宝石は気軽にプレゼントしてはいけない。特にゼク○ィを愛読している独身女には。
「おい!セシリア!」
兄様の声が聞こえる。
その声は何かに遮られているかのようにくぐもって聞こえ、兄様と私との距離感をあいまいにしている。
私は閉じていた目を開いて兄様の姿を探す。
兄様はすぐに見つかった。
私から見て真正面。
しかし、様子がおかしい。
兄様は今日新品の服であったのだが、服はボロボロで、裂けた服の合間から見える肌は血で染まっている。
額からも鮮血を流し、顔の半分は真っ赤になっていた。
ただならぬ状況。
「何があったのですか!?」
私は兄様に叫ぶ。
兄様は私が目を覚ましたことが分かったためか安堵した様子に一瞬なるが、すぐさま表情を引き締める。
「セシリア、気が付いたか!?早くこれを……」
兄様が言い終わらないうちに爆音が私の耳を叩く。
「うっ」
兄様のうめき声。
前触れもなしに起こったそれはどうやら兄様の足元で発生したようだ。
地面から砂煙が舞い上がり兄様の姿を覆い隠す。
「兄様!」
何が起こっているか分からないままさらに爆音は連続して続く。
激しい爆発。もはや兄様どころか周囲すらも見えなくなるほど、あたりはもうもうと舞う砂埃で埋め尽くされていた。
「兄様!兄様!」
必死に呼び続けるが返事はない。
目覚めてすぐのこの状況。私はパニックになっていた。
一歩たりともそこから動くことができず、起きたままの姿勢で木にもたれかかりそこに座り込んでいた。
私の不安と比例するかのように激しさを増していた爆発は、発生したときのように不意に収束していく。
煙が晴れ、爆撃地があらわになる。
私は息をのんだ。
私が兄様から離れて走りこんだこの場所は地肌が見えないほど雑草が生えていたのだが、今やそこには多くのクレーターが存在している。
クレーターの一つ一つが深さ一メートルほどもあり、爆発の衝撃の強さが嫌でも分かった。
こんなものを受けたらひとたまりもない。
血が引いていくのを感じた。
背中にある木の感触が痛々しい。
兄様が、まさか。
そんなことを考えてはいけない。
自分の恐ろしい考えを否定しようとするが、むしろそれは私の恐怖を掻き立てることになった。
「う……あぁぁ」
奥歯がガチガチと震えうまくかみ合わない。
まだ姿が見えない。
その事実は私の心を壊すのに十分すぎるほどだった。
「死んじゃいやだ!兄様ぁ!!!」
「……勝手に殺すなっての」
すると私の近くのクレーターから声がする。
のそっと穴から這い出るその姿は間違いなく兄様だった。
「兄様っ」
壊れかけていた心が一瞬にして修復される。
私はようやくパニックから抜け出し兄様のもとへ駆けようとするが、再び起こった爆発で足が止まる。
兄様は先ほどまでいた場所から横に転がり爆発を避けていた。
「どぅわ!?またか。セシリア!早くこれを止めてくれ!」
「これって、この爆発ですか!?それに私が?」
「その反応っ、どうやら無意識のようだな」
「何なのですかこの爆発は?」
≪観察眼≫を使え、兄様はまた起こり始めた爆発を避けながら私に言う。
言われたとおりに私は目に魔力を籠める。
像を結び始める視界。
そこには、身体強化を使っている兄様の魔力と半透明の手のようなものが映し出されていた。
それが兄様めがけて勢いよく振り下ろされている。
かわす兄様。足元が大きくへこむ。
「これは魔法ですか?ならば兄様、なぜ消してしまわないのですか?」
先ほどから兄様はなぜかよけてばかりいる。≪観察眼≫で見えたということは、この「手」のようなものは少なからず魔力によって起こされているはずだ。兄様の能力なら消せて当然。
そこからくる単純な疑問だった。
「さっきからやってるよ!でも消せないんだ!!どうやらこれは一般的な魔法とは別物のようだ」
「そんなものが」
兄様でも≪無効化≫できないものがあるという事実に驚愕する。
だが、それとは別に消す方法はあるようだ。
兄様は先ほど「私」にこれを止めろといったように、「手」は私から伸びている。この「手」が本当に私が出したものなら、魔力供給を断てば自然と消えるはずだ。
それならば、と自分の体を巡る魔力を感じ取る。
確かに魔力はみるみるうちに私から出ていき、「手」へと流れ込んでいる。
信じられなかったが、実際に「手」は私が行使しているようだ。
ここを断てばいい。
時々暴走する私だが、現在の精神状態はそのときに比べてまともだ。
難しいことはない。
私は落ち着いて魔力供給を止めようとするが。
「どうして?」
「早く止めてくれ!体力が持ちそうにない」
兄様は「手」の有効範囲を確かめるように私から離れていたが、「手」がどこまでも追ってくること、加えて遠くに逃げるほど周囲への被害が拡大しているのを見て再び回避に専念していたのであった。
兄様は膨大な魔力を持っているが身体能力は普通の子供ぐらいか下手したらそれより下である。
息も絶え絶えの姿は限界が近いことを明確に語っていた。
助けてあげたいと思うが
「止まらないんです!」
「何?」
「私の意志では止められないんです!」
「くそっ。ならセシリアの魔力が切れるまで逃げ切るしかないのか」
舌打ちをした兄様は「手」を見据える。
「おい、セシリア!こいつは距離が延びると魔力の消費はどうだ?」
「はい。増えていました」
「ならほかの人に気付かれる前に大惨事覚悟でさっさと魔力切れを起こすぞ。といってもこの爆音じゃだめかもしれないが」
薙ぎ払われた「手」をしゃがんでかわした兄様は、いくぞ、というと体に先ほどより多くの魔力を体に通す。
「常時使用じゃ俺が使いこなせないけど、離脱するときには使えるな。セシリア、俺が離れたらお前も離れろ」
しゃがんだ状態のままの兄様は一気に膝を伸ばすと__跳んだ。
ドン。「手」爆発音にも勝るとも劣らない音が鳴る。
「うわぁぁぁあぁ!!!!」
兄様は「手」の速度を軽く超えて村がある方向とは別の方向へと叫んで後ろに跳んでいく。
一気に開く「手」との距離。
だがここは林の中、いくらまばらに木が生えているとはいえ、やがて木にあたる。
兄様はまっすぐとしばらく跳んでいたが、後ろに木があるのを見て地に足をつける。
「ぐぅぅぅぅ」
ガリガリガリと地面が削れ、衝撃にうめき声をあげる。
しばらくすると減速し止まった。
「ふぅ~運動オンチには過ぎた力だぜ」
額からでた汗を拭く兄様。
しかしすぐに前を向くと驚嘆する。
「しつこいな!」
減速している間に迫っていた「手」。
兄様は木と木の間を走り「手」の動きを抑制しようとするが、「手」は木などものともせずに襲い掛かってくる。
飛び散る木片は兄様の肌を傷つけながらあちこちに散らばっていく。
私はハラハラさせられとても兄様に背を向けて走れる状態ではなかった。
文字通り固唾をのんで見守る。
林のなかを逃げ回っていた兄様は、木々にさきほどのジャンプができるほどの間を見つけると、もう一度膝を曲げる。
「兄様!魔力はあと少しです!」
「そうかならこれで終わりだっ……って何!?」
跳ぼうとした兄様は目を見開く。私も驚いた。
その視線の先には「手」が二つあった。
「そんな!」
私が知らないうちに出ていたのだ。
私は自分の体を見る。はじめの「手」は私の前面から位置を変え伸びていたが、二番目の「手」は私の背中からちょうど兄様と私の死角になるように出ていた。
新たに現れた「手」は兄様が跳ぼうとしていた場所をふさぐように伸びている。
兄様の前の「手」と合わせて挟み込む形だ。すでに二つは兄様の目前にあった。
兄様は二つの「手」をみて驚いていたが我に返る。
「どうやら奴さんも終いにしたいようだな。じゃぁこれなら」
前後左右に跳んでも逃げられないと悟った兄様は、今度は上へと飛んだ。
爆音とともに土煙を切り裂いて空へと飛びあがる兄様。「手」もそれを追尾して上へと向かう。
私はそれを見て懸念を抱く。
———それは悪手です———
風魔法を使えない兄様は上空で移動する手立てがない。
私の魔力は伸びた二つの「手」によってすでに枯渇寸前だが、このままだと枯渇するよりも早く兄様に「手」が届いてしまう。
「兄様!」
兄様へと延びる「手」。
減る私の魔力。
少しでも魔力の消費を上げるために、兄様を守るために足を動かしたいが魔力切れを起こしかけた私の体は思うように動かなくなっていた。
呆然と上を見上げる。
もし兄様があの「手」に捕まれ、地面へと叩き落されたら。
ごめんなさい兄様。私が未熟なばっかりに。
ごめんなさい。
「手」はもう目と鼻の先に迫っている。
宙に漂う兄様にそれは残酷にあざ笑うかのように指を広げる。
「手」が恨めしい、それをコントロールすらできない私が恨めしい。
ごめんなさい。
私には謝ることしかできない。
———あの時と同じように———
暗く深い混沌とした深淵のふちに沈み込む。
「ドゥラぁ!」
鳴り響く兄様の声。
私は絶念しうつむいた顔を上げる。
兄様は諦めていないようだが空中ではいくら兄様でも逃れられない。
私はもう一度現状に絶望しまたうつむこうとするが、次は爆発音が響いた。
上空を見る。
空には消えゆく「手」となぜか「手」からはるかに離れた場所に兄様がいた。
◇
「ごめんな。服買ってやれなくて」
「い、いいんです。もとはと言えば私がやったことですし」
「いや、無意識だったんだろ?なら別にセシリアがやろうっておもってやったわけじゃないから、セシリアのせいじゃないよ。それに最初の攻撃さえよけていれば服がこんなになることもなかったからさ」
それだったら店に行けたんだけどな、ボロボロの服の裾をつまみ上げる兄様。
傷は治癒魔法でふさがっているが血はまだ体にこびりついたままだ。
「兄様、血が」
私はハンカチを取り出し拭こうとするが、兄様は断る。
「こんなもん水浴びしたらとれるよ。それに、セシリアのハンカチを俺の汚すわけにはいかないしさ」
親指をぐっと立て、歯を見せる兄様。
サムズアップというのでしたっけ?
かっこいいです。
「兄様ぁ」
「おい、くっつくなって汚れるだろ?」
抱き着く私をそっと引きはがす兄様。
顔は笑っているので嫌ではないようだ。
「兄様あれはいったい何だったのでしょう」
引きはがされたものの手をつなぐのはいいようで、私は指を絡ませて手をつなぐ。
恋人つなぎ。へへへへ。
「魔力によって発生するようだが、俺の能力が通じないとなると、俺に似た力かな」
兄様はこのつなぎ方が恥ずかしいが、手をつなぐのを一度許した手前断ることもできず、そっぽを向いている。
「兄様と同じ点々ということは兄様と同じことができるのですか?」
「んにゃ、俺は眼があるから操れるのであってお前には無理だろ。それに詠唱魔法がつかえない俺とは違って、セシリアは使えるだろ?その点からあの力は俺の能力と同じ系統の物であって、厳密に言うと俺の能力とまったく同じということではないんだろうよ」
そうですか。私は少しがっかりする。
兄様と同じ力が手に入れば少しでも兄様の近くに立てると思ったのに。
「兄様あの、あれはどうやったのですか」
「あれ?」
「空中で移動した方法です」
にやり。兄様は私の額を小突く。
「バーカ。なんでも俺が教えると思うなよ。自分で考えろ」
私は突かれたおでこを両手で抑え、抗議の視線を送る。
「そんな顔すんな。そうだな……今日の服選びがおじゃんになったお詫びもかねてヒントをやろう」
兄様はおもむろにポケットに手を突っ込むとすぐに取り出す。何かを握りしめているようだ。
「ほい」
取り出した何かを私に手渡す。
「こいつがヒント」
透き通ったそれは一切の不純物を含んでいないようにみえる結晶だった。
「これは……水晶ですか。」
「そ、水晶。またの名を石英。」
石英。多くの岩石に含まれる鉱物だが、大きく透明なものは産地が限られ、その産地も過酷な環境にあることが多いので希少価値が高い。
兄様が取り出した石英は透明度が高いため、いわゆる水晶と呼ばれるものだ。
大きさはかなり大きく、売ったとしたら一万ギルはくだらないだろう。
「兄様が作ったのですか?」
「おっ、よくわかったな」
「魔力の反応がありましたから」
「魔力切れを起こしたばっかりなんだから、魔力の使用は控えろ」
「でも私は魔力の回復が早いですからもう何ともないですよ」
「そうだけど……念のためな。で、こいつがあの空中移動の種の一つだ」
水晶があの移動の種。にわかには信じられないことだ。
兄様はこれが種の「一つ」といったが、水晶で一体どうやって。
「それはお前にやる。頑張って当ててミソ」
考えこもうとしていたが突然の言葉。
「えっ!?兄様これを私にくれるのですか?」
確認のため聞き返す。
「お詫びもかねてといっただろ?まぁこんなもので埋め合わせができるとは思えな……「やったー!!兄様が私に宝石を……えへへへへへ。」いと思ったけど喜んでいるようで何よりです。」
思えばこれが初めてではないでしょうか。兄様が私にプレゼントをしたのは。
しかも、兄様の手作り(?)
服選びもいいけど、やっぱり兄様が私のため(?)に作った水晶はそれよりも嬉しい。
だって宝石を女性に贈るってことはその、あの、求婚することに……キャッ。
「はぁ、血は取れるとしても、この服はどうするかな。ん、セシリアどうした?」
「兄様ったら、気が早いです!」
照れた私は照れ隠しに兄様の背中を叩く。
バシーン。
あっ。
「グェェェ!!!!なんで殴るのぉ?しかも強化まで使ってぇぇぇぇ」
ものすごい勢いできりもみ回転しながら飛んでいく兄様。やがて後ろにあった木に激しくぶつかる。
「ぐはっ」
「ごめんなさい!」
やってしまった。私は兄様へ駆け寄る。
「……こいつは効いたぜ。ガクッ」
サムズアップをした兄様はそれっきり動かなくなってしまった。
「兄様ぁぁ!」