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UMAがいるならそれはかわいい男の娘だと思う

ぐっ、まだダメージが残っている。

まさか、あそこまで妹様が賢いとは。


しばらくセシリアのもはや講義とも呼べる話を聞き終わった後、俺たちは道具屋へと再び向かっていた。


「セシリア、さっきの知識は一体どこから?」


「はい。兄様を迎えに行くまでの間、母様の書斎の本を読んでいるのでそこから」


「母さんの本て……あれ大人でも読めない人がいるのに。いや、マジでパネェっすわ」


「いえいえ。兄様に比べたら私なんか」


謙遜する我が妹。この子の俺に対するリスペクトは俺が否定しても変わらないほどカンストしている。

しっかりと意思疎通ができるようになってからまだ二年しかたっていないのにこの妄信度は何だ。

尊敬されて悪い気はしないが、妹様の中の俺とのギャップを感じて素直に喜べない。


「家で本を読んでいるのか?」


「いえ、家だと父様がいるのでもっぱら外の森で読んでいます」


「森か。本を読むのはいいことだが、危ないから外で読むのは控えておけ」


「危なくないですよ兄様。ちゃんと結界内で読んでいますし」


セシリアには魔獣侵攻の件を伝えていない。

あの晩、家に帰った父さんは母さんに事情を説明した。母さんは、そう、といったきり何も言わなかったけれど顔は父さんと同じ表情をしていた。


父さんと母さんは俺にセシリアに黙っておくことをお願いした。

セシリアはまだ幼い。不必要に脅すような真似はしたくない、それは俺も同じだった。


ほかにも事実確認がきっちりととれるまでこの話は俺たち家族と、今朝父さんが報告しに行った村長だけの話とすることを夜中まで話し合った。


そんなことがあっても俺たちを今日送り出した母さんはいつもと変わらなかった。親ってすごい。


「危ないのは魔獣や魔物だけじゃない。最近はかわいい子を誘拐するような輩もいるからな、気を付けるに越したことはないぞ」


俺はセシリアに魔獣のことを悟らせないよう適当なことをでっちあげる。

聡明な妹様のことだ、一応は分かってくれるはず。


これで大丈夫かな。妹様の反応を見る。


「かわいい子……に、兄様が私のことをかわいいと、はわわわわ」


妹様は頬をあからめ体を左右に揺らしている。


あ、全然違う予想と方向に行っちゃった。

あんまりこういうことしたくないけど仕方ない。こっちの方向性で話を進めるか。


「あーえーと、そうだよセシリアはカワユイからグへへのおじさんたちに狙われるかもしれないんだ。お兄ちゃんそれが心配で。だからお願いだから家で本を読んでくれな「はい!」いか」


我ながらひどい説得。

だが、食い気味で答えられた。言質は取ったので良しとしよう。


あるく俺たち。春の陽光はとても心地が良く、肌を撫でる風も、鼻をくすぐる新緑の匂いもすべて俺を楽しませてくれる。

<過去>では味わえなかった、季節を楽しむということ。俺はそれを十分に満喫していた。


「どの季節もいいけど、やっぱ春は過ごしやすいよな」


「そうですね」


しばらくすると道に標識がたっているのが見えてくる。


「道はあってたみたいだな。この先三百メートル直進後少し左にワーグス道具店有り、か」


標識に従って遠くをみてみると左にある林へと道が分かれている。


「よし、最初の目的地まであともう少しだ」


「はい。兄様」





「これが道具屋か」


俺の目の前にあるのは屋根が傾いた古い木造の小屋。とても店と呼べるものではないが、この小さな村には道具屋はこの店一軒しかない。

客が必ずここに来るとわかっているので外観にこだわらなくてもいいのだろう。


俺だって店の外観に対して感想をいったが気にしてはいない、大事なのは品揃えだ。


「入るぞ」


表面の塗料が剥げている扉をゆっくりと開ける。


「いらっしゃい」


しわがれた男の声。


店の中は意外と整理されていた。こぢんまりとした店内。戸棚にはきっちりとものが並び、値札もわかりやすいところに張られている。

これならすぐに欲しいものがみつかりそうだ。


「じゃあ、俺は術式作成の道具や材料を探してくるから何かそこら辺の物でも見て待っててよ」


「分かりました」


今日は魔石を砕いた魔砂と革のホルダーを買いに来た。


魔砂は術式を描くときに使用し、ホルダーは描いた術式をしまうためのものだ。


セシリアと別れてすぐ、さっそく革のホルダーを見つける。


俺はそれを手に取った。

丁寧になめしてある革。ベルトに通して固定するためにか、後ろに輪っかが取り付けられている。金具がつけられているのを見るとポシェットのように閉じられるようだ。

サイズは丁度俺の手に収まるサイズで邪魔にならなさそうである。


他にもいろいろあったのだが、どれも鉈や鎌を入れるためのもので紙束を入れるものではなかった。そしてなにより、これは値段が安い。


というわけでこれに決めた。


片手にそれを握りしめ、次の魔砂をさがす。


魔道具類はあそこだな。


店の奥、一見しただけじゃ訳の分からない物が整然と並べられているところを発見する。


近づくと確かに魔道具のコーナーだ。

しかし、探せど魔砂は見つからない。


業を煮やした俺は嫌だったが、カウンターにいた店主に話しかける。


「すみません。あの、術式作成用の魔砂を探しているのですが」


店主は初老の男性で来店時と同じくしわがれた声で答える。


「ああ、魔砂ね。あれね今朝全部売れたよ」


「そうですか」


予想はしていた。

おそらく買い占めたのは村長だろう。魔石の残量が寿命の長さと等しくなりかけているこの状況。事実かどうかは別として、備えておく魂胆か。店主の反応を見ると村の人々はあのことを知らされていないようだ。


術式作成はこの騒動が収まるまで出来なさそうだな。


今日のスケジュールがの一つが一応終わったため、妹様と合流することにする。


「おい、セシリア。帰るぞ」


「待ってください。あと少し待っていただけますか?」


「いいけど、何しているんだ」


妹様は何かを熱心に読んでいらっしゃった。

覗き見ると絵と説明文が書いてあり、みたところそれは図鑑だった。


図鑑には、ドワーフや獣人がその特徴と大体の人口や住まう場所についてが事細かく記されていた。


「人種図鑑か。珍しいな」


「本当にこのような方たちがいらっしゃるのでしょうか。にわかには信じられませんが」


「この村はヒューマンしかいないからな。俺も見たことないけど、父さんや母さんが首都に行った時にはたくさんいたって言っていたよ」


「私が見たことのない物事が首都にはいっぱいあるのですね。いつか行ってみたいです。」


図鑑を見ながらしみじみと語るセシリア。


「セシリアなら魔法学院へ進学できると思うけど」


彼女は俺の提案に首を横に振る。


「行ってみたいですけれど、兄様たちと離れ離れになるのは嫌です」


セシリアはまだ四歳だ。彼女にとって家族というものは現在において彼女の世界の中心なのだろう。


「そうか。なら大きくなったら一緒に行くか」


大きくなるにつれて彼女の世界の中心も移り変わっていくに違いない。だけど、まだその中心の近くに俺がいるならぜひ一緒に行ってみたいものだ。

その思いで口から飛び出した言葉だった。


「いいのですか?」


「まぁ、俺も見てみたいしな。さて、次のページは……」


なんだか気恥ずかしくなった俺は、気を紛らわすため図鑑のほうに集中することにした。


「魚人と人魚は、男か女かの違いだけで同じなのですね」


「へぇ~。あ、エルフだ」


図鑑の説明に関心をしていたが見知った単語を見つけて目が釘付けになる。


エルフ。それはラノベでは欠かせない存在。森を愛し、森とともに生き、年を取らない美しい種族。

<過去>においてサブカルチャーに人並みに触れてきた俺としてはテンションの上がるキーワードだ。


一回目では何やかんやで、この村とあの忌まわしい村以外へ行ったことがないので、俺的この二回目でやってみたいことランキング堂々の第一位は、このエルフに会いに行くことだ。


「えっと、なになに?」


エルフ


森の民ともよばれる大変長命な種です。種族に共通した特徴として、三角形にとがった耳があげられます。


閉鎖的な種族であるため文化など詳しいことは分かりませんが、現在トナティウ王国の首都から北東に七百キロメートルほど行ったところにあるサンベ大森林に大きな集落が形成されているとされています。


平均寿命は二百とも四百とも言われ、中にはあの勇者が生きていた時代を知るものもいるとされ、考古学者たちは日夜彼らから話を聞く方法を喉から手が出るほどに欲しています。

最近では話を聞く方法を教えてくれたものに三百万ギル払うという学者もいます。


右の図は、エルフの男性を描いたものです。とても美しく、男性とは思えないほどの線の細さです。いままで公に我々と接してきたのは男性のみで、一説によると女性のエルフはこの何倍も美しいのだとか。


時の権力者がこの噂を信じ、なんどもエルフに争いをしかけましたが結果はすべて惨敗。戦争に参加した兵士は皆口をそろえて「奴らは森を操る」といっており、三大魔法とは別系統の新たな魔法の可能性が指摘されています。


数多くの謎を抱えた神秘的な種族。

このベールを脱がすことができるのはもしかしたら今これを読んでいるあなたかもしれません。


「なかなかに冒険意欲をかきたてる文だな」


「これを見て私もエルフの方と会ってみたいと思いました」


「なかなか面白い本だ。立ち読みだとまずいから、せっかくだし買って帰るか」


もともと魔砂を買うためのお金があるし、セシリアもなにより俺も興味を持ったので、革のホルダーとともに店主のもとへもっていく。


「はいよ、二つ合わせて千二百ギルね」


俺は財布から百ギル銅貨を十二枚だし店主へ渡す。


「確かに。毎度ありまたのお越しを」


会計を済ませた俺は妹様とともに店を出る。

店が薄暗かったこともあり、日差しが目に染みる。


「エルフか」


図鑑で見たエルフの図。それが頭から離れなかった。だってそれは。


「男性の方でもあんなにかわいらしいのですね」


俺の一言を聞いたセシリアが俺の言いたいことを言ってくれた。


ああっ叔父さん叔母さん(ずいぶんとお久しぶりです)僕すごいの見ちゃったよ。え?何かって?


<過去>ではエルフと同じくらいその存在が空想であったもの。

そんなのいるはずがない。いたとしてリアルでは全然萌えないね。そう思っていた時代も僕にはありました。


でも、この異世界で目にしてしまったんだ。


かわいさとは同時に存在しえないエクスカリバーをその身に宿した、男でも女でもない存在。


———そう、男の娘という存在を———


数々のサブカルチャーの中で大きな勢力を誇る、男の娘。


イラストによってかわいく描かれているが、それはあくまで二次元であるからという前提条件がなければ、一般人には理解しがたいものへと豹変する。

異世界ですら会えないと思っていた存在を私はこの眼でしかと見た!


となりの妹様には負けるが、図のリアル男の娘は俺を萌えさせるのに十分な愛くるしさを持っていた。


低身長で華奢な体。顔は中性的というよりもむしろ大幅に女性的な方に傾いていた。さらには、その服装。

ラノベで何度も見たエルフのぴちっとしたミニスカートのような民族衣装。なんと図の男の娘はそれを着ていた。


外見は美少女なのに、その短いスカートをめくれば……いうギャップがたまんないぜ__観賞用としては。実際に接するとなったらわからない。


そ、れ、よ、り、も


一説によると女性の方はもっときれいだって?


俺キュン死にしちまうよ?


もっともリアルな恋愛なんてとうに諦めている俺だが、かわいいもの美しいものを、みたい、愛でたいという気持ちぐらいある。


はぁ~あってみたいな女エルフ。


なんてことを夢想していると。


「イタッ」


足を踏まれました。


「なんで踏んだの!?」


「なんとなく腹が立ったので」


「んな理不尽な」


抗議するがセシリアは取り付く島もない様子だ。さっきまで楽しそうだったのに。

ああ、女心ってのは分からないものだな。





「全くもう兄様ったら」


私は怒りながら歩く。

先ほどの道具屋の帰り。図鑑の話をしていた私は兄様が変な顔をしていることに気が付いた。

エルフの話をしている時だった。

すぐにピンと来た。


———兄様はきっと女性のエルフのことを考えていらっしゃるのね———


別に兄様が女性のエルフに興味を持ってもかまわないが、それが恋愛対象として興味を持ったのなら話は違ってくる。


今日は兄様の隣にはそんな想像の中の女ではなくて私がいるのに。


考えだしたら腹が立ってきて、気付いたら兄様の足を踏みつけていた。


「今日は私だけを見てほしいのに」


考えると気持ちが暗くなる。

でも、いけない。

次は楽しみにしていた服選びだ。

こんなぎくしゃくとした空気では喜びが半減する。


私も大人気なかった。謝ろう。考えてみれば兄様がそんなことを考えていたのは一瞬だったかもしれない。それでも十分に苛立たしいことだが、きっと優しい兄様のことだ、すぐに私のことを思い出してくれたに違いない。


「兄様、先ほどは……」


私は振り返って謝罪の言葉を言いかけるが、そこで止まる。


私の目の前には図鑑を相変わらずだらしない顔で読んでいる兄様。


時々、モエーとかドキガムネムネだとか訳の分からない言葉をつぶやいているけど、兄様の顔からニュアンスは分かる。気が付いてしまった。私がこんなにも怒っているのに、兄様は気にも留めずほかの女性のことを考えていたということを。


そんなに私よりエルフの方がいいのですか?


じわり。


せっかく楽しみだったのに。これじゃまるで私がバカみたいじゃないですか!


ずきり。


今日は兄様との二人きりのお買い物なのに。兄様の……


「バカ!!!!」


「えっセシリア!」


私はそう叫ぶと走り出す。


もう兄様なんて知らない。

後ろから声がかけられるが振り向きなどしない。


兄様からできるだけ遠くへ。

私は両足に力を籠め大地をける。

景色が一瞬にして後ろへと流れていく。


前からくる風圧かはたまた別の理由か私は涙目になっていた。


息が、喉が、足が、胸が、心が、全部苦しかった。


全速力で走る私は唐突に限界を迎える。足がけいれんし、呼吸はまともにできない、視界はぼやけ、頭痛がする。

それでも、走ってこの痛みを感じないと別の痛みに襲われそうに思われ足を止めることはしない。

だが、体はそれを拒否した。


「ハァハァ……ゴホッゴホッ……」


もう走れない私は近くにあった木に手をついて息を整える。


息が穏やかになっていくに伴い、胸の痛みが加速する。

「兄様ぁっ」


———やっともう一度会えたのに———


意識が朦朧とする中、ふと沸き上がった言葉。


「にい……さま」


もういちどその名をつぶやくと私は意識を失った。


次回はバトルをすこしやろうかな、なんて。


改稿 さすがにアナンが語るところがきもかったので一部訂正しました。

それでもまだ気持ち悪いです。

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