ドッジボールは顔面セーフかで喧嘩が起こる
遅くなりました。
朝食を食べおえた俺はいつものように学校へと向かった。
一時間ほどの道を歩くのだが出会う人はあまりいない。
ひとり静かに歩く。
俺が住んでいるこの山は、隣国である帝国との国境となっている。
オドアケル帝国。
二千年前、魔王を倒した勇者一行の一人剣士オドアケルが建国したとされる国だ。
強大な軍事力を持つ国で資源は乏しいものの、その兵力と高い技術力で三大国の一つに挙げられている。
製鉄技術が高く鉄の売買で有名な国であり、父さんもそのため国境近くにあるこの山奥に居を構えたそうだ。
噂では近年、【魔導金属体】の鉱山が発見されたとかで今勢いに乗っているらしい。
その軍事力と資金力を手に入れた帝国に俺が住む国は警戒を強めているが、幸いこちら側に帝国が侵入するためにはこの険しい山を越えなければならず軍の侵攻は難しいとされているため、今のところそういう戦争だとかいう雰囲気はない。
いつもと変わらぬ日常。
幸せな日常。
学校がなければ__
いつの間にか学校に来ていた。
俺は学校に来るのが早い。
全校生徒の誰よりも。なぜならセシリアが彼らの前に姿を現してからというものの、俺の机の中に様々なモノが詰め込まれたからだ。
それを防ぐため彼らが来る前に教室へ行くというわけである。
やれやれ、子供の相手をするのは本当に苦労するよ。
学校の前を掃除していた女性に声をかける。
「シスター、おはようございます」
「アナン君、おはよう」
修道服に身を包んだ中年の女性。微笑みを浮かべて挨拶を返す。
「いつものように自学ですか?」
「ええ、家では集中できないので」
「鍵は開けてあるので入ってもいいですよ」
「いつもすみません」
「いいえ」
彼女は再び箒で掃き出す。
俺はその横を通って学校へと入る。
ここは教会でもある。彼女のような修道女がいるのは珍しいことではない。
ほかにも彼女と同じような修道服に身を包んだ女性を教室へと行く途中に見かけるが俺は挨拶をしない。
なるべく人とかかわらない。
そのスタンスを貫いているわけだが、シスターは俺の初等教育の先生であった。
彼女には、かかわりあった以上最低限のマナーとして挨拶を行っているに過ぎない。
教室へと入った俺は、早速鞄から本を取り出す。
「術式入門」
この学校では術式魔法は習わない。
主に最低限の素養と自分の身を守るための詠唱魔法のみ教えられる。
ここを卒業した者は大抵家業を継ぎ農家になる。高度な教育は必要ないということか。
この世界は生活は豊かではあるが、人口はそれほど多くない。理由は外敵の存在だ。
昨日の授業で出てきた魔獣、それに加えて魔物とよばれる異形のものまである。
魔物は、人とは異なる生物の中で魔法を扱えるもののことを言う。
つまるところ、動物の一種だ。
ただの犬や猫でも異質なほど魔法がつかえれば魔物と呼ばれるようになる。
魔物は総じて知能が高く、ある程度の文化を形成する種もいたため意思疎通が可能なものもあるのだが、もとは動物、人間を度々襲う。
村を作る際、必ず必要になるのがこれらを追い払う魔よけの術式である結界だ。
この村にもその周囲すべてを囲むように張られているわけだが、術の維持のため膨大な魔石を消費するため、ある程度までしか囲めず、村と村とをつなぐ道に展開することなど不可能に近い。
そのため、限界の大きさで作られた小規模な村々がほぼ孤立状態で点在していることになり、人口の増加が起こらないのだ。
ちなみに、魔石は定期的に国から支給される。
魔石の供給が止まると生活ができなくなるため国に反乱を起こそうとする者はおらず、開闢から二千年、恐ろしいことにこの国は一度も王朝が変わることなく存在している。
そのせいで中央の政治腐敗がすごいのだとか。
関係ないけど。
とにかく村を一歩でも出たら敵がうじゃうじゃといるこの世界では身を守る魔法の習得が最優先される。
詠唱魔法は特にそのイメージ力さえあれば使える、という特性から教えられるのだ。
しかしこの俺、とある理由で詠唱魔法がつかえなくなってしまったのだ。
魔力のくみ上げができないわけではなく身体強化など自分の身にかけるものは発動するのだが、それ以外は全く発動しない。
一回目でもイメージ力に難があり、質より数での戦法で闘ってきた俺であったが、魔法がつかえないということはなかった。
以前の実技の授業において先生の前で見せたのは詠唱魔法とは全く別物で、先生に言った「水に対する何か」はその場しのぎの嘘っぱちである。
あの能力のことがばれるとまずいからな。
俺の、ある特殊な能力について知っているのは妹のセシリアだけだ。
俺の能力はできるだけ人前では隠しておきたいが、身を守る必要は先ほど言ったようにある。
その際、周りに人がいるからといって抵抗もせず殺されるのはよろしくない。
そこで俺は術式魔法を勉強することに決めた。
術式魔法は魔力を注ぐだけで発動が可能な魔法である。
ここだけ見ると勉強する必要は感じない。
術式魔法は何かに魔導体で術式を書きいれたり刻み付けたりすることで作成される。
規模や威力が大きくなるほど術式作成の材料は希少になってくるのだが、日常で使うような安価なものは紙や石に、魔石を砕いたいわば岩絵の具のようなもので術式を描いて作られる。しかし、それらは日常生活で使うぐらいの魔法しか発動できず戦闘には使えない。
無理に使おうとすると紙などは燃えてなくなったり、石ならば割れたりと連続しての発動が不可能となる。
そもそも術式魔法の安いものは【魔道具】として、戦闘用の術式が書き込まれていないものがほとんどで、それに加え注がれる魔力量に対してリミッターがかけられている。
一方、戦闘用の物は威力が高いため目が飛び出るほど高価なくせに単一の魔法しか使えない。戦闘に使える、といったが戦術的には落第点だ。
ならば使い捨て覚悟で安い術式を大量に自分で作成できればいいのではと思い至った。
これならば、大量の種類の魔法を連発することができる。
普通の人とは少し異なる魔法の行使の仕方ではあるが常識の範疇は越えていない。問題はないだろう。
かくして俺は術式を一から自作するため術式魔法を勉強している。
俺は「術式入門」を読み始めた。
◇
「アストラル体についてこの国の建国者でもある賢者トナティウがその著書「二元論」において言及しています。
『……我々が使う魔法、そのもととなる魔力は体のいかなるところから発せられるのか?長年われわれを悩ませてきたこの問いに我はついに答えを見つけたのだ!
過去の先人たちが解剖をしても見いだせなかった魔力発生器官はわれわれに備わっているものだがわれわれの肉体にあるものではない。われわれの精神にあったのだ。
我が存在するとき、我を形作る肉体と我をつかさどる精神がそこに同時に存在する。
なんということか!我はここに命や魂の本質を見た!……』
というようにここで語られている精神や命、魂がのちにアラストル体と呼ばれるものです。
決して知覚されたものではありませんが、物体が自ら魔力を生み出さないことからこの仮説は正しいといってもよいでしょう。
契約魔法とアストラル体との関係は魔法学院初代校長のライ……なにかな?」
生徒の一人が手を挙げていた
「先生。魔石を持つ魔獣は本当に生物ではないのですか?」
生徒の質問に顎に手をやりながら悩む男。
「それは、難しい質問ですね。魔獣は自ら魔力を生み出すことはできません。先ほど言いかけた魔法学院初代校長ライトが行った実験でそれが証明されました。
そこから定義でいうと生物ではないとされたのですが、魔力があるものを襲ったり自己複製を行ったりするなど物体と単純にひとくくりにするには不可解な点が多いのです。
ですから、現在の主流の考え方では魔獣は「魔獣」であり「生物」、「物体」とは異なるカテゴリーに属するものとして扱うことになっています」
「よくわかりました。ありがとうございます。先生」
「よい質問でした。ほかの人も気になることがあれば尋ねてください」
◇
休み時間。俺は校庭にでていた。
この学校は五限授業であり、午前に三つの座学、午後に座学そして実技がある。
午前と午後の授業の間にはシスターを始めとした修道女たちが作ってくれた昼食をたべ、残り時間は休み時間となるのだ。
この時間俺は術式魔法の勉強をしようと思っていた。
だが急に壇上に登ったダンの「ドッジボールやろーぜ」の一言で騒ぎだしたガキどもの、お前も来るよな?という目に押されてできなくなってしまったのだ。
まじかよ。
目の前で繰り広げられる光景にあいた口がふさがらない。
生徒の一人がボールを投げる。ボールは一直線に敵側の生徒のもとへと向かうのだがその速さがありえない。
ボールは黄色く塗られているのだが、そのボールが投げられた軌道が線になるほどの速さで投げられている。
子供の体格ではありえない剛速球。
その軌道の先の生徒。よけられない、と思ったがふっと俺の視界から消える。
次の瞬間、先ほどまでいた場所から五メートルほどはなれた場所に現れた。
「くっそ~やっぱだめか」
「へへーん」
悔しがるボールを投げた生徒に、ボールをよけた生徒が舌を出して笑う。そして
「次はこっちが攻める番だ!」
遠くに転がっていたボールを拾い、ぐっと構える。特別でも何でもない、いかにも子供らしい投球フォームだ。
しかし、こちらも投げる速度が尋常じゃない。
黄色い線が相手コートへと向かう。
どうやら先ほどボールを投げた生徒には向かっていないようだ。
外野ギリギリに立っていた別の生徒へとボールが吸い込まれていく。
「うおっ、こっち来た!」
慌てる狙われた生徒。だがこちらも一瞬にして遠く離れた場所へと移動する。
外れてしまったボールは外野の手に渡り再びコートへと投げられる。
もちろん異常な速さで。
そしてそれをやっぱり異常な速度でよける生徒。
中には受け止めるものもいたのだが、大抵が受けた瞬間後ずさる。その光景がボールの恐ろしい速さを物語っていた。
そんな身の毛もよだつような殺人ボールの応酬があっても当の本人達、生徒達は全く気にしない。
「おらおら~」
バシュッ。
「やったなー」
ギュルギュルギュル!!
「それ、一気に二人だ!」
ズガガガ__
音、おかしくない?ドッジボール……だよね?
ここは戦地か!という中、和気あいあいと遊びに興じている子供。
最近の子の遊びは激しいな。おじさんついていけません。
「アナン!そっち行ったぞ!」
———へ?————
ゴスッ、鈍い音を立てて俺の顎を直撃したボールは確実に俺の意識を刈り取っていった。
◇
「実技の授業を今から始めますが、皆さん大人がいないときに魔法は使うなとあれだけ言ったでしょう?
幸いにも今回は軽傷で済みましたが、大事故にも繋がりかねなかったのです。各々、それをしっかりと理解してください。
もし、今回のようなことがあればもう授業はしません。あなたたちに魔法を扱える資格があるとは思えませんから」
ダンは男の話を聞きながら、チッと舌打ちを隠れておこなう。
———あいつが鈍くさいから————
腹立つ野郎だ。
友達という友達もおらず、話しかけても「ああ。」か「うん。」ぐらいしか言いやがらねぇ。
運動はできないくせに勉強は恐ろしくできるやつだ。
勉強ができるからか、度々俺やほかのやつを見下したような目で見やがる。
そこまでは、俺もほかのやつも耐えた。
あいつは、途中からこの学校に入ったから人付き合いがうまくないのだろう。俺らが大人にならなくては、と。
だが、あれだけは許せなかった。
時折、村に現れる美しい母娘。
おそろいの金色の髪をなびかせ仲睦まじく歩くその姿に、性別問わず作業の手を止めて見とれてしまう。
大人の男は特に母親の方のとある部分を凝視して前かがみになっていたが、俺は彼女たちを初めて見たとき娘の方をみて絶句した。
恐ろしく整った顔。隣の母親も美人ではあるのだが俺の目には彼女ですらこの娘の前ではかすんでしまうように思えた。
「世界にはこんな綺麗なものがあるのか。」
思わずつぶやくほどだった。
それ以降気付けば視界の隅であの美しい金髪を探していた。
月に一度会えた日は飛び上がるほど喜んだ。
会えない日、それがほとんどではあるが、心の一部がかけたような喪失感にさいなまれた。
そう、一目ぼれだった。
俺は彼女と巡り合うために生まれてきたのだと悟った。
そして自分の気持ちを知ったとき俺は騎士になりたいと思った。
彼女に降りかかる災難や困難から彼女を守れるような騎士に。
それから俺は誰よりも努力した。なぜかクラスメートのみなもその時から努力し始めたので苦労したのではあったが。
その後も俺は努力を続け、
彼女の横に立つのは俺でなくてはふさわしくない。
そう自信を深めていったある日だった。
「あっ」
珍しくあいつが自ら声を発する。
そして、あいつは鞄の中を必死にあさり始めた。
今は丁度教材費の回収が行われているところだ。
状況を鑑みるに教材費を忘れてきたのだろう。
はっ、こういう男にはなりたくないな。
うろたえるあいつを見て、俺は優越感に満たされていた。
どうやらクラスの奴らも気づいているみたいだ。
しかし、日頃のおこないか誰一人助けようと声をかけることすらしない。
しばらく漁っていたあいつであったが、諦めたのか壇上で教材費を集めていた男の方へと向かう。
「先生、すみません。どうやら忘れたみたいで……」
ガラガラ。
あいつの男への言葉は突然開いたドアの音によってかき消された。
教室中が一体誰が来たのかとドアの向こうへ一斉に意識を向ける。その視線の中現れたのは。
「兄様!忘れものです!」
教室へと入ってくる人影。その見知った金色とその下の顔を見た俺はあ然とした。
彼女の存在にもだがそれよりも彼女の発した言葉。
———「兄様」だと?———
チッ、俺はそこまで思い出し再び舌打ちをする。
すると。
「ダン君聞いていますか?」
男が俺を注意する。
「す、すいません少し考えことをしていまして……」
「言い訳はいいです。こんな風に人の話を聞かないからあんなことになるのです。分かっていますか?」
くそ、またおこられた。
あれもこれも全部あいつのせいだ。
◇
苛立ちながらも出された男の指示に従い、皆と間隔をとる。
今日は水魔法を飛ばす練習である。難しいとされるが、昨日形状変化をたやすくやってのけた俺だ造作もない。
苛立ちのためか集中できず、できるようになるのにしばらくかかったがクラスの誰よりも早くできたようだ。
しばらく練習しコツもつかんだので、難なく出せるようになった。
連発しすぎたため魔力が尽きかけたのでいったん魔法の行使をやめる。
することがなくなり手持無沙汰になったのでクラスの奴らの様子を見ることにした。
手こずっているようで俺以外にできるやつは数名しかいない。それでも俺のように連発はできないようだ。
できないやつらもあと一歩というところまでは来ているみたいだが、いつものように一人だけ全くできない奴がいる。
水がその手の前に一瞬形作られるがすぐさま落ちる。魔法の維持すらできないお粗末さ。その無様な様を気にすることなく、あいつは再び魔法の行使を始める。
ここにいる生徒の中で明確に劣った存在。
俺の足元にも及ばない。
そんな奴が
「……なぜ彼女の隣にいるんだ」
言葉にした瞬間、体から沸き上がる抑えきれない怒り。中から自分をも焼いてしまいそうな激情が俺を襲う。
———なんで俺ではなくあいつが———
あいつがどれだけ劣っていようと、おれがどんなに優れていようと彼女の隣に立ち、彼女の瞳に映るのはあいつだけだ。
はじめて彼女が教室に現れたとき、彼女は俺らを一瞥もせずあいつのもとへと走っていった。それ以降も彼女の瞳にはあいつしかいない。
彼女が俺たちをその瞳にうつすときは俺が望む親愛とは全く異なる敵意しかない。しかも、敵意を宿すときは決まってあいつがらみの時だけだ。
許せない。そんなことは。
なんの努力もせず拾われたというだけで彼女と最も親しくしているあいつという存在とその事実が許せない。
あいつさえいなければ。何度そう思ったことか。考えれば考えていくほどあいつへの怒りが高まってくる。
男は俺と奴から遠く離れたところにいる。
今しかないと思った。
あふれる感情のままに俺は手をあいつへとかざす。
殺しはしない、だが痛い目を見てもらわないとこの俺の気が晴れない。
残しておいたありったけの魔力を魔法へと変え集中する。イメージは水の弾だ。
———くらえ!そしてもっと無様な姿を俺に見せてみろ!————
そして、ためていた魔法をあいつに向けて解き放つ。
俺の手から勢いよく飛び出した水の弾はあいつへとまっすぐに向かう。
こちらに背を向けている奴は気付かないうちに後頭部にあれが直撃し気絶するだろう。
魔法はつぎ込んだ魔力が切れると消滅するため、あいつに当たった水はやがて消えるため魔法のせいだとはわかるまい。仮にばれたとしても犯人がだれかなんて王都にいる宮廷魔術師ぐらいしかわからないだろう。普通の教師であるあの男に分かるはずもない。
完璧だ。
安心して俺はあいつの無様な姿を見逃すまいと眺めていた。
突如自分の前を通る水の弾に驚いていた他の生徒も放ったのが俺で、標的があいつだとわかるとニヤニヤしてその行方を見始める。
次第に近づく奴との距離。それに比例して高まっていく俺たちの興奮。
そして当たったと思った瞬間__
俺が作り出した水魔法は一瞬にしてかき消えた。
「は?」
今回も読んでくださってありがとうございます。