女心と秋の空はうつろいやすいから雑誌の情報と天気予報はうのみにするな
「は?」
何が起こった。
魔力供給も十分だったはずなのに。
ざわざわとほかの奴らもこの異常さに気付いたようだ。あたりが騒然とする。
しかし、話題の渦中にいる本人は相も変わらずお粗末な魔法の練習をしている。
何が起こったんだ。奴がやったのか?
そんなバカな。
簡単な魔法ですらうまく使えないような奴がどうにかできるとは思えない。
第一、魔法をかき消すなんて前代未聞だ。
しかし、「消された」としか言いようがない不自然さ。
———お前、なにをしやがった?———
「ど、どうしたのですか?」
騒ぎを聞きつけて男が慌ててやってくる。運動不足なのか少し走っただけでかなり息を荒げている。
たまたま近くにいた俺は男に向かって言った。
「分かりません」
本当のことだ嘘は言っていない。
◇
なんか周りがうるさいな。
どうせ俺をからかっているのだろう。
全く暇な奴らだ。
はやく終わんないかな実技の授業。
◇
「えぇ~、多少の騒ぎがあったようですが今日も無事に授業を終えられました。授業の最初にいった通り、魔法の行使は大人がいる前で行ってください。それでは解散といいたいところですが、一つ連絡があります」
連絡?なんだろ。ほかの生徒も疑問に思ったのか男の方に意識を向け始める。
「来週に予定されている遠足の件で、明日は場所の下見に行くので休みとします」
その男の言葉にわぁーっと湧く校庭。
「休みだ!それも平日に!」
「おい、明日あそこに行かないか?」
「昨日言っていたところか?」
「明日は一日中寝るんだ」
思い思いの明日の予定を周りに話す生徒たち。
あ。そう言えば遠足だったな。
そんで明日は休みか。
遠足は嫌だけれども平日の休みは本当にうれしい。
もう飛び上がりたいぐらいに。こいつらに会わなくて済むからな。
ヒャッホイ。
一応俺も心の中で叫んでおく。
「はいはい、皆さん静かに。ちゃんと聞かないと後悔しますよ」
人差し指をピンとたて、男が注目を集める。そして、おほんと咳をする。
「えぇっと皆さんが気になっているであろう宿題は……ありません。あ、ちょっと皆さん静かに、静かにしてください。いいですか宿題も学校もないからといって怠けるのはだめですよ。
あくまで、今までの復習ができるように宿題を出さないのです。それではみなさん今日もここで解散します。しっかり家でも精進するように」
「「はい、先生!」」
「いつもより元気ですね……」
男が残念そうにつぶやくが生徒たちはその声が自分の耳に届くよりも早く校舎の中へと向かっていった。
かくいう俺もその中の一人だ。
何しようかな?そろそろ実際に術式を作ってみるか。いや、この能力の特訓でもするか?
なんてことを考えていると。
「兄様」
校舎である教会のすぐ手前。彼女に声をかけられた。俺は彼女のもとへと向かうために校舎へと向かう列から外れて、なるべく人から見えにくいところに移動する。
なんか、最近ここに来るのが多いな。
そんなに俺のことが心配なのか妹よ。
四歳の子に心配される三十過ぎのおっさん。
ううっ、頼りない兄貴でゴメンよ~。
「何泣いていらっしゃるのですか?はっ!またあの人たちが兄様に……」
セシリアがはっとして校舎へ向かう列をにらむ。
おっと俺が自分の不甲斐なさに泣いているところを勘違いさせてしまったようだ。誤解は解かないと。
「いや、これは違うんだよセシリア。ただ、目にゴミが入っただけで」
「もう許せないついに兄様を泣かせるなんて許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない。本当に最低な人たち…………消えてしまえばいいのに」
俺の弁解をよそに呪詛のようにぶつぶつとつぶやいている我が妹。きれいなその瞳の奥がどんよりと曇っていて恐ろしい。てか、さらっと怖いこと言ったよこの子。
聞こえていらっしゃらないようなので妹様が暴走する前に誤解を解こうと俺はアプローチを試みつづける。
が、結果は変わらず。
「火で……火で燃やしてあげましょうか。土で圧殺?風で斬殺…………いや水攻め……これですね」
おい!これですね、じゃねぇよ!
俺の声が届かない妹様はさらに暴走を続ける。
華奢な肩を揺さぶったりしてもダメ。かわいらしい服を引っ張ってもダメ。
全く反応ナシ。
しかも。
「おい、ちょっと。なぁセシリアってば…………っておいおいおいおいおいおいおいソレはダメだって!!マジでシャレになんないから!」
なんと我が妹様有言実行しようとしていらっしゃいます。
有言実行ってTPO考えないとだめだよね。
とくにこういうときとか。
妹様の上に浮かぶ巨大な水球。クラスナンバーワンであるダンの水球など足元に及ばない、直径が七メートルほどもある。
死人が出る。
こんなもん飛ばしたら間違いなく。
俺はそんな想像をして身震いする。
「……消えちゃえ」
ぽつり。何の感情も感じられない声で妹様が一言。同時に水球が動き始める。
ヤバいヤバいヤバい!
本当にあてる気だよ!!
兄としてこのまま妹が殺人者となってしまうのを黙ってみてはいられない。
君はまだ四歳なんだ……
今思ったけど四歳にしてはしっかりしているよな。賢い妹を持ってお兄ちゃん誇らしいゾ。ああ、なおさら俺のダメ兄貴っぷりが際立つなぁ。
ってこんなこと考えている場合ではない!
すかさず俺は周囲を確認する。
周りに人は?
大丈夫なようだ。動き出した巨大な水球も含めてこちらを向いている奴はいない。
ならば___。
◇
「?」
あれ?なんで?
憎き奴らを消し飛ばすために作り上げた魔法が消えてしまった。
これではあの人たちが消せない。
消さないとまた兄様が傷つけられてしまう。
困った私は再び魔法を構築しようとしたとき、突如私は慣れ親しんだ香りに包まれていた。
同じ場所で洗濯しているのにどこか私と違う、少し汗のにおいがする香り。これってもしかして。
「に、兄様!?」
ばっと私は自分を抱きしめている存在に顔を向ける。
「おっ、やっと気が付いたか。セシリア。」
にこりと笑う少年。その姿はいつもと違う様子で。どきりとした。
おもわず顔が熱くなった私は急いでその腕から抜け出す。
「な、なんで兄様が私を……」
———抱きしめていたのですか?———
先ほどの動揺が収まらず言葉がうまく出てこない。
そして兄様の顔が恥ずかしくてみられない。
「また暴走してたぞ」
こつんと兄様が軽く握ったこぶしで私の額を小突く。
「あれほど自分の感情をコントロールしろと言っているだろう。お前が暴走すれば本当に人が死んでしまうんだぞ。」
怒気をはらんだ兄様の言葉。
本気で怒っている。謝らなくては。嫌われたくない。
「あ、あの兄様、ごめんなさい。」
私は兄様に謝る。
大丈夫。兄様は優しいきっと許してくれる。
「謝ってもダメ。ごめんで済むならケーサツはいりません!」
だが、きっぱりと私の言葉を切り捨てる兄様。
また怒られた。
ゆ、許してくれない。どうしよう。
ま、まさか私のことを嫌いになってしまった?
そんな。胸の奥がえぐれたかのように痛み出す。それに合わせて涙がぽろぽろと止めどなくあふれてくる。
兄様に嫌われた。
その事実が私を押しつぶす。
兄様に嫌われた私なんていらない。
消えるべきはあの人たちじゃない私だったのだ。
……私なんて消えちゃえ。
「わぁっ!いったそばから暴走するな!」
「兄様が私を嫌いに……うぐっ、ぐすん」
きっと兄様は今、こんなできそこないの妹である私をその黒い瞳でさげすんだ目で見ているに違いない。
もう、兄様が私に笑顔を見せてくれることはないのだ。
ごめんなさい兄様。
「いやいや、嫌ってないから」
ぴたり。
えっ?今なんて言いました?
嫌ってない?本当に?
顔を上げると、手のひらをなぜかこちらに向けたままの兄様がいた。
「ぐすっ、嫌いに……なって、ぐすっ、いないのですか?」
縦に勢いよく首を振る兄様。
「ああ。俺がセシリアのこと嫌いになるわけがないだろう?」
兄様が私の肩を叩く。その感触にホッとするもののまだ完全に安心できるわけではない。
「でも、私が謝っても兄様は許してくれませんでした」
「許してくれなかって、おまえ。人の話を最後まで聞けよ。いいか、謝ってももう一回同じことをしたら意味ないだろ?。それを言おうとしたんだよ。しっかり反省しろってな。それをお前、なんか早とちりしてしちまって、また暴走してたし。魔法消すの大変なんだからな」
こちらに向けていた手を下ろし、反対の手で頭を掻く兄様。本当に怒っていないようだ。
その姿にようやく私は安心できた。
私がようやく落ち着いたのを見ると
「あのな、俺が泣いていたのは奴らのせいじゃない。本当の理由は情けなくて言えないけど」
兄様はウィンクをする。が、左目がうまく閉じられないようでウィンクになっていない。
その姿に笑ってしまう。
それでもウィンクっぽいものをしたままの兄様。
「クスクスクス、はい。分かりました。もう大丈夫です」
兄様があんなウィンクをしたのも私の心をこうやって解きほぐすためだったのだろう。優しい兄様。
ようやく兄様の顔をまともに見られるようになった私は兄様に先ほどから思っていた疑問をぶつける。
「そういえば兄様、兄様を含め皆さん、はしゃいでいらっしゃったようですけど何かあったのですか?」
校舎へと向かう生徒は和気あいあいとしゃべりっていた。その中の兄様も珍しくうれしそうな顔をしていた。それが気になったのだ。
「それがな、明日休みになったんだ!」
聞いてくれよ、と前置きをして語る兄様。
こういう時は大人びている兄様も年相応の顔に戻る。私はこの顔が密かに好きだ。
兄様の笑顔につられこちらも笑顔になる。
「何かご予定があるのですか?」
「ん、術式の作成をそろそろ始めようかなと」
「まぁ、本当ですか?では、明日はその材料を買いに?」
「そうだな。あっ、そうだセシリアもくるか?」
願ってもない言葉。久しぶりに兄様とお買い物。
はい、と私は二つ返事で了承する。
「そうか。じゃあ明日の計画を練るためにさっさと帰るか」
満足そうに頷き、言うや否や、すぐさま校舎へと向かいだす兄様。
明日のことを思い浮き浮きした私はその背中に、ふとおもったもう一つの質問を投げかける。
「兄様、あの、先ほどのケーサツって何ですか?」
ギクッ。
兄様の肩がわずかながら震えたような気がした。
◇
っぶね~。まさかあんなところでボロが出かかるとは。
セシリアはホント四歳とは思えないほどの鋭さがあるからな。
上手く誤魔化せたか心配でならない。
セシリアにマッポについて聞かれた俺は聞こえないふりを決め込んだがなかなかに食らいつくセシリア。
このままでは教室まで来るな、という俺の言葉を無視してついてきかねないので、俺はジャパネセお得意の「秘儀 話のすり替え」を行った。
ねぇ?兄様、ケーサツって……
あーあー今日はいい天気ダネ。
兄様空は曇っていますよ。それよりケーサツって……
日差しがまぶしいナ。
そうですね。曇りですけど。それで兄様ケーサツとは?
あーうん……あ、日差しがまぶしいと思ったらもう季節の変わり目じゃーないかー。
そうだ、セシリア。いつまでもその服だと暑いだろ。
それは確かにそうですね。でも、ケーサt……
そ、それでだ。服を明日ついでに買おうと思っているんだが……
本当ですか!?
というわけで作戦は成功したが、明日セシリアの洋服選びに付き合うことになった。
俺、服についてはスク水とビキニの違いしか分かんないし。
ほかに知っている服といえば強化○骨格か黄金○衣ぐらいかな。
正直俺は戦力にならない。
それを妹様に伝えたら、「私も服については詳しくありません。お揃いですね」とうれしそうに言われた。
それならなおのこと服選びなんてする必要がない。服なんていつものように母さんに買ってきてもらえばいい。と俺が言うと。
急に妹様は怒り出し、私は兄様が私に似合うと思って兄様自身が選んだ服が欲しいんです!と怒鳴られた。
耳元で怒鳴られたため耳が今もじんじんする。
はぁ、また妹様。無意識に身体強化魔法を使いましたな。
さっき四歳にしては、といったもののやはり四歳は四歳だ。まだ感情のコントロールがうまくいかない。
さらに女心と秋の空。非常に態度がころころと変わりこっちはそれに振り回されてばかりいる。
普通の子だったら、感情が高ぶったら癇癪おこして周囲が困るといったレベルだろうけど。
うちの子ヤバいんです。
えぇそれもとんでもなく。
これも一回目にはなかったことだ。
妹は一回目の俺を超える力を持つ魔法使いになっていた。
感情によって暴走するというどえらい爆弾とセットで。
妹様の力に気付いたのは妹様が生まれて生後間もないことだった。
両親二人ともがどうしても外せない用事だとかで出払ったころ、いきなり家が揺れた。
地震か。
結構な揺れだったので余震が怖いと考え、妹様の部屋と向かう俺。
開けた扉の先の惨状をみてフリーズしてしまった。
嵐にあったかのような室内。
俺もお世話になったベビーベッドは粉々に砕け、両親のダブルベッドも同じような有様になっていた。
天井の柱はところどころえぐれていたり焦げていたりしている。
そんな中。妹様だけがすやすやとあどけない寝顔を見せていた。
宙に浮きながら。
俺はそれを見て、そっと、ドアをしめた。
それが俺の知る妹様超人伝説の始まりだった。
それ以降、突然庭に火が上がったり、竜巻が家を襲いかけたり、家中が水浸しになったり、壁から土の槍が生えたりと超常現象が我が家で頻繁に起こるようになった。
しかし不幸中の幸いか決まって家に俺一人の時だったため、あの能天気メロン母さんと強面親バカバカにはばれずに済んだ。
ばれれば一回目の俺と同じような、いやそれ以上の苦難の道が妹様を待っている。
断言できる。
だってセシリア、めっちゃ美人になるし。
これも断言できる。
兄バカ?うっさい。
それから俺はなるべく妹様の近くにいてやり、暴走しないか監視することにした。
大抵の暴走は俺が抑えられたが、不意を突かれたりすると対応が遅れてひやっとすることが多かった。
とくに、強力な風魔法で上空三十メートルまで飛ばされたときはさすがに死ぬかと思った。
だが、幸運にもすぐ真下に巨木があったため何とか足の一本を複雑骨折して事なき(?)を得た。ついでにその骨折を隠すために新たな力の使い方も発覚したので、今ではいい思ひ出です。
セシリアの魔力量は俺に比べたらはるかに少ない。
しかし、セシリアの魔法に対するイメージ力ははっきり言って次元がちがうのである。
イメージ力。それは詠唱魔法にとって極めて重要なものである。
魔法に対するイメージが強いほど魔法はより強力に、効率的になる。
俺はイメージ力に難があったため詠唱魔法を使えていた一回目においてその魔力量に任せて、低級の魔法の弾幕を張ることしかできなかった。
一方我が妹様は、このイメージ力のおかげで上級の魔法を放つことができる。加えてイメージ力の高さから魔力効率がよく、妹様の少ない魔力量(普通の人から見ればとんでもないようだけど)でも連発できるのだ。
だが、高すぎるイメージ力は大きな問題をはらんでいた。
少しでも魔力を流してしまうと魔法が発動してしまうほどのそのイメージ力は、感情の高ぶりによって無意識に脳内に浮かんだ何かしらのイメージをも魔法に変えてしまおうとする。
かくして、妹様が烈火のごとくお怒りになったりすると文字通り炎が出てしまうのだ。
炎に若干トラウマ(わりと早い段階で意識がなくなったのでそんなに苦しめられずに済んだことと、それよりか村の人々の方が怖かったので、若干、で済んでいる)がある身としてはそんな妹様はマジで怖いので泣きながら懇願したら、それからめったに見なくなった。
このことから、感情による魔法の暴走も理性で抑えることができるのではと考えた俺は妹様に感情を自分の制御下に置けるよう促すことにした。
妹様に敬語を教えたのもその一環である。
今ではそのかいもあってか、転んで泣きそうになるぐらいじゃ水の槍は飛んでこなくなった。
けれども、安心安心と思ったのもつかの間、俺が学校でちょっかいかけられていることを知った妹様は再び暴走し始めている。
それに加えて成長したセシリアはイメージ力も成長しており魔法の威力が段違いに跳ね上がっている。
大人でもできる人限られている必殺クラスの魔法なんぞ二、三個詠唱なしで同時展開できるほどに。
力をつければ果たせると思っていた自分で建てた誓い。
でも、自分の行いのせいで変わってしまった世界によって達成するのが困難になってしまったようだ。
前途多難。その言葉にがっくりと肩を落としながら、嬉々としていらっしゃる妹様と家への道を歩くのだった。
◇
「まぁ、明日は二人っきりでお出かけするの?」
エプロン姿で食器洗いをしていた母さんが、明日の予定を話し合っていた俺たちに話しかける。
俺の家はいわゆるダイニングキッチンだ。
俺とセシリアがいるダイニングと母さんのいる台所は皿を乗せたりできる仕切りによって分けられている。
仕切りの高さはそれほどないのだが、母さんはいわゆる、その……ロリママに分類されるほどの低身長で、しかるに仕切りの上はその金髪の頭頂部しか見えない。
俺はそのぴょこぴょこと動く頭に返答しようとするが、妹様がそれを遮る。
「そう!そうなんです!母様!」
興奮した様子で身を乗り出し言う妹様。
その際、肘がまだ中身の入ったコップに当たってしまいテーブルに水がぶちまけられるが、妹様はそんなことなど目に入らない。
おい、セシリア。水が。など言ってみるものの、妹様は明日の予定を話すことに夢中になっており、ことごとく無視された。
顔立ちに似ている要素がない彼女であったが、自分の世界に入り込むとしばらく帰ってこないという厄介さを見ると、やっぱ父さんの子だな、と俺は思うのであった。
「明日は私がサンドイッチを作って兄様に食べさせてあげるの。それでね、服を選んでもらうの。かわいい服を兄様に。でね、うんとね、えっとね」
話の内容がいつにもまして子供っぽい。そんなに楽しみなのか。
———参ったな———
その様子を見ながら俺は額に手をあてる。
セシリアがこんなにも楽しみにしている明日の買い物。
もし、彼女の期待を裏切るようなことがあれば、そのプラスの感情は即座にマイナスの感情に置き換わり、大惨事が起こる。
何としても成功させなければ。
ただの買い物のはずがセシリアの今後を決めかねない重大イベントになってしまった。
冷汗が出る。そんな俺をよそに、
女二人は楽しそうだ。
「ふふっ。本当に楽しみなのね」
「うん」
快活にお返事した妹様は、だから今日はもう寝なくっちゃ、と急いで食器を片付け始めた。
俺も寝たいのはやまやまだが、最近父さんの仕事を忙しさにかまけて見ていなかったので、久しぶりに見に行くことにした。
父さんは、そろそろ納期が迫っているということで今日一日中娘に会いたいのも我慢して工房にこもっているのだった。
毎回こうやって納期ギリギリまで仕事をしない父さんの姿は、毎年三十一日に夏休みの宿題をしていた俺と重なるようで、血のつながりのない俺にも父さんの子だなという実感をもたせてくれる。
尊敬できない行為ではあるが。
俺は食器を片付けると母さんから父さんの夜食を届けてくれと言われたので、それも持って勝手口から外に出る。
夜の森はより一層恐ろしく、春であるのに肌寒い。
<過去>おいてホラー系がダメだった俺にとってここは心臓に悪い。
息を吸い込むと俺は意を決してその森に走りこんだ。
フクロウの声や茂みが風で揺れる音に慄きながらも工房の前までやってくる。
工房の前には馬車が止まっているようだ。
馬を警戒させないよう近づくと、馬車には大量の鉄板が積んであった。
父さんがいつも取引しているオドアケル帝国の商人のもののようだ。
商談の話をしていたら俺が入ったらまずいと、外で待っておくことにする。
父さんが今は近くにいるとわかっているので怖くはない。
暇なので馬と戯れたりしていると、やがて商人風の男が父さんと一緒に出てくる。
父さんは俺に気付いたのか手を挙げる。が、その表情は暗いように見える。
商談が失敗したのか?
商人風の男をみるがこちらも表情が暗い。
ん?この男までも暗いとなると、商談ではない、より根源的なところに問題が生まれたのだろうか。
何があったのか父さんの表情の理由を考えていると。
「アナン、こっちに来い」
父さんが俺を暗い表情のまま呼ぶ。
商人風の男は、では、これで。気を付けてください、と不吉な言葉を残し去っていった。
俺は男の言葉に妙なざわめきを覚えながら父さんとともに工房の中へ。
工房の中は相変わらず暑く、赤々と炎に照らされているが、父さんはそれとは逆に思いつめた顔をしている。
なんとなくそんな父さんと目が合わせづらくあたりに目をそらす。
作業台の上には武骨な一振りの大剣。
今回依頼されていたものだ。
本来このような大剣は斬るというより、叩き潰すといった使い方をされ、刃などただの飾りのようなものであるのだが、父さんの手にかかれば恐ろしい切れ味のある刃をもつ大剣へと生まれ変わる。
今回の依頼は王国騎士からの直々の依頼でなかなか実入りが良いそうだ。
もちろんその騎士は職人である父さんがそれと認めた相手だ。
この剣が完成しているとなればますますあんな表情の理由が商談のせいだとは考えにくい。
この依頼だけであと半年は暮らせる。
そんな中一つの商談が破談したからと言って一喜一憂するのは父さんの性格上それはない。
胸のざわめきが強くなる。
「父さん……さっき商人さんとなに話していたの?」
俺は沈黙を破るため、持ってきた夜食を父さんに渡しながら尋ねた。
父さんは目をつむり、言うか言うまいか悩んでいるようにしばらく日焼けした腕を組んでいたが、しばらくすると腕を解き俺の顔を見つめてくる。
そしてその口を開いた。
「アナンももう立派な年になったから大丈夫だと思うが……いいか、落ち着いて聞けよ…………魔獣の群れが南下しているらしい。」
———なんだと?———
父さんは話を続ける。
俺たちが住むこの村は先ほどの男の話によると、魔獣の侵攻予測ルート上にあるそうだ。
魔獣はどこからともなく現れて、村を襲うらしい。
一応魔獣の群れに対して王国は軍を派遣しているということだったが、俺の不安は消えない。
話を聞く限り一連の事件を起こしている魔獣の群れが同一であるとまだ確証されていないからだ。
もし、そのような魔獣の群れが複数いたら?
万が一。それがわずかでもある以上、この不可思議なことが日常茶飯事な世界では恐れを抱くのに事足りる。
事実、同時期に襲われたとみられる村はいくつもあるということだった。
いずれここも襲われるかもしれない。
では、逃げるか?
ダメだ。できない。
この世界の村は結界が許す範囲の限られた土地で、そこに住むことのできる最大の人数で住んでいる。
仮に俺たちが結界のない危険な土地を潜り抜けたとしても、たどり着いた土地で門前払いを喰らう可能性があるのだ。
家族の大黒柱である父さんは今この状況に喘いでいる。
待つことも、逃げることも、どちらも死がそこにある選択だ。
選べるはずがない。
父さんは途方に暮れていた。
俺と父さんとの間にどんよりと重い空気が立ち込める。
「で、でも父さん。この村には結界があるよ」
俺は思いついたことを口にした。
たしかに危険な状態ではあるがまだ希望はある。そう思って。
だが、父さんは力なく首を振る。
「アナン。魔獣がここから北の村々を襲ったということは、北の首都からの魔石補給路が断たれたということだ。ここの魔石も持ってあと二週間。魔獣討伐のための軍が果たしてこの辺境の地に二週間で来られるかどうか」
俺は言葉を失った。
軍の進軍速度は、拠点となる村々が襲われたことでさらに遅くなることは目に見えて明らかだった。
二週間後、俺たちの村は魔獣だけでない魔物にも完全な無防備となる。
黙り込んだ俺の姿を見て、父さんは俺の肩に手をかける。
「俺はお前をすでに大人の男だと思っていたから話した。情けない話だがもしもの時、俺はお前らの近くにいてやれないかもしれない。そのときは、お前が母さんやセシリアを守るんだ」
絶望に裏打ちされたひどく沈痛な声。
こんな悲壮な顔の父さんはセシリアが生まれたあの日以来だ。
俺の肩を握っていた手に力がこもる。
鍛冶を営んでいるおかげで万力のように締め付けてくる手に俺は痛いとも言えなかった。
父さんはこの痛みの何倍もの痛みを抱えている。
自分の下した選択に後悔しながらもやっと掴んだ幸せ。それが崩れ去ろうとしている。
その痛みはどれほどなのだろう、それを避けられない絶望はどれほどなのだろう。
茶色い髪の強面で娘が大好きな鍛冶屋の姿はそこにはなく、ただ愛する者の命の灯が消えそうなのを見ることしかできない男がいた。
確かに魔石の供給が断たれたとなれば村は壊滅するだろう。
俺もその事実に希望が見いだせなかった。
いくらこの世界の人々が魔法を習っているからと言っても、それらは精々護身術の範囲をでず、魔物や魔獣を撃退することができるわけではない。
常識で考えられる解決策はない。
常識では。
———なぁ、父さん。希望ってものは案外すぐ近くにあるのかもしれないぜ———
覚悟を決めろ。
俺は肩の上の父さんの大きな手を握り返していった。
「任せて、家族は僕が絶対に守る」
絶対に。本当のことだ。嘘ではない。
◇
「兄様。昨夜は遅かったようですけれど何かあったのですか?」
「うん。まぁ、今日のこととかについて」
術式作成の材料が売ってある道具屋への地図を見ながら答える兄様。
今日の兄様はいつもと違い余所行きの格好だ。緑色の麻のシャツに、革製の長ズボン。右肩には鞄がかけられ、反対の肩には水筒がかけられている。
学校用にいつも使っている鞄と靴以外は水筒を含めて全部新品だ。
兄様はいつも使っている白シャツ半ズボンで行こうとしたのだが、母様が、せっかくの二人きりのお出かけなんだからと買ってきてくれたのだ。
母様グッジョブ。
兄様から教えてもらった賞賛の言葉を母様に送る。
私は今日服を買うということもあって新品ではないのだが、お気に入りの藍色のワンピースとこの前父様が買ってきたパンプスを履いている。
このパンプス、履くだけで大人になれた感じがしてうれしいのだが、母様がさりげなく聞き出したこの靴の金額のせいで気軽履くことができない。
首都からそこでもっとも有名な職人からオーダーメードで取り寄せたということで、これだけで普通の靴が十何足も買えるらしい。
そのあと父様はこってりと母様に怒られた。
私もそれを見て履くのをやめようと思ったが、兄様が似合っていると言ってくれたので、いつか兄様とお出かけすることがあれば履こうかなと考えていた。
それがこんなにも早くかなうなんて。
小躍りしたい気分であるが、はしたないのでスキップにとどめる。
「ご機嫌だな」
地図を見終えた兄様は地図を鞄にしまう。
「兄様は楽しくないのですか?」
淡々としている兄様。
自分だけが浮ついているのでは。
そんな考えが頭をもたげる。
「大丈夫。楽しいよ」
良かった。兄様が笑ってくれた。
自分のわがままで兄様が困っているのではという心配はなくなった。
憂いがなくなりさらにうきうきした私は鼻歌もスキップしながら歌いだす。
私たちがしばらく歩くと道が分かれているのが見える。
村の中心部へと続く整備された道と踏みつけられてようやく道と認識できるようになった道だ。
このいわば獣道のような道は私が生まれるころ大変お世話になったというラグスさんの家へと延びている。
いつ見ても元気で明るいラグスさんは、一人そこで薬草や野菜を育てて暮らしているのだ。
時々、私の家にも野菜をおすそ分けにきてくれる。
旬のものはシチューなどにするとほっぺたが落ちるほどおいしい。
今年は食べてないな。シチュー。
はっ、いけない。食べ物のことを考えてはお腹が空いてきてしまう。
せっかくのお出かけ。レディーとしてあるまじき行為を兄様にみせられない。
腹が鳴るなど言語道断だ。自分を叱咤する。
ラグスさんには最近会っていない。
久しぶりに会いに行こうかなとも思ったが、父様にいらないことを吹き込み続ける張本人であるためやっぱり行かないことにする。
嫌いなわけではないが、困っている私の身にもなってほしい。
ラグスさんのところへ行ってきた父様はいつにもまして鬱陶しく私に絡んでくる。
いつも鬱陶しいのにそれ以上。思い出しただけで目まいがする。
あれ?でも今日は父様来なかったな。
疑問に思う。が何もないことはいいことだとすぐに忘れて分かれ道へと近づく。
「ラグス婆のところによって行く?」
兄様も同じことを考えていたようで私に確認を取る。
私は兄様も同じ思考をしたということに喜びを感じながら、今度にする旨を伝えた。
理由は言わない。失礼だと兄様に思われるといやだからだ。
私たちは村の中心部への道を歩き始めた。
日光を高い木々が遮り薄暗かった森も進むにつれ木の高さが低くなり明るくなり始める。
私は葉と葉のあいだから時折差す日差しに目を細める。
明るい空、きれいな緑、すんだ空気、ちょうどいい気温。
絶好のお出かけ日和。
まるで自然が私と兄様を祝福しているように整った今日。
こんな幸せが続けばいいなと思わずにはいられなかった。
視界が一気に開ける。森を出たのだ。
自分がいる位置から少し下に村が見える。その中でも兄様がいつも通う教会は一際大きく遠く離れたここからでも見えた。
「道具屋はここをまっすぐ行ったところにある。」
兄様が私の隣に立つ。
兄様は同年代の子に比べて身長が小さいが、私から見ればその背丈は十分高い方だ。
春の風に吹かれて兄様の髪が波打つ。
吸い込まれそうな黒色。
それをみたら子供の私でもわかる。
兄様と私は血がつながっていないということが。
この村には様々な髪の色があるのに、
黒髪というのは私が知る限り兄様だけだ。
おそらく遠い異国から来たのだと思う。
私は兄様がどういう経緯で父様と母様のもとへやってきたかはよく知らない。
でも私はそんなことどうだったっていい。
教会が信じる神が本当にいるなら私は神に感謝したい。
私の家族として兄様がいることに。
そして今ここで私のそばに立っていることに。
そう考えるだけで胸がいっぱいになる。
「さてと。ほら、いくぞ。」
村を私と一緒に眺めていた兄様は唐突に私の手を引く。
びっくりした私はあわててその後をついていく。
歩く兄様の後姿を見ながら私は思う。
なんだろう。私は兄様と二人っきりでお出かけするのは初めてのはずなのに。
何故かこのような天気の日、この道で、このように手を引かれたような、そんな気がしてならない。
どうしても思い出せないこの感覚の答えを求め兄様を見つめるが、兄様は変わらず、前だけを見て歩いていた。
◇
私たちの住む村は主に、兄様が通っている教会兼学校や村の人々が住む家々がある村の中心部、その周りの穀物や野菜の栽培、牧畜を行っている耕作地帯、そして私たちの住む山で構成されている。
山からは川が流れ、村の人々の重要な水源となっているのだ。
私たちはこの川に沿ってできた道を歩いていた。
「ハァハァ」
息が上がる。慣れない靴に疲労がたまったためだ。
「休憩するぞ」
私の様子に気付いた兄様が私に振り返って声をかける。
兄様の迷惑になりたくないととっさに思った私は首を横に振る。
「ハァ~。そんなに息上がっているんじゃ疲れていないわけないことぐらい分かってるよ。休むぞ」
兄様は私の手を引いたまま道のわきに生えていた木の陰へと移動する。
「に、兄様。私は大丈夫ですから」
兄様のご機嫌が私のせいで悪くなってしまったらと私は自分がまだ歩けることをアピールするが、素早く木の下の地面を慣らした兄様はここに座れと私の手を引く。
地面には私のワンピースが汚れないよう中身が出された鞄が敷かれていた。
とてもじゃないがすわれない。必死にいやいやをする私だが、兄様は強引に私を座らせ、その横に座る。
その際つないでいた手が離れ少し寂しさを感じる。
「水冷やすから待ってろ」
兄様は水筒を肩から外す。
その瞬間、水筒を中心とした周りの温度が一気に下がるのを感じた。
「ほい」
「ありがとうございます」
差し出された水筒を私は受け取る。
冷たい。
びっくりするぐらいよく冷えている。
「いつも思うのですが、これはどうやっているのですか?」
「これか。何て説明したら……んー一応能力の応用だけど、一先ず俺だけにしかできない特別な魔法。そうだな氷結魔法とでもしておくか」
「兄様だけにしかできない、特別な魔法……やっぱり兄様はすごいです!」
私は一気に水筒の中身をのむ。
喉を勢いよく水筒の冷水が流れ、疲れで火照ったからだが急速に冷えていくのを感じる。
井戸からくみ上げた水もこうまで冷たくはならない。
兄様はこの力を隠しているのでこのおいしさを知るのは兄様以外、私一人だ。
誰にもできないことをたやすくやってのける兄様。
私はこの機会にもっと兄様のことを知りたいと思った。
「ほかにはどのようなことができるのですか?」
「セシリアに見せたのは≪無効化≫といまの氷結魔法だけだよな。ほかにはっと、こんなこともできるぞ」
兄様は先ほど取り出した鞄の中にあった風呂敷を手に取る。
風呂敷の中には今日の私たちの昼ご飯である私の作ったサンドウィッチが入っている。
それを取り出した兄様。
何が起こるのかと見ていると。
「!?」
兄様は右手にサンドウィッチを持っておりもう片方の手には何も持っていない状態だった。
しかし、今一瞬にして兄様の両手にはサンドウィッチが両方握られている。
「手品ですか、すごいです!でも能力と何の関係が」
はははとわらう兄様。
「よく見てごらんよセシリア」
兄様が二つのサンドウィッチを私に手渡し、風呂敷の中身をよく見えるように広げる。
そこには、サンドウィッチが一つあった。
「どういうことですか!?」
私は兄様が両手に持っていたサンドウィッチは、この風呂敷の中にあった私と兄様二人のサンドウィッチだと思っていたのに。
風呂敷の中にはさらにサンドウィッチが一つ。これでサンドウィッチは3つだ。数が合わない。
「これがまだセシリアに見せていなかった力の使い方さ。いつも言うけど絶対にセシリアがほかの人に言わないって信じているから見せているんだぞ」
「だ、だからこれはどういうことですか?」
「見てわかんない?複製したんだよ複製」
「複製?」
「そ、このサンドウィッチとまったく同じものを作り出したんだ」
とんでもないことを兄様は当たり前のように話す。
「ぐ……」
「ぐ?」
「グッジョブです兄様」
「グッジョブの意味をはき違えているような、まぁ賞賛は素直に受け取っておくよ。」
「兄様これがあればおいしいものが食べ放題なのでは!」
私は兄様に詰め寄る。そうこれがあればいくらでも美味しいものが食べられる。
レディーうんぬんは何処へ。私は食欲に促されるまま問いかけた。
「相変わらず食いしん坊だな。そう思うだろ?でも世の中うまくいくことばかりじゃなくてな。俺が左手に持ってたやつ、お前から見て右手のサンドウィッチを食ってみな」
お腹が減っているのを我慢していた私はすぐにサンドウィッチを口に持っていく。
いただきます。私はレタスにトマト、ハムとチーズをめったに食べられない白パンで挟んだサンドウィッチを頬張り、そして。
「うぇぇえええ~」
「あはははは、やっぱり」
盛大にえずいた。
何、この味。口に運ぶ際の匂いも口に入れた触感もおかしな点はないのに、咀嚼すると訪れる何とも言えない味。
口の中にまだその味が残っている。
水筒の水でいっきに流そうとするが。
「ぎえまぜ~ん」
「だろ。このゴム食ってるみたいな味なかなか消えないんだよ」
ひどいです兄様。あとゴムってあの貴重品のゴムですか。それを食べたことがあるのですか、やっぱりすごいです兄様。
などとえずきながら感心する私。
数分ほど口の中の不快な味と格闘していたが収まってきた。
「完全に複製できるわけではないのでしょうか」
「いや、俺が視た限りでは成分も何もかも一緒だ。成分的には問題はない。この味の原因はおそらく生き物ではなかったからだろう。」
「生き物ではないというと?」
「複製のもとになったオリジナルのサンドウィッチはその何から何に至るまで生き物との関わり合いがある。だが俺の複製サンドウィッチにはそれがない。こいつは、サンドウィッチの成分を別のところから持ってきてサンドウィッチの形にした全くの別モンだ。そのことについてだがもう一つ。塩を複製したら別になんともなかったが、砂糖を複製したらとんでもなくまずかった。なんでか分かるか?」
「塩は岩塩や海水など生き物からは生成されませんが、砂糖は生き物である植物から生成されるからですか?」
「ほんと賢いなセシリアは。そうだ、生物の一部であったものはこのように複製すると味が変わる。
こいつから俺はとあることを確信したね」
いきなり立ち上がる兄様。
きいてきいて、とあることってなにって。兄様の顔にそう書いてあったので、兄様にきく。
「とあること?」
「そうよくぞ聞いてくれました!俺がその存在を確信したものそれは……アラストル体だ!!」
ぱちぱちと私は拍手をする。
兄様は楽しそうだ。鼻の穴が自慢げに膨らんでいる。
私は初等教育もまだ受けていないがアラストル体が魔力発生の場であり俗にいう魂や生命であるということは知っていた。
「なるほど、つまりアラストル体の有無が味の違いを分けるということですか」
「うぉぉ、マジすげー。四歳児かよ。クレヨンなあの子よりクレバーじゃねぇか!」
??クレヨン??
引っかかる語があったが褒められているようなのでとてもうれしく思う。
さらに褒めてもらいたい。私は持てる知識をフル活用して話を続ける。
「これで教会の言っていた三位一体説の霊魂の存在は証明されたも同然ですね。あ、ということは伝承にある勇者の先祖とされている光あるものの存在と神の存在の認識にも一歩前進しました。しかし、三位一体説の仮説自体あやふやなものだとしたら神は存在するのでしょうか。神がもし知覚されることで存在がおこるものだとしたら、知覚されるまで神は存在しないことに……兄様泣いていらっしゃるのですか?」
「もういい。セシリアが天才なのはわかったから、これ以上兄としてのプライドを引き裂かないでくだしゃい」
どうしたのでしょうか。兄様はこれ以上ないくらいに素晴らしい兄様なのに。私なんか足元にも及ばないほどに。
そうか。
きっとこれは兄様なりの最大級の褒め言葉なのだろう。
圧倒的上の存在である兄様がわざとへりくだることで私を褒めているのだ。
なんて優しい。
兄様もっと褒めて。
「それで兄様。兄様は神はいかなるものだと思いますか。過去に神というものを定義しようとした方はたくさんいましたが…………」
「もうヤメテー!!!!」
今回も読んでくださってありがとうございます。
セシリアが好感度MAXなわけはおいおい書いていきたいと思います。