歩踏み出したその瞬間、ダンを除く者たちが急に騒ぎ出す。


「熱ッちぃ!」


「あつあつあつ!!」


彼らは口々に熱さを訴える。彼らは正体不明の熱さに襲われていた。

だが、ダンは何ともない。


ダンが不思議に思い声をかけようとすると、取り巻きらは謎の熱さに耐え切れず、服を脱ぎだした。急いで脱ごうとするため手がうまく動かずボタンが外せない。そこで彼らはシャツを力任せに破き脱ぎ捨てる。


「熱い……まだあついぃぃぃ」


服を脱ぎ棄て、下着一枚になっても襲い来る熱さに取り巻きたちは地べたを転がり始める。しまいには下着を脱ぎだすものもいる始末だ。


「おい!どうしたっていうんだ!?」


ダンは熱さを感じないため、彼らの行動が奇怪なものにしか映らない。

彼らに触れてみると、熱い。しかし、熱を発しているのは彼らの体ではない。彼らの周りの空気、それが恐ろしいほどの熱を帯びているのだ。服をどれだけ脱いでも逃れられはしない。

取り巻き達はついには熱さで気絶する。


ダンがこれに動揺しているとダンの後ろで立ち上がる気配がした。


「!?」


ダンは後ろを振りかえる。


__そこには二本足でしっかりと立つアナンの姿があった。


「バカな!さんざん痛めつけたはずだぞ」


目の前の少年は常人なら気絶するほどのダメージを与えたはずだ。


しかしどうだ。


少年は二本足で、おぼつかないどころかしっかりとこちらを向いてまっすぐ立っているではないか。あれだけ殴られ蹴られたのにもかかわらず、これはアナンがタフだとかそういうレベルではない。


「てめぇらのパンチや蹴りなんざ、俺には効きやしねーよ」


ペッと少年は唾を吐き捨てる。

吐き捨てられた唾は透明であった。


「悪ガキにおじさんが教育的指導をしてやろう。……さぁ第二ラウンドといこうか」


少年は拳をならす。

もし、≪観察眼≫を使うものがいたらアナンから立ち上るその魔力量が見えたことだろう。しかし、身体強化魔法を体と目に同時にかけるのは魔力の消費が大きい。であるからしてダンは≪観察眼≫を使っていなかった。


「くっ……まさかあいつらをやったのはお前か?」


ダンはゾクリと震えが走るのを感じた。


———この俺がこいつなんかに恐怖を?———


彼がこの直観を信じていたら、このあとの出来事は全く違うものになっていただろう。


「だったら?」


ダンの問いにアナンは肩をすくめて見せる。


「……かまわない。お前は俺一人で十分だッ」


ダンは再び身体強化魔法をつかい少年に肉薄する。


イレギュラーが発生したが問題ない。

またどのような手品を使ったかわからないが、自分にかかっていないならば、おそらく制限付きである。

仲間がへったものの、身体強化魔法は消されていない。アドバンテージはまだこちらにあるはずだ。


ダンはそう判断した。


「フッ」


またも右ストレート。

アナンはこれを横転して避ける。

アナンも身体強化魔法を使っており、横転しただけでダンとの距離が開いた。


アナンは立ち上がるとここで初めて攻撃に転じる。

助走し、飛び上がった。

どうやら跳び蹴りを行うようである。


ダンはそれをみてほくそ笑む。


跳び蹴りは威力はあるものの、かわされた時のスキが大きい。加えて、アナンとダンの間にはかわすのには十分な開きがあった。


それでもアナンはすでに跳び蹴りを放っていた。


ダンはこれを落ち着いてかわし、カウンターをその生意気な顔に決めようと拳を握りしめた時だった。


突然の爆発。


「うッ!」


現れた爆風が目に当たり、図らずもダンはアナンを刹那の間見失ってしまった。

だが、アナンは詠唱魔法が使えないため空中では身動きが取れないはずだ。

先ほど通過した場所から予測した位置に拳を振りぬく。


「?」


感触がない。


―――かわされた?―――


奴はどこだ。ダンは視線を巡らせる。


「うらぁ!!」


ダンは掛け声が聞こえたためその方向へと顔を向けた。

アナンはダンの真後ろにいた。


「いつの間に!」


驚愕するダンだったが、宙に浮かぶアナンが跳び蹴りの体勢からかかと落としの体勢へと移行するのを見て、次なる攻撃を行うため構える。


いままでの奴の身体能力から予測した蹴りのタイミングにあわせて、最大限の力が出せるように力をためる。


アナンの足が迫る。


ここだ。


あたったと油断させるようギリギリで肩を引いていく。


来た。


アナンの蹴りをかわすことを確信した瞬間、もう一度爆発が起こる。


爆発はアナンの蹴りを繰り出している足に起こったようだ。


爆風に押され、アナンの蹴りが急激に加速する。


「なに!?」


アナンの先ほどまでのスピードに合わせていたダンはその加速についていけない。

そのまま、かかと落としを肩にまともに食らってしまう。


「がっ」


すさまじい衝撃。目に火花が飛び散ったように感じる。横目で左肩を見る。

上着から辛うじて見える肩は蹴られた部分がどす黒く変色し、脱臼していた。


何故だ。

いくら身体強化魔法を使った蹴りだからと言っても、こちらも硬化を使用しているのだ。

ここで肩が外れるのは不自然であった。


「くぅぅぅッ」


ズキンズキンと波のように来る脱臼の痛みに歯を食いしばりながら、蹴り終え着地したアナンをにらむ。


「さっきの威勢はどうした?威勢が良かった割にはもうへばっているのか?」


今度はアナンがダンを煽る。ここでダンが彼我の実力差を感じ取ることができれば__いや、それでもダンは止まらなかっただろう。

全ては必然。起こるべくして起こること。


「この!」


ダンは対策を練るためそのばから跳躍し、距離を取る。アナンはそれ追う。


身体能力ではダンが上であり通常は距離が次第に開くはずだが、現状は異なる。

度々後ろに出現する爆発をその身に受け強引にアナンは加速し、ダンへと距離を詰めていく。


「くそっ!そうか!術式魔法だな!?」


ダンは悔し気に顔をゆがめる。


ダンは思った。


―――ぬかった―――


詠唱魔法がつかえない奴だが、魔力のくみ上げはできるようなので、術式魔法は使えるはずだった。それを失念していたのだ。

おそらく自分の魔法が消されるのも取り巻きどもを襲った謎の熱さも奴のもつ術式魔法の一つに違いない。

そうダンが分析している内にアナンが迫ってくる。

今度はアナンが右ストレートを繰り出した。


ダンはかかと落としの時の反省を生かし、ここでは余裕をもってそれをかわした。自分の顔のすぐ横をアナンの手が貫いていく。


すると爆発がアナンの殴った手に起こった。

爆風によって、かわされた拳はダンへと再び襲い掛かる。ダンはこれを自分の右腕でガードする。


「あがッ!」


まるで鈍器で殴られたかのような痛みがガードした右腕を中心に広がった。


さっきの蹴りといい、この衝撃はなんだ?


出てきた涙でぼやけた視界に、自分の右腕とアナンの右手を映す。


「これは!?」


映されたアナンの腕はガラス質のもので、拳の先から肘まですっぽりと覆われていた。見たこともない魔法。こいつはあとどれだけ隠し玉を持っているのか。ダンは、ようやく戦況が自分に有利ではないことに気付く。


「一体こんなものどこから……」


まじまじとその腕を見つめるダン。硬く氷のように透き通ったそれに、父が宝石を集めているダンは心あたりがあった。

石英。

鉄よりも固いそれをまとった一撃。この衝撃の強さに合点がいった。


「惚けといていいのか?」


ダメージでよろけるダンにアナンはその左手までもを石英で覆い、連続してパンチを繰り出した。

全てが躱せないわけではない速度。

しかしそのどれもが爆風により変則的な軌道をしていた。


満足に攻撃を受け流すこともできず、ダンはそのパンチをくらう。


石英で覆われたアナンの腕は、それ自体が凶器となり、ダンに一発一発重い一撃を与えた。骨はまるで砂糖菓子かのように、殴られるたびにひびが容易に入る。


ダンはすでに意識が朦朧としていた。

それでも、倒れないのはひとえに彼のプライドだった。


「お前は……」


拳の雨の中、動かない口でやっと言葉を紡ぎだす。


「?」


「お前は……一体何者だ!?」


吐き出したダンの言葉にアナンはにんまりと笑う。


「俺か?……俺は」


アナンは乱打をやめ、腰をひねり勢いよく拳を引く。狙うはその顎。アッパーだ。


「鍛冶屋であるタッカと専業主婦のソフィアの子!そんでもってセシリアの兄の~」


パキパキパキと音が鳴って、アナンの石英がさらにその腕を覆って大きくなる。

ダンはそれを見ていることしかできなかった。

ふらつく足は風が吹けば倒れていそうなもろさがあり、目はうつろで、手はだらんと下がり、上げることすらままならない。


そんな満身創痍のダンにアナンはとどめを刺す。徹底的に、ダンの発した発言を後悔させるべく。


「アナンだ!!!よーくその頭に刻みこみな!!」


アナンはその腕を振り上げる。それだけで十分な速度だがさらにその腕の下に爆発が起こる。

はじかれるように飛び出した拳は狙い通りダンの顎を直撃した。


脳が揺さぶられ、いままでとは比べ物にならないその威力についにダンは意識を手放し、とんでいくのだった。


「……やば!」




この物語はフィクションです。絶対にサブタイトルの真似をしないように!!

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